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119 調略

[まだわからぬか?]


 内心の動揺をなんとか抑え、虚勢を張りつづける俺。


[やつらは駆け引きに長けた外交巧者。日本単独で対処したら、かならずやわれらの裏をかき、同盟国アメリカ以上の特権を得ようと企むにちがいない。

 だが、わたしは敬愛してやまぬそなたの父を裏切るようなマネはしたくない]


[け、敬愛!? 裏切る!?]


 意外な称賛の辞に素にもどるオリバー。 


[キャプテン・ペリーは尊敬に値するすばらしき軍人である]


[[まことに!]]


 息のあった合いの手でヨイショ。


[先般、そなたの父は危険な冬の海をわたり日本を再訪した。

 己の命をかえりみず、祖国に殉じることも厭わないこの姿勢は、まさに武人の鑑。

 そして横浜でもまた、ペリー殿は武人らしく正々堂々と交渉にのぞんだ。

 まるで国同士の戦のごとき、清々しき立派な態度であった!]


[[みごとでございました!]]


[そ、そうでしたか……]


[だが、あやつらはちがう。己の主張のみを振りかざし、相手に対する敬意も配慮もない!]


[ふっふっふ、ご存じのように、わが邦の情報網は完璧です。欧米各国の悪事はすべて把握しておりますから]


 うちの般若にすごまれ、しだいに青ざめていくオリバー。


 まぁ、アメリカさんもあちこちでいろんなことしてるしね。


[たしか、かのアヘン戦争では、イギリスは清に有害なアヘンを強引に売りつけたうえ、己の不正行為より出来しゅったいした騒動を利用して戦をおこしたのですな?]


 こちらは、すずしい顔で巧妙に話をリードする岩瀬。


[さよう。アヘンには鎮痛作用があり、医療でごく少量を使う分には害はないが、過度に服用すると幻覚症状を起こし、やがて常習――中毒になる。

 清国のようにアヘン吸引の悪弊が広まれば、健康を損なう者も増え、社会が退廃していく。

 いうなれば『人間やめますか? アヘンやめますか?』といったところだ]


[[うまいっ!]]


[…………]


 あ、このキャッチコピー、パクリだから。


[清は十八世紀末からアヘン輸入を禁じ、その後も幾度となく禁令を出したが、アヘン密輸入はやまなかった。

 イギリスは清から輸入する茶の量が激増し、赤字になった対清貿易の打開策として植民地インドで栽培したアヘンを大量に輸出し、やがてもくろみどおりアヘン輸出増加により貿易収支は逆転した。

 つまり、イギリスは他国民の健康被害などどうでもよいのだ。自国さえもうかればな。

 しかし、国民を保護する立場にあるわれらとしては、このような事態は断固阻止せねばならぬ。

 英仏両国が貿易を強硬にもとめてくるならば、われらは戦も辞さない覚悟だ]


[いかにも。あやつらは理不尽な要求をしてくるでしょう。たとえば、オリバー殿の父君が潔く撤回した要求を、力をちらつかせながらもぎ取ろうとしてくることも]


[アメリカとは大ちがいですな!]


[…………]


 大野と岩瀬のキツイ皮肉に黙りこむオリバー。


 ま、ペリーも砲艦外交でそういうことをしようとしてたわけだから、同じ穴のムジナだろ。


[おそらくは。だが、残念なことに、われらは国際外交にまだ慣れておらぬ。

 一対一の闘いならば負けはせぬが、あやつらは卑怯にも二か国での折衝をもとめてきた。

 ここで、ささいな言葉尻を取られ、英仏にアメリカ以上の特権をあたえてしまったら、わたしはおまえの父を裏切ることになってしまう。

 凱旋帰国どころか、英仏の得た条件を取れなかったフヌケと罵倒されるであろうな]


[そこまで父のことをお考えくださっていたとは……]


 複雑な表情で凹む孝行息子。


 よし! 大野! 岩瀬! 

 ここからは怒涛のラストスパート突入だっ!


[だからこそ、アメリカを出し抜きたい両国は会談の場にアメリカ領事館員を入れることをイヤがるはず。

 そこで、われらはフランス語がわからぬフリをしようと決めたのです。

 こちらにフランス語のわかる者がいないとなれば、当然、通訳を入れなければなりません。

 この会談に無関係のアメリカをくわえるためには、通訳という形を取るのがもっとも自然ではありませんか?]


 大野の口調がいっそう熱をおびる。


[……なるほど]


[英仏とてアメリカ領事館員が目の前にいるのに、同盟国以上の待遇を要求するといった厚かましい態度はとりにくい。おまえが傍らにいてくれれば、両国を牽制できる]


[たしかに]


[わたしは同盟国アメリカに対し、つねに公明正大でありたいし、両国の信頼関係をこわしたくないのだ]


[閣下のご配慮に感謝いたします]


[なんの。おまえはわたしの大事な友人であり、おまえの父はいまや日本の武士すべての尊崇の的なのだから!]


[ち、父が尊崇の!?]


[ええ、そうですとも! ですから、その御方の努力・名誉が踏みにじられるような事態は避けたいと、われらは考えているのです]


[……なんという真情……]


[当然ではないか。そなたの父は二百五十年間鎖されていたわが邦の扉を平和的に開いた偉大な名将!

 砲弾と銃によって清を開国させた野蛮なイギリス人とはまったくちがうのだからっ!]


 いや、けっこう強硬だったけどね。


[は、はいっ! わたくしも父の名を汚さぬよう、精いっぱい相つとめます!]


[よくぞ申した! それでこそわが親友、栄光あるアメリカ海軍大佐ペリー殿の息子だ!]


[閣下っっっ!]


 感動に打ちふるえるオリバーを確認したあと、ふたりに目くばせ。


 さてと、最後にもうひと押しね。


[……とは申せ、アメリカにはアメリカの利があろう。もし、会談の中で英仏側についた方がよいと判断したら、遠慮なくわが邦を切ってくれてかまわぬぞ?]


[か、閣下!?]


 いきなり真逆なことを言われ、呆然自失。


[いや、よいのだ。われらはそれぞれ国益をまもらねばならぬ立場にある。

 キャプテン・ペリーが祖国のために命がけで海をわたったように、おまえもそれがアメリカのためになると思えば、冷徹にそう判断すべきだ]


[だがな……]


 そこで、最高に意地悪そうな顔でニヤリ。


[そのときは、そなたの父がむすんだ条約は破棄されると承知しておろうな?]


[破棄!?]


 涙目つきの驚嘆。


[当然ではないか? この条約は両国の信頼のもとにむすばれた約定。そちらから反故にしたものを、わが邦のみが順守する義理はない]


[[おっしゃるとおりにございます]]


 深々と相づちをうつ侍コンビ。


[聞くところによると、キャプテンはいまだ帰国の途にあるとか。

 このあとの交渉しだいでは、祖国に錦を飾るどころか、帰国したときには苦労してむすんだ条約が、一年とたたずして破棄されているとは……]


 岩瀬のイヤミは英語でもかわらぬ破壊力。


[しかも、実の息子によって……]


 冷血般若がひとこと言い添える。


[他人事ひとごとながら、同情を禁じえぬのう]


 ガクブルオリバーをガン見しながら、さらに追撃。


[日米両国の外交史に残る偉業が……惜しいことを……]


 言葉の端々にトゲトゲをしのばせる大野。


[さぞや無念であろうのう]


[日本初の条約締結国の栄誉はオランダに奪われるのですな?]


[慰めたくても、かける言葉も見つからぬのう]


 おい、岩瀬、なんかさっきからずいぶんノリノリだな?


[このような事態ことになっているとも知らず、いまごろキャプテンは大西洋上で絶頂感を満喫しておられるのか……]


 岩瀬のうれしそうな声が室内にこだまする。


[[[……まことに痛ましい……]]]


[…………]

 


 そんなこんなで、アメリカ領事館員オリバーは、日本側通訳として会談に出席することに同意したのであった。



 

 強烈なメンタル攻撃にさらされたアメリカ人がフラフラ退出すると、入れ替わりに待機していたオサムライさんたちがなだれ込んできた。


「「「首尾はいかに!?」」」


 その性急な質問に対し、岩瀬が無言のまま親指を立てた。

 なんでも、アメリカ艦の中には日本語がわかる者がいるというウワサもあり、これは立ち聞きされないための配慮らしい。


「「「――っしゃー!――」」」


 全員その場でガッツポーズ。


「いや、まだ安心するのは早い。会談の中ではなにが起きるかわからぬでな」


 思いっきり脅しておいたとはいえ、オリバーも外交官のはしくれ。

 あっちが示す餌の種類によっては、日本を見限り、欧米グループ側で立ち回る可能性もなくはない。


「「「はっ!」」」


 せっかく注意喚起したのに、みんなの表情は妙にあかるい。


 なんか……この信頼感が……切ない。


 なにしろ、俺はもうすぐ祖国を捨て亡命する身。

 そんな目で見られると、せっかくの決意が……。


 とはいえ、今回、オリバー説得工作に大野と岩瀬を同席させてよかったかも。


 だって、俺が抜けたあとの外交交渉は、英語が堪能なやつらに引き継いでもらいたい。

 そういう意味では、これは成功だった。



 ただ……疑問が……ひとつ。


「ときに修理、そなた、英語はどこで習った?」


 大野はじめ会津のやつらは日米交渉のころから俺が教えてるけど、岩瀬はいったいどこで習ったんだ?

 万次郎の塾か?


 でも、海防掛目付の仕事は年明け早々ペリー艦隊・ロシア艦の来航、その他もろもろの外交業務で多忙を極めていたはず。激務のあいだに通塾とかムリだろ?


 ところが、


「桜田にございます」


「桜田? 学問所のことか?」


「はい」


 え、うそ???


「そなた、いつCRCに入った?」


 又一ならボディガードとしていっしょに走ってたけど……。

 こいつ、いたっけ?


 が、


「いえ、入ってはおりませぬ。

 それがしは目付と昌平黌教授方を兼務しておりますゆえ、開校以来連日、学問所を見まわっておりますうちに、自然と」


 冷笑の惣領(プリンス)岩瀬がシレッと告白。


 な、なんだとーっ!?

 ようするに、あたらしい学問所の視察と称して日参し、タダで受講してたってことか!?


 えぇー!?

 CRCでもなく、金を払うわけでもなく、受講っ!?


 モロに職権乱用じゃねぇかーっ!!!

 目付のくせに、堂々とそんな不正やらかしていいのかよー!?


 金払え!

 さもなくば、CRCに入って、足腰立たなくなるまでシゴかれろ!


 ちっきしょー、ゆるせん!

 そもそも、いまの幕臣どもはみんなたるんでる!


 こいつら、戦士として雇われてるくせに、なんでも長州征伐のとき、幕府から招集がかかった直参連中は、戦争にいくのがイヤで、あわてて子どもに家督をゆずり、隠居して兵役逃れを図った。

 そんなのがひとりやふたりじゃなかったから、将軍直属部隊――音に聞こえた『旗本八万騎』は赤ちゃん軍団になってしまい、ときの将軍慶喜はその現実に頭をかかえたという。


(もちろんパンパースくんたちを戦場に連れて行くことはなかったようだが)


 まぁ、たしかに岩瀬のように官僚として優秀なら、給料分以上の仕事はするからまだいいが、そうじゃない幕臣がホント多すぎる!


 にしても、ちょろっとのぞいてただけで、この短期間にここまで……。

 岩瀬、おめーの頭はいったいどんな構造になってるんだ?



 もうこうなったら徹底的に軍制および組織改革して、職場放棄するやつ・戦士としても官僚としても使いものにならないヤツはどんどんリストラして……(ぶつぶつ)……。

 そしてあまった禄……(ぶつぶつ)……。

 選抜試験……(ぶつぶつ)……。

 優秀な人材……(ぶつぶつ)……。

 新規採用……(ぶつぶつ)……。

 世襲制なんかぶっ壊し……(ぶつぶつ)……。

 先祖がいくらがんばったからって……(ぶつぶつ)……。

 二百年以上ヌクヌクと……(ぶつぶつ)……。

 もう絶対ゆるさん、覚悟しろ……(ぶつぶつ)……。

 

 …………ん!?


 ありゃ、俺、なに熱くなってんだ?

 もうすぐ亡命するのに、軍制改革も世襲制打破もないだろ?


 やだ……俺、どうしちゃったの?

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