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100 陰の仕事人


 つーことで、日露条約最大の懸案・領土問題は、俺のシナリオどおりに落着。


 え? はしょるな? ちゃんと説明しろ?


 す、すんません。

 えーっと、それはつまり、こういうことで……。



 従来の『樺太に国境線画定』どころか、


『樺太丸ごと!』

『千島列島全部!』 

『それにカムチャッカ半島も!』の法外なカマシと失言騒動で大混乱になった会談場。



 さあ、ここからがミラクル・ヤン作戦の真骨頂ハイライト

 オランダ領事官ドンケル=クルチウス氏のターン!


[うーん、どうでしょう、プチャーチン提督。ここはひとつ、わたくしにおまかせいただけませんか?

 いえ、オランダは日本の同盟国ではありますが、わが国王ウイルレム三世陛下は、ロシア皇帝ニコライ一世陛下の甥君にあたる御方。

 わたくしとて、できますればロシアが不利にならぬ形で交渉がまとまれば、と考えているのです。

 ということで、オランダからの提案なのですが……]と、お手々もみもみヤンおじさん。


 

 一)

 樺太全土を日本領と認める。

 一方、カムチャッカ半島はロシア領とする。


(ね、この前がんばって守り抜いたカムチャッカじゃない。日本も露西亜あなたに譲るべきよね?

 でも、そのかわり樺太はあきらめよう? だから、これで『お・ア・イ・コ』)


 二)

 千島列島は、ウルップ島までが日本領、以北はロシア領。


(ほら、千島もブン取ってあげたから! ま、そりゃ、全部つーわけにはいかなかったけど、カムチャッカに近いほうはロシアさんのものだし!)


 三)

 以上の国境線に合意すれば、「さっきの『日本国宰相に対する侮辱行為』は見逃してあげて」って、阿蘭陀ワタクシがジャンピング土下座で頼んであげる!


(いや~、本当のところ、東西で開戦となったらキツイでしょ? 日本はアメリカとも組んでるから、戦争はじまったら相当長引きますよぉ。クリミア半島と極東 ―― 二正面作戦なんて、ホントたいへんですよぉ。

 しかも、武士ってマジでめんどくさいですし。

「敵に背を見せるくらいならハラキリ!」とか、イミフなことを叫びつつ、弾幕バリバリでもスピードも落とさないで、平気で突っこんできますからねぇ。兵士たちもビビリまくりですよ。マジ失禁ものですよ。ね、だから、戦争なんてやめよう? 避戦一択!)


 四)

 箱館・長崎への寄港許可。

 下田はイギリス・フランスとニアミスしたとき、江戸の近くでドンパチされたら困るから、しばらくはナシですって。

 でも、時期をみてオランダが口添えしてあげるんで、ドンマイ!


 五)

 ロシア領事館は箱館に。


(あ~、でも、必要なら、長崎・江戸のオランダ領事館が中継してあげますよ。

 その他なにかお困りごとがあったら、なんでも阿蘭陀うちに言ってきて!

 いいの、いいの、露西亜オタクとうちの仲じゃない。水くさいなぁ、遠慮しないで)


 六)

「賠償金もオランダに免じて許してあげて」……って言ってあげたいところだけど、他国よその非戦闘員を大量に殺しちゃったみたいだし……ちょっとねぇ。


 あ、そうだ! 

 日本は箱館のインフラ整備で困ってるみたいだから、ソコを手伝ってあげたら?


 賠償金出すってなったら、ロシア国内でも大ブーイングだと思うけど、通商にむけた先行投資って言いかえれば、

 「つぎにつながる布石かー! やるなー、プーさん、さすがだぜー」になって、うまくかわせるし。

 それがいい、それがいい!


 それに、箱館を整備したら、オタクだって使い勝手もよくなるし、日本に好印象をあたえれば、いずれ江戸にも進出できるんじゃない?


 じつは、うちも横浜のインフラ建設やってる最中なんですよ。

 そうしたら、日本あっちからすごく頼りにされちゃって、こんなふうにいろいろ相談に乗るようにもなってねぇ。


 ロシアさんは、いま英仏あたりとヒジョ~にマズイことになってるし、味方は作っといたほうがいいですよ?

 クリミアで停戦したくなったとき、ロシアの立場を擁護してくれる国がいっぱいあったほうがなにかと助かるでしょ?


 日本はあれでなかなかやり手だから、国際会議でもけっこうイイ仕事してくれると思いますよ。

 そのためにも今回おたがいに歩みよって友好関係きずいておいたら、思わぬときに役立つし ―― って、阿蘭陀ワタクシは思いますがねぇ。どうです、提督?]



 というリーガル●ハイ・古美門弁護士もどきの長台詞ながゼリフを、一度も噛まずに言い切った。


 おみごと! まさに、ミラクル・ヤン!


 しかして、その結果は…………、


 満額回答!



 でも、ここでニコニコしちゃバレバレだから、


[わが国はそこまで譲歩せねばならぬのか? もうすこしなんとかならぬか、クルチウス領事官?]と、ブツクサ。


 オランダの顔を立て、しぶしぶOKしたような態度を見せつける。



 そして最後に、日本全権おれ露西亜全権プー阿蘭陀領事官ヤンおじさんの三人で記念撮影。


 はい、チーズ、カ―――シ―――ャ―――ッ(露出時間、長っ!)



 よっしゃー! 

 ファーストミッション、クリア~!



 むこうの予想をはるかに超えた過大な要求をつきつけてメンタルをぶっ飛ばし、相手の失言をガンガン責めて動揺させ(言葉じりをとらえるのは得意だし)、さらに「日本ボク、イギリスさんのグループに入れてもらおうかな~」とさんざ揺さぶって、白クマどもの判断力がいちじるしく低下したところに善意の第三者をよそおった魔術ペテン師ヤンが登場。


 オランダが提示した日本にとって有利な条件を、むしろ日本こっちが妥協したフリしてプーに呑ませる。


 これが『ミラクル・ヤン作戦』の全容だ。



 くっくっく、完璧、完璧。


 俺TUE……もういいや、いまさら。



 これ以上望みようがない完全無欠の大勝利を引っさげ、意気揚々と引きあげる日本側交渉団。


 控室につくとすぐ、「おつかれ~」の茶菓接待サービス


 カステラ、か。

 イヤなこと、思いだしちまった。


 でもなぁ、いつまでもギスギスしたままじゃ、よくないよな。


 しゃーねー、利ちゃんには長崎でお土産でも買ってやるか?


 で、江戸に帰る幕臣に託して、ちょこっとゴキゲン取って、さ。


 亡命したら二度と会わない利姫やつだけど、容さんにとっては唯一の肉親だし、すこしはお兄ちゃんにいいイメージを持っててほしいもん。


 じゃあ、そういうことで。



(え~っと、江戸に帰るのは……?)



 今回の対露交渉団は、長崎での折衝のためだけに結成されたチームなので、このまま俺といっしょに渡航するのは、小栗・岩瀬のほか、例の四人組 ―― 栗本・田辺・木村・池田と谷田堀、中島・小野のみ。


 一方、水野・荒尾の両奉行と目付の永井は長崎に残って残務処理をおこない、堀は箱館に、筒井・川路・古賀の三人は江戸に戻り、将軍に交渉結果を報告することになっている。



 なら、あの三人のだれかに持っていってもらおうか。


 あ、でも、あいつらには帰府前にひと仕事あるんだっけ。


 そういうことなら、しょうがない。

 お土産は別便で送ろう。



 帰府前のひと仕事 ―― それは、これからオッサンたちに頼むつもりの極秘任務のこと。


 今後の幕政運営にも大きな影響をおよぼすこの特別指令は、『プーを利用して、やっかいな朝廷に一発おどしをかける』という物騒な策略で、江戸帰還組の三人には、ロシア艦との連携プレーでこの裏工作をやらせる予定なのだ。


 じつはこの件、プーには条約批准書交換直後すでに打診してあり、


[プーさん、長崎出たら箱館に行くでしょ? インフラ整備や領事館建設用地の下見で]


[ええ、まぁ、そのつもりですけど]


[じゃあ、悪いんだけど、途中、大坂湾に寄ってもらえない? 長崎ここに来るとき通ってきたから、ルートはわかるよね?]


 てな感じで、ロシア艦の行動は確認済みだ。



 今回の長崎入りに際し、プーは大坂経由で来たようだ。


 条約締結を引き延ばす口実に、幕府は、「いや~、京都の帝からなかなか許可が下りなくてさ~」を連発していたため、プーは様子見で京都に近い大坂まで行ってみたのだ。


 行ってはみたものの、旗艦ディアナ号は上方をパニックにおとしいれただけで、とくになにをするわけでもなく出航。


 結局なにがしたかったのかは不明だが、俺はこの話を聞いたとき、ピカっ!とひらめいた。



ロシア艦これ使えば、朝廷からのクレーム、減るんじゃね?)



 この世界の幕府外交は、あっちとはくらべものにならないくらい上首尾で(ま、全部、俺の功績だが)、あっちみたいな攘夷論は沸騰しにくい情勢だ。


 それにくわえて、べこコボ通信によって攘夷ムードが激化しないよう事前に啓蒙活動もおこなっている。(ホント、賢いわぁ、俺)



 とはいえ、攘夷思想はこっちの世界でもそこそこ流行りはじめているのも事実。


 その攘夷ムード最大の発信源が日本で一番エライひと ―― 今上帝だ。


 今年二十四歳の帝は、生理的に「異人はムリー!」らしく、いくら幕府側が情理をつくして説いても「開国ムリー!」路線を堅持しつづけている。



 あっちでは、いまから三年後、塩大福が三十九歳の若さで亡くなり、阿部の後継者として老中首座に就くのが佐倉藩主の堀田テディ


 ポックリの翌年、堀田は岩瀬・川路らとともに日米修好通商条約の勅許をもらいに上洛するものの、公家どもにたっぷりイジメられたあげく勅許はもらえず、すごすご退去。


 交渉に失敗した堀田は、帰府後、幕府内でボロクソにこき下ろされて、老中罷免 ☞ 隠居 ☞ 失意の中、数年後に昇天 ―― という悲惨な末路をたどる。


 あの親切なテディちゃんがそんなひどい目に……(ぐすん)……。



 でも、帝の異人アレルギーがあっちと同じだったら、こののち勅許に関しては同じになる可能性が高い。


 俺が亡命したあと、テディたちが条約勅許で苦労するかもしれないのだ!



「うわー、なんとかしてやらなくちゃー!」で、考えたのが『砲艦外交国内版』作戦。



 ざっくり説明すると、


 ロシア艦に大坂湾内でバンバンしてもらう(もちろん空砲)


 ☞ 筒井たち幕府官僚が、プーに抗議しにいく(ヤラセ)


 ☞ バンバンがやむ


 ☞ 「おお、砲撃がやんだ! 幕府がロシアをいさめたぞ! やはり幕府は頼れるのぉ! ならば外交については今後一切口出しはしないでおじゃる。もう全部幕府にまかせるでおじゃる」


 ☞ 公家どもの妨害がなくなり、すべての勅許がサクサク発行される


 ☞ めでたし、めでたし


 ―― てなわけだ。



 なので、


[プーさん、あのね、これは日本のトップシークレットなんだけど、帝は大の空砲マニアなんだ。

 だから、今回の日露条約締結記念つーことで、京都に近い大坂湾でハデに祝砲を打ってもらえないかなぁ?


 帝、すごくよろこぶと思うよ。

 そんなことされちゃったら、もうプーさんファン確定だね!


 で、スタートからしばらくたったら、幕府の使者がディアナ号にいくから、それで発射終了ね。

 じゃ、ひとつよろしく!」を、超絶美スマイルつきで依頼しておいた。



(えっ、空砲マニア???)と、目をおよがせながらも、快諾するプー。


 協力のお礼として、プーからのツーショット撮影のリクエストにお応えし、さらに赤べこストラップをそっとにぎらせ、


[これは幸運の赤べこハッピー・レッド・ブルという日本の超レア開運グッズなんだ。これを身につけていれば、いつでもどこでもモテモテまちがいなしさ!]とヒソヒソ。


[モ、モテモ……!?]と絶句し、ニタニタ笑みくずれる海軍中将。


 洋の東西を問わず、オッサンの思考は、さほどかわらないらしい。


[ただし、この話を他人にひと言でもしゃべったら霊力が消えちゃうの。だから、帝と祝砲の件は他言無用でね?]という俺のおどしに、真顔でカクカクうなずくプーさん。


 こうして口止め工作も万全だ。


 日露交渉で完勝したうえ、後々のフォローまでしてやるなんて男前すぎだろ、俺?



 にしても、毎度毎度、人目につかないところで暗躍する役回り ―― いうなれば、陰の仕事人だ。



(いいんだ……日本の未来……あっちとはちがう歴史……貢献……ボクえらい……ブツブツ……)


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