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117 晒し刑

「殿?」


 またもや、まっ先に異変に気づく元小姓頭。


「さらに……困ったことになった」


「さらに?」


「最悪の事態だ」


「「「最悪?」」」


 切実感あふれまくりの弱音が、随員たちの動揺をさそう。


「うむ。英仏にしてやられた。

 あやつらは示しあわせて合同会談を要求し、二対一でわれらに圧力をかけつつ、強硬に譲歩――おそらく、開市(貿易)および関税自主権放棄、領事裁判権・片務的最恵国待遇の付与をみとめさせるつもりだ」


「「「な、なんとっ!?」」」


「しかも、その折衝がわたしのくせぬフランス語でおこなわれたら、手足を縛られた状態で戦うようなもの。これまでのように巧みに言い逃れ、言いくるめることは……」


「「「……肥後守さま……」」」


 一気に重くなる空気。

 メンバー全員の目にうかぶ狼狽の色。


 それを見た瞬間、俺は悟った。

 こいつらが、俺にどれほど期待し、信頼してくれていたかを。


(……ああ……まただ……)


 また、やらかしちまった。


 なんでだ?

 なんで、いつもこうなんだ?

 なんでいつもいつも、ここぞというときにかぎって、俺は外すんだ?



 あのときも。


 そう、高校駅伝県予選あのときも。


 俺のせいで無惨な結果に終わった三年間。


 それまでみんなが必死につないできた襷を、懸命にあげてきた順位を、俺のせいで……。


 あのときと同じだ。


 二十一世紀あっちでも、十九世紀こっちでも……なんでいつも俺は……。


(……すまない……)


 おまえらの期待に、応えてやれなくて。


 いや……むしろ、俺がこの世界にきたせいで、おまえらに迷惑をかける結果になってしまった。


 俺がジジイと対立せずに穏便にやりすごしていたら、この世界の条約交渉は、あっちと同じ優秀な幕府官僚たちが担当しただろう。


 そして、開市だけはなんとか回避し、それまでの薪水給与令とほとんどかわらぬ薪炭条約程度の、あっちの日米和親条約に近い内容で合意し、それにつづく日英・日露条約でも貿易は拒否できたはず。


 俺という存在がなければ、嘉永七年時点で外交使節団が派遣されることも、国外で英仏両大国の罠にはまり、二対一のフルボッコ折衝をもとめられることもなかった。


 だって、1854年当時のイギリス・フランスは、日本にさほど関心をもっていなかったのだから。



 なのに、俺がオランダ・アメリカと同盟なんかむすんじまったせいで、逆に列強の関心を引いてしまった。


 それだけじゃなく、ヘタしたら、あっちではあと四、五年先だった開市をいますぐ呑まされる可能性まで。


 なにしろ相手は海千山千の外交のプロ。


 ちょっと英語がしゃべれるだけで、なんの経験も知識もないシロウト全権などには太刀打ちできない狡猾なロジックで開国をせまってくるにちがいない。


 貿易に対する法整備も、産業保護政策もなにもかも準備不足の日本市場に、いきなり大量生産された安価な製品が(関税で防ぐこともできず)流入してくれば、国内産業は壊滅。


 逆に、輸出により生活必需品が不足して価格が高騰すれば、国民生活が圧迫される。


 そうなれば民衆の怒りは当然、幕府へむけられる。


 また、いまだ周知徹底されていない金銀交換レート差を悪用され、国内の金が不当に安く持ちだされれば、日本の財政そのものが破たん。


 そして……。


 外交内政両面で施策を誤った幕府に対する不満から、相当早い時期に倒幕気運が高まり、国内が混乱。


 そこへつけこむ列強 → 分捕り合戦 → 植民地化という最悪のシナリオ。



「……すまぬ……かような窮地におちいったは、すべてわたしの読みの甘さと力不足ゆえ……」


 視界がぼやける。


 みんな、ごめん。

 本当にごめん。

 こんなつもりじゃなかったんだ。

 日本を、あっちよりもうちょっとイイ感じにしたかっただけなんだ。


 だけど、結局、俺がやったことは、かえってマイナス。


 本当に……俺は……あっちでもこっちでも……。



「肥後守さま」


 呼びかける小栗の声音は妙にあたたかかった。


「なにゆえ侯は、おひとりですべて抱えこまれる?」


 涼やかなほほえみが、なぜか涙腺を刺激する。


「なん……だと?」


「たしかにわれらは異国語を解しませぬが、こたびの随員はみな旗本御家人二万三千余家の中からとくに選ばれし者ども。

 異国の言葉こそわからぬものの、知恵をお貸しすることはできましょう。

 ですから、どうかおひとりでお悩みにならず、われらにもその荷をお分けくだされ」


「ま、又一」


 すでに両頬は那智の滝レベル。


「さよう。息子ほど歳のはなれた御方にすべて丸投げでは、われらの面目が立ちませぬ」


 軽口めいた物言いは、微苦笑つきの岩瀬。


「それがしは長年、叔父・大学頭の助手として外交文書を数多くあつこうてまいりました。

 そのとき見知った古今の事例から、なにか参考になるものを見つくろいましょう」


「……修理……」


「それがし、これよりはフランス語を習得し、侯のお役に立ちとうございます」


 栗本が潤み声で宣言。


「いつまでも弟弟子の下風におるわけにはまいらぬ」


「よくぞ申した、瀬兵衛」


 親友又一がエールを送る。


「うむ、フランス語はわしにまかせろ、又一」


「頼もしいのう」


「「わはははは」」


「「技術面はわれらに」」と、中島三郎助・小野友五郎の理系コンビ。


「「「われらにも漢文翻訳、文書作成、なんなりと」」」


 名乗りをあげる田辺太一・木村喜毅・池田長発の林さん推薦組と甲府徽典館学頭・矢田堀景蔵の昌平黌グループ。

 たしかに漢籍に慣れ親しんだこいつらは、漢文など和文同然にサックサク。

 このあとの対清交渉では、絶大な戦力となるだろう。



「……そなたら……」


 ……なんでだよ?


 なんで、おまえら、そんなにやさしいんだ?


 ここは不甲斐ないリーダーを糾弾する場面ところじゃないのか?


「なにが大政参与だ!?」「だれが賢侯だ!?」と。


 なのに、だれひとり責めるどころか、気づかってくれ……て……。



 ………………あれ……?


 なんか、こんなシーン……前にもあったような?


 いつか、どこかで。



 と、そのとき、

『おまえのダメダメっぷりが、オレらのモチベーションになってんだよー♡』

 脳内でリプレイされる過去の残響。


(……小倉……)


 そうだ、あいつだ。


 あいつが、あのときに。


 俺が三年連続やらかして、爆泣きしてたレース後に。


 同学年タメの中で俺とあいつだけが、予選大会フル出場。

 三年連続『花の一区』を走った不動のエース。


 あいつが、あの最後の駅伝の直前に言った言葉。

『おまえが一分ロスするなら、オレらは十一秒ずつ早く走れば、総合タイムは六秒縮まる。

 二分なら二十一秒、三分なら三十一秒ずつ。

 どうせおまえがやらかすと思うから、オレらはがんばれる。結果オーライじゃね?』

 とかフカして、二区と五区(三キロ区間)のやつらからはムチャクチャ文句いわれてた。


 で、自分はすこしでもチームの貯金をかせぐため、毎回オーバーペース気味。


 襷のあとは、中継所の横で盛大にもどして……。


 バカなのか、あいつは?


 ……だからさぁ……勘弁してくれよ、又一。


 おまえがそんなこと言いだすから、思いだしちゃったじゃねぇか。


 あいつらのことを。


 おまえが、あいつみたいなことを……世界も時代も年齢も全然ちがうのに。


 もう二度と会えない、俺の大事な仲間……みたいな…………。



「……うぐうぐ……」


 ほれ見ろ。

 おまえのせいで、顔中グチャグチャ。

 せっかくの美貌が台なしだ。


 ところが、又一は追撃の手をゆるめない。


「もっと早う申しあげるべきでした。

 この二百五十年のあいだ、まつりごとはわれら旗本がになってまいりました。

 なれど、和親条約締結以降、外交はじめ御政道改革を侯おひとりが背負われ……」


 ふいに言葉をつまらせる小栗。


「われらよりはるかにお若い侯が……未曽有の国難すべてを、そのか細い肩に……」


「「「……ぅぅっ……」」」

 全サムライがもらい泣き。


「いくら台命とは申せ、かような重責をおひとりで抱えたその心労たるや、いかばかりか。

 そのことにいまのいままで気づかなんだ己の不敏さ……どうかご寛恕のほどを……」


「小栗殿の申されるとおり」

「おひとりに任せきりにて」

「心労のあげくの乱心とは……おいたわしい……」

「申しわけござらぬ」

「「「これよりは、われら一丸となってお支え申しあげる所存!」」」


 なぜか謝罪大会になる徳川ドリームチーム。


「やめろっ! それ以上言うなっ!」


 羞恥にみちた絶叫が、初冬の河畔にひびきわたる。


「いつまで泣かせる気だーっ!?」


 不覚にも気づかなかったが、先刻の羞恥プレイはまだ終わっていなかったらしい。

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