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「あ~、これこれ、いがみ合うてはならぬ~。仲ようせ~い」



「「「まあ、葵の君さまっ!」」」


「「「キャー! 本日も麗しゅうございますーっ!」」」


 耳をろうさんばかりの絶叫に魂を飛ばしている間に、四方を包囲されてしまった。

 退路は完全に断たれている。



(てか、なんで女子部あっちにまで浸透してんだよ、その異名(二つ名)っ!?)


 憤慨する俺をよそに、オネーサンたちは超ハイテンション。


「「「うふふ、こんな間近で~」」」


「「「近くで拝見すると、キラキラ度十割増よね~」」」


「「「眼福ですわ~♡」」」



「こ、これ、女子がさような大声を出すな……」


 ぎこちない笑みをうかべ、懸命に抗議するものの、


「「「申しわけありませぬ~♡」」」


 詫びているようで、まったく反省などしていない。


 そして、構築された攻囲網は徐々にせばまり、いまやアリの這いでるスキもない状態だ。

 脂粉と香の混ざった高濃度の神経ガスに侵され、しだいに意識が朦朧もうろうとしていく。


(だ、だれか~、助けて~!)


 背後の男たちに目線ですがるが、救助の手が差し伸べられる気配はない。



 おい、おめーら、俺ひとりにこんなヤバい仕事押しつけやがって!

 結局、幕政あっちでも学問所こっちでも、厄介事はみんな俺に丸投げか!?

 なんで、いつもこういう星まわりなんだ?


 

 とにかく、今回の諍いはいったんこじらせたら、面倒なことになるのは火を見るよりあきらかだ。

 完全に中立の立場で仲裁し、双方に恨みを残さないよう、最適な落としどころにもっていかないと、とんでもないことになる。


 たとえば、黒田側をかばえば、元奥女中たちの反感をかってしまう。

 そうなれば、いままで細心の注意をはらって進めてきた大奥解体に対する不満が噴出し、再度問題化するおそれがある。


 また、以前より客単価は下がったとはいえ、オネーサンたちはいまでも会津うちの上得意さま。

 現に、いまも全員うちのべこコボグッズをお持ちだ。


 毎度おなじみのべこコボストラップにくわえ、

 ちょっとお高め赤瑪瑙めのう製べこちゃんチャーム。

 春夏用ホワイト基調のコボちゃん柄信玄袋。

 学問所風新型ヘアスタイルに欠かせないリボンは、臙脂えんじに白でベコを刺繍したシックなお嬢さま系と、白地に青い小法師コボをあしらったレース付清楚系の二種類をご用意。

 さらに、お豊会々員で、呉服屋若旦那の正左衛門さんと提携して作った、べこコボ・ワンポイントマーク入りオリジナル女袴などなど、あれもこれも、わがアンテナショップの品ばかり。

 この乙女たち(金づる)を裏切るようなマネは絶対にできない。



 かといって、元奥女中サイドに立った裁定をしたら、外様雄藩の筑前福岡藩四十七万石を敵にまわすことになり、それがきっかけとなって、この世界での倒幕気運が起きたら目もあてられない。

 戊辰戦争回避のため、黒田さんの恨みをかうことは、断固避けなければならない!


 そんなこんなで、ここはうまく切り抜けないと、未知のフラグを量産することになってしまう。



 つーても、カノジョいない歴=年齢の俺に、対女子用交渉スキルなどあるわけがない。


 なら、ムリせず、できる範囲でなんとかしよう。 

 とりあえず、こいつらをここから退去させて、通行できない=練習に行けない問題だけでも解消しなくては!



「し、種々事情もあろうが、ここは出入り口じゃ。かようなところでやり合うては、みなの迷惑になる。話し合いならば、ひとまず教場にもどり、じっくりおこなうがよい」


 女子部校舎に引き上げてくれたら、俺も不介入ですむんで、ぜひ、そっちで思う存分やってください!


「いえ、そう申したのですが、黒田さまがお聞き入れくださらず、勝手に遠侍にむかってしまうもので、しかたなくこちらで話し合うていたのです!」


 リーダーらしきオネーサンが、憤懣やる方ないようすで訴える。


「……そ、そうであったか」


 くそ、すでに提案&却下済みか。


 じゃあ、しかたない。こうなったら、いつものあのテでいくか?

 いつもの、未来知識でケムにまく作戦で。

 

「こたびの儀、仄聞そくぶんするところによると、諍いのもとは、かの遠足勝負らしいのぉ?」


 さりげなく誘導すると、

 

「「「そうなのですっ!」」」


 赤べこのごとく、ブンブンうなずく白塗り軍団。


「「「来たる葵の君さまと伊勢守の果し合い、われら女子部一同打ちそろって応援にまいろうと、みなで決めたのです!」」」


「そなたらの気持ちはうれしいが、あれは学問所の行事ではない。さような気づかいは無用じゃ」


「いえ、こたびの勝負には葵の君さまだけではなく、学問所男子部も多数参加いたします。中には兄弟、従兄弟ら、ゆかりのものも出場するものもおります。女子部とて局外とは申せません!」


 リーダーがはげしく言いつのる。


「ゆえに、みなで応援をと決したところ、ここにいるふたりは『さような暇があったら、一冊でも多く蘭書を読みたい』などと断られたのです!」


「「「同じ学問所の仲間が戦うというに」」」


「だというて、興味のないものに強制するは感心せぬな~」 


 怒り再燃のオネーサンたちにたじろぎながらも、俺は懸命に言葉を紡ぐ。


「なれど、この学問所は、あたらしき日本の礎となる人材を養成する場。また、その人材が互いに協力協調し、この邦をよりよき方向に導く修練の場。ならば、団体行動を乱すは、その趣旨に反しまする!」


 さすが、女の戦場・大奥で長年鍛え上げられたディベート力。

 俺ごときには、かんたんに論破できねぇ鉄壁の論陣だ。

 こいつらが外交官になったら、軍艦数隻に相当する防衛力になるな。


「そ、そなたらの言い分ももっともなれど、わたしはそなたらの身を案じているのじゃ。もっと自分を大事にしてほしいの~」


「「「案じて? 大事?」」」


 よし、かかった!


「さよう。勝負がおこなわれるは、桜が満開となる穀雨こくうに近きころ。晩春の陽ざしは、紫外線量も多く危険なのじゃぞ? 強烈な紫外線によって、そなたらの白磁のごとき玉の肌が焼かれ、シミ・シワ・ソバカスができては取り返しがつかぬ。ゆえに、女子部の手弱女たおやめらは紫外線を避け、学寮よりわれらの健闘を祈願してほしい」


「「「しがいせん? シミ・シワ・ソバカス?」」」


 目をしばたくオネーサンたち。

 

(はい、一丁あがり!)




 と、そのとき、


「イネ、いまの肥州殿の言、しかと書き留めたか?」


 背後から、なめらかなコントラルトが聞こえた。


「はい、御一おいちさま。なれど、意味がようわかりませぬ」


 先ほどより、いくぶん高い女声がそれに応える。


「うむ、そうじゃな。もそっと詳しゅう聞いてみよう。これ、肥州殿」


「む?」


 守名を呼ばれ、反射的にふり返――


「……あ……」



 ――詰んだ――

 


(おのれ、規約破りの守名かみめい呼びをー! 風紀委員長の眼前で、おぬしら、よい度胸だな!) 

 はるか遠くで聞き覚えのある恨み節が上がった気もするが、いまの俺にはそちらに向ける意識など1ミクロンも存在しない。



「肥州殿」


「…………」


 全身から噴出する大量の冷や汗。


(ひぃぃ~~~! やっちまったー!)


 大勢の学生諸君の注視する中、俺はつめたくなっていく手を固くにぎりしめた。

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