145 茶番
ゴール付近で勝利の余韻にどっぷり浸っていると、
「「肥後守さま」」
汗くさい輪の外で、涼やかな低声と無機質なかすれ声がハモった。
「ん?」
目を転じると、人垣のむこうに知り合いの姿が。
「そなたら……」
「「「村田先生!」」」
CRCメンバーが小柄な村田良庵に駆け寄った。
「いらしてくださったのですか。それに」
「又一さまではございませぬか?」
松平の言葉は、別の男 ―― 大野冬馬によって補完された。
「肥後守さまはじめ、幕府歩兵部隊のみなさま、お祝いを申しあげます」
陣笠&ぶっさき羽織・馬乗り袴姿の小栗忠順は、さわやかな笑顔で祝辞をのべた。
「大野殿、浅田殿、一別以来ですな」
小栗は馬の手綱を引くふたりの会津藩士に目を転じ、ほほえんだ。
オグちゃんは同門の大野と温厚な浅田がお気に入りなのだ。
「おお、冬馬! 忠兵衛! 存外早かったのう」
「はっ、殿を見送った後、江戸街道にて迂回し、小金井橋上流の貫井橋より五日市街道をたどってまいりました」
答える浅田は若干ヘロヘロ気味。
それに対し大野は平然としている。
日ごろの鍛え方の差か?
「しかし、なにゆえ又一と村田先生がともにおるのじゃ? それほど懇意だとは知らなんだ」
たしか、村田が監督に就任してすぐ、小栗は奥右筆組頭になったため、ほとんど練習に参加できなくなった。
仕事的にも、さほど接点があるとは思えない。
「じつは、先生からの依頼を受け、勘定奉行の職権をもって、特別にお連れしたのです」
「職権?」
使節団の実質的責任者だった小栗は、帰国後その功績と実力をみとめられて、勘定奉行に抜擢されたのだ。
去年のいまごろは一書院番士だったことを思えば、異例の大出世だ。
「多摩は天領ゆえ、勘定奉行所支配でございますので」
このあたりは韮山代官所の管轄地だが、代官所の上部組織が勘定奉行所になる。
「さよう、教え子らのようすを一目見たいと思うたものの、将軍家御成のため、小金井橋一帯は関係者以外立入禁止となっておりまして、やむなく小栗さまにおすがりしたのであります」
「なるほど、そういうことか」
将軍の外出に際しては、沿道の住民に清掃活動が命じられるだけでなく、当日はみだりに付近を出歩かないようお達しが出るのだ。
だから村田は、勘定奉行の同行者として、このゴール地点に立ち入ることができたのだろう。
「なれど、先生が応援に来てくださるとは意外でした」
松平が如才なく話しかける。
エア銀縁くんが言うとおり、最初に会ったときから村田監督は、愛想はないし、やたら冷めてるし、社交辞令や義理人情とかはアウトオブ眼中だし、こんなところまで足を運んでくれるなんて、ホント意外だわ。
が、
「いえ、応援ではござらぬ」
いつもの不愛想な口調でバッサリ。
「なんじゃと?」
「みなの走力を見に来ただけです」
「お、おお、そうか……それは大儀……」
あまりにかわいげのない言いように、思わず半眼になってしまった。
その傍ら、
「肥後守さま」
なぜか隣の旗本がウルウル眼で俺をガン見してくる。
「それがし、こたびの遠足勝負は、てっきり公方さまの宴の余興とばかり思うておりましたが……侯の思惑はさような卑近なものではなかったのですね?」
(……はへ……?)
突如わけのわからないことをまくしたてられ、頭が真っ白になる。
「それがしは己の不明を心から恥じております。一昨日、村田先生が訪ねてこられ、侯の真意をうかがい、ようやくすべての事象に得心がいきました」
「いったいなんのことじゃ?」
やだ、オグちゃんたら、突然バグった?
あんたはこれからの幕府をしょって立つ期待のエースなんだから、こんな早い段階で壊れちゃ困るんだけど。
「ふふふ、いつもながら奥ゆかしくていらっしゃる」
(いいの、いいの、わかってるから!)な態度に、妙な汗が出はじめる。
「肥後守さま、そろそろ打ちあけてさしあげてもよいのではありませんか? お奉行さまにはいずれ予算などで協力していただかねばならぬのですから」
異様にひろい額をテカらせ、村田はうっそりと笑った。
「予算? 協力?」
なんじゃ、それ?
「肥後守さま、どうかそれがしにもその遠大な構想の一端に参画させてください。こたびの勝負が兵制改革のための布石だと先生にお聞きしてより、高揚して一睡もできぬのです!」
あれ?
壊れたのはオグちゃんじゃなくて、俺の耳の方か?
「「「…………」」」」
あ、よかった。
へんなセリフが聞こえたのは俺だけじゃなかったみたい。
みんなも完全にフリーズしてるし。
「又一さま、それはどのような意味で?」
いち早く正気を取り戻した会津のエースが懸命に聞き返す。
「おや、会津侯の懐刀でさえ、ご存じなかったのですか?」
「……はい、いっこうに」
おい、こっちをにらむなっ!
俺だって、なんの話かさっぱりわからないんだから!
「では、わたしからお話いたしましょう」
小栗に代わって、横のデコ魔人がズイッと進み出る。
「結論から申しあげますと、こたびの遠足勝負は、『歩兵に対する世人の評価をくつがえし、その地位向上をはかるため』おこなわれたのであります」
「「「はぁ!?」」」
「「「……遠足と兵制改革にどのような関係が……?」」」
だれも魔人の主張が理解できないようだ。
……ちなみに、俺もそのひとりだが。
「わかりませぬか? わが邦においては、歩兵 ―― 徒士・足軽は武士の中では最も低き身分とされ、軽んじられております。
なれど、銃砲の発達により、かつて有効であった戦法はもはや通用せず、歩兵の運用も変わらざるをえません」
だれひとりついていけてないのに、監督はかまわず語りつづける。
「すなわち、これからの戦は従来のごとく密集隊形にておこなうのではなく、欧米列強で主流となっているごとく、機動力にすぐれた歩兵を用いた戦闘を想定し、軍制を再編する必要があるのです。
なれど、ここで障害となるは、旧弊な歩兵軽視の風潮であります。
いくら上層部が軍制を刷新しても、武士たちの意識自体を変えねば、歩兵に有能な人材は集まらず、評価されねば士気も上がらず、人も育ちません。
そこで侯は一計を案じ、大政参与であられるご自身と、幕閣の長・老中首座が勝負するという茶番を演じたのであります。
徒士すなわち軽輩という考えを打ち破るため、幕閣おふたりが、飛脚のごとく徒にて天下の公道を走る ―― かようなお姿を万人に見せつければ、みなの歩兵を見る目も変わりましょう」
…………えぇーーーっ!?
「なんという自己犠牲の精神……やはり会津の忠誠心は、三河以来の当家もかなわぬ苛烈さ」
なにやらブツブツつぶやきながら涙する小栗。
「い、いや、それは……」
「なんの、いまさら隠されてもムダですぞ。第一、閣老ともあろう御方が単なるお遊びで、主要街道を長時間封鎖し、多忙な韮山代官所の手をわずらわせるはずがありません。このことからも、遠足勝負の陰に侯の深慮遠謀があるは一目瞭然っ!」
「あ……ぅぅぅ」
なんでそんな斜め上の解釈を?
「そこでわたしは、次回の錬成より、散兵戦術を取り入れてみたいと存じます!」
サンペイ ―― 落語家の林家さん?
なんで、陸上練習に落語を取り入れなきゃならないんだよ?
(…………待てよ)
前に見た脳科学かなんかの特集番組で、笑いとスポーツの関連性について、なんか言ってなかったっけ?
番組の実験では、笑顔で走ったときと、そうじゃないときでは、百メートル走で十三人中七人のタイムが平均0.18秒縮まり、ピッチングでは九人の球速が平均十二キロ速くなって、その効能が示されていた。
つまり、笑いは競技時のパフォーマンスにいい影響を与えるらしい。
なんでも笑うと脳内に『エンドルフィン』という神経伝達物質が分泌され、これはモルヒネと同じ働きをするホルモンで、高揚感・幸福感をもたらすんだとか。
そして、よくスポーツで極限の集中状態になることを『ゾーンに入る』というが、その状態はこの物質が要因だという。(『ランナーズハイ』も同じ)
そういえば、村田はもともと医者だったよな?
だから、笑いとスポーツの関係に目をつけて、練習に落語を取り入れようと提案したのか!?
やっぱ、村田監督は神レベルの指導者だ!
「その練習法、ぜひ導入いたそう!」
「よろしいのですか? 侯ほどの御方が、下士の言うことを聞かねばならぬときもありますぞ?」
ああ、毎回プロの落語家は呼べないから、チーム内持ちまわりで、漫才でもやるつもりか?
早い話、「身分が低いやつ(しかもシロウト)の小噺やお笑いを、強制的に聞かされるけどイヤじゃないのか?」ってことだよね?
「かまわぬ。わたしよりすぐれた者の言には真摯に耳をかたむけよう」
いや、だって俺、落研とかじゃないし、即興で笑いが取れる自信なんかないもん。
だったら、持ちネタが滑っていたたまれない思いをするより、多少話術がうまいチームメイトの落語や漫才を聞いてる方が楽だろ?
「……肥後守さま……」
なぜか感激の面持ちで絶句する監督。
「やはり、あなたさまは口だけの開明派ではございませぬな。かような御方がおいでならば、いずれ悲願の攘夷もなりましょう」
ジョーイ……上位!?
はいはい、あたらしい練習法導入で、つぎのマラソン大会では上位入賞まちがいなしって言いたいのね?
「はははは、かいかぶるな。わたしなどまだまだじゃ~」
今日の着順見てみろよ。
後ろから数えた方が早いわ!
なのに、トップクラスの飛脚に対抗しようだなんて。
そう簡単には勝てないって!
「はははは、ご謙遜を」
いやいや、らしくないお世辞はいいから、ぼちぼちクールダウンに行かせてー!
「「はははは」」
後刻、全員でのダウンも終え、借りきった海岸寺本堂でくつろぐ俺たちのもとに、老中阿部正弘が東伏見稲荷の手前でタイムアップにより失格したという報せが届いた。
【散兵とは、歩兵の戦闘隊形のひとつ。
兵士を密集させるのではなく、軽装備で散開させ、おもに銃撃で戦わせる。
十九世紀以降、銃器の威力・性能が向上し、歩兵を密集させて使う利点がなくなり、各国は軽装備で機動力にすぐれた歩兵による戦法を多用するようになる。
どこかの世界の日本では、第一次長州征討の際、大村なんちゃらとかいうオッサンの指導のもと、散兵戦術で迎撃した長州軍は、敵軍との圧倒的兵力差を払いのけ、局地戦での勝利を積み重ねた結果、戦後交渉を有利に運ぶことができたという。
大村が採用した戦術は、ひとりのリーダーによって率いられた歩兵の小集団が個々に作戦を遂行するというものだった】
みなさまお待ちかね(?)の優勝祝賀合同物産展ネタは、字数がかさみそうなので、外伝にしようと思います。




