116 窮地
今回、作中にフランス語がでてきますが、作者は仏語がまったくわからないため、3つの翻訳サイトを利用させていただきました。
ところが、同じ文章を入力しても3パターン出てくることも多く、これで正しいのかどうか確信がもてません。
もし、まちがっているようでしたら、ご指摘いただけると助かります。
(また、19世紀にはちがう言い回しだったのでは?疑惑もあり)
よろしくお願いいたします。
周囲にたちこめる微妙な雰囲気。
四方からそそがれる哀憐のまなざし。
そんな晒し刑に耐えきれなくなったころ。
〖Oh, Il n’est pas M. Alcock ?〗
――おや、そこにいるのは、オールコックさんでは?
通りがかりのヒゲ面が、英国領事に声をかけた。
〖Oh, M. Montigny 〗
――おぉ、モンティニーさん。
親しげに歩みより、握手をかわすふたり。
〖Ça va ?〗
――おかわりなく?
〖Ça va. Ça va ?〗
――ええ。そちらは?
〖Ça va.〗
――おかげさまで。
理解不能なやりとりがつづき、
〖Salut, M.Perry !〗
――やあ、ペリーくん!
いきなり振るヒゲオヤジ。
〖Bonjour, M.Montigny〗
――こんにちは、モンティニーさん。
(……オリバーまで……?)
〖★△■○$〗〖*◎▼☆₣〗〖◆□●▽£〗
〖〖〖Ha ha ha ha〗〗〗
俺らガン無視で、楽しげに談笑する白人ども。
ボン……ジュール?
てことは、フランス語?
「あれはフランス語ですね」
琉球王府外交官・板良敷もそう断定。
「ほう、そなた、仏語がわかるのか?」
「あ、いえ……あいさつ程度なら」
はにかみながら謙遜する板さん。
「過年、フランス艦が宣教師を強引に置いていき、その者が二年ほどいたものですから」
いやいや、あいさつがわかるだけでも十分すごいよ。
「そういえば、さきほどオリバー殿は『モンティニー』と申しておりませんでしたか?」
地獄耳の岩瀬が、こっそり指摘。
「フランス領事の名と同じですな」
欧米人トリオを遠望しながら矢田掘もヒソヒソ。
フランス領事?
モンティニー?
ああ、言われてみれば、そんな気も。
……ん……?
フランス……語?
――――げっ!
し、しまった!
「ぅわわわわ……」
「どうなさいました?」
いきなり瞳孔全開の主君にとまどう大野。
「困ったことになった」
「なにがでございますか?」
「フランス語だ」
「は?」
「わたしはフランス語が話せない」
「それが?」
「この時代の公用語は、フランス語だ」
「「「この時代?」」」
「「「公用語?」」」
聞きなれぬ未来チックな単語に反応するオサムライさんたち。
「ここにいたるまで、英語を話す異人としか会うておらなんだゆえ、つい失念しておった!」
「「「失念?」」」
「対露交渉のとき気づくべきだった……こんな初歩的な……あたりまえすぎるくらいあたりまえの……なんでいままで気づかなかった?」
ブツブツ言いつづける俺を、奇異の目で見つめる直参連中。
「十七世紀から二十世紀はじめまで、世界――というか、おもにヨーロッパ内の共通語はフランス語。
とくに貴族には、自国語以上に重要だった。
なにしろ、これのおかげで各王族間の政略結婚も成立するし、長らく外交を主管してたのは貴族階級。どの国の外交官もフランス語を話すから、言葉の問題もクリアできた。
だから、プーも当然話せたはずだけど、それを使わなかったのは、たまたまあいつが英語もしゃべれたからで……。
その証拠に、イギリス領事もアメリカ領事館員のオリバーも、オッサンに会ったとたん、さっとフランス語に切りかえた。
しかもフランス人は、たとえ話せても、こういうところじゃ絶対英語使わないし……。
ホント質悪いっ!」
「「「侯はさきほどから、いったいなにをおっしゃられているのか?」」」
当惑顔の幕臣たちが、小姓頭に問いただす。
「殿は沈思黙考なさると、不可解な言語でなにやらつぶやかれ、お考えをまとめられるクセがございまして……」
憂い顔の浅田が小声で説明。
「「「……面妖な……」」」
どうやら俺は以前から、極限状態におちいると思考がダダもれるタイプだったらしい。
だが、いま、それを取りつくろう余裕はない。
「英語が公式言語としてみとめられるのは、第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約から。
このときはじめて、フランス語といっしょに英語も併記され、それからはイギリス・ロイズ社の保険が世界に広まり、船舶保険契約が英語表記だったりで、英語の地位が徐々に上がっていき……。
でも、それまでの国際会議はすべてフランス語。
議事・条約文もみなフランス語表記。
つまり、『外交』イコール『フランス語』だ!」
「「「え? え?」」」
「「「第一次?」」」
「「「ヴェルサイユ?」」」
――第一次世界大戦は1854年から六十年後ですけどね。
「英仏……最恐ツートップ……フランス語……交渉どころじゃ……不平等条約……あとあと面倒……マジか……どうしたら……ちきしょう……なんでいつも……俺ばっか……せっかく……ぶつぶつ……」
「殿っ! お気をたしかに!」
延々とつづく電波独語に耐えきれなくなった大野。
「委細はようわかりませぬが、殿ならなんとかおできになります」
「なにも知らぬくせに、気安くものを申すな!」
めずらしくやさしい口調でなぐさめてくれたのに、思わずやつあたり。
「だいたい、一国の将来を左右する外交交渉を俺ひとりに押しつけといて、ついでにフランス語もちゃちゃっとマスターしてこいとか、あいつ、頭わいてんだろ?
つーか、できるもんなら、てめぇがやってみろーっ!」
「「「ひ、肥後守さまが、三百諸侯一の忠臣・会津中将が、将軍家批判をっ!」」」
一同、騒然。
「「「あまりの重責に心を病んでしまわれたかっ!?」」」
その傍らで、
「うーむ……酌むべき点は多々あれど、目付としてさすがに見すごすわけには……」
憂鬱そうに岩瀬がポツリ。
そんな混乱のただ中へ、オリバーくんが帰還。
[……閣下……]
[どうした、オリバー?]
[じつは……]
複雑な表情で口ごもるアメリカ人。
[じつは、このあとの日仏会談に、イギリス領事も同席したいと言いだし、モンティニー領事もぜひにと……]
き……きたーっっっ!!!
すさまじくヤバイ展開がーっ!
衝撃の大きさにしばし呆然。
目をおよがせる俺の行く手には、悪魔的笑顔でこちらを観察するオッサンどもが。
(……待てよ……)
こうなると、会談直前【偶然】イギリス領事に会ったのは、はたして偶然なんだろうか?
【偶然】は、脱走した犬を俺が【偶然】捕獲したことだけで、実際は、二領事が事前に打ちあわせ、会見場となるアメリカ艦附近で落ちあう手はずになっていたんじゃないか?
なぜならば、アヘン戦争以降、清国内では広州を中心に外国人排斥運動が活発になり、商館焼打ちや外国人殺害事件が頻発している。
そんな危険な状況下、領事が護衛もつけず、単独でフラフラしているのは不自然だ。
そこであらためて見てみると、領事たちからすこし距離をおいた街のあちこちに、ボディガードらしき人影がチラホラ。
(……や、やられたーっ!)
※このころのイギリスの領事は、厳密には国家を代表する『外交官』とは微妙に異なります。
当時は、社会的階級が外交官の必須条件で(早い話、貴族でないとダメ)、在外領事は外国における自国民の代表として相手国と交渉したりしますが、貴族ではない者が就任したポストです。




