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69 決意表明




 ずっと、ずーっと昔のこと。

 空から一つの大きな赤い星が降ってきた。

 それからすぐに、モンスターと呼ばれる怪物が現れて、人々を苦しめるようになったんだ。


 モンスターの出現と同じころ、一人の若者がエンピレオと名乗る天の声を聞いた。

 それが初代勇者。

 始まりの勇者はエンピレオの声にしたがって、魔物をたくさん倒して、人々を救った。

 その勇者が作ったのがエンピレオ教団。

 今のパラディの始まりだ。


 でもモンスターの出現は止まらなくて、勇者の出現も止まらない。

 いつの時代にも、とぎれることなく勇者は存在し続けて、魔物を倒し続けて、いつも勇者は人々にとって英雄だった。

 ブルトーギュが現れて、勇者を軍事利用するまでは。


「……はぁ」


 思わずため息がこぼれる。

 時代が時代なら、私も英雄だったのにね。

 故郷焼かれて、わけわからん逆恨みされて、腕斬り落とされちゃった。


 私とベアトは今、王都から東の方向にあるレジスタンスの隠れ家に身を隠している。

 右腕、ぎゅっとしばって止血してあるけど、早くなんとかしないとまずいかもね……。


「……っ!!」


「ベアト……?」


 私の右腕を大事そうに抱えてるけど、そんなのもう捨てちゃいなよ。

 気持ち悪いでしょ?


「……っ!」


 ん?

 羊皮紙を取り出して、ペンでさらさらーっと。


『うでをくっつけます!』


 ……本気で言ってる?

 取れた腕をくっつけるなんて、それこそ最上級の治癒魔法じゃないと無理でしょ。


『とりあえずふくをぬいでください、はやく!』


「……うん、わかった」


 けど、ベアトだから。

 ベアトができるって言ってんだから、私は信じる。


 ギュッと締めてた右腕をほどいて、血をドバドバ流しながら上の服を脱ぐ。

 そしたらベアトが右腕を渡してきた。

 自分で傷口に当ててくれってことらしい。

 で、言われるがままに腕を持って固定してると、


「……っ!!」


 両手をかざしたベアトが、ものすごい癒しの魔力を放った。

 青白い光で、暗い小屋の中が明るくなるくらいに。

 スッパリいかれてた切り口が、みるみるうちにくっついていって。


「……っ」


「すご……」


 光が収まった時には、完全に元通り。

 ちょっとシビれが残ってるけど、ぐっぱ、ぐっぱと指が動いて、二の腕には斬られた痕すら残ってない。

 けど、喜ぶ気にはなれなかった。


「……ぁ、……ぅっ」


「ベアト!?」


 だってさ、治療を終えたベアトが荒く息を吐いて、倒れそうになるんだもん。

 こんなん見せられたらもう、自分の腕なんてどうでもよくなるよ。


「ベアト、しっかりして!」


 くっついたばかりの右腕で、ふらつく体を支える。


「今の魔法、まさか無理して使ったんじゃ……!」


「……っ」


 ちょっとだけ気まずそうに、こくんとうなずいた。

 やっぱり、今のは魔力を一気に、大量に消費するヤツだ。

 ヘタすりゃ命を危険にさらすほど、大量に。


「どうして……! 私なんかのためにいつもいつも、どうして……」


「…………」


 汗を流して、うつろな表情でニコリと笑う。

 月明かりに照らされた、儚げなベアトの笑顔。

 なにかが湧きあがってきて、もうそれ以上は何も言えなくて、ただギュッと抱きしめた。



 そのまま、ベアトが落ち着くまで抱きしめて、長い髪を撫でて。

 なんだか久しぶりに、時間が穏やかに過ぎていった感じがする。


「……っ、……っ」


 もう大丈夫って言ってんのかな。

 腕の中のベアトが、もぞもぞ動きだした。

 顔色もよくなってきたかな、暗いのにやけに赤く見えるし。


「ギュッとし過ぎて苦しかった? ゴメンね、もうしないから」


「……っ!」


 すごい勢いで首をブンブン横にふる。

 苦しいワケじゃなかったのか。


「……っ」


 で、今度は翼の髪飾りに手をやって、外そうとしてる。

 返してくれるのかな。

 けど……。


「いいよ、返さなくて。その髪飾り、そのまま着けててよ」


「っ!!?」


 今度は目をまんまるにした。

 体もビクッと跳ねて、結んだ髪がふわっと揺れる。

 ホント、表情豊かだね。


「いや……、さ。まだまだ厄介事は続きそうだし。このままベアトに持っててもらった方が安心だなって。ただそれだけ」


 逆恨み魔族、仕留めたとは思うけど、わりと元気そうだったしな。

 治癒魔法とかが間に合って生きてたら、きっと私を狙ってくる。


「……っ」


 今度はなんだか不思議そうな顔された。

 で、ペンサラサラ、羊皮紙ドン。


『わたし、ねらわれてますよ? あんぜんじゃないです』


 ……うん、アイツらたしかにベアトを狙ってる。

 こっちは魔族の目的ってより、パラディの目的だろうな。

 神託者ジュダスに勇贈玉ギフトスフィア、アイツらがパラディと繋がってんのは明らか。

 力を貸すための交換条件、ってとこか。


「それは、えっと……」


 純粋な疑問からの正論をぶつけられて、私は見事にしどろもどろ。

 ベアトを守るための決意の証にしたい、なんて恥ずかしいこと言えないよね。

 さてさて、どう答えよう。


「……ベアトが狙われてても関係ないよ。だって私がずっといっしょにいて、守るから」


「!!!?!?」


 あれ、ベアトってば。

 無茶した疲れがまだ残ってたのかな。

 私の胸の辺りにこてん、と頭をあずけて、体重かけて寄りかかってきた。

 なんだか耳まで赤く見えるけど、もしかして熱でもあるのか。


「具合悪かったりする? もう休もうか」


「……っ、……っ」


 そういうワケじゃないのか。

 顔は伏せたまま首をぶんぶん振ってる。

 まるで、どんな顔してるか見られたくないみたい。


「……」


『あの、ほんとうにいいんですか?』


「……ベアトを守るってことは、パラディ敵に回すってことだよね」


 得体の知れない、ブルトーギュすら手を出そうとしなかった宗教国家を、まるごと。


「……それがどうした。ベアトはなんにも心配しないで、黙って私に守られて!」


「……っ!!!」


 本当なら、パラディはベアトのおうち。

 家族がいる、帰るべき場所だ。

 けどさ、この娘は奴隷に見えるくらいボロボロになってまで、そこから逃げてきた。

 連れ戻そうとしてるのがロクでもない理由で、ベアトが帰るの嫌がってるのはわかる。


「……私ね、ブルトーギュを殺した時にわからなくなったんだ。これからなにをしたらいいのか、どうやって生きていこうって」


「……」


「でもね、魔族の二人組が襲ってきてベアトがさらわれそうになった時、すごく嫌だった。ベアトを渡したくないって思った」


「……っ!」


「ベアトを守りたいって気持ち、仇を討ちたいって気持ち。私の中ではどっちも同じくらい大きいんだ」


「……っ」


 私の顔をじっと見て、それからにこっと笑ってくれた。

 ありがとう、嬉しいです、って言ってるのかな。


「……こっちこそ、ありがとね」


 ベアトのおかげで、私は私でいられるんだから。

 ……と、そうなってくると知らなきゃいけない敵の情報。

 さいわい、目の前のこの娘はその情報をたっぷり持ってる。


「ねえ、全部教えて。勇贈玉ギフトスフィアのこととか、ベアトが逃げてきた理由とか、全部」


「………………。……っ」


 ちょっと悩んだあと、コクリとうなずいて、羊皮紙三枚に情報をびっしりと書き込んでくれた。

 それを手に取って、じっくり目を通す。

 まずは一枚目、勇贈玉ギフトスフィアについて。


「ふむ……。なーるほどね」


 勇贈玉ギフトスフィアとは、勇者が死んだ時にエンピレオが生み出す物体。

 宿った【ギフト】の力を、持つ者に与える。

 ただし、使える【ギフト】は一人につき一種類。

 そんで、持ってても勇者の加護は得られないからいくら殺しても強さは変わんない、と。


「で、二枚目。……んん?」


 これは……、なに?

 しんちょう、148。

 たいじゅう、かるいです。

 すきなもの、キリ、の上に線が二つ引いてあって、その横にケーキ、とかまあ色んなことが書いてある。

 これってもしかして。


「ベアトの、プロフィール?」


「……っ」


 うなずかれた。

 いや、全部教えてって、そういう意味じゃないんだけどね……。


「さ、三枚目いっとこっか」


 順番的に、これがベアトが逃げてきた理由。

 さてさて、どんなことが——。


「こ、これ、本当なの……?」


 エンピレオが、とつぜんいけにえをもとめました。

 わたしがえらばれました。

 とじこめられて、ごはんももらえずやせほそって、しにそうになって、にげだしました。

 おせわをしてくれてたひとたちといっしょににげて、どれいのかっこうをして。


 けど、とちゅうでリキーノたちにおそわれて、みんなころされました。

 そしてわたしは、あのおやしきにつれていかれて、キリエさんにあいました。


「いけ、にえ……? エンピレオって、生贄を求めるような神様なの……?」


「……っ」


 ふるふる、首を横にふる。


『いけにえなんてもとめたのは、あれがはじめてです。ただ、ようすがおかしくなりはじめたのは、ブルトーギュがゆうしゃを利ようしだして、しばらくしたころです』


 なるほどね。

 詳しくはわからないけど、一つだけはっきりした。

 ベアトを渡したら、この娘は生贄にされて殺されるんだ。

 そんなこと、させてたまるか。


「……ありがとう、全部話してくれて」


 大事な人、失うのが嫌だから作らないなんて言ったけど。

 もう認めるしかないよね。

 ジョアナ、ストラ、リーダーにメロちゃん。

 ギリウスさんやレイドさんも、みんな私にとって大切な人、大切な仲間になってたんだ。


「誰にも言えずに、心細かったよね。もう大丈夫だよ、安心して」


 その中でもベアトは違う、本当の特別。

 具体的にどう特別かはうまく説明できないけど、とにかく特別の中の特別なんだ。

 絶対に失いたくない。

 だから。


「守るよ。どんなことがあっても、絶対に」


「……っ」


 細い体を抱きしめて、私は誓った。

 大切なもの、もう誰にも奪わせない。

 たとえカミサマにだって、奪われてたまるかよ。




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