101 千客万来
このたび列強の国力・軍事力・艦船等につき黒鷹商会さまより懇切なアドバイスをいただきました。この場をお借りして、あらためて御礼申しあげます。ありがとうございました!
「大挙して押しかけ、申しわけござらぬのぅ」
交渉団最年長の筒井政憲が豪快に笑った。
(そう思うなら、速攻帰れっ!)
ここは長崎における会津侯宿舎・正福寺。
寺の境内は即売会開始を待ちわびる人々で大入り満員。
朝の生CMで煽られたやじ馬プラスそのクチコミによるお客さまがただ。
なのに、即売会にのぞむ俺の前には、招待したおぼえのないオジャマ虫どもが。
(……なんでだよ?)
対露交渉も無事終わり、そのまま現地解散になると思いきや。
西役所を出た幕府外交団は、なぜか宿舎に帰る俺の後ろをゾロゾロ追尾。
港を見下ろす山の中腹にたつ正福寺は、黄檗宗寺院。
黄檗宗は、いまから二百年ほど前(承応三年(1654))に来日した明の僧・隠元隆琦を開祖とする禅宗の一派で、ほかの二派(臨済宗・曹洞宗)にくらべて開基が新しいことや、清による明征服の際に起こった国粋化運動の影響から、意図的に建物・仏像・儀式等で中国っぽさを強調している。
真っ赤な中国風の三門をくぐり、ひろい境内に入るやいなや、
「「「ほう、会津の特産品を商うのか!」」」
「江戸でも評判の」
「これがウワサの」
「長崎においても」
「販路拡大?」
「会津の試み」
「みなが注目」
「なかなか目のつけ所が」
「「「お見事! お見事!」」」とノンキに称賛。
任務完遂の解放感からかすっかりオフモード。
俺の猛烈な「帰れコール」などガン無視だ。
ところが、
「なにを仰せになられます」
ブンむくれる主君の背後からしゃしゃり出る近臣。
惜しげもなく放たれるオヤジ殺しスマイルに、周囲はなごやかムードでいっぱいだ。
「これより即売会がございますゆえ、わが主はのちほど同座いたしますが、みなさまはどうぞ先に奥にておくつろぎください。国許より取り寄せた酒もたんとございますれば、今宵は心ゆくまでぞんぶんに」
「「「おお、会津銘酒とな!?」」」
『酒』のひとことに、いっそうテンションがあがる幕臣ども。
「そこまで申されるならば、せっかくのお招きだ。お言葉に甘えようかの?」と、一同を見まわす長老。
「「「ならば、ありがたく!」」」
異口同音に応じ、いそいそと中国風客殿に消えていくオッサンたち。
「……冬馬……?」
賢臣らしからぬ妄言にしばし呆然。
「あの酒は灘・伊丹・伏見ら上方酒造に先んじて国外進出するため、わざわざ国許から取り寄せた販促用ぞ?」
もしもーし、大野さん、だいじょうぶですかー?
しっかりしてくださーい!
いま「タダ酒ふるまう」とか、おかしなことほざいてましたよー?
対露交渉がうまくいきすぎて、ちょっと錯乱気味ですかー?
じゃなかったら、貴重な販促用の酒をオジャマ虫に無償提供するなんて言うわけが……。
と思いきや、
「吝いことを仰せられますな」
「み、みみみみっ!?」
超意外幷無礼千万な発言に思わずカミカミ。
「ったく……以前はいくら申しあげても……掛など考慮なさらず……好き放題使いたい放題……勝手気まま……だがあの病……お人が変わられ……真逆……極端……ふりまわされる方……迷惑……ぶつぶつ……」
いつもの聞えよがしツィートによる強烈な酷評。
「交渉団の方々……有能な官僚……殿……いずれ大失態……必ず……世話になる……尻ぬぐい……ゆえにかような折……親交深め……それを……吝い……器ちいさい……ぶつぶつ……」
んだと、こらっ!
グチるふりしてトンチンカンな説教たれやがって!
はじめて人前で英語披露したからって調子こいてんじゃないぞ!
しかも、どうしておまえはつねに主君がなんかしでかす前提なんだ!?
再生後の松平容保は、かつての超残念ぼんやりくんとはちがうんだ!
それに、俺は亡命するんだ!
もう日本には帰らないんだ!
だから、今後、こいつらにフォローしてもらうことなんて、絶対ないんだ!
それより、試飲用が足りなくなって、清国でのプレゼンが失敗したらどうするつもりだ?
特産品輸出でガッポガッポ → これならもうボクがいなくてもだいじょうぶだね? → じゃ、心おきなく、という俺の亡命基本戦略がくずれるじゃないか。
「(くどくどくどくど)……さようお心得ください。おわかりになられましたか?」
「相わかった」
理不尽な説諭にひとまずうなずいてみせる。
後半部分はほとんど聞いていなかったが、ここで反論するとさらに説教タイムが延びるのはあきらかだ。
だがなぁ、大野。俺がいなくなったら、いままでのようにはいかないんだぞ?
当代一の美丈夫というバツグンの広告塔あってこそのウハウハ商法じゃないか。
アンテナショップだって、『会いに行けるトノサマ』効果の集客力だろ?
亡命後、会津藩がまたビンボーになっちゃかわいそうだから、こっちもいろいろ考えてやってるのに。
あー、そーですか! そーですか! もうどうなっても知らんわ!
「みな、待たせたな」
コワモテイケメンが群集に呼びかける。
「これより会津産物の直接販売を行う!」
いよいよ九州初、いや関八州以西初の会津物産展スタート。
これは、ある意味条約交渉以上に大事なオシゴトだ。
ここで会津製品のよさを大々的にアピールしておけば、西日本での販売拠点もできるだろう。
財布をにぎりしめて、鼻息を荒くする町人たち。
とっくにスタンバイ状態の会津藩士諸君。
さて、気合入れていきますかー!
と、そのとき。
なにやら異質な視線を感じ、その方向に目をやると、境内の隅には見おぼえのある一団が。
「そなたらは朝方の?」
俺に向かって一斉に頭をさげたのは、今朝、役人にボコされてたやつらだ。
へ? なんで物産展に?
あれからずいぶん時間もたってるし、ここは朝遭遇した場所からも遠い。
こういっちゃなんだけど、そんなに金持ってるようには見えないし、会津のグッズを買いに来たとは到底思えな……、
―― !!! ――
ま、まさか、「あの暴行に対する謝罪と賠償を!」、か!?
ひぇ~~~! 絶対そうだ~~~!
それしか考えられない~~~!
たしかにあの流血騒動はちょっとかわいそうだったけど……でも、俺が命令したわけじゃない!
過剰反応したのは幕府の役人だ!
(しかも現地採用組だ!)
俺に責任はない!
―― と、言いたいところだが、『あの場で一番エライやつ』っていったら……従四位上左近衛権中将 ―― まちがいなく俺だ。
ああ、だから、ここに来たのか。
「……はぁ……」
ただでさえ『日本側交渉団ぶっちぎり№1功労者』という栄誉を奪われ、失意のどん底だってのに、幕臣どもによる甚大な被害予想(あいつら、相当酒強そう)プラス慰謝料請求。
この世には神も仏もないのか!?
初冬の潮風が、うるんだ眼にやけにしみやがる。




