65 私の敵だ
リーダー、ダメージが大きいのかな。
走り方がフラフラだし、暗くてよく見えないけどなんか顔色も悪そうだ。
うん、アレで一気に回復させてあげよう。
「ねえリーダー、ここにいいモノが——」
……あれ?
左のお尻ポケットをまさぐるけど、なんにもない。
いくらさすさすしても、自分のお尻をなでるだけ。
「え、あれっ!? うそ……っ」
まさか、どっかで落としたとか!?
【治癒】の勇贈玉、あんな大事なものを失くしちゃうなんて、なにやってんだ私!
「キリエちゃん、どうした?」
「あ、えと、なんでもない……」
まずいな、どこで落としたんだろうか。
戻って探す時間もヒマもないよね。
早くベアトのとこに戻りたいし、はるか後ろでは大量の魔物が兵士さんたちに襲いかかってる。
アイツが魔物を呼び出して操ってる魔族。
つまり、それがアイツの持つ【ギフト】の能力、と。
「勇贈玉を持つ魔族、か……。アイツら、なんのつもりで攻めてきたんだ……」
「勇贈玉……? キリエさん、なにか知ってるみたいだね。詳しく聞かせてくれないかい?」
レイドさん、そっちの情報は持ってないのか。
東区画までけっこー距離あるし、その時間を使って情報交換だ。
ブルトーギュが持っていた宝玉のこと。
多分パラディが一枚噛んでるってとこまで。
レイドさんからは敵の正体について、魔族の第一皇子タルトゥスの直属部隊だってことを教えてもらった。
「なるほどね。状況を整理すると、敵は魔族軍のごく一部、百人。そのうち五人が王都に侵入していて、その全員がパラディの秘宝である勇贈玉を持っている。目的は不明だけど、さっきのヤツの口ぶりからして王国の打倒ってところかな」
「どことも組まなかった中立のパラディが、魔族軍に手を貸した。やべえニオイしかしねぇな。スティージュの独立がどうなるか、情勢がどう変わるのか、そいつも問題だぜ」
そういう相談は二人に任せます。
さて、広い王都を東へ走ってる中で、気付いたことがある。
王城周辺の貴族街は、飛竜が飛んでたりで結構な混乱っぷりだったと思う。
まあ、貴族サマたちはみんな自分の屋敷に閉じこもって、私兵に守らせてたんだけども。
けど、少しお城を離れると街はいつも通り。
王城の方から煙が立ちはじめて、なにかが起きたと気づく人も中にはいたっぽいけど、だいたいいつも通りだ。
「……そんなに無茶するヤツらじゃないのかな。やっぱり王城の陥落だけが目的で——」
……なんて、違った。
考えが甘かった。
東区画に入ったとたん、目の前の光景に言葉を失う。
「……キリエちゃん、ヤツら相当無茶するみてぇだな」
リーダーの言う通り、こんなのムチャクチャだ。
見える範囲の全部の家が、どっか壊されてる。
窓が割れてたり、ドアが吹き飛んでたり、壁に穴があいてたり。
避難したのかな、人の気配はない。
死体も転がってないから、虐殺が目的じゃないっぽいけど。
……目的は虐殺じゃない、なら何が目的だ?
「……ベアト。ベアトッ!!」
猛烈な胸騒ぎがして、全速力で走りだす。
破壊活動なんて反感買うだけの無意味なこと、するとは思えない。
東区画だけが荒らされてるってのも妙だ。
「お、おい、キリエちゃん! くそっ、追うぞレイド!」
「あぁ……!」
だったら、犯人の目的は?
隠れてるなにかを探しているとしか思えない。
コイツらはパラディと繋がってるんだ。
そのなにかがもしも、私の考え通りのものだったなら——。
ドゴォォォォッ!!
破壊音が遠くのほうで聞こえた。
レイドさんの道具屋はもう、すぐ近く。
こっちの方はまだ被害が出ていない。
けど……。
「うああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「逃げろっ、逃げろぉぉぉぉっ!!」
「お母さん、どこーっ!!」
パニックになって逃げまどう人の群れに飲まれてしまった。
住人たちは王都東門の方へ逃げてってるみたいだ。
なんとかかき分けて、かき分けて、とうとうレイドさんの店に到着。
扉を蹴やぶる勢いで開け放って、声のかぎり呼びかける。
「ベアト、無事!?」
返事はないけど、まだ荒らされた様子はない。
落ち着いてしばらく待ってると、カウンターの裏側、地下室へ続く扉が上がって、
「……っ!!!」
ベアトが飛び出してきた。
「ベアトっ!」
「……っ!! ……っ!!!」
私の顔を見たとたん、喜び爆発って感じの極上スマイルで飛びついてくる。
細くて軽い体を抱きとめて、背中に手を回してギュッと抱き寄せた。
「良かった、ベアト……。本当に、無事でよかった……」
「……!? ……っ!!?」
……ん?
なんでだろ、腕をぐいぐいやって、私の腕から抜け出そうとしてる。
「あ、ごめん。もしかして苦しかった?」
「……っ!!」
違うみたい、ふるふると首を横にふってる。
あと、なんか顔が真っ赤だ。
「……帰って早々、なにやってんの」
「意外です。あのキリエお姉さんが、抱きしめ返したです……!」
ベアトから少し遅れて、居残り組の三人も地上に出てきた。
私にジト目を向けるストラ、興味深そうに見てくるメロちゃん、あとお姫様なドレス姿のベル。
……あれ、ベルってお城にむかったはずじゃなかったっけ。
あぁ、そっか、こっちが影武者か。
ホントそっくりだな。
「色々と話聞きたいとこだけどさ、仇は討ってきたの?」
「うん、全部終わらせてきた。リーダーたちも無事だよ」
「そっか、兄貴も……。うん、ならよし!」
ん、ストラ、いい笑顔。
私もいつか、あんな風に笑える時がくるのかな。
「で、さっきからこの音、いったいなにが起きてんの? 外も騒がしいしさ……」
「説明してる時間はない。ただ、もしかしたらベアトが危険かもしれないんだ」
破壊音が、だんだんこっちに近づいてくる。
もしも私の予想通りなら、この音の主はベアトを探してるはずだ。
見つかる前に逃げなきゃ。
「だからみんな、急いで逃げる準備して——」
ドゴォォォォォォォォォッ!!!
……間に合わなかった。
私の後ろで壁が粉砕される。
ハデな入店をしてきたのは、口ひげを生やした中年の魔族と、銀髪の若い女魔族の二人組。
「……目標発見だな、レヴィア」
「聖女の片割れ、東区画に潜伏。情報通りだね」
今の会話ではっきりした、コイツらベアトを狙ってる。
つまりコイツらは『私の敵』だ。
問答無用で殺すため、両手でそれぞれの顔面につかみかかる。
「……っ! 勇者……ッ!!」
「なるほどな、こちらも情報通り、狂犬か」
二人同時に後ろに飛んで、先制攻撃は空ぶり。
けど、店の中から追い出すことはできた。
「みんな、今のうちに裏口から逃げてっ!」
振り向いてるヒマはない。
こいつらから視線を切った瞬間、私は殺される。
確信としてそれがわかる。
目の前の二人は、今の私より圧倒的に格上だ。
「わ、わかった! 無茶しないでよ、キリエ!」
ストラの声が聞こえて、三人分の走る音とドアが閉まる音がした。
クソ、こんな時にジョアナのヤツなにやってんだ。
ベアトのこと任せるって言ったのに!
「……しかし、レヴィア。貴君の【ギフト】は恐ろしいな」
……え?
「対象捕獲。任務終了。責任は果たした」
「……っ!! ……っ!!!」
「ベアトっ!?」
いつの間にか、レヴィアとか呼ばれてた女魔族にベアトが捕まってる!
ウソだ、視線を切ってないはずなのに!
いつの間に動いて、どうやってベアトを捕まえたんだ!?
「よって、ここからは任務の外。私情で動いても問題ないね?」
「好きにしろ……。そこまでは口を出さぬ」
「わかった。……勇者、貴様には死んでもらう。このボクの『復讐』のために」




