84 私だったら、自分は責めない
ガントの村の穴の底では、温泉が白い湯気を立てている。
鉱石を掘ってるうちに、ぐうぜん掘りあてたらしいこの温泉。
上から見えないように屋根があるから、解放感はないんだけれど、湯加減の方はバッチリだ。
村に戻ってきたあと、ベアトにつきっきりで傷の治療をしてもらって、私のダメージは全回復。
けど、ベアトの方が魔力の使いすぎで疲れちゃった。
そんなわけで、今はこうして二人で疲労回復中。
「ベアト、お疲れさま。戦うたびに苦労させてごめんね」
「……っ」
気にしないでくださいって言ってるのかな。
ベアトがふるふる、首を横にふる。
「そう言うと思った」
この娘、私のためならどんな苦労もかまわないって感じなんだよね。
私も同じ、ベアトのためならどんなに痛くても苦しくても、我慢できる。
ベアトを悲しませること以外、なんでもできる気がする。
「けどさ、ベアトに苦労かけるのは私が嫌だから。これからはあんまり無茶しないようにするね」
「……、……っ」
ちょっと考えてから、こくんとうなずいた。
それから、隣にぴったりくっついて肩をよせて、
「べ、ベアト……?」
「……っ」
うるんだ瞳でじっと見てくる。
ベアトの顔が真っ赤なのは、きっとお湯のせい。
私の顔が熱いのもお湯のせい。
ちょっと熱すぎないか、この温泉。
「……で、出ようか。のぼせそうだし」
なんか変な空気になってきた。
このままだとおかしな気分になりそうで、目線をそらしつつ立ち上がる。
「ね? もう十分でしょ? トーカたちの方も気になるし、さ」
「……」
……なんでだろう。
水しぶきあげて立ち上がったら、ベアトの目線が私の胸の方に行って、もっと顔が赤くなったんだけど。
この村の構造は、大きな穴の底かららせん状に通路がのびて、上へと続いている感じ。
あちらこちらに昇降機があるけど、基本的に移動は歩き。
動かすのに人手がいるし、構造的にも一つ上の段までしか行けないからね。
観光地ってわけじゃないからかな、お店で売ってるのも食べものくらい。
ベアトに新しい首輪を買ってあげるの、ちょっとだけ先になりそうだ。
あと、人間の私たちって、少し珍しい存在なのかな。
けっこうチラチラと見られてる。
……男装状態の私が、ベアトといっしょに温泉から出てきたからかもしれないけど。
「戻ったよー」
一声かけつつ、トーカの家のちっちゃいドアをオープン。
当の家主はテーブルにすわって、メロちゃんとお話してたみたい。
「おう、おかえりっ」
「なのです!」
二人とも、すっかり仲良くなってるな。
背丈も同じくらいだし、仲のいい友達って感じ。
じっさいのところ、トーカの方がずっと年上なんだけどね。
私がテーブルにすわって、ベアトも当然のように私の隣へ。
テーブルの上には、坑道の奥から持ってきた真っ赤な鉱石の欠片が置かれてる。
「今さ、二人でこの石について調べてたんだ。そしたら面白いことがわかったぞ!」
「なんとこの石、魔力の伝導率がものすごいのです! そりゃもうすごいのです!」
「……でんどうりつ?」
なにそれ、つまりどういうことだ。
「とっても魔力を通しやすいのです。これは強烈なシロモノが作れそうなのですよ!」
「あぁ、腕が鳴るね!」
メロちゃんと笑い合うトーカ、元気そのものって感じだけど。
どうしてもチラつくんだよね。
仇が死んだ時の、嬉しくも悲しくもなさそうだったあの表情。
トーカの中で、まだ決着はついてないんだ。
……って、これは私が勝手に思ってるだけなんだけど。
「ところで、さ。あんたらとんでもない面倒事抱えてんだろ? もしよかったら、話してくれないか」
「……うん、そりゃ気になるよね。あんなんが襲ってきたわけだし」
ここまで巻き込んじゃった以上、話しておく方が逆にトーカのためかもしんない。
……というわけで、全部話した。
私の仇討ちや、メロちゃんの家族に起きたできごと、レジスタンスのこと。
この旅の目的や行き先まで、ベアトの正体以外の全部を。
「…………」
みごとに言葉を失ってるね、トーカ。
ぽかんと口開けてる。
「……いや、想像以上にとんでもない面倒事だったな、これ」
「でしょ? もしかしたらトーカも目、つけられたかもしんないよ?」
「笑えないって……。と、とりあえず明日から武器作りに入るから」
なんて、ちょっと脅かしすぎたかな……。
正直に危険を伝えただけだったんだけど、トーカの顔引きつってるし、メロちゃんからはにらまれちゃった。
○○○
この村の鍛冶場、穴の外に作られてるんだ。
最初にこの村に来た時、小さな村だなって思った数件の小屋。
アレが鍛冶をするところだったみたい。
あんな感じの場所が穴のまわりにいくつもあって、トーカはそのうちの一つにこもりっきり。
もう三日くらい、自分の仕事を片付けながら、私の武器を作ってくれてる。
「……けど、メロちゃん言ってたよね。トーカのヤツあんまり元気ないって」
「……っ」
「スランプ、とかかな……?」
凄腕の鍛冶師らしいし、考えにくいけど。
だから心配になって、こうしてベアトといっしょに様子を見にきたんだ。
数ある鍛冶場の一つ、トーカが働いてる場所にやってくると、
「あ、いた」
なんとトーカ、鍛冶場の外でぼんやりしてた。
休憩中なんだろうか、切り株に腰かけて、深いため息をついてる。
「トーカ、どう? 仕事の進み具合」
「んぁ? キリエにベアト、来たのか……。仕事は全部終わったよ、仕事は、ね……」
トーカのとなりに腰を下ろす。
ベアトもいつも通り、私にぴったり。
「……もしかしてあの鉱石、加工できなかったりするの?」
「いんや、十分加工は可能だ。ただ、さ。どうもハンマー打つ時に雑念がまじっちゃって。妹のこととか、友達のこととか……」
ギュッと、にぎり拳を固める。
やっぱりトーカの仇討ち、まだ終わってないんじゃないかな。
きっと一番許せないのは、自分自身なんだ。
「ねえ、よければ聞かせてよ。妹さんや友達の話」
「……ヒマつぶしの雑談ってわけにはいかないが、それでも?」
「そんな軽い気持ちで、聞かせてほしいなんて言えないよ。私だって、妹殺されてるんだもん」
「そう、だったな……。この赤いリボン、妹のモノなんだ」
お下げを結んでる、赤いリボンを指で撫でながら。
そっか、私にとっての翼の髪飾りなんだね、そのリボンって。
「気弱なヤツでさ、いっつもアタシの後ろをついてまわってた。鍛冶師を始めたのもアタシのマネ。いつもあこがれの視線を向けてくれて、アタシはそれに応えたくて必死に頑張ってきたんだ……」
元気で無邪気なクレアとはちょっと違う感じだな、トーカの妹さん。
だけど、きっと私と同じくらい、妹を大切に思ってたんだろうな。
「友人の方は、カナタっていうんだけど。いっつもアタシに張り合ってきて、一方的にライバル視して。ちょっとうっとしかったりもしたけど……」
「嬉しかった?」
「あぁ、嬉しかった、誇らしかった。妹とカナタ、二人の鍛冶師の目標になれてるって思うだけで、アタシは鍛冶師としてどこまでも高みに登れる気がしたんだ」
「……けど、カナタさんは生きてるんだよね?」
「生きてる。生きて首都の治療施設にいるんだけど、治癒魔法でもどうにもならないぐらい、両腕がダメになっちまって。鍛冶師としては、死んだも同然なんだ……」
「……そっか。ありがと、辛いのに話してくれて」
これ以上、傷にさわるのは酷かもな。
けど、このまま放っておいたらきっと、トーカはここで座りこんだままだ。
本当に辛いことがあった時、前に進むには原動力が必要なんだ。
私の場合は仇を討つ、ベアトを守る、の二つだけど、トーカにもきっとそういうのが必要なんだ。
……他人にここまでおせっかいするなんて、ホント変わったかもね、私。
「的外れだったらごめんね。もしかして、自分が許せない?」
「……許せないに決まってるだろ。アタシが戦場に行けば、妹は行かずにすんだ。カナタのヤツも守ってやれたかもしれない。アタシが、残らなければ……っ!!」
そういう考え、よくわからない。
ストラもそうだけど、自分を責めてうずくまったって、自分が苦しくなるだけでなんにも解決しないじゃん。
「でも考えてみてよ。そもそもの原因は、パラディが勇贈玉をタルトゥス軍に渡したせいじゃん」
私なら、こう思う。
「だったら、悪いのは全部パラディとタルトゥス軍じゃないの?」
仇を見定めて、そいつらをなにがあろうと絶対に地獄へ叩き込む。
他のことを考えるのはそれからだよね?
「…………。……キリエ、お前さ、お姉さんを口先で惑わそうなんて十年早いぞ!」
「わっぷ!」
めっちゃ笑顔で背中、バチーンと叩かれた。
なんでだよ。
「元気づけようとしてくれた気持ちだけ、受け取っておくよ。そうだな、自分ばっかり責めてたってしかたないもんな! ありがと、おかげで吹っ切れたよ!」
立ちあがって、とってもいい笑顔を浮かべてから、背中をむけて鍛冶場に戻っていく。
「……そうだ、そうだよ。悪いのは全部……」
……思ってたのとは違ったけど、なぜか元気づけられたみたい?
最後になにか、小さな声で呟いてたような気がしたけど。
数日後、私の新しい武器が完成した。
血に濡れたような、真っ赤な刀身のソードブレイカーが。




