表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/188

123 余波


[とはいえ、われらは文明社会から隔絶した僻地に住まう哀れな有色人種。

 そなたら科学技術先進国には到底およばぬがのぉ、はははは]


[[[…………]]]


〖〖…………〗〗


 船室にこだまするのは俺の哄笑のみ。


[さてと……]


 固まるガイジンさんたちにむかって、極上のほほえみ。


[じゅうぶん休息も取った。

 で、交渉を再開するか? 

 それとも、このまま決裂するか? 

 わたしはどちらでもかまわぬぞ?]


 いまや主導権は完全に俺。


[ただし、条約締結をするのであれば草案どおりだ。妥協するつもりはない]


[わたしは……それでけっこうです]


 在清フランス領事が英語で答えた。


[モンティニーさんっ!?]


 上海領事オールコックが目をむく。


[わが国の養蚕が、イギリスのせいで……]


 ヒゲオヤジの恨みがましい視線が、たったいままで僚友だった男にそそがれる。


[どうか、わが国の蚕を……絹糸紡績を、織物を助けていただきたい]


[そうはいうが、アレは高性能フィルターを開発しないとムリだ]


[高性能? フィルター?]


[わが邦では必要のないものの研究・開発はやっておらぬでなぁ。頼られても困るのぉ]


 やばい、やばい、これ以上突っこまれたら完全にボロが出る。


 ヒゲオヤジの思わぬ切り返しに、背中にドッと冷汗が。


[では、せめて共同開発を! 地震発生すら予知できるその知恵を、どうかお貸しいただきたいっ!]


[そ、そうだな……考えておこう]


[それには貴国との和親が必要。フランスは草案を受け入れます]


 こぶしを握り、やる気マンマンのヒゲオヤジ。


[あ、相わかった。オリバー!]


[はい]


 もうけ話が頓挫して、ちょっと残念そうなオリバーくんは、本文記入済みの批准書をしぶしぶ取り出す。


 あとは、全権同士がサインをすれば一丁あがり。


[……信じられん……]


 あっさり仲間フランスに裏切られて、完全に孤立したハイパーゴリ押し帝国(イギリス)の代表は、一連の流れをただ呆然と見守るのみ。



 こうして、あっちの世界ではむすばれることのなかった日仏和親条約は無事締結されたのであった。




[そなたはどうする?]


 三対一。

 形勢は完全に逆転している。


[くっ、東洋人相手に……関税権も領事裁判権も片務的最恵国待遇も付与されぬ条約など……ぶつぶつ……]


 ふん、往生際の悪いやっちゃな。


[では、イギリスとはこれまでだな。

 ということで、フランス国所属船舶の長崎・下田・函館三港への立ち寄りと、当該地での補給を認め、難破船および漂流民については手厚く保護することを約束する]


[感謝いたします]


 ヒゲオヤジは、サダっちと俺の花押サインが入った批准書を受取り、うやうやしく一礼する。


 ちなみに、この批准書は白い奉書紙にあらかじめサダっちの花押を書いたものを二十枚ほど預かってきたもの。


 先日、プーさんと取り交わした日露条約も日琉合意書も、すべてこの花押入りの奉書に記入されている。

 なにしろ、日本国王のサインが入ってなければ、正式な批准書とはいえないので、出発前に用意してもらったのだ。



[……イギリスも……]


 ポツンおやじが、苦し気にうめいた。


[ん? なにか言ったか?]


[イギリスも、それでよろしゅうございます]


 世界に冠たるイギリスさんも、あえなく陥落。


[ほほぅ。よいのか?]


 そうねぇ。

 イギリスさんにしてみたら、いまはブンったばかりの清に足場を築くほうが大事だもんね。


 こんなちっちゃい国によけいな神経使ったり、かといって永遠のライバル・フランスさんの後塵を拝すなんてイヤだろうし。


 しかも、なんかヘンな技術や㊙情報持ってそうな日本とはここでつながっておかないと、あとあと自国イギリスだけ損するかもしれないしねぇ。


(別に損するほど大したもの持ってないけど、そう思わせちゃったみたいで、ゴメンね~) 


 ってことで、めでたく日英和親条約も締結された。

 


 やったー!


 これであとは清だけだ。



 ま、日程も押してることだし、いざとなったら、清との条約締結はあきらめて帰ってもいいし。


 だって、あっちの世界では、日本と清が条約をむすぶのは1895年。

 清は欧米列強とちがって、【このころは】日本に攻めてくる余裕などない。


 とりあえず、英仏二か国交渉で最低限のノルマは達成だ。



 ぐふっふっふっふ。

 いよいよ亡命~。

 もうすぐオサムライさんたち(こいつら)ともお別れだ。


 そうなると、やっぱ一度くらいマラソン大会をやっておきたかったなぁ。


 さすがに箱根駅伝は、架橋とか街道整備とか、時間も手間もかかるからムリだとしても、江戸城周回コースとか、甲州街道や青梅街道みたいな大きい川のない街道ならなんとかイケたかもな。



 あ、そうだ!

 安政二年には、たしか、日本初のマラソン大会が、安中藩で実施されたはず。


 二、三万石の小大名ができたのなら、がんばれば俺だって、開催でき(やれ)たんじゃないか?


 しまったー!

 日本初マラソン主催者の称号を逃しちまった!


 っきしょー、こっちの世界でもアレは板倉に取られるのか。


 それに……あと、できれば、近代オリンピックに出場したかったなぁ。


 えっ~と、あれは何年からはじまったんだっけ?


 第一回近代オリンピックは……十九世紀末、開催地はアテネだったよな?


 いまは1854年だから、あと四十年後か。



 それまでに、日本代表育成プログラムをきっちり作りあげて、オリンピックに標準をあわせて鍛えあげておけば、長距離表彰台独占も夢じゃなかったよな。


 そうしたら、俺は日本選手団団長として、自分の手で育てあげたアスリートたちといっしょに、アテネの空に翻る日の丸を、君が代をバックにあおぎみて……。


 ああ、悔しいなぁ。

 ちょっと、それだけが心残りで……。

 


 と、そのとき、


[日本の金・銀・銅はいかがですか?]


 調印終了後、再度供されたティーカップごしに、英国領事がふってきた。


(……へ……?)


 あら、オールコックさん、あんたもサトリ妖怪なの?


 なんで俺が考えてたことわかったの?


 日本が表彰台を独占っていう、俺の見果てぬ夢が、なぜわかった?



[いや~、それが残念なことにあまり振るわなくてのぉ]


[それは残念ですな。日本はかつてアジア有数でしたのに]


 ほ~、よく知ってるじゃないか。

 おっしゃるとおり、むかしはアジアでダントツだったんだけどね、日本のメダル獲得数。


[そうなのだ。もう一度テコ入れし直し、かつての栄光を取りもどさねばならぬのだが]


 そういえば、第一回アテネ大会では、アメリカがぶっちぎりのトップで、イギリスはイマイチだったんじゃなかった?


 あれ、もしかして、イギリスは日本(俺ら)を警戒してるのか?


[最近はどこがよく取れますか?]


 やっぱ、メダル数意識してる!


[そうだな、まず中国には勝てぬな。それに近ごろではヘタをすると朝鮮に負けることもあるのぉ]


 お家芸の柔道で、金メダル掻っ攫われたこともあったしね。


[[[ち、朝鮮っ!?]]]


 ガタガタッ!


 急に立ち上がった英仏両領事は、あいさつもそこそこに猛ダッシュで退場していった。


(な、なに……?)


[ひどいではありませんかーっ!]


 今度は、耳もとでオリバーがなぞの絶叫を上げる。


(えっ!?)


[こうしたお得情報は、わがアメリカにだけこっそりお教えくださらないと!]


(はい???)


[あー、もー、どうすればあいつらより先に本国に連絡できるんだろう!?]


 半泣きで髪をかきむしるオリバー。


(いったい、なんのこと?)




≪グレゴリオ暦1856年夏 フランス人宣教師迫害を契機に、フランス・イギリス・アメリカ連合軍と、李氏朝鮮のあいだで戦いが発生した。


 この戦争は、はじまった年の干支にちなみ『丙辰洋擾へいしんようじょう』と呼ばれるている。


 この戦争では、装備にまさる連合軍が終始優位にたち、ほどなく朝鮮半島は連合軍によって制圧され、1392年からつづいた李王朝は終わった。


 この騒乱に際し、朝鮮半島からは多数の難民が日本めざして渡ってきたが、日本はこれらすべてを清国に送り、だれひとり国内にとどまることをゆるさなかった。


 これは先年、日清両国間で取り交わした約定による処置で、幕府は全国に沿岸警備の強化・漂流民の長崎移送を厳命した。


 ちなみに、これはクリミア戦争講和会議パリ条約が締結された直後、アロー号事件がおきる前におこった戦争で、以後、朝鮮半島は二十世紀半ばまで三カ国によって分割統治されることとなった。


だが、その間、三カ国は北部の金鉱をめぐって争いが絶えなかった。≫ 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ