118 虚虚実実
かくして、宿主による情報漏えい問題および将軍への不敬発言は、心労による妄言と解釈され、ツッコまれることなく無事流された。
……のだが。
今度はフルボッコ必至、ヘタしたら植民地一直線の対英仏折衝!
ったく、次から次へと。
なんの神さまかは知らないけど、気前よすぎだろ!?
アメリカ艦への移乗完了後、俺はメンバー全員に招集をかけた。
もちろん、この絶体絶命交渉の対策会議をひらき、みんなの意見を聞くためだ。
「フランス語の儀にございますが」
開始早々、居並ぶお歴々をさしおき、森粂之介が無謀にも口火を切った。
「オリバー殿に通事をお願いするわけにはまいりませぬか?」
当のオリバー殿は、俺たちをここに案内したあと、大野によって追い払われている。
「ご友人であられるオリバー殿なら「できぬ」
「な、なにゆえでございますか?」
主君に瞬時に却下され、気色ばむ粂ちゃん。
「ご友人ならば、こちらの事情を話せばきっと快く――」
「そうは簡単にゆかぬのだ、森殿」
「……又一さま」
「たしかに、ペリー殿が友人の誼で、わが邦の代弁者となってくれるならば、これ以上心づよいことはない。
だが一方で、アメリカ領事館員であるペリー殿は国益をまもらねばならぬ立場。
もし、会談の最中、英仏側に与した方が自国の利につながるとなったとき、裏切らぬ保証があるであろうか?」
否定しっぱなしの暴君にかわり、小栗がおだやかに説明。
「ま、まさか……」
「小栗さまのおっしゃられるとおりだ」
憮然とした表情でにらむ元上司。
そこには、(おまえ、そんなこともわからんのか!?)なイラだちがありあり。
「板良敷殿は多少わかるようだが、わが使節団にはフランス語および外交用語に通じた者がおらぬ。
それでは交渉の最中、両領事が甘言を弄しオリバー殿を籠絡しようとも、われらはその内容を把握できず、当然反論も説得もできぬまま、指をくわえて見ているしかないではないか。
あちらに寝返ったあかつきには、逆にわが邦に不利な通訳をすることもありうる。
アメリカ領事館員オリバー・ペリーは、好機と見れば、この会談に便乗し、先の条約をより有利なものに変えようとするにちがいないからな」
さすが日本屈指の秀才集団。
俺がいちいち説明しなくても、みんな問題の本質がよくわかっている。
「さよう、友情より国益優先――あのマシュー・カルブレイス・ペリーの息子なら、条件次第では冷厳に取捨選択をするはず。
だからこそ、オリバーにはこちらの窮状を、わが方にフランス語を解する者がいないという致命的事実を、絶対に知られてはならないのだ!」
「…………」
俺のトドメで、粂ちゃん撃沈。
欧米列強はたとえ本国同士が犬猿の仲でも、国外では一致協力して植民地政策を推し進める場合が多い。
たとえば、清・イギリス間のアロー号事件に端を発したアロー戦争には、なぜかフランスも参戦したように。
アメリカも、1842年にイギリスが南京条約をむすぶと、二年後の1844年、清と望厦条約をむすび、イギリスと同じ条件をちゃっかり手に入れ、対清貿易の足場をきずいた。
そしてフランスも、アメリカの三か月後に黄埔条約をむすび、利権争奪戦に本格的に乗りだす。
こうした背景がある以上、国益がからむ場面では、あのオリバーでさえ百パーセント信じるわけにはいかない。
個人的にはいいやつだが、英仏サイドに立ったほうがアメリカにとって有利と判断したら……?
さらに、オリバーに通訳を頼めない理由がもうひとつ。
それは、不確定要素の多いアメリカを同席させるのは、俺の対外交渉における大前提『孤立しない外交』に反するおそれがあるからだ。
いままでの対米・対露交渉は、この基本方針にのっとり、事前にオランダを味方につけてから、二対一の態勢で折衝にのぞんだ。
でも、今回は現時点ですでに一対二。
期待どおりアメリカが日本についてくれれば二対二だが、オリバーを通訳として同席させ、土壇場で寝返られたら、一対三!
不平等条項てんこ盛りまちがいなしだ。
「……ぁ……?」
岩瀬の切れ長の目が虚空を見すえた。
「ペリーの……息子……?」
なにか思いついたらしいオッサンは、逝っちゃってる目でしきりにブツブツ。
「くっくっく、そういえばいつも肥後守さまがこのような論法を……ひっひっひ」
こ、怖ぇよ、岩瀬……。
「修理、なにかよい考えでも?」
聞いてやるまでブツブツニヤニヤしそうなので、水をむけてみる。
「『マシュー・ペリーの息子』、むしろそこにこそ、つけ入るスキがあろうかと」
「「「スキ!?」」」
「オリバー殿の父に対する尊敬と孝心を利用し、アメリカに中立を保たさせるのでございます」
「さようなことができるのか?」
「ふふふふ、肥後守さまお得意の【詐欺まがい】の【脅し】にございますよ」
おい、得意・詐欺・脅しとはなんだ!?
人聞きの悪い!
「申してみよ」
「はっ、では――」
というわけで、わが徳川外交使節団は対英仏交渉のまえに、アメリカ領事館員オリバー・ペリー丸めこみ作戦を実行することとなったのである。
[閣下、お呼びでございますか?]
血色のいい顔が、扉のむこうからあらわれた。
[おお、オリバー。呼びたててすまぬな]
世界標準級の美貌に貼つけるフレンドリースマイル。
[とんでもございません]
ドアボーイと化した大野は、オリバーを招じ入れたあと、閉めた戸の前に陣取り、退路を遮断する。
オリバーを迎え撃つ顔ぶれは、俺と大野、岩瀬の三人。
残りの団員は自室で待機。
いよいよ毒舌岩瀬発案による対米懐柔工作――作戦名『第二次オトモダチ作戦』がスタート!
[ところで、ご用向きはなんでしょうか?]
すすめられた椅子に腰を下ろし、愛想よく問いかける。
[なにか足りないものでも?]
[いや、そうではない]
高まる緊張に、思わず生つばゴックン。
さあ、いつも以上に気合入れてくぞ。
ニッポンの命運をかけた、魂のネゴシエーションっ!
[ならば、単刀直入に言おう。じつは、おまえに頼みがあるのだ]
[わたくしに? お役にたてることならなんなりと]
親切心たっぷりの申し出に、良心がチクチク。
[うむ。先ほど申入れのあった英仏会談だが……]
[はい?]
ニコニコしながら首をかしげる青年。
[この折衝において、アメリカ領事館員であるオリバー・ペリーにフランス語の通訳をしてもらいたい]
[つ、通訳を!?]
目をひん剥いて固まるアメリカ人。
[ま、まさか……閣下……フランス語がおわかりにならない……とか?]
おずおず問いかけるそのようすから、やはりこれが外交上大きな弱点になりうると判明する。
[ははは、なにを申される、オリバー殿]
ハッタリにしてはやけに自信満々の笑みで割りこむ大野。
[フランス語が話せぬ特命全権大使など、どこにおりましょう? わが殿は英語と同じくらいフランス語も堪能でございますよ]
[で、ですよねー?]
ぎこちない笑みで応じるオリバー。
[……では、なぜわたしに通訳を?]
[おや、おわかりになりませぬか?]
横に立つ岩瀬が人の悪い笑顔で煽る。
[は? なにを?]
予想外の展開にキョドりまくりのペリー青年。
[やれやれ、父君の努力が無に帰そうとしているときに、なんとノンキな……]
大仰に肩をすくめる中年旗本。
[えっ!? えっ!?]
[[[……やれやれ……]]]
三人で一斉にため息。
[[[キャプテン・ペリーもお気の毒な……]]]
[あ、あの……どういうことかご説明いただけませんか? わたくしにはなんのことやらさっぱり……]
掴みはオッケー!
[しかたない、冬馬、説明してやれ]
[はっ]
精悍な会津武士の顔が一段と引き締まる。
ここが正念場と思い定め、ギアを入れ替えたらしい。
[わが邦がアメリカ・オランダ両国と対等な条約をむすんでおることは、オリバー殿も承知しておられましょう?]
[ええ、対日条約は退役間際の父が命をかけて成しとげたもの。忘れるはずがありません]
[さよう、貴国とわが国はいわば同盟関係にあります。
ゆえに、こののち米蘭二ヵ国には他国には認めぬ特権をあたえることもあろうかと思われます。ですが……]
絶妙の間をはさみ、相手の焦燥感をかき立てる大野。
[イギリス・フランスは話しあいではなく、力で相手を従わせる国と聞いております。
しかも今回は二対一での折衝。
一対一ならばわが殿も引けを取りませんが、二国が協同し罠をしかけてきた場合、不覚をとる事態になるのではないかと憂慮しているのです]
[たしかに、それはありえますね]
声のトーンが微妙に変化。
心なしかよそよそしい雰囲気に。
[しかし、それと父がどう関係してくるのですか?]
シビアな外交官モードで聞き返す青年。
予想はしていたものの、あまりの豹変ぶりに胸がバクバク。
ちょっとでもスキを見せたら…………完璧アウトだ。




