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138 黒田家縁者 御一姫(?)

 俺からの回答を待つ女学生――藤色の上質な小袖と品のいい紫の袴を身につけ、マガレイトに紅紫こうし色の幅広リボンをむすんだ、いかにも良家のお嬢さま風な二十歳くらいの女子――を前にして、俺は無言で立ちつくすのみ。


 黒田家からの通学生とおぼしきその娘の顔には…………高密度で痘痕あばたが散っていた。


 アバター能面にガン見された俺は、まるでヘビににらまれたカエル。


 

(怒って……るよね?)


 だって、『白磁のごとき玉の肌』とか言っちゃったし。

 まさか……ヨイショのつもりで言った言葉が、地雷ワードになろうとは。

 騒動の当事者・黒田家の女学生がよもや…………。

 よく見てから発言するべきだったー!


「肥州殿?」 


「…………」

 

「肥州殿!」


「す、すまぬ、悪気はなかったのじゃ」


 わななくくちびるから、反省の言葉を絞りだす。


「けっして謝ってすむことではないが……心から詫びる」


 マガレイトの能面に、俺は深く頭を下げた。

 

「ん? ああ、この痘痕のことか?」


 ほとんど表情筋を動かさず、無造作に吐きだされる返事。


「謝罪は無用じゃ。それより、『しがいせん』とやらについて、もそっと詳しゅう聞かせてたもれ」


「……へ……?」


 半泣きの謝罪をあっさり流され、思わず目がおよぐ。

 

「『しがいせん』とはなんじゃ?」


「シミ・シワ・ソバカスとソレはどのような関係が?」


 傍らの侍女が、筆をかまえながら迫ってくる。


 こちらの娘は、うす墨色の地味な小袖に海老茶の女袴。頭はマガレイトではなく、シンプルな下げ髪で、能面娘より五、六歳年長のようだ。彫りの深い整った容貌をしており、その肌は日本人にしては若干白すぎるような……。


「え……その、つまり……ふだんは目に見えない太陽光も、虹などでは七色に分離して見えるであろう? あれは可視光線というて、いつもは波長のちがう光線が混ざり合った状態で、人の目には白っぽい色として認識される。そして、この可視光線に対し、虹の紫色の外側にあるものの目には見えぬ波長があり、それが紫外線じゃ。この紫外線と、虹の赤色の外側にある赤外線を、不可視光線というのじゃが……」


「イネ」


「はい、意味不明ながらしかと記しましてございます」 


「大儀。では肥州殿、つづきを」


「う、うむ」


 後ろめたい気持ちがあるせいか、なぜか逆らえないボク。 


「それでな、紫外線は照射したものを殺菌消毒したり――まぁ、一般的に日光消毒とよばれるアレじゃ。ほかにも、人体に照射されると、体内でビタミンDを合成したり、骨が丈夫になるという利点がある一方、紫外線に長時間さらされつづけると皮膚やDNAにダメージを受け、皮膚がんを引き起こすリスクも出、皮膚の老化にともないシミ・シワ・ソバカスができる因になる。ちなみに、赤外線は熱を与える光線じゃ」


「うーむ、そうであったか。なんとも興味ぶかいのう、イネ?」


「はい。それにしても肥後守さまは博学でございまするな。さすがでございます」


 能面主人と速記侍女はふたりだけの世界にトリップし、ノートを見ながらウンウンうなずいている。



「しかし、いつもながら、あのふたりは変わっておりますな」


 白塗りネーサンのひとりがイヤミっぽい口調で揶揄する。


「やはり女子だてらに蘭方医をめざす御方は、われらの理解をこえています」


「ほんに。あれほどひどい痘痕にもかかわらず、化粧もせず、よう人前に出られるものよ」


 なにがオネーサンたちの気にさわったのか、エグイ発言があがる。


「化粧もせぬとは、女子としてのたしなみに欠けまするな」


 辛辣な皮肉に、マガレイト娘の眉間が0.1ミリほど寄った。

 いままでまったくゆるがなかったスッピンの能面がはじめてくずれた瞬間だった。



 ズキッ。


 

 他人にむけられた悪意なのに、なぜか胸が苦しい。


 言葉の刃で切りつけられたときのジクジクする痛み――忘れかけていた古傷が久しぶりにうずきだす。


 

 母ちゃんがイギリス人だったあっちの世界の俺は、栗色の髪に青灰色グレイシュ・ブルーの眸、日本人にしては白すぎる肌の色――まわりの子どもとはあきらかにちがった外見をしていた。


 学校というせまい世界において、『周囲ひととはちがう』『変わっている』のは致命的だ。


 自分より劣ると認定した相手への容赦ない攻撃。

 多数が少数をいじめる卑怯さを自覚せず、貶めることで得られる快感を、優越感だと勘ちがいするおめでたい精神構造のガキどもに囲まれ、いたぶられていた小・中学校時代。


 だが、俺のウィークポイントは高校大学くらいになれば、ほかのやつらも髪を染めたり、カラーコンタクトをするようになるため、マイナスではなくなる。


 しかし、このの痘痕は何歳になろうとも瑕疵として残る類いのもの。

 未来永劫、変化することのない弱点として。


 それに能面娘は、よく見ればベースは相当な美人で、地の部分はきめ細かい白肌。

 もとがきれいなので、その痘痕が妙に映え、それがいっそう残酷さを際立たせている。


 痘瘡(天然痘)は、江戸時代、麻疹はしかとともに最も恐れられた病気で、麻疹が「命定め」といわれるのに対し、「見目定め」と忌まれた。

 見目――つまり、病気から生還しても、みにくい痘痕は一生残り、その後の人生すら変えてしまうのだ。


 そんな悲しい定め、だれが好き好んでしょい込みたいものか!



「わたしは……わたしは、さような物言いは好かぬっ!」


 気づいたら、プルプル震えつつ、そう叫んでいた。


「わたしは、個人の努力ではいかんともしがたき点をあげつらう輩が一番キライじゃ! 自分ではどうにもならないファクターで貶めるは卑怯じゃっ!」


「「「あ……葵の君さま……?」」」


「「「容保さま?」」」


 女たちばかりでなく、居あわせた男子部のヤローどもまで石化している。



「よいのじゃ、肥州殿。かような言には慣れておる」


 復活した能面が、口角を0.01ミリほど上げて笑った。


「わらわの痘痕は凹凸が大きゅうて数も多いゆえ、白粉を塗ろうが塗るまいが完全に隠しきることはできぬ。化粧をする利がないゆえ、せぬのじゃ」



 ――かような言には慣れておる――


 ――化粧をする利がない――



 さらりと口にされた事実に胸を突かれる。

 自分が過去に受けた嘲笑を思いだし、喉の奥に苦いものがこみあげてくる。


「そもそも、痘痕があるというは、こののち二度と疱瘡に罹らぬという、なによりの証ではないか! また、それはかような大病から本復したポテンシャルの強さを示すものじゃ!」


 わけのわからぬ怒気に突き動かされ、涙目で力説する俺。


「それに痘痕をムリに隠そうとせぬ潔さは、いっそすがすがしい! なにしろ、白粉には水銀や鉛が入っておるのじゃぞ? 大名らの赤子がよう亡くなるは、乳母の胸元まで白粉が塗られ、有害物質を強制的に摂取させられているからではないか! 白粉ダメ絶対! ストップ白粉! わたしは反白粉・反眉なし・反鉄漿おはぐろ、ナチュラルメイク肯定派なのじゃっ!」


「「「…………」」」


 沈黙するギャラリー。



「イネ、いまの言葉も書きおいたか?」


「むろん。なかなかの卓見にございますな」


 一方、能面主従はマイペースで、ボソボソヒソヒソ。



「のう、肥州殿、かぼうてくれるはありがたいが、わらわはこの疱瘡のおかげで医学に興味がわいたのじゃ。別段気に病んではおらぬゆえ、もうそれくらいになされ」


「相……わかった」


 やだ、ボクったら。ヘンに熱くなっちゃって。


「それにしても、女子なれど、あっぱれな心がけじゃのう」


 なんか俺、感動したわ。

 とくに女子なら気にするはずの容姿をこき下ろされても凹まず、そんなことより自分の専攻する学問に関連しそうな話にガッツリ食いついてくるし。


「じつは、わが妹にも学問所入所をすすめたのじゃが、『異国の言葉や究理・舎密など、絶対にイヤじゃ! 下々の者と机をならべるなど、まっぴら御免じゃ!』と立腹してな。これからは、さまざまな分野で女子が活躍する時代。女子といえども、学問を修め、キャリアを積んでゆかねばならぬというに……学問に打ちこむそなたの爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいじゃ」


「なれど、わらわも学問をする許しは得たが、医師にはなれぬゆえ、学んだ知識を活かすことはかなわぬ」


 完璧な無表情の中に、そこはかとなくただよう憂色。


「それはまことか!?」


「うむ。『医者は日常的に病人や死人に触れる不浄の職ゆえ、ならぬ』と言われてのう……大名家などに生まれねば、望みがかなったやもしれぬが、ほんに口惜しいことよ」

 

 おい、なんだよ、それ?

 せっかく勉強したことを活かせないなんって、もったいないだろ!?

 

「女子には、乳ガン・子宮ガン、妊娠にともなう疾病など、女子特有の病も多い。なれど、医師はみな男ばかり。女子は具合が悪うなっても、体を見せるのを恥じて受診をためらう傾向がある。そして、病に耐えきれずようやく受診するころには手の施しようがないほど、病が進行しているのじゃ。女医の育成は今後の大きな課題。医学を修めた女子が医師になれぬとは……あってはならぬ大損失じゃ!」


「ほう、よいことを言うのう」


 能面さんの目が0.05ミリほど見開かれた。


「そうじゃ。肥州殿、一度わが屋敷にお運びくださらぬか? いまの話を、肥州殿から父に言うてほしい。さすれば父も考えをあらためてくれよう」


「ことわる」


 冗談じゃねーよ。

 なんで他家よそさまのゴタゴタに巻きこまれなきゃならないんだよ?


 しかも、倒幕派になる可能性のある福岡藩の黒田さんだよ?

 一歩まちがえたら、自分の首しめることになるじゃねぇか。

 いくら俺が女医推進派とはいえ、自分に火の粉が降りかかるなら、話は別だ!


「頼む。わらわが言うてもダメなのじゃ。肥州殿の口添えがあらば、父もわらわの願いを――」


「父親ひとり説得できぬのなら、医師など早々にあきらめるがよい!」


「なに!?」


 刹那、その目に動揺が走ったが、瞬時に感情を封印する能面さん。

 

「よいか、医師というは生半可なまはんかな覚悟ではなれぬものじゃ。考えてもみよ。己が持てる技のかぎりをつくしても助からぬ命は多く、誠心誠意治療にあたっても病が癒えぬ折は患者から恨まれもする。多くの知識と研鑚を積み、日々尽力しても報われず、そしられる理不尽な職種じゃ。さようないばらの道をこころざすというなら、他人の力をあてにせず、自力でなんとか解決いたせ!」


 ヤバい家の騒動に巻きこまれないため、俺は必死にまくしたてた。

 そのかいあってか、


「ふむ、たしかにそのとおりじゃな」


 不当な要求が取り下げられ、俺はこっそりガッツポーズをとった。

 

 それにしても、黒田さん、医者になるのを反対するくらいなら、なんで娘を学問所なんかに寄越したんだよ?


 江戸時代は、蘭学者=超変人とみなされる。

 このルックスに蘭学ソレプラスしたら、こいつ完全に縁遠くなるぞ?


 それとも、もともとアレだったから、花嫁修業的なことはあきらめて、洋学を学ばせようとしたのか?

 

 だとしたら、もう医者になるのをみとめてやったらいいのに。


 ……だが、俺には一切関係ないから、よけいな口出しする気はないけどな。

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