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今回は通訳を通した会話という設定で、本来なら[容さんセリフ・英語]→〖オリバー通訳・フランス語〗→〖英仏領事・フランス語〗→[オリバー通訳・英語]的な書き方をしないといけないのですが、めんどうなので、[容さん・英語]→〖英仏領事・フランス語〗にしています。


〖こちらは徳川王族にして日本国宰相および日本政府全権特使・松平公爵閣下です〗的無難な序奏イントロからはじまった日仏プラスワン会談は、オリバーの、


〖両国から日本国政府に対し申し入れがあった和親条約につきましては、お手元の草案をご覧ください〗のひと言で大炎上。


〖〖こ、これはっ!?〗〗


 提示された内容に、両領事ブチギレ。


〖〖話にならん! われらの要望がまったく容れられていない!〗〗


 ツバつきの抗議までハモる仲よしコンビ。


 オッサンたちに渡したこの草案は、文書作成に慣れたオリバーの同僚が日米和親条約にちかい内容をフランス語訳したもの。


 そして、これが日米条約と決定的にちがうのは、

『両国政府双方が必要とみなす場合には、下田に領事を置くことができる』の条項がない点。

 ようするに、従来の薪水給与令を条約文ぽくしただけ。 


 ちなみに薪水給与令というのは、江戸時代後期に急増した外国船寄港事件の対処法として、来航した外国船に水・燃料を与え、穏便に帰っていただくための法令。


 なので当然、貿易に関する条項はなく、強く開市をもとめる両国には到底納得できる草案シロモノではない。



 三者間で飛び交う苛烈な視線。

 ともすると、オヤジの迫力に折れそうになる怯懦ヘタレ心。


 脳内でラヴェルのボレロを流して懸命に自分を鼓舞し、いよいよガチバトル開始。



[話にならぬ、だと?]


 想定以上の怒気にビビりつつ、必死にうかべる冷笑。


[わが邦は当分のあいだ、通商をおこなうつもりはない。それで満足できぬというのなら、折衝はこれまでだ]


〖〖なんですと!?〗〗


[そなたら、なにか誤解しておらぬか? 先般、英仏両政府が江戸に親書を送ってきたゆえ、こうして話しあいの場を設けたのだ。こちらから交誼関係(通信)を乞うたわけではない]


 全力で虚勢を張ると、オッサンどもは妙な顔でダンマリ。


[わたしは日本国王から外交の全権を委任されているが、他国との条約締結は『現場にて必要と判断した場合に』おこなうよう命じられておる。

 つまり、わたしがとくに必要とみとめなければ、むすばずともよいということだ]


 ピリピリ張りつめていく場。


 となりの又一が励ますように俺を見る。


[わが邦は長きにわたり異国との交易を禁じてきたため、貿易に対する体制が整っていない。

 そこで当面は友好国船舶への補給のみをおこない、通商にむけた検討をはじめることとした。

 ゆえに即時開市はできぬ。それが不服ならば、国交樹立はむずかしいと言わざるをえない]


 怒りをふくんだ静寂。

 せわしなく交錯するまなざし。

 たがいに相手のハラを探りあう数瞬。


 ややあって、


〖ロシアとは条約をむすんだではありませんか?〗


 非友好的宣言に対し、オールコックが反撃。


〖日本がロシアにつくのであれば、こちらとしても考えがございます〗


 落ちつきはらった声にひそむ危険なニュアンス。


(……あら……?)


 なんで対露条約のこと知ってんの?

 オランダ船あたりからもれた?


 にしても、イギリスの情報力、相かわらずすげぇな。


[日露間には領土問題があり、国境線を画定するため、どうしても条約をむすぶ必要があった。

 主権国家として、自国の領土を明確にする行為が国際法に抵触するとでも申すか?]


 内心の動揺をかくし、けなげに応戦。


〖ご存じのことと思いますが、ロシアとわがイギリス・フランスは目下交戦中です。

 もし日本が軍港の提供など、ロシア側に便宜をはかるようなら、われわれは貴国も敵と見なさねばなりません〗


 武力をチラつかせ、脅しにかかるイギリス領事。


[ほぅ、ロシアと条約をむすんだだけで敵国あつかいか?]


〖いえ、そうと断定は……〗


 完璧にしてんじゃねぇかよ!


[どの国と条約を交わそうと、そなたらにとやかく言われる筋合いはない。

 しかるに、あえて内政干渉をおこない、それをもって開戦の口実にするとは、すさまじい暴論だな。

 ……なるほど、そなたらと誼を通じるのは困難なようだ。交渉はこれまでとしよう]


「「「異議なし! さような脅迫に屈しては、武士の名折れにございます!」」」


 オールコック → オリバー → 大野・岩瀬の順でつたえられたやりとりに、幕臣たちもヒートアップ。


「ふん、ああは申すが、あやつらとて本気で日本を攻める気などありはせぬのだ」


 憂い顔の又一を安心させるため、こっそり耳もとでフォロー。


「そうだとよいのですが……」


 事実上の総責任者だけに、憂色は濃くなる一方。


「又一さま、わが殿はなんのお考えもなく、あのような挑発はなさいません」


 英語通詞・大野がやさしく慰藉よしよし


「しかも、勝算なき論戦は」


「たしかにそうですな」


 ようやく破顔する又一。


「御心のままに」


 熱い信頼の双眸から送られるエール。


(ま、ご期待にそえるよう、がんばりますよ……)


 なにしろ、このころの欧米列強は武力でおどせば、たいていのことは通ると思ってる。

 だから、ここは絶対引くわけにはいかない。


 じゃ、そろそろ仕かけますか?

 武力に劣る日本ができる唯一のレジスタンス――のるかそるかの口八丁勝負を。



[ふふふ、しかし、異人どもはおもしろいことを申すのう]


「「――!――」」


 大野と岩瀬がすばやく反応。


[平野のすくないわが邦では、ナポレオン一世が編み出した騎馬による高速移動および近代戦闘はむずかしい。

 逆に、地の利のあるわれらは山谷にひそみ、自在に一撃離脱を繰り返し徹底抗戦できる。

 そうなったら、兵站の長い侵略軍側が圧倒的に不利。さようなこともわからぬかのう?]


[くわえて、わが徳川王朝は軍事政権。いざとなったら、すぐ軍事態勢に移行できます。

 この二百五十年間、つねに備えをおこたらなかったのが奏功しますな]


 俺の意図に気づいた岩瀬が、力づよく首肯。


[あやつらは、われらが清のごとく即座に降服すると思っているようだが、抵抗が長引けば、わが邦に呼応し、アジア各国で騒乱がおきるとも知らずに。

 この清はおろか、掌中の珠ともいうべきインドさえ完全に制圧しているともいえぬイギリスと、アジアに進出したばかりで足元もまだ固まっておらぬフランスが、かようなところで恫喝まがいの折衝とはのう]


[まことに。会談決裂と決まれば、わが邦の諜報網を通じ、アジア各国政府にこのいきさつを知らせましょう。

 どの国も欧米に対する不満が高まっておりますので、「不当な植民地支配に抵抗する軍事同盟」を結成するは容易。

 しかるのち、アジア諸国で一斉蜂起すれば、いくら最新兵器を持つ英仏といえども、たやすく制圧はできますまい]


[英仏両国は本国との距離がありすぎる。兵員補充・補給をしたくとも、東洋での補給基地自体が抵抗運動の拠点となろう。そうなれば現在の権益すべてを失い、いやでも撤退せざるをえまいに]


[ほんに欲を出すとロクなことになりませぬな~]


 岩瀬の十八番おはこ『せせら笑い』が炸裂。


[おお、そういえば、あと数年で某国にて大規模な反乱がおきる予定ではなかったか?]


 そう、インド大反乱――むかし「セポイの乱」とよばれたアレ――が、おきるのは1857年だっけ?


[首尾は上々にございます]


[ふふふ、楽しみじゃの~!]


[あいや、お二方。密談は日本語でなさいませ! 敵に筒ぬけでございますぞ!]


 もったいぶった表情で割って入る大野。


[なに、われらは英語で話しておったのか!?]


[これはしたり!]


 岩瀬がわざとらしく照れ笑い(テヘペロ)


[も~、お気をつけくだされ~]


 飛びきりの笑顔でたしなめる般若さん。


[すまぬ、すまぬ]


[申しわけござらぬ~]


〖〖〖…………〗〗〗


 顔を強ばらせ、固まる白人トリオ。



 とりあえず出鼻をくじくことはできたようだ。



 と、


〖■◎▼☆▲♭★□ 〗


 イギリス領事がオリバーに耳うち。


〖▲β●……Amérique……◆○□?〗


 ハッと息をのむオリバー。

 みるみる浮きあがる玉の汗。


〖★△$*◎▼☆◆ Holland □●▽〗


 オールコックにつづきフランス領事が逆サイドからヒソヒソ。


〖……◎◆……▼☆……〗


 

 空気ムードがかわった。



 

「はじまりましたね」


 三人を凝視しつつ、大野がポツリ。


「英仏が懐柔工作にでたようです」


「存外早かったな」


 予想はしていたが、早すぎだろ?


「計算外のアメリカ領事館員列席と、恫喝にも屈しないわれらの態度に業をにやしたのでしょう」


「さてさて、どうなさいますか?」


 傍らの岩瀬がなぜかうれしそうにニヤニヤ。


「案ずるな」


「いえ、案じてなどおりませぬ。この危地を肥後守さまがどう切りぬけるか、本当に楽しみで楽しみで」


「「…………」」


 おい、こっちは脇汗マックス心臓バクバクでやり合ってんのに、なにそのワクワク面はっ!?


 ちっ、おぼえてろよ。



「板良敷」


 背後の男を招く。


「どうだ?」


 最小モードで問いかける。


「オランダ、アメリカ、条約、あと領事館という語が。あとは声が小さくて、よく……」


「うむ、大儀」


 サブ通訳の板良敷はかるく一礼し、半歩さがった位置にもどる。

 言うまでもなく、板さんはオリバーが離反したときのバックアップ要員だ。


(やっぱ、スタンバらせといて正解♡) 


 そして、疑惑のオリバーは終始無言のまま。

 だが、後ろめたそうにこっちをチラ見するようすから、日米離反工作なのはモロばれ。


 日本人の『察し力』ナメんな!

 言葉はわからなくても、空気でわかるわい!


「それにしても……領事館……とは?」


「すこし探りを入れますか?」


「そうだな」



[オリバー殿]


[な、なんでしょうか?]


 大野の呼びかけに、かわいそうなくらいキョどるオリバーくん。


[わが殿が茶を所望されておられます]


[そ、そうですね。話しあいも膠着しておりますし、休憩をはさんだほうがいいかもしれませんね]


 青年は逃げるようにそそくさと退出し、ほどなく数人の男たちが大ぶりのティーポットと大量のカップを手に入室してきた。



 開始三十分で、早くもティーブレイクに突入する展開に。

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