お互いに悪巧みを始めたら
一面が白で染まった部屋に機械の駆動音が重く響く。
部屋の中央にはカプセルの様な機械に入れられた一人の女性が眠っていた。
カプセルを取り囲む機械達は、その女性にアームを駆使して様々な施術を行っている。
「重力子通信モジュールの接続を開始…………一部記憶野の消去を実行します」
機械音声が部屋に響き、女性の頭部近くにあったアームが先端に装着されていた針を頭部へと差し込む。
女性は一瞬、体を大きく飛び上がらせたが直ぐに何事も無かったかのように元の体勢へと戻った。
「拒否反応か、記憶を消された事は無いが記憶を徐々に消されていくってのはきっと物凄いショックなんだろうなぁ」
そんな事を、白い部屋に似合う白衣を着た山坂がモニターを見ながら呟いた。
「なぁ永村」
「嫌味を感じるね山坂君、この仕事は君にとって嫌いな仕事じゃなかったと思ったけど?」
数値の流れを見ながら山坂は自らの後方で緑茶を飲む永村へ声を掛ける。
永村は湯飲みを持ちながら、いつもの笑顔で山坂の背中へと返事をした。
「今更こんな仕事に感慨も何も無いが、相変わらず趣味が悪いなとは思う」
「再利用が上手いと言って欲しいね、それに『それ』を見つけてきたのは君じゃないか」
「まぁそうだが……便利そうだったしさぁ……けど田崎が見たら切れるんだろうな」
「彼はちょっと潔癖なところがあるからねぇ」
「潔癖というか、あいつにしか分からない判断基準があるだけだろ」
軽く小ばかにしたような表情で山坂は笑った。
「それを潔癖と言う気がするのは私だけかな? で山坂君、蘇生と改造は順調に進んでるのかい?」
「順調すぎて欠伸が出るレベルだな、とはいえ運が良かった。 死後に肉体に魂が残ってなきゃこうはいかん」
「流石は死体蘇生者と言った所かな? 相変わらず山坂君の技術には驚くばかりだよ」
「当然だな」
山坂は勝ち誇ったように言い放つと、モニターから目線をずらし勢い良く振り返った。
「そんじゃ、後は機械にお任せだ。 僕は部屋に──」
「ちょっと待った」
白衣をたなびかせながら出口へ向かっていく山坂に、永村は左手を突き出し山坂を制止した。
「あん?」
「君に聞きたい事があるんだけど、アメリカの調査はどうなってるの?」
「……………………調査?」
「あのさぁ……」
「あー! はいはい! 調査、調査ね! そうかそうか、忘れてた!」
視線を天井にずらし、少しの間部屋には沈黙が流れる。
そして20秒も経った頃だろうか、山坂が両手を打ち鳴らしわざとらしく今思い出したといった感じで声を出した。
そんな山坂に永村は呆れたようにため息を着くと、顔から笑みが消えた。
「……最近何か隠してない?」
「は? 隠す? 何をだ?」
「何をかは分からない、けど最近カムサの工廠に居たとはペスから聞いてる」
「そんなもん別に──」
「君にはあそこへの立ち入りは禁じてあったはずだ」
永村はそう言うと寄りかかっていた壁から姿勢を直し、重低音を出しながら動いている機材の上に湯飲みを置いた。
そしてゆっくりと、山坂の方へ歩み寄っていく。
「カムサを緊急起動させた事に関しての話だってんなら、そもそもの原因はお前にあるはずだが?」
「そこに関してはきちんと謝罪して禊は終わったと思ってたけど?」
「それはお前の中での話だ、それにだ──」
永村がゆっくりと近づくのに合わせ、山坂もまたゆっくりと歩き始める。
二人はそのままの歩調で交錯する寸前、山坂は呟いた。
「あれは『俺』のものだ、お前にどうこう言われる筋合いは無い」
「…………一応、管理者全員の所有物なんだけどね」
「建前の上では、だろう? 大体隠し事を僕に問える立場か? お前が地上に残してきた秘書は一体今何処で何をやってる?」
「コールドスリープする前のなら、今頃塵になってるんじゃない?」
そうして、二人は交錯した。
山坂は出口へ、永村は部屋の中央にあるカプセルへと近づいていく。
「お互いに誤魔化しが下手糞だな」
「いやぁ君よりはまだ上手いんじゃないかな」
「ふん、ペスがまだこっちに帰ってきてない段階でバレバレなんだよ。 あっちで何かやってんだろ?」
「人聞きが悪いなぁ、まるで私が悪人みたいじゃないか」
「流石に敵対会社潰して社員全員に首を吊らせた男は言う事が違うな」
そうして、二人は互いの終着地点へと辿りつく。
「隠し事はお互いにあるんだろうが……過程の問題だと思わんか?」
「終着が同じなら問題はないと?」
「そりゃそうだ、僕達は『人類の為に』ここに居る訳だしな」
「確かに」
「んじゃ話は終わりだな、お互い楽しくやろうぜ。 元々僕らはそれが唯一の規範だからな」
山坂は言葉を告げ終えると、右手をひらひらと後ろ手に振りながら部屋から退出していった。
「人類の為に、か……」
カプセルの上に手を置き、永村はそう呟いた。
彼の掛けている丸眼鏡は光を反射し、その目が何を見ているのかは分からない。
分からないが……少なくとも彼は笑っていることだけは間違いなかった。
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エクィローの内部で、不穏な会話を二人がし終わった頃……アメリカ東海岸に程近いマサチューセッツ州。
かつては工学の都として世界でも有数の州だったこの場所は、現在は過去の遺物を漁る冒険者という名の盗掘者達と都市の防衛機構だったロボットが彷徨う地となっていた。
そのマサチューセッツ州を少し下った所にある小さな町の廃墟に彼女達は居た。
「駄目です、報告があった様な反応は探知できません」
廃墟に似つかわしくない白銀の体をきょろきょろと動かしながら、そのロボットは背後で同じ様にしている女性へ声をかけた。
「石元、そちらはどうですか?」
白銀の天使の後ろで瓦礫に対してパラボラアンテナの様な物が先端について銃を向けていた女性が振り返った。
その女性は顔の左半分に金属製の仮面を着けており、怒った顔をしていた。
「…………その名は既に捨てました」
石元。
かつて東京を治めていた総理、徳川戦。
その腹心を勤めていた女は山坂達管理者に捕らわれ、改造を施された結果。
現在は永村の忠実な部下となっていた。
「失礼しました、シャードレス、首尾は?」
「堅調とは言い難いですね、本当にこの場所なのですか?」
「データでは確かにこの地点で核融合反応が確認されています」
右手に持った両刃の剣を地面に突き立て、天使は顔の無い頭部を地面へと向ける。
「……既に調査を開始してから二週間が経過しています、これ以上は無駄だと提言します」
「ではどうします? それとも次の指令が来ましたか?」
「はい、先ほど新たな指令が届きました。 ……現在この大陸で斥候をしている二名への合流指令です」
「では早速移動を──」
「いえ、それが……シャードレス、私はここに残留です」
残留、という言葉に石元は右眉を少し上下させた。
「永村様からの指令では私がこの地に残り調査を続け、シャードレスが斥候と合流せよと」
「私では不適当だと思われますが?」
「いえ、貴女には現在過去の兵器に関する情報がインプットされていません。 ですので調査は私が続け、貴女は実務部分で斥候を補助するというのが適任であると判断されたようです」
「合理的な判断と言えるでしょう、ではその二名の位置情報と今回の指令を私に転送してくださいペス」
新たに下った指令を受諾した石本は、自らの顔につけられた仮面へ左手を添える。
すると本来眼球が入っている窪んだ部分に青い光が一瞬灯り、再び灯りはきえる。
「送信完了、以後はこの指令に添って行動を行います、宜しいですかシャードレス」
「受信完了、以後はこの指令に添って行動を行う、了解したペス」
そうして、二人の工作員は互いに背を向ける。
石本は自らの左手を勢い良く空中へ振り上げる、すると左手の中から蜘蛛の糸の様な細いワイヤーが射出される。
そのワイヤーは10メートルほど上空で、見えない何かに引っかかると石元はワイヤーを手繰り寄せながら上へと昇っていく。
「ナイトホークは連続飛翔距離に制限があります、道中お気をつけて」
「そちらも調査が芳しい結果が出る事を祈っている」
ワイヤーを手繰り寄せ、ワイヤーが引っかかっている根元部分まで石本が昇るとそれは姿を表した。
空飛ぶエイ、一言で表すのであればそれが正しい表現だった。
生物的な部分が一部に機械が九割と言ったそれは、鋼鉄の翼を波間の様にうねらせながら石元を背へ乗せた。
そして後方から青い炎と、ジェットエンジンが空気を吸い込む爆音を響かせ始める。
「シャードレスエージェント、ナイトホーク……出る!」
「さて、それでは調査に戻りましょう」
石元の言葉と同時に、エイはジェットエンジンを爆発的に加速させこの土地から姿を消した。
マサチューセッツ州、プロヴィデンス……またの名を。
「このアーカムの」
FGOのクリスマスイベントでボックス開けてたら投稿が遅れたので初投稿です
ま、多少はね?
すまぬ、すまぬ…でもね、二部楽しみなの!




