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143 勝機

すいません、青梅マラソン編は今回で終わるつもりだったのですが、文字数が多くなってしまい、分割しました。

てなことで、フィニッシュテープは次回になります。

終わる終わる詐欺になっちまった~ ε~(;@_@)

 大野の視線をたどって、給水所の隅に目を向けると、 


「あれは?」


 そこには、縄をかけられた状態で転がっているカラフルな裸体が四つ。


「農民隊の選手と、その替玉です」


「替玉?」


 俺のガン見に、小柄な細マッチョたちは気まずそうに目をそらせる。


 そういえば、飛脚や駕籠かき・大工・とび・漁師・魚屋・船頭など、肌を見せて仕事をする男たちは、服代わりに全身に刺青(イレズミ)をすることが多いと聞く。

 状況的に、この総彫り(全身総柄)の四人はみな飛脚なのだろう。



「第六給水所傍の木立の奥で、応援にきていた御直参の方々が捕えました」


 大野は、眼下の男たちに冷ややかな一瞥をくれた。


「どういうことだ?」


「半蔵門から走ってきた男たちと入れ替わるため、人目につかない場所で装束を取り替えようとしていたのです!」


 ドヤ顔で割りこんできたのは、今回の選抜からもれたCRCメンバーのひとり。


「入れ替わるじゃと!?」


「はい、小用を足すフリをして街道から離れ、装束を脱いで手渡している現場を、しかとこの目で見届けました!」

 

「「「かような不正行為は許しがたきことにございますれば、みなで協力して引っとらえ、刀の下緒さげおで縛りあげ、こちらに連行してきたのです!」」」


 ドヤ顔さんの横に立つオサムライ三人も、鼻息フンガーで補足する。


「「「必要とあらば、われらも証言いたします!」」」


 どうやら、メンバー落ちしたニイチャンが、友だちを誘って観光がてら応援に来ていたところ、怪しい行動をとるランナーたちが気になり、こっそり後をつけていって、入れ替わり現場をバッチリ目撃したらしい。


「なんと」


 言われてみれば、手首だけは平組紐で拘束されており、それとは別に胸部と両足首は荒縄で縛られている。

 とすると、体の方の縄は、この給水所であらためて打たれたのだろう。


 そのキツキツの縛り方に、会津藩士たちの怒り&憎悪の巨大さが如実にあらわれている(……ブルブル……)



 じつは、こうした不正行為を防止するため、レース前の最初の招集のとき、各チームごとに割り印・通し番号つきのゼッケンを渡して、ユニフォームに縫いつけるようにしたのだ。


 これは、事前に渡してしまうと、ゼッケンを大量に偽造して、途中で入れ替わることが可能になってしまうので当日配布したのだが、ユニフォーム自体を渡してメンバーチェンジするのは想定外だった。



 ったく、またしても裏をかかれるところだったじゃねーか!

 なにやってんだよ、俺!? 

 想定が甘々すぎるだろーが!



 とはいえ、ゴール手前のこんな場所で入れ替わらざるをえなかったのは、ここまでの江戸に近い道筋では人目が多くて、できなかったのだろう。


 第六給水所を会津うちが担当しているのも、諸藩が『いくら付き合いとはいえ、んな遠いところ、マジねーわ』と、だれも手を上げなかったからだ。


 そういう意味では、俺の対処は完璧ではなかったものの、一定の効果はあったのか?


 しかし、どこまで汚いマネしやがるんだ、クソ塩大福っ!



「よう見つけてくれた!」


「「「はっ!」」」


 ホント、近くにCRC関係者がいてくれて助かったわ。


 CRCメンバーは基本無職プーだらけだし、友だちもこんな遠いところまでわざわざついて来てるってことは、みんな無役の厄介連中にちがいない。

 なら、ご褒美として、こいつらがつぎの人事で御番入り(就職)できるよう推薦してやるか?



「しかし、なにゆえかようなマネを? おそらく、こたびの出走者は伊勢以外はみな飛脚ばかり。不正などせずとも、己の実力をもってすれば、容易に勝てるはずではないか?」


「いえ、いかな飛脚といえども、八里ちかい距離をあのような速さで走りえる者はそう多くはございませぬ」


 大野は、絶対零度のまなざしを南南東方向 ―― 阿部がいるであろう方向に投げかけた。


「そうなのか?」


 飛脚って、大学の長距離ランナー並みのトップアスリートかと思ってたけど?


「大方の飛脚は継飛脚 ―― つまり、宿場ごとに人を替えて荷を送り継ぎ、目的地まで運ぶものです。ゆえに、通常ひとりの飛脚が走る距離は、おおよそ二里半から三里、長くても五里ほど。

 ところが、こたびの遠足は八里ちかく。

 飛脚をなりわいにしているものでも、めったに走る距離ではございません。

 しかも、便によって差はあれど、通常、飛脚の早さは半刻(約一時間)で二里半ほどと言われております。

 となると、今日のあの速さは飛脚といえど、相当ムリをして走っておるのです。

 なれど、ご老中伊勢守さまによって集められし飛脚どもは、通常より早い速度で、通常より長い距離を走るよう厳命されたようです」


「幕閣に己の実力以上の苛酷な要求を突きつけられ、追いつめられてかような不正に手を染めたということか?」


「「「「さようでございますっ!」」」」


 飛脚たちが必死の形相で訴える。


 ってことは、この替玉作戦は大福の指示によるものではなく、罰が怖くて自発的にやったことか?


「おのれ、伊勢め! ムチャぶりかましおって! 飛脚どもがかわいそうではないか!」


 歯ぎしりしながら吐き捨てると、模様つき細マッチョどもはうるんだ瞳で、


「「「「どうかお慈悲を~」」」」


「相わかった。どうやら、そなたらも被害者のようであるし、こたびばかりは見逃してやろう」


「「「「ありがたや~」」」」


 それにしても、メタボ中年(あいつ)めーっ!


 飛脚だから長距離を高速で走れるはずだと決めつけて、ムチャなタイム設定をしたんだな!?


 それって、『黒人=俊足』な思いこみと同じだけど、前に県大会で見た他校の黒っぽい選手やつは、つい二度見しちゃったくらい遅かったぞ?



 義憤にかられる俺に、大野は、


「ということで、こたびの勝負は、わが方の勝利にございます」


 冷徹な顔で宣した。


「勝利?」


「そうではありませぬか。農民隊は、不正行為により全員失格。殿もこれ以上ムリをなさる必要はございませぬ」


「なるほど」


 あんなに準備して、悩んで、凹んだわりには、なんかあっけない幕切れだったな。



 いや、待てよ?



「だが、そうなると、後にこの飛脚どもが、伊勢から咎められ、罰せられぬか?」


 だって、いくら追いつめられていたとはいえ、こいつらのせいで阿部やつのプライドに泥を塗るわけだし。


「否定はできませぬな」


「「「「ヒィ~~~」」」」


 飛脚たちは転がったまま、ガタガタ震えだす。


「「「「お助けくださいーっ!」」」」


「それに、あの伊勢のことだ、『不正行為をいたした二名は失格でもかまわぬが、ほかの者は正々堂々走りぬき、上位を独占した。勝者はわが方だ!』などと言いだしかねぬ。となれば、ここは立川方式で勝利を不動のものにしておいたほうがよいのではないか?」


「「立川方式?」」


 首をかしげる新旧小姓頭コンビ。


「つまりじゃな、十人しかおらぬ大学が立川予選会に出、トップから九位までを占めたとて、残るひとりが途中棄権してしまったら、箱根本戦への出場権は手中にできぬ。

 こたびの勝負に置きかえるならば、われらCRC全員が時間内にゴールいたさば、いくら農民隊が上位を独占したとて、完走者数でまさるCRCの勝利となろう」


「「おっしゃりたいことは、なんとなくわかりますが……」」


 あら、イマイチわかりづらかった?


 いまさら言うまでもないが、箱根駅伝では正月におこなわれる本戦で一位から十位の大学は、自動的に翌年の出場権を得る。


 そして、それ以下の大学は、約十か月後に立川で開かれる予選会で十位以内に入らなければ、つぎの大会には出られない。


 予選会の順位は、各校上位十名の合計タイムで判定される。

 ただし、十名といいながら、出走できるのは各校十二名。

 つまり、ふたり分の保険をかけることができるのだ。


 だから逆にいえば、どれほど九名のタイムがよくても、最後の十人目がゴールしなければ、出場権は得られないということだ。


 今回の場合はすでに二名の脱落が決まっているので、CRC全員がゴールすれば、着順では勝てなくても、完走者数で勝るわがチームの勝利はゆるぎないものとなる。



「それにな、わたしは、みなと約束したのじゃ」


 背後をふり返り、こちらに向かっているはずの仲間の姿を思いうかべる。


「「約束?」」


「ああ、『全員完走し、小金井でふたたび相まみえよう』とな。そう申した本人が、ここで走るのを止めてしまったら、この瞬間も懸命に戦っておる友たちに会わせる顔がないではないか?」


 上杉さんの給水所で煽りまくった俺が、いくら勝機が見えたとはいえ、無責任にサボるわけにはいかない。


 それに松平たちにも、『絶対棄権しない』と誓ったし、どんなに苦しくても、また勝利はほぼ手中にあろうとも、俺は完走して、ゴールで後続のみんなを迎える義務がある。



「「「……なんと……」」」 


 幔幕内に、奇妙な静寂がおとずれる。



「「「殿、完走なさいませ!」」」


 滝涙で絶叫する会津武士たち。


「「「「われらも衷心から応援いたしまする!」」」」


 同じく滂沱の泪の幕臣さん一同。


「「「「なんという矜持と友愛! 『その者、黒き衣をまといて、武蔵の野に降りたつべし』……飛脚仲間につたわるいにしえの韋駄天伝説はこれだったのか!」」」」


 わけのわからないことをわめきつつ、号泣する裸族四人。


「ならば、それがしと浅田は馬で迂回路を行き、小金井橋に向かいまする。後のことはわれらが用意万端整えておきますゆえ、殿は悔いなき戦をなさってください! ゴール後、指一本動かせぬほど消耗なさろうとも、われらがお世話いたします。殿は心おきなく、すべて出し切られませっ!」


 強面イケメンが、キラキラまぶしい笑顔で力づよく受けあう。



「そ、そうか? では、行ってまいる」

 

 突如巻き起こった暴風気味の追い風を背に受けて、足取りもかるくコース上に走り出る。


「「「ご健闘をお祈り申しあげまする~っ!」」」


 ヤローどもの熱(苦し)いエールとともに、俺は一路ゴールを目ざした。




某伝説(●の谷の●ウシカ風味)については、単なるノリで書いただけなので、深く突っこまないでやってください。

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