125 日清約定
清さん、清さん。
オタクみたいな大帝国にとって、あんな琉球なんてちっこい島のひとつやふたつ、屁でもないでしょ?
だから、もういいかげん、板さんにからむのやめてあげて?
でね、島つながりで大事な話があるの。
いやね、琉球王の尚さんに託ってきたんだけど、
「オタクの台湾、なんとかなりませんか?」だって。
なんでも琉球の漁民が難破すると、よく台湾に流れ着くんだけど、せっかく助かったのに、現地人に殺されるケースが多いらしいんだ。
べつに侵略しに行ってるわけじゃないのに……ちょっとひどくない?
「もっときっちり治安維持してください!」とも言ってたよ。
え、なに?
「そんな辺境の島にまで手がまわるか」?
「こっちは洋夷どもに好き勝手されて全然余裕ないんだ」?
「台湾人なんて化外の民は守備範囲外」?
いくらなんでも、それはないでしょ?
「いや、あそこは清政府の管轄地域じゃないから」?
おーっと、責任回避発言、キター!
じゃあ、そこまで言うなら、台湾に日本の現地事務所おくよ?
いいでしょ、それくらい?
オタクがやってくれないなら、自衛するしかないもん。
なにかあったときのために、日本人漂流者が逃げこめるシェルター的なもの造っとかないとさ。
「ダメ!」?
「日本みたいな小国の施設設置はみとめない」?
ほれ、きた、お得意の中華思想っ!
なら、責任もって、日本人の生命の安全、保障してよ!
「それもムリ」?
おい、てめー、いいかげんにし……っとっと、つい口がすべっちゃった。
なに?
「しかし、わが国に朝貢したいというのなら、設置を考えぬでもない」?
は? 朝貢!?
いやいや、絶対ないから!
第一、なんで欧米の威嚇に屈することもなく、英仏米露蘭五カ国と対等な条約をむすんだ日本が、清に臣従しなくちゃいけないの?
うちの将軍はどこぞの皇帝とちがって、銃砲の音におびえて奥地に逃げだしたり、近臣の讒言を真にうけて、有能な指揮官を前線から外したりしないもん。
指揮官飛ばした結果、案の定ヤバい感じになっちゃったんだって?(ププッ)
で、しかたなく家臣が必死で講和むすぶと、「なに不利な条件のんでんだよ!?」ってブチ切れて左遷?
うわー、不条理だわー!
日本ではありえなーい!
(もっとも、ちがう不条理はいっぱいあるけどね……)
そんな労働環境じゃモチベーション下がりっぱなしでしょ、葉さん?
お気の毒に。
そこへいくと、徳川将軍なんて国防費捻出のために後宮つぶしたからね?
宮廷費大幅ざっくりカット……なかなかできることじゃないよ?
そのお金でいま軍艦発注してるし、操艦のエキスパート養成校 ―― 海軍伝習所もつくったし、どこかの国とちがって、トップの危機感、ハンパなくデカいから。
下に責任転嫁するどころか、率先して痛みに耐えて、がんばってるもん。
リーダーの資質って大事だねぇ。
しかも、巧みな外交交渉のすえ、アメリカ・オランダとは同盟むすんだんで、うちが困ったら防衛協力してくれるんだよ~。
それに、ロシアとはきっちり国境線も画定して、いちおう友好関係にあるから、イギリス・フランスがインネンつけてきても、ロシアカードちらつかせれば、やつらも好き勝手できないってわけ。
ね、オタクとは全然ちがうでしょ?
〈…………〉
ふふ、反論できないよね?
全部本当のことだもんね?
それに、そろそろクリミアの方も片がつきそうだし、停戦すれば英仏が本格的に乗りこんでくるんじゃないかなぁ。
しかも、ヨーロッパで不凍港獲得に失敗したロシアも清狙ってるし、オタクの国の言葉でいうと『四面楚歌』?
あーら、たいへん(棒読み)。
でもね、こう言っちゃ失礼かもしれないけど、清にはホント同情してるんですよ。
なまじ国土がひろくて、資源も豊富だからお得感いっぱいで、そのうえ、人口も多いから市場としても有望ときてる。
欧米列強にねらわれる条件、てんこ盛りだもんねぇ。
だから、台湾に事務所ができたら、うちが入手した情報コッソリながしてあげようかな、って思ったんだけどなぁ。
列強の動向予想なんて、けっこう役に立つんじゃないの?
〈…………〉
なに、そのうさんくさそうな顔?
租借や割譲してくれって言ってるわけじゃあるまいし。
オタクが台湾をビシッと監視してくれるのがベストだけど、それはできないんでしょ?
じゃあ、お金かけても自前で保護施設つくるしかないじゃん。
オタクの手を借りずに、自国民を守るためには、さ。
「うまいことばっか言って、なんかたくらんでんだろ?」?
ま、そうねぇ。
本当のところ、たくらんでますよ。
だって、台湾がどこか列強に割譲されて前線基地化すると、日本の国土防衛上かなりイタイからね。
でも、日本から情報もらえれば、オタクにとっても悪い話じゃないでしょ?
いわば、ウィンウィン的な?
それにね、そこまで事務所開設に反対しておいて、万が一日本のかわいい国民になんかあったら賠償してもらいますよ?
ハイエナみたいな列強に独力で対峙して、国土は戦場化するし、情報はもらえないうえ、日本からの賠償請求だからね?
それでもいいの?
〈……*◎……●☆……〉
は?
「わかった、そこまでゴチャゴチャ言うなら勝手に造れば」?
あ、そう。
では、遠慮なく。
「じゃあ、鄭くんたち、ちょっとこっち来て!」
唐通詞グループから、よく似た容貌のオッサンとニイチャンが進み出る。
「台湾現地事務所設立責任者および初代所長を紹介します。
こちら、鄭父子でーす。
ご先祖は大陸出身で、一族は代々長崎で唐通詞をやってましてね、ペラペラなんですよ。
ね、適任でしょ?
ほら、鄭くんたちもちゃんとごあいさつして。
両広総督にはこれからなにかとお世話になるんだから」
〈…………〉
日本側の手回しのよさに、警戒心をあらわにする総督閣下。
〈鄭永正と申します。こちらは息子の――〉
〈鄭永甯です。以後お見知りおきを〉
ということで、よろしく。
え? 『鄭』っていうのが、すごく引っかかる?
いやいや、なにをおっしゃいますやら。
『鄭』なんて、めっちゃめちゃありふれた姓じゃないですか!
〈…………〉
閣下の不信感はさらに上昇。
「気のせい、気のせい、ドンマイ!」
〈――――〉
(くそ、やっぱ反乱軍を撃退しただけあって、このオッサン、なかなかするどいな)
―― じつは、ここだけの話、この台湾事務所開設は、長期的な展望に基づいた謀略なのだ。
コレを思いついたきっかけは、うちの昌平黌組から聞いた『国姓爺合戦』って話。
『国姓爺合戦』は歌舞伎・浄瑠璃でよく上演される演目で、史実をもとに創作されたストーリーだそうで、聞くところによると、国姓爺こと『鄭成功』は、明王朝のながれをくむ南明の遺臣で、生涯清への抵抗運動をつづけた熱い軍人さんだったらしい。
17C、明朝が内乱や満洲の征服王朝・清の侵攻などで、明朝の血統が途絶えると、鄭成功は当時オランダに占拠されていた台湾を奪取して、鄭氏政権を樹立した。
以降、鄭は、ここを根拠地として『反清復明』活動 ―― 異民族満州族が立てた王朝(清)による支配を否定し、漢民族王朝・明の再興をめざす活動 ―― をつづけたんだとか。
ところで、この鄭成功の父・鄭芝龍は海賊兼貿易商で、大陸と日本を行ったり来たりしており、成功ママは日本人で、成功くんも肥前の平戸生まれだったりする。
鄭父子は、はじめこそいっしょに抵抗運動をしていたものの、パパは途中で明の前途に見切りをつけて、清に投降してしまった。
一方、日本人とのハーフの成功くんは、日本に軍事支援をもとめる使者 ―― 日本請援使を派遣して、徹底抗戦の構えを崩さなかった。
そのときの使者のひとり・朱舜水は、味方惨敗の報に接して、復明運動をあきらめ、日本に亡命し、のちに水戸藩お抱え儒者となり、水戸黄門こと徳川光圀のブレーンとなったのは有名な話だ。
さて、外国からの救援要請をうけた日本だったが、ときはすでに鎖国体制下。
徳川幕府は検討した結果、派兵は拒否したが、明からの亡命者は受け入れたらしい。
成功くんの子孫がどういうイキサツで日本に定着したのかは不明だが、亡命後、鄭氏は代々長崎の唐人屋敷に住み、唐通詞の家系として、この鄭永正・鄭永甯親子までつづいているのだ。
(ただし、鄭成功の直系は絶えたらしい)
早い話、鄭くんたちは、二百年間外交にたずさわってきた一族だってこと。
そして、ここで一番重要なのは、明王朝遺臣・鄭成功は台湾のみならず大陸でも人気バツグンだという点だ。
鄭父子の、英雄の末裔という出自が、今回の策のキモなのだ!
いま清国内では、『反清復明』を旗印に反乱をおこす者がすくなくない。
実際、葉総督が鎮圧したばかりの広州包囲戦も、この反清復明を主張する秘密結社・天地会によるものだった。
そう、あっちの世界のように、明治政権がやったような日本からの台湾派兵ではなく、かつて台湾を拠点にして清に抵抗した鄭成功の子孫を送りこむことで、台湾内で徐々に反清復明運動を浸透させて、やがて清からの独立機運を醸成しようという、いわば『反清シンボリック作戦』なのだ。
当然、表面上は清とは対立せず、台湾にはひそかに軍事物資・人員等を支援し、水面下で独立運動を援助するつもりだ。
この作戦の目的は、台湾を列強の手に渡さないため、清からきっちり切り離しておくこと。
なにしろ、あの清のヘタレっぷりでは、いずれ台湾もどこかに割譲される恐れがある。
あっちの世界では、あと四十年くらい ―― 下関条約で日本の植民地になるまでは、そうはならなかったが、この世界はあっちとはちょっとずつちがっている。
もしかすると、近々列強の中に台湾をほしがる国があらわれる可能性だって……。
清は大陸から離れたこの島をとくに重視していない。
あっちの世界でも、こっちでも。
だから、列強からもとめられたら、簡単に了承するだろうと思ったのだ。
だが、そうなると、日本のシーレーン的には大ピンチ!
英仏あたりに強力な海軍基地でも築かれたら、せっかく琉球を傘下に入れた意味がなくなってしまう。
それを阻止するためには、列強に割譲されるまえに、台湾を独立させて、日本の友好国となってもらわなきゃ。
で、その手はじめとして、まずは抵抗運動の拠点作りから……それこそが今交渉最大の目的なのだ!
とりあえず、イヤイヤながらも建設の許可は出た!
……ん?
「くれてやるわけじゃない」?
「建設用地を貸すだけ」?
もちろん!
日本みたいなちっちゃい国じゃ、事務所維持するのでいっぱいいっぱいですって。
台湾全島支配なんてムリムリ~。
ましてや、清さんの土地をかすめ取るなんて、考えただけでもオソロシイわ。
ま、地元が独立したいっていうなら、話は別だけど……(あわわわ)……。
とにかく、アジアの秩序回復のため、日本と清、仲よく協力してやっていきましょう!
台湾かぁ。
いい人ばっかなんだよなぁ。
東日本大震災のときもすごく親切だったもん。
募金も世界一だったし、みんな日本のこと心から心配してくれて、いろいろはげましのメッセージなんかもくれてさ。
どこかの捏造キムチ国家とは大ちがいだよ。
あそこは「震災お祝いします」?
震災募金は竹島警備に使った?
人としておかしいだろ?
でも、これからはおつきあいしなくてすむのか。
よかった、よかった。
そうそう、朝鮮からの朝貢使節団 ―― 俗に通信使っていわれるアレだけど、お金ばっかかかるわりに、メリットどころかデメリットしかないもんな。
二十一世紀になったら、いつもの歴史捏造ヨタで、「朝鮮のすすんだ文化を教えにきてやった」とか大ボラこいてるけど、あいつら来日するたびに、日本のすすんだ文化や技術に発狂して悔しがって、「いつかこの国、盗ってやる!」って決意してたみたいだし。
(残念ながら、あっちの世界ではもうその願いが成就寸前……)
しかも、通信使は滞在した先々で物は盗むし、しょうっちゅうトラブルは起こすし、マナーは最悪だし……ケタちがいの蛮行に、朝鮮担当の宗家の家臣が思いあまって通信使を刺殺して、自分も切腹とか悲惨なエピソードには事欠かない始末。
(宿泊先に飾られた壺・掛け軸等調度品からフトンまで盗むし、町人の飼ってるニワトリかっぱらって乱闘になってる場面を「日本人と仲よく交流する図」とか、アホな解釈されてる絵があるけど、全然ちがうのにね)
それが、日本には一切関係なくなるとは。
いや~、縁が切れてホントよかったわ~。
清さん、「謝謝っ!」
あ、なんでもない、ただのひとり言ひとり言。
じゃ、台湾は日本と清の友好の懸け橋ってことで、いいよね?
《折衝のすえ日中両国は、後世『日中約定』と呼ばれる文書を取り交わした。
これは、内容的にはほとんど条約ではあったが、大国・清が格下の日本を対等の国家とみとめたくないという理由で『条約』の文字を避けたといわれている。
この約定では、
一)琉球が朝貢国から離脱することを承認
二)広州にある琉球館は引きつづき日本領事館として使用することを許可
三)日朝間の通信は断絶し、以後、両国の直接交流は禁止
四)欧米列強の動向についての情報を共有すること
五)台湾に日本館新設を許可する
以上の五箇条が、会談で取り決められた。》
はぁー、やれやれ。
これで、俺に課せられた最低限のノルマは終了!
外交団の連中も帰国にむけた準備に入ってるし、俺はこのへんでオサラバするか。
英仏会談後ヘソを曲げていたオリバーともなんとか仲直りできたし(※ 元首クラス用贈答品・宝石製スペシャル赤べこでなんとかゆるしてもらった)、岩瀬の行動からひらめいた方法で亡命の意思もアメリカ側に伝えたから、米領事館への受け入れ態勢もバッチリ整ってるはずだ。
(岩瀬方式 = 扇子にガイジンさんの似顔絵をこっそり描いて遊んでいた岩瀬を見て思いついた伝達法。扇子を手紙がわりにして、プレゼントの中にまぎれこませたので、あの目ざとい大野の監視もらくらくクリア)
てことで、みなさん、長い間おつきあいいただき、ありがとうございました。
では、お元気で!
(終)




