121 予知
全員に飲みものが供され、英仏領事はソーサーを持って部屋の隅に移動。
極端に顔を寄せながら、時おり凶悪な目で俺をジロジロヒソヒソ。
作戦会議……すか?
じゃあ、こっちも。
[オリバー]
さっきから不自然なくらい距離を取る青年を、笑顔で招請。
[なんでしょう、閣下]
見るからにイヤそうにやってくるオリバーくん。
よほど後ろめたい気持ちをかかえているらしい。
[うまい紅茶だな]
まずは当たりさわりのない会話から。
[いい茶葉だ]
[よくおわかりで]
[香りがちがう]
[さすがです]
はい、わが家は母ちゃんのせいで紅茶党だったんで、高級茶葉はわかるんです。
オリバーの表情がほぐれたところで、さっそく……、
[領事館、か?]
[き、聞こえていらっしゃいましたか!?]
手がふるえ、カップから紅茶がこぼれる。
[ふふふ、遠かったのでところどころだがな]
[……そうでしたか]
青ざめて消沈する青年。
[のう、オリバー、さきほども申したように、不満があるならば、あちらに与してもよいのだぞ?]
[いえ、そんな……]
[ただ、寝返るならば、先に打ちあけてもらいたいものだ。
一度は同盟をむすんだ友国同士。それくらいの誠意はあってもよいと思うが?]
[寝返るなど……お人の悪い]
[領事館の件、それほど不満か?]
[…………]
板さんが断片的に聞き取った『オランダ』『アメリカ』『条約』『領事館』の語から類推できるのは、オランダ・アメリカの領事館の設置場所。
つまり、同じ同盟国でありながらオランダは日本橋本石町長崎屋に、一方のアメリカは江戸から遠く離れた下田に設置されることとなった二国間格差がもっともありそうな話だ。
しかも、アメリカ領事館の方は引き受ける寺が見つからず、目下、設置のメドすら立っていない。
そこをイギリスに指摘され、オリバーは疑心と不満を抱いたんじゃ……?
だとしたら、言いくるめる術がないこともない。
[そうか、それほど不満だったか?]
カマをかけてみると、
[だって、オランダは江戸に……それなのに、わが国の領事館は……そのうえまったく具体化せず……(ぐずぐず)……]
ビンゴ!
やっぱ、それか。
[どうも言葉が足りず、おまえに疑念をいだかせてしまったらしい。すまなかったな]
俺の謝罪に、鬱屈したような眼をむけるオリバー。
ったく、ダダっ子みたいにすねちゃって。
[だがな、領事館設置が遅れたは、むしろそなたらを思ってのこと]
[わたしたちを思って?]
[うむ、おまえが今朝がた教えてくれたアレのせいで日延べとなっていたのだ]
[わたくしが? 今朝?]
[ほれ、言うておったろう? 先日、日本の太平洋側で大地震がおき、津波が沿岸を襲ったらしいと]
[ああ……日本近海を航行していた捕鯨船数隻が目撃した大津波のことですね?]
俺たちは今朝、この大震災の一報を聞かされた。
のちに「安政の大地震」とよばれる一連の大地震の報せを。
[さよう。先の条約でアメリカ領事館をおく予定だった下田もこの津波によって相当の被害が出たはず。
もし、かの地に領事館を設置していたら、大事な同盟国領事を被災させてしまうところであった]
[し、しかし、地震がおきたのはつい最近。あらかじめ震災を予測し、領事館設置を止めていたというのは、いささか説得力に欠ける言いわけにしか聞こえません]
[なにを言う? 地震予知など、欧米の科学者であればとうにやっておろうが?]
鋭いツッコミに対し、ななめ上に回答。
[は? 予知?]
[またまた~]
ニヤニヤしながら、かるく肩パンチ。
[わが邦のような極東の非文明国でさえ、数か月先くらいならできるのだぞ。先進国のアメリカができぬわけがなかろう]
[えっ、日本では地震予知ができるのですか!?]
[いや~、できると言えるほどのものではないがのぉ。
なにしろ、今回の三連動地震も今夏、伊賀で大地震がおき、はじめてその可能性に気づいたくらいでなぁ、確度もまだそう高くはないのだ]
[夏には、すでに!?]
[うむ、太陰暦の六月半ば、グレゴリオ暦七月初旬、日本の中央部・伊賀で大地震がおきてのう。
城の石垣がくずれ、死者千人ほどの被害があったため、政府で調査した結果、年内にいくつかの地点で海溝型大地震が発生する可能性があるとわかったのだ。
海溝型地震は大津波をともなうゆえ、大事をとってアメリカ領事館設置を見あわせていたというわけだ]
[まさか……]
[まさか? いやいやいや、言うまでもないが、わが国は北からは北米プレート、西からはユーラシアプレート、東は太平洋プレート、南からはフィリピ……(ちょ、待てっ! このころフィリピンって国あったか?)……げふんげふん……南洋プレートという四つの地殻の境界線上にあるは存じておろう?]
[いえ、はじめて聞きました]
[このぉ、とぼけおって。地質学的には、この四プレートがぶつかり合って日本列島特有の弧状を形成し、つねに二大陸プレートの下にふたつの海洋プレートが沈みこんでおるゆえ、日本は世界でも一、二を争う地震多発地帯なのではないか]
大きな地震があるたび、こういう番組よくやってるから、いつのまにか覚えちゃったよ。
[初耳……です]
はずかしそうに口ごもるオリバー。
[ははは、謙遜は無用。そなたら欧米人は、つねづねわれら東洋人を遅れた未開の蛮族とあなどっているではないか? 科学がすすんだ先進国ならば、当然、地震のメカニズムおよびその予知くらい朝飯前であろう?]
[メカニズム?]
イミフ語の連射を受け、おびえたように俺を見つめる。
[そのような話は……。では、その予知が当たった、と?]
[残念ながらのう]
なんか、311を思いだしちゃう……(クスン)。
[……本当に……!?]
いえ、ウソです。
[しかし、それならオランダと同じ江戸に領事館を置いてくださればいいではありませんか!]
[バカを申すな! 江戸には来年、直下型巨大地震がくるではないか!]
[[[[!!!!!]]]]
オリバーのみならず、岩瀬・大野・板良敷の三人もフリーズ。
[え、江戸で、大地震!?]
[まことだ。この東海・南海・豊予海地震がおき、江戸地震の発生確率はさらに上がった。
それゆえ、わが政府はオランダに依頼し、横浜に外国人居留地を造成しているのだ。
完成したあかつきには、オランダ・アメリカ両領事館はここに移設し、その後国交樹立した国の領事館も横浜に置こうと考えている。同盟国・友好国が江戸で被災しては申しわけないからのう]
[そんなご深慮が……]
横浜造成は完全にこじつけです。
そもそも三連動がくるまで、安政江戸地震がいつだったか時期もザックリとしか思い出せなかったし。
[ゆえに、おまえが気にする江戸のオランダ領事館も仮のもの。居留地造成の連絡事務所が江戸に入り用になったため、この二百年オランダ人の定宿だった日本橋長崎屋を領事館がわりに一時的に使わせているだけだ]
せっかく江戸に拠点ができたオランダは、居留地が完成してもゴネて動かないだろうなぁ。
[そうだったのですか。オランダも仮の……]
つぎつぎ繰りだされる巨大なホラ話に、すっかり丸めこまれるオリバー。
[それにな、本音をいえば、救済すべき自国民を多数かかえながら、生活習慣が異なる他国人まで保護するのは、なんとしてでも避けたいのだ。
なにしろ、西洋人とは食文化がちがいすぎる。
ひとたび災害がおこれば流通もとだえ、異人の口にあう食料を調達するは至難の技。
それがもとで騒動がおきては困るゆえ、人口密集地の江戸に領事館を置きたくないわけだ]
[なるほど]
すなおに納得するオリバーくん。
じつは、これには前例があり、かつて日本近海で難破したアメリカ人が日本に保護されたとき、日本側が用意した食事があちらの好みにあわず、帰国してから「日本では食事もじゅうぶんに与えられず、虐待された!」と訴えられて、対日感情が一気に悪化したという。
先日のペリー来航のときは、この『虐待事件』を根拠に、
「日本人はアメリカ人の人権をないがしろにする!」と言いがかりをつけて、外交交渉をせまってきたという経緯もある。
ところで、日本史上『安政の大地震』といわれる日本各地で連発した大地震のうちのいくつか ―― 伊賀上野地震・安政東海地震・安政南海地震・豊予海地震 ―― は、嘉永七年におきている。
とくに、グレゴリオ暦1854年十二月二十三日・二十四日・二十六日 ―― 立て続けにおきたこの三つは被害甚大で、不吉な『嘉永』という元号をやめ、『安政』に改元されるきっかけとなった。
そして、一般的に(というか便宜上)翌二年におきた飛騨地震・安政江戸地震、三年の安政八戸地震、四年の芸予地震、山体崩壊をおこした五年の飛越地震までを総称して『安政の大地震』と呼んでいる。
つまり、嘉永七年の三連動がおこった以上、江戸はじめほかの大地震もおきる可能性はきわめて高くなった。
(「江戸直下のまえに、きっちり地震対策はしとけ」って塩大福に手紙書いとかないとな……)
亡命間近なのに、やらなきゃいけないことがありすぎっすよ。




