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127 痛惜

「観念なさいませ。もはや逃れることはできませぬ」


 絶句する年少者に同情したのか、さとす小栗の口ぶりがひどくやさしい。


「ひとまず部屋にもどりましょう」


「……いやじゃ」


 簡単にあきらめられるか!

 これは理不尽な人生から脱出するための、最初で最後のチャンスなんだ。


「いやじゃー! どうしてもゆきたいのじゃー!」


「殿!」


 ダダをこねる主君に、新小姓頭から記念すべき初説教。


「第一、おひとりで異国に渡り、どのように方便たずき(生計)を立てるおつもりですか? ご自分で銭一枚稼いだことも、蔬菜そさいひとつ育てたことのない御方が?」


「それくらい考えておるわ!」


 たしかに、容さんは生活費どころか自炊・掃除・洗濯すらやったことがない。

 浅田の言い分ももっともだが、俺は容さんとはちがう。

 それなりの当てがあればこそ、実行に移したんだ!

 

「では、どのように?」


 黙ってなりゆきを見守っていた前任者が、ゾッとするような笑みをむけてきた。


「い、言えぬ」

  

「なぜですか? それほど自信がおありなら、ぜひお聞かせくだされ」


「……いやじゃ」


 やばい……そこを突っこまれると……マジで。


「ぜひとも」


 冷ややかな笑みとともにうながす般若。

 

「……ぐぅ……」


「さては、なにか後ろめたいことがおありなのですね?」 


「後ろめたいことなど……なにも……」


 お、落ちつけ、落ちつくんだ。

 動揺を見せたら、気取けどられる!


「……ふふふ、そういうことですか」


 俺を凝視していた大野は、突然表情をやわらげた。


「粂之介、荷をこれへ!」 


「はっ!」


「あ゛ーっ!」


(しまった! 視線をたどられた!)


 どうやら俺は無意識のうちに、荷物をチラ見していたらしい。


 隠し事をあっさり見破った大野は、森から非常持ちだしセットを受け取ると、手ぎわよく結び目をほどき、検分をはじめる。

 幕臣たちはそれを円形に囲み、取り出される俺の私物を全員でチェック。


 ―― 着がえ、小判百両が包封された後藤包ふたつ、筆記用具と ――


「……ん……?」


 最後の最後に、一番下に入れておいた木箱が手に取られた瞬間 ――


「やめろ! 開けるなーっ!」


「「「これは……」」」


 箱の中から出てきた紙の束をひと目見、一斉に息をのむオッサンたち。


「どういうことですか?」


 目付・岩瀬のするどい眼光に、一気に汗が噴き出す。


「これは、まぎれもなく公方さまの花押入り奉書紙。たしか、異国との条約締結の際、日本国王の署名入り公文書が必要だと侯が進言され、書き損じ分も考慮し多めにお預かりしたものではありませぬか。かようなものを、なぜ持ちだそうとなさったのです?」

   

「た、たのむ~、見逃してくれ~! 武士の情けじゃ~!」


 体裁もプライドもかなぐり捨て、必死に嘆願。


「正直にお答えなされっ! これ以上隠し立てなさると、御為になりませぬぞ!」


 これぞ目付というきびしい追及。


「いや……(えぐえぐ)……それだけは……(うぐうぐ)……口が裂けても……」


「もしや、この奉書紙で辞令書を偽造し、領事として赴任するつもりだったのでは?」


 甲府徽典館学頭・矢田堀景蔵がズバッと指摘し、


「「「なんと!」」」


「そうなのですか? 偽の辞令で現領事・松坂殿と交代し、公費でアメリカに滞在しようともくろまれたのか?」


 岩瀬の冷酷な聴取がつづく。


 ちなみに松坂とは、ペリーのディナーパーティで罠にはめた元目付で、初代在米日本領事・松坂萬太郎のことだ。


「くすんくすん」

 

(さすが、徳川ドリームチーム……洞察力ハンパねぇ……)


 全身の力がぬけ、その場にへたりこむ。

 オッサンどもは、上位者の俺を見下ろすことができないため、全員廊下に片膝をつく姿勢に。


「申しあげるまでもございませぬが、公方さまの花押入り奉書を悪用し、公文書を偽造するなどもってのほか。こととしだいによっては、極刑に処せられる重罪ですぞ」


 最前列の岩瀬が、険しい表情でたたみこむ。


「それにしても、侯らしからぬ浅慮……たとえ偽の辞令で一時いっときは職についたとしても、松坂殿が帰国いたせばすべて露見してしまいます。そのときはどうなさるおつもりだったのですか?」


「公方さまには……(うぐうぐ)……渡米後、お許しを……(うぐうぐ)……いただくつもりで……(うぐうぐ)……」


 サダっちは汚料理をふるまったり、ナチュラルにパワハラしてくるけど、基本は話のわかるいい主君だ。

 だから、日本からアメリカに行かせてくれと言ったら拒否られるだろうが、先に行っちまって、あとから「こっちで働かせてくれ」と一生懸命お願いすれば、なんとかなるはずだと思って……。

 以前、予定になかった池田の若年寄就任を追認したように。



 ふいに、

 

「殿、なぜそれほどまでアメリカに?」


 真正面に陣取った大野が、やわらかな口調で聞いてきた。


「事としだいによってはご助勢いたしますぞ?」


「(ぐすん)……まことか?」


「はい、武士に二言はございませぬ」

 

 いままで見たこともないような慈愛にみちた笑顔。


「「「大野殿!?」」」


 般若の寝返りに、パニくる外交団。


「「「なにを申される!?」」」


 わき起こる囂々たる非難(大ブーイング)


 それに対し、大野は、


「たしかに殿はお小さいころよりわがままばかりおっしゃられますが、たいていはお諫めいたせば、すぐあきらめられます。

 ただ、何度お諫めしてもかたくなに主張なさるときには、いつもそれなりに筋の通った理由がおありでした。ゆえに、こたびもなにかあるのでは、と思いまして」


「「「……大野殿……」」」


 しずかな語り口に、なぜか涙ぐむヤローども。

 なにかやつらの琴線にふれるものがあったらしい。


 オッサンたちの涙をさそった忠臣は、あらためて俺に向き直った。


「重罪を犯してまで渡米なさろうとするからには、おそらく深いお考えがあるにちがいありませぬ。

 けっして、『公方さまに振りまわされる人生に疲れた!』とか、『いわくつきの姫君と夫婦めおとになるのはゴメンだ!』などといった【つまらぬ動機】ではなく、万人が納得しうる【相応の理由】がおありなのでしょう」


「…………」


 超絶パワハラ上司(家定)と、恐怖のデス●ート姫(薩摩の妖奇妃)――まさにソレなんですが……。 


「「「そうなのですか!?」」」


「む、むろんじゃ! さようなささいな理由で、大罪を犯すはずがなかろう!」

 

 オッサンたちの熱いまなざしに、気づくと思いっきり大風呂敷を広げていた。


「「「では、なにゆえに?」」」


「そ、それは…………たしかに外交交渉は一定の成果をあげたかもしれぬが、こたびの台命の主目的であった異国語習得は果たすことができなんだ。

 数か国語どころか、外交官として必須のフランス語さえ習得できぬまま、おめおめ故国の土は踏めぬ! なんのかんばせあって公方さまに返り申しできようか!?」


 とっさに思いついたこじつけだが、考えてみればオサムライさんには、『面目』を口実にするのが一番。

 これなら、やつらも納得 ―― と思いきや、 

 

「しかし……」


 渋面をつくり、異議を唱えるオグちゃん。


「ロシア・琉球・イギリス・フランス・清 ―― これほど多くの国々と短期に、ここまで有利な条約をむすぶことが、侯以外のだれに成しえましょうや?

 列強との外交交渉と同時に、数カ国語を習得するなど、そもそもムリだったのです」


「さよう、それについては、目付のそれがしからもお口添えいたします。なれば、どうぞご懸念なきよう」


 めずらしく岩瀬も真摯な態度で同調。


「い、いや、わたし自身が納得できぬのじゃ。すくなくともフランス語だけでも……」


「「「なんという向学心!」」」


 俺の法螺カマシに打たれた純情ピュアな幕臣さん数名が涙をこぼす。


(お、イケる、イケる)

 

「それにな、わたしは今後のため、欧米各国の国情もじかに見ておきたいのじゃ」


「「「今後!?」」」


「さよう。こたびの条約締結でしばらくは時がかせげる。だが、未来永劫和平が保たれる保証はない。

 ゆえに、いずれ手切れとなった折にそなえ、列強諸国の内実 ―― 国力および軍事力・資源・産業・風土・民族性、国内外にかかえる弱点などを探っておくべきではないか? 

 ならば、この機に外交の責任者たるわたし自身が、この目でじかに敵情視察をしたいと思うてのう」


「「「そのようなご深慮が!?」」」


 とっさの出まかせ・ウソ八百なのだが、思いのほか好感触だ。


(よっしゃ、もうひと押し)と、ギアを切り替えようとした刹那、


「又一さま」


 大野が思いつめたような顔でこうべをたれた。


「ムリを承知でお願いいたします。渡米の儀、かなえてはいただけませぬか?」


「突然、なにを?」


 らしくない般若の態度に、とまどう又一。


「それができぬことくらい、貴殿もわかっておられよう?」


「なれど、殿のお気持ちも痛いほどわかるのです。先の交渉においてフランス語ができなんだ無念さが。

 それがしも、かつて諸事情により、昌平黌通学の夢を断念したことがございます。

 そのときの焦燥感・挫折感はいま思い出しても身の内が焼けるようで……。

 できますれば、殿にはさような思いをしていただきたくないのです」


「……大野殿……」


 じっとり見つめ合う大野と小栗。


 なにかと口うるさいオッサンだけど、やっぱ、あんたは日ノ本一の忠臣!


(ありがとう、般若さん……)と、ウルウルしかけたとき、


「相わかった。なれば、ともに腹を切りましょう」


 涼風が吹きぬけるようなさわやかさで小栗が宣言する。


(……はい……?)


「又一さまはじめ直参の方々にまでご迷惑をおかけいたし、お詫びの言葉もございませぬが……」


 大野は姿勢を改め、幕臣たちにむかって平伏した。


「いや、頭を上げてくだされ」


「さよう、みな、侯の並々ならぬ決意をうかがい、得心いたしましたゆえ」


「実に。これなら安心して逝けます」


 オッサンたちは妙にすがすがしい表情で、大野をいたわる。


(な……なんの話?)


 呆然とする俺に、岩瀬はいつものシニカルな笑顔で、


「われらはみな、侯をお守りし、無事江戸にお戻しするよう命じられたのです。なれど、それが果たせぬ以上、腹を切って詫びるしかございませぬ」


「腹を!?」


「随員一同、もとよりその覚悟でございます」と、栗本。


「とは申せ、われら直参は各国条約文を江戸に持ち帰り、公方さまに交渉の報告をいたさねばなりませぬ。よって、復命が済みしだい、おのおの自宅で腹を切ることとなりましょう」


 さばさばと恐ろしいことを言う使節団責任者。


「では、われら会津の随員は殿を見送ったのち、当地で。お手数ではございますが、われらの辞世と遺髪を国許の家族に届けてはいただけませぬか?」


 大野の依頼に、莞爾としてほほえむ又一くん。


「ご安心めされ。かたがたの遺品は必ずやご家族のもとに」


「「「「かたじけのう存じまする」」」


 ホッとした表情で叩頭する会津藩士一同。



 ちょ、待て、待て!

 なに具体的な打ち合わせしてんだよ?


「バカなことを申すな!」


 なんで、だれも反対しないんだよ?

 おかしいだろ、この展開!?


「「「われらのことはお気になさいますな」」」


「「「どうかこの邦のため、存分にお働きくだされ」」」


 怖いくらいおだやかな面もち。

 生への執着などみじんも見られない透徹したまなざし。


(おい……勘弁しろよ……)


 ようするに俺の自由は、こいつらを犠牲にしなくちゃ手に入らないってことか?

 俺がくびきから解き放たれるためには、複数の人間の命が……。


「できるわけがないっ!」


 そう叫んだのは、本当に俺だったのか?

 それとも、見るに見かねて、またでしゃばってきた宿主(容さん)か?

 いろいろな想いが錯綜し、自分でも判然としない。


「そなたらを……わたしなどより数倍も……これからの日本にとって決して失ってはならぬ有為な人財が……わたしのせいで……そんなことは……そんなことが……絶対にあっては……(うぐうぐ)」

 

 俺よりはるかに優秀で有能なサムライたちを、こんなところで死なせるわけには……。


(……終わった……)

 


 かくして、幕府外交使節団はひとりも欠けることなく、帰国の途についたのであった。


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