139 半蔵門
安政二年 三月某日 払暁
明け六つ近い弥生の空は、紺と紫と茜色のうつくしいグラディーションに染めあげられていた。
明け六つは、夜明けの約四半時前。
いまは、俗にいう誰時だ。
そんな早朝にもかかわらず、江戸城西端にあるこの半蔵門前は多くの人々で埋めつくされ ―― まるで、一月二日の大手町読売新聞社前さながらの光景だ。
そう、ようやく念願成就の日が!
恨み骨髄のクソ大福に一泡吹かせる瞬間がついに来たのだ!
ちなみに、半蔵門は江戸城の搦手門にあたり、高い土橋の先にある門の中は、われらCRCの練習場 ―― 吹上御庭の広大な緑地がひろがっている。
ここは、享保六年に定められた警固重要度ランキングによると、最重要の『内曲輪門』(大手門・桔梗門・西之丸大手門)に次ぐ『二之曲輪門』に規定されている。
余談だが、わが会津藩上屋敷横の和田倉門も、この半蔵門と同じ二之曲輪門ランクである。
『半蔵』門という名の由来は、かつてここの警固を担当した徳川十六神将のひとり、服部半蔵正成の屋敷が門前にあったためといわれ、もし江戸城が攻撃されたときには将軍はこの門から脱出し、ここを起点としてはじまる甲州街道を使って甲府へ避難することになっている。
そのため、半蔵門以西は旗本屋敷が建ちならび、四ツ谷大木戸横には鉄炮百人組の組屋敷が置かれている。この直参たちは将軍が甲府にむかう際の警護役として、非常の際にそなえて配置されているのだ。
「肥後守さま」
聞き覚えのある声が至近にわいた。
「おお、小源吾殿か」
徐々に明度を増す早暁の光の中に、見なれた男の姿をみとめる。
「かように早い刻限に、申しわけないのう」
「なんの。わが畏友たる御方の雄姿をひと目見んと、矢も盾もたまらず馳せ参じました」
小源吾こと伊達邦仲はそう言って、左手に持ったCRCオフィシャルロゴ入り団扇を振って見せた。
「われら仙台藩一同、力のかぎり応援させていただきまする!」
「かたじけない」
ロゴ入り団扇……を目にした瞬間、高揚していた気分は急降下。
なぜなら、そこに書いてあるのは、なじみぶかいCRC名ではなく、『幕府歩兵部隊』の文字。
CRC名使用はオトナの事情により ――「将軍発案のイベントで、異国語をおおっぴらに使われたら、攘夷の家元・水戸さまを刺激するし、万が一、京におわす異人ギライの御上の耳にでも入ったら激怒必至っ! マジヤバイって!」と、幕閣から大反対をくらって ―― 自粛させられてしまったからだ。
水戸のジョーイ連中がなんか言ってきたら、得意の口八丁でちゃっちゃと論破してやるし、あんな離れたところにいる、しかも禁裏の奥深く引きこもってる主上に、こんな些事バレるわきゃねーし。
ったく、みんなビビりすぎだろ!?
「どうかなさいましたか?」
俺が突然消沈したせいで、ゲンちゃんも動揺を見せる。
「むう。ちとイヤなことを思いだしてな。それにしても、仙台藩はずいぶん動員してくれたようじゃのう」
ゲンちゃんの後ろでは、奥羽越列藩同盟のシンボルマーク ―― 黒地に白く若干ふくよかなお星さま ―― が染めぬかれた幟旗と、仙台伊達氏の家紋・仙台笹の旗が林立し、その下では仙台味噌を売りさばく揃いの法被軍団であふれかえっている。
「どちらかというと、応援より、味噌販売が主目的のようじゃがな」
仙台藩は江戸に藩直営の味噌醸造所を持っている。
これはいまから二百年ほど前、仙台藩が大井の下屋敷で江戸勤番の家臣のために作りはじめた味噌があまり、余剰分を一般販売したところ大いにウケて、以後、プライベートブランド味噌は大事な副収入獲得事業として、長きにわたり連綿と受け継がれているという。
「いまなんと?」
「いや、気にするな」
そりゃ、そうだ。仙台藩士にしてみたら、俺たちの勝負よりビジネスの方がはるかに大事だろう。
な、泣かないぞ……味噌即売のオマケ応援だって、応援は応援だもん。
でもさ、後日、大々的に優勝記念セールやるって言ってるんだから、なにも今日出張販売おっぱじめなくたって……せめて今日くらいはオフィシャルグッズ販売程度にとどめて、応援に専念してくれても……(グチグチ)。
「ところで、丹羽さまはすでに小金井に?」
俺の落胆にも気づかず、ゲンちゃんは朗らかに問いかける。
「ああ、丹羽の五郎左殿は、昨日中に現地入りされたとのこと。疲労がピークに達しているとき、ゴール手前でかけられる声援はまことに力となる。ありがたいことじゃ」
ゴール間近の一番苦しいときのあたたかい応援は、本当に背中を押してくれるが……。
丹羽ッチは丹羽ッチで、いろいろ思惑がらみだから、純粋な応援なのかどうなのかあやしいけど。
二本松藩世子:丹羽越前守長国 通称・五郎左衛門
歳は、容さんより二つ年長の二十二歳
趣味は歴史、とくに考古学の調査研究
とはいえ、貴公子の丹羽ッチが自らシャベル片手に、せっせと地面を掘るわけがありません。
当然そういう作業は、領内のお百姓さんたちにやらせて、自分は進捗状況を見ているだけなのですが、あるときルンルン発掘調査に向かおうとしていた丹羽ッチの前にひとりの家臣が立ちはだかりました。
家臣いわく、「あのー、たいへん申しあげにくいんですが、そーゆーのやめてもらえます?」
「へ? なんのこと?」
「ですから、あなたが動員しているこの百姓たちは、もともと農作業でいっぱいいっぱいなんです。
なのに、こんな個人的趣味につきあわされて、すごく迷惑してるんですよ。
かわいそうじゃありませんか! もういいかげんにしてください!」
「!!!」
あまりの正論に、ガビーン状態におちいる丹羽ッチ。
以後、発掘願望を封印していた丹羽ッチに、あるとき、悪魔のささやきが。
「遠足のゴール・小金井の近くには、約一~三万年前の旧石器時代の遺跡があるんだよ~。しかも、ほんの一尺八寸ほど掘れば、局部磨製石器斧、打製石斧、礫器なんかが、ザックザック出るらしいよ~」
(ちらっ)
「ゴール付近で支援してくれたら、その場所教えるんだけどな~」
(ちらっちら)
「小金井付近の応援および支援は、ぜひ、この二本松藩におおせつけくだされっ!」
……てなぐあいですわ。
それもこれも、奥羽越諸藩の内情をリサーチしてくれた留守居役たちのおかげですぅ。
さて、その旧石器時代の遺跡というのは、小金井のとなり・小平市で発見された鈴木遺跡のこと。
ボクがむかし小金井に住んでいたころ、夏休みの自由研究のネタを求めて、あそこには何度か行ったことがあるんです。
なんでも、二十世紀半ばに、かつて石神井川上端部だったその場所で、小学校建設のために地面を掘削していたところ、江戸時代の水車小屋跡が見つかり、さらにその下を掘ったら、石器がいっぱい見つかったんだとか。
そこはけっこう特徴的な地形だし、水車小屋を目印にすれば、たぶんすぐにわかるはず。
これが大森貝塚あたりだと、ボクには土地勘がないので、品川区から大田区にまたがる東海道線沿いのどこかとしかわからず、ピンポイントで特定するのは絶対にムリ。
今回は、ボクがよく知っている地域がゴール地点で、ホント助かりました。
でも、この時代は、どこの藩もそうですけど、二本松藩も財政難で破綻寸前ぽいです。
お世継ぎさまのご趣味がらみの遠征や、その後につづく遺跡発掘調査で莫大な出費が出れば、それをそそのかしたボクが二本松のみなさんに恨まれるのは確実です。
そこでボクは、
「遺跡周辺の土地を借り上げて、発掘の傍ら、ニンジンやジャガイモ・タマネギとか西洋野菜でも栽培してみたら? ほら、これから異国船の寄港も増えるから、ちょっとくらい値段高めに設定してもバンバン売れるよ。あのへんは関東ローム層つーて、根菜作りに適した土地だから、肥料なしでもよく育つらしいし。サツマイモ作って、江戸で産地直送中間マージンなしの石焼きイモ販売なんかもいいかもね」
アフターケアもバッチリです。
てなことで、諸藩が嫌がる遠隔地での応援&支援員を確保したボクは、レース後の宴会が終ったら、二本松藩ご一行さまを遺跡の埋まっているであろう現場に案内しなければなりません。
正直いって、疲れているので速攻帰りたいところですが、今晩は近くの寺に宿泊予定です。
しかも、丹羽ッチと同宿……一晩中どころか、朝までオールで考古学について熱く語られそうで、いまから鬱です。
「……肥後守さま?」
あ、いけない。またトリップしちゃった。
「ご歓談中おそれいりまする」
怪訝そうに見つめるゲンちゃんの脇から、クールなイケメンが進み出た。
「容保さま、そろそろ出走時刻にございますれば、そろそろこちらに」
「そうか、すぐにまいる」
エア銀縁氏にうながされ、スタート地点の半蔵門土橋横の高札場にもどる。
そこには、そろいの黒装束の一団が俺を待ち受けていた。
「みなそろっておるな?」
「「「はっ!」」」
多くのCRCメンバーの中から選ばれし十二人のアスリートたちが気合のこもった声で応えた。
俺をふくめ、出走者全員が身に着けているのは、本邦初公開CRC公式ユニフォームだ。
これは、肌の露出をきらうオサムライさんたちを考慮しつつ、走りやすさを考えてデザインしたもので、動きやすい火事装束を基本に、絹製の袖つき腹当と股引、足元は紺足袋にワラジばき。
そして、全身黒の背中には『走友』の文字(……本当は、『CRC』って入れたかったんだけど)。
髪は髻を下して、首のところでひとつに結び、競技中みだれても気にならないよう配慮した。
じつは、
「毎日結い直さないといけない面倒なチョンマゲなんて、この際スッパリ切り落としちゃって、高校陸上界の強豪・佐久C聖やS羅みたいな坊主頭にしたらよくね?」と、ライトに提案してみたら、じいや大野たちが白目をむいて仮死状態におちいってしまったので、あこがれの坊主頭&ハチマキはあきらめざるをえなかったのだ。
「みな、いままでようついてきてくれた。いよいよ決戦のときをむかえることと相なった。ついては、かねて打ち合わせたごとく、走力の近いもの同士が三、四人ずつ固まって励ましあいながらゴールをめざすのじゃ!」
「「「おう!」」」
今日の勝負で、俺たちは集団走を選択した。
その理由はいくつかあるが、一番大きかったのはこういう陸上競技による勝負というのが、いまだかつてなかったためだ。
この時代の、しかもオサムライさんたちにとって、自分の足で走ることはマイナスイメージが強い。
それをなんとかなだめすかしてここまで持ってきたわけだが、さすがに大観衆の前で走るとなると、雰囲気にのまれて、従来の走りができない可能性が高い。
だから、気心の知れたチームメイト同士、固まって励ましあいながら走れば、心理的に相当楽になる。
それに今回の三十キロという距離は、立川予選会・箱根本戦一区間よりも長く、舗装された道路を科学の粋を集めて作った軽量のランニングシューズを装備しても苦しい長丁場だ。
それが、未舗装道路を足袋とワラジ、ランパンとは真逆の、肌露出がすくなく動きが制限される和装で走るのだから、どれだけキツく、困難なものになるのか、想像もつかない。
そんな条件下なら、途中でアクシデントが起こっても不思議ではない。
右も左もわからないはじめてのレースでトラブルに見まわれたとき、ひとりではなく、仲間が傍にいたら、なんとか対処できるにちがいない。
この時代には当然ゼッケンにつける計測チップなどないため、この勝負は総合タイム順ではなく、着順によって決まる。
だから、俺は阿部より先にゴールすればいいだけで、大差で勝って貯金を作る必要はない。
なので、俺もタイムの近いグループに入ってペースメーカーとなり、集団を引っ張っていくつもりだ。
集団走である程度まで持っていき、ラスト二キロのアップダウンで余力が残っている者はスパートをかけ、そのほかの者は仲間といっしょにベストをつくし、完走をめざす ―― これが今回の作戦なのだ。
「双方、準備はよろしいか?」
大会主催者の江川太郎左衛門が、アメリカからの献上品とおぼしきピストルを手に呼ばわった。
陽はまだ昇ってはいないが、周囲はかなり明るくなっており、レースに支障はなさそうだ。
それにしても、空には雲ひとつない。
今日は予想以上に暑くなるかもしれない。
みんなには脱水症状にならないよう、注意喚起しておかなくちゃ。
人込みの中から、異様なコスプレの一団があらわれた。
「来たな」
そろいの忍者ルック集団は、おそらく敵 ―― クソ大福と農民隊選抜チームだろう。
―― ありゃ? ――
「…………松平」
「はっ」
傍らのエア銀縁くんがこちらに向きなおる。
「あの中央にいる男はだれじゃ?」
「中央? なにをおっしゃいます、伊勢守ではありませぬか」
「あ、あれが、伊勢じゃとー!?」
俺は思わず数回まばたきをした後、再度その男を見やった。
(たしかに……似てはいるが……)
だが、俺の知る大福は、モチモチプヨプヨのメタボおやじだ。
あいつは客と長時間対座したあとで立ちあがると、畳がビッショリ濡れている、どこに出しても恥ずかしくない正統派DEBUだったはず ―― すくなくとも、一ヶ月半前までは。
だが、あれは!?
まだポッチャリしているとはいえ、あのころに比べるとずいぶん細くなってるしー!
あいつめー! 体、絞ってきやがったな!
まさか、推定体脂肪率50%の肥満体から、ラグビー界最高の褒め言葉『走れるデブ』に進化したということか!?
……やばい、この勝負、わからなくなってきたかも。




