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102 試練 

 わかったよ。


『神さまは乗り越えられない試練は与えない』だろ? 


 はいはい、神頼みしたってどうにもなりませんよね。

 ここは自力で切り抜けるしかないわけね?



 さらっと覚悟を決め、上目づかいに俺をチラ見する原告団に向きあう。


「今朝方はかわいそうなことをしたな。あらためて詫びる」


「「「あ、いえ、めっそうも……」」」


 なぜかビクつくお百姓さんたち。



 はは、謝罪の言葉より誠意を見せろ、か?


 だが、それだけは阻止しないと!

 なんとしてでも言いくるめ、けむに巻いて穏便にお引き取りねがおう!


 よし。あれだ、あのテを使って……。



「それはそうと、そなたら夕餉はまだであろう?」


「「「は、はっ」」」


 意表をつく問いかけに、男たちは目をシロクロ。


「ここで済ませていってはどうだ?今朝の詫びがわりじゃ」


「「「ゆ、夕餉をっ!?」」」


「うむ、遠慮はいらぬ。すこしだが会津の酒もつけてやろう」



 どうせ今夜は大宴会で料理も多めにつくるだろ?

 その中から数人分ちょろまかしたってバレやしない。

 こいつらも一食浮くうえ、ふだん食べられない幕閣用のごちそうを出されたら、気持ちもおだやかになるにちがいない。


 この寺は黄檗宗だから、今日の宴会はたぶん普茶料理。 

 普茶料理これって中華風だから、このころの日本人にはあまりなじみがないはずだし、酒だって、あんなオヤジどもに飲まれるくらいなら、こいつらにふるまった方がはるかにマシだ。

 それでイイ気分になって、慰謝料請求取り下げてくれたら万々歳!



「「「酒まで!?」」」


 一同、放心。


「「「なんと!」」」


 やり取りを見ていたギャラリーからも驚嘆の声が。


「御家門の」

「二十三万石太守の」

「将軍後見役の」

「会津侯が!?」


 殺到する熱いまなざし。


「百姓に詫びを」

「やさしい言葉を」

「お情けぶかい」

「たぐいまれな君徳」

「くわえてこの美貌」

「「「肥後守さまー♡♡♡」」」

「「「キャー、ステキー!!!」」」



 感動マックスになった期をのがさず、即売会開始。


 盛りあがった民衆の購買意欲は想像以上にすさまじく、

 雲霞のごとく来襲する客・客・客。

 千手観音状態で伸びる手・手・手。


 ものすごい回転率と客単価。


 爆買いにつぐ爆買い!


 途切れぬお会計待ちに、泣き目のレジ係。


 気づけば、全商品まるっとすっかりソルドアウト。


 あとに残ったのは、ボロ雑巾以上にヨレヨレの家臣団と黄金の山。



 そして、


「即売会は終いじゃ!」


 おどろくべき早さで閉会宣言。

 品切れ最速記録更新だ。


 あらら。

 慰謝料を払いたくない一心での懐柔パフォーマンスが、庶民みなさまのハートを直撃?


 容さん()への好感度アップ → 思わぬ散財 → まいど! ―― 的な?


 いや~、なにが幸いするかわからないものだね。


 とはいうものの、予想以上のバカ売れとはいうものの、在庫的にはよろこんでばかりもいられない。


 長崎はまだ最初の寄港地。

 このあと琉球・清国での即売会もあるのに、琉球でギリギリ、清国見本市開催は完全にアウト!

 そうなったら、会津製品海外展開事業は頓挫!


 あーーー、新たな課題がーーーっ!!!



「長崎人口の一割はいるよね?」な大群集は即売会終了後も居すわりつづける。


 そうこうするうちに、なにも買わずじまいだったお百姓さん一行が前に押し出されてくる。


「待たせたのう」


 極上の笑顔をプレゼント。

 スマイルはゼロ円タダだ。


「寺の者に命じ、すぐに部屋を用意させよう。ゆるりと楽しめ」


「ありがたいお言葉なれど……」


 一番年かさの男がおずおずと切りだした。


「なんだ?」


「その前に、お殿さまにおうかがいしたきことが……」


 う゛っ!

 つ、つまり……賠償額を聞きたい、と?



饗応それ饗応それ慰謝料コレ慰謝料コレ」か!?


 こいつら、見かけによらずしたたかだな。


「申してみよ」


 お願い、ふっかけないでー!


「はい、では……」

 

 と言いつつ、オッサンたちは顔を見あわせてモジモジ。


 ま、お金の話って、なかなか切だしにくいよね。


「遠慮は無用。思うところを申すがよい。当家の座右の銘モットーはJR東……ではなく言路洞開である!」

(とりあえず額だけ聞いて、減額交渉しよ)


「「「ありがたきしあわせ!」」」


 感極まったように合唱。


(トホホ……今日の売り上げの何割くらい持ってかれるんだろ?) 


「じつは、これにございますが……」


 リーダー格の男は意外な行動に出た。

 懐から大事そうに一冊の草紙を取りだして、俺に差し出してきたのだ。


「これは……?」


 真っ赤な紅葉林をバックにたたずむ絶世の美男の表紙絵がついた薄い本は、


「べこコボ通信・神無月朔号ではないか!」


 それは、まぎれもなく九月上旬発行の『べこコボ通信』十月一日号。


「うわっ! これ先月出したばっかなのにもう長崎に? おい、マジかー!? 流通、早っ!」


「「「いま、なんと?」」」


「い、いや、気にするな」


(ど、どうした、容さん!?言語変換機能、作動してないぞ!)


「して、なにか不都合でも?」


「じつは、発行元の会津御家中が当地にいらっしゃると聞きおよび、ぜひお話をうかがいたく今朝方お声をおかけしたしだいでございます」


「話とな?」


 えっと、たしか神無月号の特集は、『島原の乱メモリアル号』だったよね?


 あー、そうそう!


「いままでにない斬新な切り口で、これを取り上げよう!」って編集会議で俺が提案して組まれた特集ですわ。



『二百十七年前の真実』


『寛永十四年十月二十五日 ―― そのときなにが起ったか!?』


『絵師は見た! ただひとりの生還者が語る原城落城までのすべて』


『誌上白熱教室 〝いまだからキリスト教について話そう〟』と銘打って。



 もちろん、大野や玉ちゃんからは、


「「あいやお待ちくだされ(おい、待て)素材が際どすぎまする(ソレ、マジやばいって)っ!」」


「査察入りますよ? ヘタしたら改易ですよ? 家臣を路頭に迷わせるおつもりですか?」


「せっかく仕官(再就職)したのにまた浪人(失業)か……(ぐすん)……」等々ブーイングの嵐だった。


 しかし! これはいまこそやらなきゃいけない企画なの!


 なぜかというと、開国に際し、幕府一番の懸念がキリスト教問題だから。


 幕府が二世紀半以上にわたって禁じてきたキリスト教。

 でも、そんなの西洋列強と国交を開始したらあっさり崩れる。


 とくに通商条約締結後は、領事館員や貿易商用にいくつもの教会がつくられるはずで、そうなったら禁教もクソもない。


 といってなんの手も打たないまま、もし国内でキリスト教がらみの問題がおきたらどうなる?


 最悪なのは「キリスト教徒を日本政府の弾圧から救うため」と称して列強に攻めこまれること。


 実際、クリミア戦争はロシアが「オスマン帝国内のギリシャ正教への弾圧をやめさせるため」としてはじまった。


 また、あっちの世界では、数年後おとなりの朝鮮半島でも、大規模なキリスト教弾圧が行われたとき、フランスは「キリスト教徒を保護する」という口実で侵略戦争を仕掛ける。


 それに他国どころか日本でも幕末から明治にかけて『浦上四番崩れ』というキリスト教徒弾圧事件が起こるはずで……。



 ……ん!?


 浦上って……長崎だよな?


『浦上天主堂』は長崎の観光スポットのひとつ。


 って……まさにここ……?


 ………………。



 島原の乱特集について質問するために、わざわざ朝早く沿道で待っていたこいつら。

 あんなにボコボコにされたのに、性懲りもなくふたたびやってきた。


 キリスト教に対する監視体制がバリバリ行き届いたこの時代に、厳戒警備の幕閣()のもとにあえて危険をおかしてまで……。


「と、ときにそなたら、どこからまいった?」


「「「浦上からにございまする」」」


 ありゃ…………ビンゴ!?



 凍りつく会津侯アイドルの姿に、まわりのやつらも急にザワザワ。


 やにわに、


「おい、おまえら、まさか……」


 べこコボ通信をのぞきこんでいた最前列の男が叫ぶ。


「隠れキリシタンかっ!?」


「「「か、隠れキリシタン!?」」」


 会場騒然。


「「「キリシタンだ!」」」

「「「キリシタンがいるぞ!」」」

「「「だれかお役人をー!!!」」」


 収拾不能の大パニック。



 と、


「キリシタンとな?」


 突如、真横からわいた不気味な低声バス


 長崎奉行・水野忠徳は最前のおだやかな官僚と同一人物とは思えぬ峻烈な表情で百姓たちを見下ろす。


「いまの話、聞き捨てならぬ。奉行所にて詮議いたす」


「「「拷問!」」」

「「「火刑!」」」


 境内を埋めつくす人々から悲鳴があがる。



 あぁ…………なんでいつも俺ばかりこんな目に……?


 なんで、俺にだけこうもつぎつぎと?


 この世には神も仏も……だと?


 ふん、それどころか最近は天の悪意しか感じないわい。


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