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111 復讐

 でも、俺はあきらめない。

 ちょっとでも可能性が残っているなら、全力で突破する!


「娶るはほかの姫じゃ! 妹姫との縁談をすすめよ!」


 島津との結婚が不可避なら、そいつ以外と結婚すればいいんだ!

 歩くデス●ート姫以外と!


「なれど、たしか二の姫はまだ七つ……」


 Aが渋面で忠告。


「かまわぬ。『七つの童女を娶ったヘンタイ』とさげすまれようと、『ロリコン、キモッ!』とそしられようとすべて甘受いたす。なれど、物の怪(もののけ)姫だけはごめんじゃ!」


「「「ろり???」」」


 聞きなれない単語に当惑する家臣たち。


 だが、いまの俺にそれを説明してやる心の余裕はない。



 ところが、起死回生の一打をはなった俺に、


「それはムリかと」


 般若はギリギリの譲歩案をかるく一蹴。


「な、なにゆえじゃ!?」


「お忘れですか? 当家と島津のあいだにはいささか因縁がございます」


 い、因縁?

 これ以上まだあるんかい!?

 もう十分お腹いっぱいですって!


「一の姫はかつて清水慶誠さまの許嫁であられました」


 あ゛~~~、きた~~~。

 

「いまを去ること五年前、一の姫は祝言間近に疱瘡に罹られたのです。さいわい一命は取り留めたものの、顔にひどい痘痕あばたが残られたため、島津家よりうかがいをたてたところ……」


 この時代、疱瘡(天然痘)は四十パーセントの高い致死率とともに、平癒後に残る後遺症――醜い痘痕――のため、『見目さだめ』としてひどく恐れられていた。


 とくに女子は、婚約中にこの病にかかると破談になるケースが多く、一生を左右する残酷な病気だった。

 大名など上流階級の子女が罹患した場合は嫁側から破談を申し入れたり、『容貌が変わってしまったがよろしいか?』と相手方の了解をとるのが作法マナーとなっている。

(中には、なに食わぬ顔で替玉を嫁がせる親もいるようだが)


 そうした慣例があって、島津家は形式どおり、婚約の継続意志を問い合わせたのだろう。

 とはいえ、島津七十七万石が拒否られるとは思っていなかったナリさん。

 まさかの破談に、かなりショックを受けたらしい。


「慶誠殿が断ったのか?」


 うそ、あっちの世界の『容保さま』の慶誠がそんなひどいことを!?


 ……ん……? まてよ。


 一の姫の元婚約者だった慶誠はまだ死んでないが?


 …………ふ、ふかく考えないようにしよう。



「いえ、正確には養母たる御簾中ごれんちゅうさまが」


 御簾中とは、将軍世子・御三卿等の妻の尊称。


 慶誠は十二歳のとき、美濃高須松平家から嗣子のいない清水家に入った。

 養母となった先代清水卿の御簾中さまはこの美少年を溺愛しており、島津家からの問い合わせに対し、

「アタクシのかわゆい銈之允けいのじょう(慶誠幼名)ちゃんに、ブサイクな嫁は似合わないわ!」と即断。


 その後、慶誠くんは縁あって会津松平家との縁組がととのい、結果的には会津が婿を横取りした形になってしまった。


 そして、これを恨んだナリさんは、容さんとTERU姫の婚約話を聞けば、


「くそ! うちの菊三郎の嫁にほしかったのにぃ!」と歯ぎしり。


 登城する容さんの美貌が話題になると、


「肥後守(容パパ)の奥方は天保三美人のひとり(え、容ママも?)。わしだって前田の姫がよかった~!」と身もだえ。


 ナリさんや菊三郎くんら外様大藩嫡子の結婚相手は、幕府肝いりでかなり早い段階(幼少期)に決められるので、あとの二件は完璧な言いがかりなのだが、ナリさん的には、慶誠だけでなく容ママやTERU姫までも会津にかっさらわれたと脳内変換されているもよう。


 それって、完全に逆恨みだろ?


「聞くところによりますと、薩摩守は二代にわたり良縁にめぐまれた大殿をやっかみ、『やり手ババア』ならぬ『やり手ジジイ』と陰口をきいていたそうにございます」


「「「無礼なっ!」」」


 そうだったのか。

 あの憎々しげな「あやつ」呼ばわりの裏にはそんなイキサツが……。


 だとすると、清水慶誠に婚約解消されたせいでケチがつき、その後不運つづきだった一の姫を松平容保()に押しつけることは、ナリさんにとってなによりも気分のいい最高の復讐。

 だったら、どんな手を使ってでも縁組をゴリ押しするだろうし、ちょっとやそっとでは引かないはず。


 この強引な縁談は、婚約者をうばわれた怨恨と、琉球召し上げの不満を一挙にたたきかえす、『江戸のかたきを長崎で討つ』作戦だったわけか! 


「われらが断わりにくいのを見越したうえで、かような縁談を!」


「薩摩め、琉球のこともあり、こちらが強く出られないとわかっていながら!」


「「「なんと姑息なっ!」」」


 怒りのるつぼと化した書院之間。


「と、冬馬~」


 窮するあまり、呼びなれた名を口にする俺。


「面倒なことになりましたな」


 秀麗な貌にきざまれる苦悶の表情。

 そこから読み取れたのは、この縁談を断るという選択肢は会津側にはないという絶望的回答。


 いま会津(俺ら)にできる最大の抵抗は、YESともNOとも明言せずウヤムヤにしたまま渡航することだけ。


 琉球条約は、それ以後の対清条約交渉にもかかわるため、薩摩藩を敵にまわすようなマネは絶対にできない。

 国内ナンバー2の雄藩、琉球に唯一の拠点をもつ薩摩と敵対する行為は。

 


(――!――)



 ふと、あることに気づき、背筋が凍った。


 もしや…………これも、歴史の復原力なのか?


 あっちでは島津の姫が家定の正室になった。

 だが、こっちの世界では俺とサダっちが大奥をぶっ壊したから、将軍御台所になるチャンスはもうない。


 ま、まさか、松平容保()が将軍に?


 そうすれば俺の正室が将軍御台所になる。


 いや、そんなはずはない。


 容さんは二代将軍秀忠の末裔だが、徳川本家以外の将軍後継は御三家の尾張・紀州、御三卿の一橋・田安・清水の中からと決まっている。

 御三家の水戸徳川家でさえその資格をもたない。

 あっちの慶喜は、水戸から一橋家に入ったから十五代将軍になれたんだ。


 だから、松平容保()が将軍になることなど本来はありえないわけで……。



 …………じつは俺、例の三人組――岩瀬忠震、川路聖謨、永井尚志――がかかわってた事件を思いだした。


 そして、それ以来、妙な胸騒ぎがして……。


 あの三人って、安政の大獄での幕臣側処分者だよな?


『安政の大獄』――当時は『飯泉喜内いいいずみきない初筆一件』『戊午ぼごの大獄』とよばれた弾圧事件の。


 にしても、こんな超有名事件を忘れてたとは……。


 なにしろ、こっちの一橋慶喜は、水戸斉昭と血縁関係のないヒョロヒョロのオコチャマ。

 将軍継嗣問題がハナからなかったせいか、あの事件のことはすっかり忘れてたが……。


 考えてみると、なんとなく俺って『一橋慶喜』的ポジションぽくないか?


 そうなると松平容保()の家臣・関係者がパクられる可能性がある。

 近臣中の近臣・大野=死刑、じい・浅田・森=獄死、岩瀬たち=蟄居のうえ禄はく奪……みたいな?


 だけど、あの井伊が松平容保()を弾圧するだろうか?


 あっちの慶喜は、溜詰の井伊たちと対立していた水戸斉昭ジジイの息子だったが、容さん()は井伊の被後見人。

 いままでの態度をみても、井伊が俺の敵にまわるとは思えない。


 じゃあ、別のだれかが?


 俺が歴史をめちゃくちゃにしたせいで、思いもよらないところに敵がひそんでいるとか?


 そんなとき気になりはじめたのが、老中首座・阿部正弘への違和感。


 今回、薩摩との縁談を俺に持ちこんできたのは老中・阿部正弘。

 そして、たしかあっちの世界でも将軍家と島津家の縁組をまとめたのは阿部だった。


 あっちでは島津家の姫を将軍御台所にするために奔走し、大奥サイドから一橋慶喜擁立の工作を謀った阿部。

 こっちの阿部は一橋派も大奥もなくなったのに、相かわらず島津家の縁組のため奔走している。


 なぜだ?


 松平容保()には将軍位につく資格はない。

 たとえ松平容保()と島津の縁組がなったとしても、紀州慶福が御養君ときっちり確定しているいま、将軍位をめぐる政争など起きようはずもない。


 なのに、あいつはなにを企んでいるんだ?


 この縁組を画策する意図は?


 それがわからないまま亡命したら、あっちの世界みたいな悲惨な幕末にならないだろうか?


 俺が一番恐れていた、会津や東北諸藩が味わった地獄絵図がここでも再現されるなんてことが……?



 対露交渉のとき感じた阿部への恩義は、連日のカーカーコールですべて消散し、それにかわってどす黒い怨念と疑心が日に日に積もっていく。


 南国の澄みきった青空を見あげ、俺は言い知れぬ不安に押しつぶされそうになっていた。


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