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107 琉球


「気持ちがよいのぉ!」


 すみきった青空の下、大きく深呼吸。


「ほんに、琉球はよいっっっ!」



 ここは琉球における幕府使節団宿舎・円覚寺。

 王宮北に位置する臨済宗の禅寺だ。


 身支度をおえて客殿を出、鐘楼と仏殿のあいだを抜けて、三門にいたる。



 勾欄つきの廻掾をもつ入母屋造りの壮麗な三門は丘陵地の斜面にあり、しばし足を止め、小高い場所から眼下の風景を楽しむ。


 門から二十段ほど下の低地に造られた放生池と、それにかかる直線的な石橋。


 その橋柱は、神獣や花の彫刻で飾られ、橋の先にはこの寺の正門である単層の総門が立つ。


 ちいさな放生池周囲に配された手入れの行き届いた植栽のあざやかな緑と、総門越しに見える人工池。


 そこにうかぶ弁財天堂の赤い瓦屋根。

 堂を囲む濃緑色の水面とアーチ状の白い橋。


 琉球屈指の名園をもつ円覚寺は中国使節の接待にも使われる古刹だ。


 そして、なだらかな起伏に沿って繁茂する木立と、どこまでもつづく赤いらかの波。

 和・中テイストがほどよくなじんだ独特の都市上部にひろがるすみきった蒼穹。


 いやがうえにも盛りあがるバカンス気分!


 ―― を堪能していると、



「「「……かー、……かー、……かー」」」


 かなたからわき起こる恒例の怪音に、せっかくの高揚感も一瞬にして消滅する。



(ちっ!)

 

「殿」


 むくれる主君に照射される近臣の半眼ビーム。


「わかっておる!」


 無言のプレッシャーにうながされて、しかたなく石段を降りはじめる。



 するとまたしても、


「「「……かー、……かー、……かー」」」


 間断なく聞こえくる異音に、ふたたびムカムカ。


(もうちょっとだ……もうちょっとの辛抱だ)



 怒りをこらえて降りるきざはしの下では、異装のオッサン集団が俺たちを出迎える。



「大儀」


 俺のねぎらいに、低頭して応える琉球王府役人等(オッサンたち)


 ターバン風の冠、若干ゆるめに着つけた着物、幅広のあざやかな帯 ―― いささかエキゾチックな和装を目にしたとたん、一時は萎えたテンションも再浮揚。


「では、ご案内つかまつります」


 琉球政府外交部のボス・板良敷朝忠いたらしきちょうちゅうが、小栗にむかって会釈する。



 タテマエ上、徳川外交使節団々長は松平容保()になっているが、実質的最高責任者は小栗忠順。

 そのあたりは琉球側も了解済で、なにをするにもまず小栗におうかがいをたててからだ。



「よしなに」


 オグちゃんのGOサインも出て、総門前に用意された馬に騎乗して出発準備も完了。



 と、


「「「……かー、……かー、……かー」」」


 ひときわ高まるくだんの不快音。


「くっ、もう耐えられぬ! 吉之介! 吉之介を呼べっ!」


「殿!」


 すかさず飛来する鋭い訶止ストップ


「辛抱なさいませ!」


「できぬ! もはや限界じゃ!」


「殿っ!」


「いやじゃ!」


「全権特使としてのご自覚を!」


「ムリじゃ!」


「*@&#っ!」


「△★Ω◆っ!」



「お呼びでございますか」


 いつのまにか、いつもの巨体が足下に現れる。


 そのもっさりした姿を見たとたん、さらに高まるイライラ感。


「吉之介、あの奇声をなんとかせい! うるそうてならぬ!」


 そう叫びつつ音源をキッとにらむと、


「あん御方がわれらをご覧になっとう!」


「険しいお顔も良かー!」


「眼福なあ!」


「「「良か~♡ 良か~♡ 良か~♡」」」


 いっそうデカくなる無気味な嬌声。


(しまった!)


(わっ)ぜか美青年よかにせなぁ!」


「こげな御方と夫婦になっとは、まっこと姫さまはおしあわせでごわす!」


本当に(ほんのこて)


「「「うらやましかー! うらやましかー! うらやましかー!」」」


 あ゛゛゛ーーー!!!


 毎度毎度「かーかーかーかー」うるさいカラスどもめがーっ!



 そして、吉之介も、


「申しわけございませぬ。それがしよりよう言い聞かせます」などと、相かわらず上っ面だけの謝罪を述べる。


 そのふてぶてしい態度に、怒りのボルテージはウナギのぼりだ。


「そもそも、琉球政府よりの案内人もおるに、なにゆえ薩摩の者どもが随従してくるのじゃ? 即刻、在番奉行所に帰せ!」



 じつは、あのカラス集団の正体は、薩摩藩在琉球奉行所の役人どもで、俺たち一行が那覇港に到着して以来、『なぜか』周囲をウロチョロしはじめ、しかも日に日に人数もふえる一方なのだ。


 おそらく、今では奉行所を空っぽにして、全員ここに集結しているものと思われる。



『なぜか』……はいうまでもない。


 薩摩は衆道がさかんな国。

 そのうえ、容さんのルックスは、薩摩隼人にとって直球ド真ん中(ストライク)


 そんなこんなで、熱視線と「かーかー」コールをあびながらの首里城通いに、俺のストレスはすでに極限状態だ。



「あの者らは、肥後守さまの身辺警護をしておるのでございます」


 吉之介は訛りのきつい侍言葉でうさんくさい言い逃れを垂れ流す。


「護衛は当使節団員だけで足りておる! 薩人の警備は無用! 役所にもどり、業務に専念するよう伝えい!」


「なれど、侯はいずれ姫さまの婿君となられる御方。しかも、かような僻遠の地にては、貴人を拝す機会など皆無。みな自らの意志にて伺候し、警護に当たっておるのです。ここはひとつご寛恕のほどを」


「詭弁を弄「殿っっっ!!!」



 ―― ! ――



「聞き分けのないことを、おっしゃられますなっ!」


 悪鬼の形相からはき出される威嚇に全身硬直。


 いまだかつて見たこともない大野のマジ切れにビビりまくる俺。



 刹那、


「申しわけない、西郷殿」


 瞬時に表情をかえ、柔和な笑顔で振りかえる大野。


「わが殿は、大事な交渉をひかえ、気が立っておられるのだ。すまぬが、ご家中の方々には、もそっと静かにするよう言うてもらえぬか? 殿も、種々お考えをまとめながらの道行ゆえ」


「さようでござったか。たしかに婿君のお役目の障りとなっては一大事。なれば、そう伝えもんそ」


 大野のヤローキラー光線にやられたのか、お国訛りを交え、朗らかに応じる西郷。


「手数をおかけいたす」


「いや、婿君をお助けするは、わが主命にかなうこと。お気になさいますな」


「かたじけない」


(なんで会津おれらが、ここまで下手に出なきゃいけないんだ?)


 口惜しさにふるえる主君に、大野はつめたい一瞥をくれる。


(おめーの言いたいことはよくわかる。だが、いまは黙ってろ!)なきびしい封殺だ。


 琉球との和親条約交渉 ―― いや、正確には琉球併合交渉だが ―― において、薩摩を敵にまわしちゃアカンことぐらい俺だってわかる。


 わかってはいるけれど……。


 こんな目に遭うのも、もとをただせば…………。


 脳裏にうかぶふたつの顔に、再燃する憎悪の炎。



(っきしょー! あいつらめーっ!)



 二千キロ以上離れた安全地帯で、のほほんと殿さまをやっているオヤジどもに、あらめて殺意がわいた。



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