122 分断
ふと気づくと、隅のふたりが無言のままこっちを注視。
……む……?
やだ、盗み聞き?
てか……すんごい見てんだけど?
フランスとイギリス……か。
――お――?
そうだ、アレって、たしか……。
アレを使えば、やつらを分断できないか?
ふむ、いっちょ試してみるか。
[オリバー]
悪辣スマイルをうかべ、金箔押絵の高級扇子で手招き。
[内々の話だ]
半開きにした扇子の陰でヒソヒソ。
ただし、声はギリギリ両領事に聞こえるくらいのボリューム。
[のう、オリバー、フランス領事のモンティニーとはどういう男だ?]
[えっ、モンティニーさんですか?]
さっきのプレートテクトニクス攻撃とは百八十度ちがう話をふられ、目をシロクロさせるアメリカ青年。
[大国フランスの領事らしい、経験豊富でご立派な方……だと思います]
ま、本人がすぐそこにいるんだから、そう言うしかないわな。
[ほぅ……そうか?]
うたがうような口ぶりで、ヒゲオヤジを一瞥。
[モンティニー領事がなにか?]
いぶかしげに反問するオリバー。
[いや、なに……他人事ながら、フランス領事はずんぶんと人がよいと思うてな]
[人がいい?]
無意識のうちに身を乗りだすアメリカ領事館員。
その顔は押さえきれないキラキラでいっぱい。
[そうではないか? 自国最大の基幹産業・絹糸紡績および絹織物が、イギリスのために壊滅させられるやもしれぬというに、あのように共同歩調を取るとは、想像を絶する人のよさではないか?]
[フランスの絹が壊滅っ!?]
ガッシャン!!!
オッサンふたりのカップ&ソーサーがハデな音をたてた。
(よっしゃ、かかった!)
[これ、声が大きい! ないしょだと言うたではないか!]
オーバーにおどろいてみせ、くちびるに指をあてる。
[も、申しわけありません]
ほほを赤らめてわびる青年。
(いいよ、いいよ、そのリアクション)
[この話はまだかぎられた者しか知らぬ秘事。みだりに口外するでない!]
[は、はい]
目の端で、オッサンたちが微妙に近寄ってくるのを確認。
(むふふふ、聞いてる聞いてる……)
[じつはのう、フランス絹産業の大元である蚕があと数年でほぼ全滅するのだ]
〖〖*◎▲!〗〗
[全滅!? な、なぜ?]
[おや、聞いておらぬか? 近年、フランス本土では蚕が大量死しているという話を?]
[ああ、それはチラリと……]
[あれはな、微粒子病という伝染病だ。いまはさほど深刻な状態ではないが、あのままいけば、あと数年でフランス中の蚕が全滅するはず]
[蚕がっ!?]
オリバーくんでさえこうなんだから、フランス領事にとってはどれほどのインパクトかな~(ニヤニヤ)。
「「……なにゆえ殿は(侯は)そんなことを……?」」
横のふたりが顔を見あわせ、ブツブツ。
[微粒子病とは、いったい?]
近いよ、オリバー、近すぎるって。
[わが邦の最高機密ゆえ、それは言えぬ]
俺だって微粒子病の原因なんてわかりませーん。
清水のウンチク集も、さすがにそんな細かいところまで書いてなかったし。
ウンチク集に載ってたのは、十九世紀半ばくらいからこれが流行りはじめ、フランスでは養蚕・紡績産業が大打撃を受けたこと。
それを知った徳川家茂がフランスに日本の蚕卵紙(蚕の卵を紙に付着させたもの)を送り、なんとか復活できたっていうエピソードくらい。
早い話、家茂(いまはまだ慶福)のやさしさがフランスの基幹産業を救ったってこと。
あいつ、案外イイやつなんだな。
[そなたら欧米は東洋よりずっと科学が発達しているのであろう? ならば、われらが突きとめた病因くらい、欧米の科学者ならとうにわかっているはずだ]
〖…………〗
モンティニー方向から憎悪ビームが飛来。
ふふふ、たぶんパスツールさんあたりが、あと十年後くらいにきっと発見してくれるよ~。
[しかし、その奇病とイギリスがどう関係しているかくらいはお教えくださっても……]
[ふむ、そうだな。これは今後の日米両国にもかかわってくることゆえ、おまえにはあるていど話してもかまわぬだろう]
[ぜひ!]
フランス領事がさらに近づいてるー!
[しかたない。すこしだけだぞ?]
ぶっちゃけ、本当の病因なんて知らないけど、こじつけるのは得意だもん。
[そもそもイギリスで開発され、いまや欧米各国で使われている蒸気機関は、一方で大量の石炭を燃やすことで深刻な環境問題を引き起こしているのは存じておろう?]
[環境問題?]
[ほれ、さきほど話題にあがったバーミンガムがよい例だ。イギリスの重工業都市では街中の側壁、街路が煤で真っ黒に汚れているというではないか?]
[ああ、たしかに]
話のぶっ飛び方についてこれず、およぎまくる眸。
[おまえも外交官のはしくれなら、他国の事情にも通じ、その変異を敏感に察知できねば。
とくにアメリカ北部では重工業がさかんなのだから、かの国の重工業地帯の在りようは対岸の火事などではない]
[……はい……]
[よいか、石炭燃焼時に排出される硫黄酸化物・窒素酸化物は酸性雨の原因になり、煤煙には二酸化硫黄が多くふくまれ、大気汚染の因となるであろう?]
[そ、そうなのですか?]
まさに、キツネにつままれたような顔。
[そして、これらの成分が有害な気体となって蔓延すれば、吸いこんだ者は呼吸困難を引きおこし、死に至ることもある]
理系苦手なんで、このへんはテキトーね。
もしかするとちがってるかもしれないけど、まぁ、ソレっぽく聞こえりゃいいの。
[…………]
〖〖…………〗〗
「「「…………」」」
ありゃ……?
ちょっと電波すぎた、いまの?
[げふんげふん……そこでだ、大気中に散った高濃度の煤煙が、もし桑の葉に付着したらどうなる?
蚕の主食は桑の葉。その汚染された餌がもとで蚕に奇病が発生しているとは考えられぬか?
体躯の大きい人でさえ、悪くすれば死ぬのだぞ?
人よりはるかにちいさい蚕には、この煤煙がどれだけ毒性がつよいか想像がつくであろう?
イギリスが妙なものを発明し、広めたおかげで、フランスの養蚕業が壊滅するというわけだ]
[ああ、それで……]
うんうんと、はげしく納得するオリバーくん。
でもコレ、出まかせだから!
よい子は信じちゃダメだよ!
[とは申せ、欧米ではいまさら重工業を廃すわけにもゆかぬであろうから、養蚕はあきらめるしかないのう]
〖◆△●!〗
ヒゲオヤジがなにか叫んだ。
(やっぱ、英語わかるんじゃねーかよ!)
[ところで、先ほどのお話ですが……]
[話?]
[たしか、蚕の奇病とわれら日米両国がなにか関係があるようなおっしゃりようでしたが?]
発狂するオヤジをチラ見しながらささやくシビアな領事館員。
[おお、そうであったな!]
さて、最後の追いこみいくよ~。
[ようするにだ。フランスの養蚕が壊滅しても、絹の需要は減らぬ。となれば、いままでフランスが占めていたシェアを日米が協力して奪えばよい]
[日米が!?]
[考えてもみよ。フランスの絹糸紡績・織物業がつぶれれば、大量の職人が失職する。
そこで、その技術者たちをアメリカが受け入れ、この分野に進出すればガッポガッポではないか]
[なるほど!]
[原料の繭玉は日本に任せろ! わが邦はフランスとはちがい、幸にも【毒ガス排出国イギリス】からは遠く離れており、奇病発生の心配はない]
フランス自身もアメリカもけっこう排出してるだろうけど、ここはフランスに被害者意識を植えつけ、英仏が反目しあってもらわないと困るんで。
[しかし、日本がこれから近代化していけば、やはり工業化・大気汚染は避けられぬのではありませんか?]
おお、オリバーくん、ほんとイヤなところ突いてくるねぇ。
[ふむ、化石燃料を大量に使えばそうなるであろうな。だが]
ってか、オッサンたち、めっちゃ近くないか?
もう一メートルも離れてないぞ?
[だが、わが日本民族は、太古の昔より自然に負荷をかけぬ生き方をしておるゆえ心配無用じゃ]
[え、それはどういう……???]
[日本が近代化するにあたっては、水力・風力・太陽光など、地球にやさしいクリーンエネルギーを活用し、工場稼働の動力とする所存]
[水……風……太陽??? そ、そのようなことが可能なのですか?]
[目下、開発中だ~]
[…………]
いやね、いまあんたの国でせっせと研究してるはずなの、水力発電システム。
で、その成果を、いずれ松陰先生がアメリカから持ち帰ってくるってわけよ。
[そのようなものが……本当にできるのですか?]
なんだよ、急に疑りぶかい目になりやがって。
[むろん! なにしろ日本をよく知るあるヨーロッパ人が『日本人は蒸気機関を使わず到達できる最高の域に達している』と評しておったからのう。
そやつは、わが邦の高い技術力にひどく感心しておったわ]
なんか言い方は微妙にちがった気もするけど……ま、いいか。
[ヨーロッパ人? 鎖国下の日本で? 誰です?]
[言えぬ~。トップシークレットだ~]
いまから数年後に初来日予定の、トロイの遺跡発見者・シュリーマンだなんて、口がさけても言えねぇよ。




