110 妖奇妃
迷惑オヤジたちが消えてから四半時(約三十分)
浅田によしよしされ、俺の悲泣もようやく一段落したころ。
ドドドドドドッ
「「「殿ーーー!」」」
急速に近づく足音と呼号。
一難去ってまた一難な予感、いや悪寒が……。
ガガッ!
主君の許しも待たずに全開される襖。
そして、
「「「殿ーぉお!」」」
そこからなだれこんでくるむさくるしい輩。
江戸家老・山川兵衛ほか、大野ら江戸留守居役の面々だ。
「「「と、殿っ!!!」」」
「どうした(ひっく)、そのようにあわてて(チーン)?」
懐紙で洟をかみながら見やると、
「「「なにを悠長なっ!」」」
憤激まみれでがなりたてる闖入者たち。
「「「島津との縁組はいつ決まったのですかっ!」」」
「…………」
「「「さような大事を、われら留守居役が知らされぬとは、いかなることにございましょうやっ!」」」
盛大に唾を飛ばして訴える一同。
「殿の(ぜいぜい)外遊と、大野の顔つなぎのため(ぜーはー)、前田さまのお屋敷を訪うておりましたら(げほげほ)、薩摩の者どもがあいさつにまいったのです」
息も絶え絶えに説明するじい。
どうやら本郷から和田倉まで大急ぎでもどってきたらしい。
ところで、留守居役とは――
この時代、各藩は首都(江戸)に自国の大使館的拠点(藩邸)を置いて、幕府との連絡・調整・情報収集や、他藩との情報交換・交流をしています。
そして、江戸屋敷に常駐して外交官的オシゴトをするのが『留守居役』とよばれるオサムライさんたち。
その呼び名も、
『御城使』(武鑑での表記)
『公用人』(藩主が老中など要職者の場合。いまの会津藩留守居役はこれにあたる)
『聞番』(仙台藩・佐倉藩などの場合)
等々、状況や藩によっていろいろ変わりますが、職務内容はだいたい同じ。
いわば江戸時代版インテリジェンスオフィサーです。
他藩との交流――とくに藩主一族の結婚などという政略がらみの高度な案件は、縁談がもちあがるとまず留守居役があちこち駆けまわって情報収集をおこない、それを藩首脳部に報告。
十分検討したのちGOサインが出てはじめて正式に折衝開始という流れになります。
だから、留守居役が知らないうちに殿さまの縁談が進むなんてふつうありえないわけで……とかノンビリ解説してる場合じゃねぇし!
「縁組だと!?」
俺だってさっき聞いたばかりなのに、どうして朝から外まわりしてたこいつらが知ってるんだ!?
「ですから、それをお聞きしているのですっ!」
いつものコワモテがさらに進化し、般若面化した元小姓頭。
「本日は親類組合の会合があり(はぁはぁ)、諸藩の留守居役が加賀藩邸に集うておりました。
薩人は『会津との縁組により、以後薩摩藩もこちらの組合に加盟したい』などと申し(ごふごふ)……」と、じいも必死に補足説明。
『親類組合』は、藩主の親類家同士がつくる留守居役組合のこと。
自藩のために情報収集するのが留守居役の仕事だが、単独活動には限界がある。
そこで、複数藩の留守居役が情報交換するために結成したのが『留守居役組合』で、親戚同士で組織する親類組合、同格の大名家でつるむ『同席組合』、ご近所さん同士の『近所組合』などがあり、留守居役はいくつもの組合に属し、自藩の運営にかかわる政局の流れ、幕閣人事情報などを多角的方面からあつめている。
いま現在、容さんの最大にして最強の親戚は加賀前田家。
なので、新任留守居役はまっ先にここに出向き、顔を売っておかなければならない。
今回、俺の亡命計画のとばっちりで異動となった大野は、人事発令後さっそくあいさつまわりに出、長年事実上の上司だった山川は周旋のため同行したらしい。
にしても、親類でもない薩摩がオジキの屋敷に?
そのうえ「会津と縁組するから、ボクたちも仲間に~」だと!?
ふざけやがってー!
「たしかに先刻、薩摩守・伊勢守よりその縁談を持ちかけられたが、けんもほろろに追い返してやったわ!」
(((けんもほろろ?)))
小姓たちが首をひねりつつ、こっちをチラチラ。
「まことに?」
般若男も疑わしげに主君をジロジロ。
「まことじゃ。言質など一切与えず、終始毅然とはねつけた」
「ほほぅ?」
なんだよ、その全然信用してなさげな顔は。
「しかし、薩人どもは縁組を既定のこととして話しておりましたが?」
「知らん!」
「殿」
なぜか急に真顔になる般若。
「そのごようすだと、なにもご存じないのですね?」
「なんのことじゃ?」
「薩摩守には三人の姫君がおられますが、こたびのお相手はおそらく一の姫ではないかと」
「うむ、庶出の長女というておったな」
「……やはり……」
特大のため息に、にわかに早まる鼓動。
「その姫がどうした?」
「じつは……」
憂い顔で言葉をにごす忠臣。
「かの姫君、巷では『薩摩の妖奇妃』と称され、あまり評判のよろしくない御方なのです」
妖――あやしい・ばけもの・わざわい
奇――あやしい・めずらしい
あはは、『あやしい』がダブってる~……じゃなくてっ!
なに、その聞くからにオドロオドロしい異名はーっ!?
「いや、おどろかれるのはまだ早うございます」
うっすら涙目になる俺に、追い打ちをかける古参留守居役A氏。
「っ!?」
「まことに申しあげにくきことなれど……その名の由来が……」
そこで言葉を切り、意味ありげにタメるA。
もったいつけずにさっさと言え!
よけい不安になるだろうが!
「……一の姫は……」
留守居役チームのただならぬようすに、小姓たちも生つばゴックン。
「いままで二度嫁がれ、いずれも新郎が急死し、ご実家に出戻られたのです」
数え年十九にして、早くも二度の出戻り!?
へー、男運悪いなぁ。
「しかも、ご不幸はそれだけにとどまらず……」
え? ほかにも?
「後年、数家との縁組がととのうたものの、お相手すべてが祝言前に病死または事故死。そして先月、とうとう五人目の許嫁が身罷られました。
うちつづく不祝儀に、いつしか『一の姫の婿として名を記された者は一年以内に命を落とす』とうわさになり、ついたあだ名が『妖奇妃』と……」
「「「――――」」」
名を書かれると……死ぬ……?
リアル……デスノ●ト……?
………ってことは?
「いやじゃーーーっっっ! まだ死にとうないーーーっ!」
突如狂乱しはじめた主君を総がかりで取りおさえる小姓組。
「「「……はたせるかな……」」」
沈痛な面もちで頭をたれる留守居役。
「「「ひと一倍怖がりな殿が、かような縁談を受けるはずがないと思うたわ」」」
バカ、そんな曰つきの女、怖がりじゃなくたって引くわいっ!
「そなたら! そうとわかっていながら、なにをしておるっ!!」
爆泣きしつつ、やつあたり叱責。
「かくも不吉な縁組が既成事実化される前に、なんとか手を打たぬか!」
「できるものならそうしたいのですが……」
恐怖感マックスでテンパる俺とは真逆の超消極的態度。
「これがこじれますと、琉球との条約交渉に多大な影響が……ゆえに、うかつには動けず……」
なんで俺個人の縁談と外交が関係あるんだよ!?
「琉球には、薩摩の在番奉行所がございます。もし、いま事を荒だてて島津の機嫌を損ねれば、かの地でいかなる妨害を受けるか予想もつきませぬ。そうなれば琉球との条約締結はならず、台命(将軍命令)を果たせぬまま帰府することとなりましょう」
――!――
「薩摩にしてみれば、琉球召し上げによりおよそ十二万石の減封となりまする。なれば、こたびの発案者たる殿に、意趣返しをしたくなるのも道理というもの」
あ、なるほどね。
「この縁談、すでに薩摩はあちこちで吹聴しております。他家に知れたのちに破談となれば、島津の面目をつぶすことになります」
「は、破談もなにも、わたしは了承など――」
「さらに」
おろおろ涙の俺にトドメをさす大野。
「喬士郎さまご養家の鳥取池田家は、薩摩守ご母堂さまのご実家でもございます。当家と島津のあいだに不和が生じれば、喬士郎さまにまで累をおよぼします」
「喬士郎さまに!?」
「大名家同士は、婚姻等により思わぬところでつながりがございますゆえ、細心の注意が必要なのです」
「あ、相わかった。やむをえぬ、島津の姫を娶り姻族となろう」
もはや抗するすべもなく、心ならずも敗北宣言――




