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108 招かれざる客

 

 ことのおこりは、あのぶっ飛んだ海外出張命令が発令された翌日。



 渡航準備でてんやわんやの和田倉屋敷に押しかけてきた迷惑なふたりのオヤジ ―― いうまでもなく、薩摩藩主・島津斉彬と老中首座・阿部正弘の擬似一橋派コンビだ。



「琉球の儀、当家としては承服いたしかねる!」


 いきなり鼻息フンガーでまくしたてる薩摩侯。


 ようするに、阿部が説得工作に失敗して、俺のところに丸投げしやがったという流れだ。


「詳細は伊勢守より――」

「うかがった! なれど、琉球を手放すなど、到底納得できるものではない! ゆえに、将軍後見役たる肥後守に撤回を要求しにまいったのじゃ!」



 撤回要求……俺が一番恐れてた事態だ。



(ちっ! 塩大福のやつ、思ったよりも使えねぇな)



 心中で思いっきり毒づきながらも、かろうじてほほえみを保つアッパレなボク。


「薩摩守の言い分はもっともなれど、これも邦のため。こたびはこらえてくださらぬか?」


「できぬ!」


(うわ、めんどくさ……)


 塩大福に押しつけて、すっかり安心しきっていただけに、ハンパない虚脱感。



 眼前に置かれた茶も急速に冷え、居心地の悪い沈黙だけが場を支配していく。



 VIP大名同士のにらみ合いがつづく中、


「それがしにひとつ、考えがござる」


 突如、塩大福が、例のあやしい微笑つきで切りだした。


「おや、勢州殿、なにか妙案でも?」


 わざとらしく聞きかえす斉彬公。


「肥後守は、薩摩守をいずれ幕閣にと思われて、これを持ちかけたのでございましたなぁ?」


「ま、まぁそうだが……」


「ほ~、そうだったのか~? それはちーとも知らなんだ~」



(なんなんだ、この違和感は……?)


 俺の脳内で、緊急警報が鳴りはじめる。



「しかし、薩摩にとって、琉球を失うは、大きな痛手であるのも事実。なれば、将来薩摩に対し粗略なあつかいはせぬという証に、両家で縁組をいたしてはいかがか?」


「え、縁組だと!?」


「縁組じゃと~ ♡」


 なにを言いだすんだ、このクソ大福がっ!


「さよう、この縁組が調えば、薩摩守は大政参与の岳父となりまする。さすれば、肥後守は御政道の懸案を内々に諮ることも容易になり、また、入閣の道筋もできましょう」


「おお、それは悪うない話じゃ~」


 青ざめる俺とはうらはらに、ナリさんは、やけに芝居がかった大げさな相づちを打つ。


「それならわしも、家中を納得させられるのう」


「で、ございましょう?」


「うむ、そういたそう。ではさっそく公方さまに縁組のお許しを」



 大名家の婚姻・養子縁組には幕府の許可が要る。


 なぜなら、大名同士が勝手に姻戚になって、ひそかに倒幕グループを作られたら困るからだ。


「委細お任せくだされ」


 大名家間の連合をチェックする立場の老中が、あっさり事務手続き代行を宣言。


「頼んだぞ、勢州殿」


「承知」


「「わはははは、めでたいめでたい」」


「い、いや、まて!」


 ヘンだ、絶対ヘンだ!

 なんでこんな重要な話が、サクサク進むんだ?


 もしや、このクレーム訪問の目的自体が……。



「「いかがいたした、肥後守?」」


 笑みくずれたオッサンふたりが、俺をガン見する。


「侯は先日許嫁を亡くされ、まだ何処いずこの家中とも縁組をしておらぬと聞きおよんでおりまする。

 ならば、薩摩との縁組は家格のうえでは、むしろおよろこびになられてもよき御良縁かと?」


 大福の目がするどく俺を射抜く。


「た、たしかに島津と当家では家格が……」


 カラカラになる喉。

 まるで、うっかりライオンの前に飛びだしたガゼルの心境だ。


「ゆえに、辞退したいのだ! じつは来春、わが妹が祝言を挙げることと相なり、なにかと物入り。

 それにくわえ、七十七万石の島津家との婚礼となったら、いまの財政ではとても賄いきれぬ。

 たしかに良縁とは存ずるが、姻戚とならば、この後もつづく大藩とのつきあいは、当家の分を超えるは必定。よって、こたびは御縁がなかったということで、ご容赦いただきたい!」



 大名は、さまざまな場面で、その家格にあったプロトコルやマナーをもとめられる。


 つきあう相手が大藩であればあるほど、先方の家格に合った贈答品、祝儀、イベント出席時の衣裳代など交際費もふくらむのだ。


「では、御世継ぎはどうなさるおつもりか?」


 冷笑をたたえて切り返す塩大福。


「世継ぎならば、家中から適当な娘を選んで側室にいたし、儲ける所存。良家から正室をいただいたからというて、男児が生まれる保証などないではないか」


 

 外国とちがって、日本では公式な場に夫婦で出席することはないから、正室がいないままでも、まったく問題はないはずだ。


 それに、俺は条約交渉終了後そのままトンズラするし!


 利ちゃんの結婚は、イコール清水慶誠の婿入りだからムダにはならない。


 逆に、俺が中途半端に婚約なんかしたら、話がややこしくなるうえに、必要ない結納金だの新居リフォーム代を使うハメになってしまう。



 ところが、相手は簡単には引かない。


「わしを義父ちちと呼ぶは、それほどイヤか?」


 日ごろの軽いキャラはどこへやら。

 じっとり陰湿な口調で攻めたてる島津斉彬。


「はいっ!」と、即答しそうになり、


「め、めめめ滅相もないっ!」


 あわてて取りつくろう。


(こ、怖ーっ!)


 関ヶ原の戦い直後、『島津の退き口』という超絶帰宅をやってのけたのと同質の、ギラギラオーラに圧倒される俺。


「な、なれど、会津は一藩あげて目下財政再建中にて……君臣ともに物産を製造販売し……かろうじて妹の婚礼費用を捻出いたし……己の祝言にまわす金子などなく……どうかお察しくだされ」


 半泣きになりながらも、懸命に主張するボク。


 プライドも体裁もかなぐり捨てた、いわば俺流『捨て奸(すてがまり)』作戦だ。



「さよう、会津の窮状は切実でござったな」


 譜代の名門・阿部正次系阿部家当主が、意外にも俺に助け舟を出す。


「蝦夷領の件では、ずいぶんと難儀いたしましたゆえ」


 数か月前の俺との攻防戦を思いだしたのか、大福老中の言葉には実感がこもる。


「御家門の雄藩とはいえ、いまの会津の財政をかんがみれば、島津との縁組に躊躇するも道理」


 ナイス、塩ちゃん!

 本日一番のファインプレーだぜ!


「ふむ、ならば」


 ウキウキな俺を凝視しつつ、斉彬公はおもむろに口を開いた。


「ここ数年、姫は渋谷の下屋敷にて暮らしておる。そこで、わが屋敷と貴藩の下屋敷を相対替あいたいがえにて交換し、家財人員はそのまま当家負担。また、輿入れに際しては、金一万両を持たせる、ということでどうか?」


「き、金一万両っ!?」



 ちなみに『相対替』とは、江戸在府の大名・幕臣の屋敷および敷地は、基本幕府の所有物なのだが(これを拝領屋敷という)、武家はその占有使用権をみとめられているだけで所有権は持っていない。


 だから、これを売買することはできないのだが、江戸城(職場)至近の通勤楽々物件がほしい現役世代のオサムライさんなどは、リタイアして郊外でのんびり暮らしたいオサムライさんとの間で屋敷を交換することができ(ただし、幕府の許可が必要)、この取引を『相対替』というのだ。


 このとき、敷地面積や上物の状態など、交換条件に差があるときは、その差額を金銭で決済することになる。


 退職した役人は、屋敷が城から遠く不便になるかわりに、通勤至便な付加価値分の譲渡金が上乗せされて、老後資金が増えてウハウハだし、逆に、忙しい現役官僚は、通勤時間が短くなって助かる~、というわけだ。


「これならば会津の負担はござらぬぞ」


 やり手セールスマンのような笑みでナリさんがくり出してきたのは、目玉ポーンな好条件の数々。


 会津うちと薩摩藩の下屋敷同士のトレード?


 しかも、家具調度類にくわえて、スタッフまで向こう持ち??


『費用負担ゼロ円で、いますぐ新生活がスタートできます』って、ウィークリーマンションかよ!?



 そのうえ、一万両(=十億円以上)の持参金!?


 おまけに、


「すでに愛妾がおるのなら、侯はときおり通ってくださるだけでよいぞ~」とは……?


「通い婚? いまどき!?」


 平安貴族じゃあるまいし。

 なに考えてるんだよ?


 第一、正室と嫡子は上屋敷に置かないと、幕府にインネンつけられるんじゃねぇの?



「いや、そこはそれがしがうまく処理いたしまする」


 ほほえみの貴公子・阿部正弘公が、力づよく受けあう。



(……おかしい……)



 なんでこいつら、そんなに必死なんだ?


 破格すぎる条件をつぎつぎ提示して、なぜそうまでして会津松平家()と縁組したい?


(なぜだ?)



 想像を絶する展開に、俺はひとり目を泳がすばかりだった。 



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