表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/373

47 どうして胸が痛むんだろう




「決行日は……、まだ決まっていません」


 あ、あれ?

 もう一ヶ月もたってるのに?

 もしかして、計画に狂いが出始めてるとか……?


「勇者様が戻ってから決めると、バルジと俺でそう決めましたから」


 そっか、計画立てるのはこれからか。

 待っててくれたってことは、私が無事に帰ってくるって信じてくれてたのかな、リーダー。


「ですが、準備はほぼ終わっています。いつでも決行できるほどに」


「いつでも、ね。よし、なら明日——」


「慎重に! 話し合って決めましょう」


「はい……」


 怒られちゃった。

 よく殺意が先行してるってジョアナに言われるけど、また出ちゃってたか……。


「あ、それとギリウスさん。一つだけお願いしたいことがあるんだ」


 さっきからさ、ずっと気になってたんだよね。


「勇者様の頼み、ですか。俺にできる範囲でしたら……」


「それ。敬語使うのやめてほしい。あと、勇者様ってのも」


 ギリウスさん、すっごい意外そうな顔してる。

 そんなにおかしなお願いだったかな。


「ギリウスさんの方がずっと年上なんだしさ、私はただの村娘で、全然偉くなんてないし。なにより勇者って言葉に、良いイメージがないんだよね……」


 っていうか、むしろ嫌いだ。

 この称号押し付けられたせいで、私の人生メチャクチャだ。

 エンピレオもさぁ、なんで私を選んだんだ。

 神様の考えることなんて、ホントさっぱりだよ。


「だからさ、普通に接してよ」


 あ、ちょっと困った顔してる。

 少しだけ考えて、それから軽くため息。

 観念したみたい。


「……わかった。よろしくな、キリエ」


「うん。改めてよろしく、ギリウスさん」


 差し出された手を取って、握手を交わす。

 デカイ。

 ゴツイ騎士さんの手は、やっぱりデカかった。


「では勇者殿。わたしもキリエ、と——」


「呼ぶな、馴れ馴れしい」


「な……っ、先ほどからトゲがあり過ぎませんか!? 共に王家打倒を目指す同志なのですから、もっと親交を深め——」


「うっさい。あんたと仲良くするつもりはないから」


 なんなんだコイツは。

 私に対して吐いたムカつく綺麗事、まだ忘れてないぞ。


「はははっ、これはまた……! ずいぶんと嫌われたものだな、イーリア」


「笑わないでください!」


 ギリウスさんも、なんでこんなん連れてきてんだ。

 ……あぁ、もしかしてペルネ姫が反乱側に加わったから、とかかな。

 コイツ確か、姫様お付きの騎士だったし。

 なんて考えてると、


「キリエちゃん! よかった、無事だったのね!」


 ジョアナがやってきた。

 ベアトとメロちゃんもいっしょだ。


「見ての通り、なんとか無事だよ」


 またボロボロだけどね。

 ……あ、私のケガに気付いた途端、ベアトがものすごい勢いで走ってきた。


「……っ!! ……っ!!」


 私に抱きついてきて、うわ、ボロボロ泣きだしちゃった。

 どうしてかな、ベアトの泣き顔を見てると、胸がすっごくズキズキする。

 ケガなんてしてないはずなのに。



 ベアトに治療してもらってる間、ここでなにがあったかを説明した。

 あと、ギリウスさんから一ヶ月分の王都での出来事を教えてもらって、私たちの旅の内容も向こうに伝える。

 情報共有、大事だよね。


「それにしても驚いたわよ。キリエちゃんが連れてかれた方から、ゾロゾロと大群が出てくるんだもの」


「ジョアナさんの指示で、別れた辺りに隠れて様子を見てたのですよ」


「しかも、率いているのは切れ者で有名なコーダ。正直ね、キリエちゃん殺されたって思ったわ。私の判断ミスだって」


「っ……、っ……」


 ちょ、ベアトやめて。

 またそんな泣かないで。


「……また心配かけちゃったね。私、ベアトのこと、悲しませてばっかりだ」


「……っ!」


 そんなことないですって、ふるふるっと首を横に振るけど。

 そんなことあるんだよ。

 ベアトには笑っていてほしい。

 悲しい顔は見たくないんだ。


「……嫌だな。泣いてほしくない」


「……?」


 首をかしげるベアトの涙を、指でぬぐう。


「泣かせたくないのに、これからもきっとベアトをいっぱい泣かせると思う。それが嫌だな、って」


「……!」


 あれ、荷物から羊皮紙とペンを取り出したけど、こんなところで?

 サラサラっと筆を走らせて、


『かまいません! わたしがキリエさんのそばにいたいとおもったのだから、これはわたしのわがままです。ないちゃうのもわたしのわがままです。だから、いやだなんておもわないでください。やりたいこと、おもうぞんぶんやってください』


「……いいの? そんなこと言われたら、私甘えちゃうよ? 遠慮なく危険なことに首を突っ込んで、いっぱいケガしてベアトを悲しませちゃうよ?」


『いいんです。わたしにできるのは、ケガをなおすことだけですから、おもうぞんぶんつかってください』


 ケガを治すだけって……。

 そんなことないよ。

 ベアトがいるおかげで、私がどれだけ救われているか——んんっ!?


(いやいや、ちょっと待て。私は今なにを言おうとした? これじゃあまるで、ベアトが特別な存在みたいじゃん。違うから、特別なんて作らないって決めたんだから……)


「……?」


 頭をぶんぶん振ってたら、不思議そうに首をかしげられちゃった。


「……いや、なんでもない。ありがとね、ベアト。これからもよろしく」


 無難な返事をかえして、頭をなでておく。

 よし、完璧な対応。

 ベアトもにぱーって感じで笑ってくれたし、これでよし。


 ……なんだ、ジョアナ。

 その生温かい目は。

 違うぞ、違うからな。


「さて、キリエちゃんたちが二人の世界から戻ってきたところで」


 二人の世界ってなんだ。

 違うから、そんなんじゃないから。


「リーダーたちの潜伏先、案内してくれるかしら? お兄さん」


「いいだろう。ただしこの人数はさすがに目立つからな、裏道を使わせてもらう。少しきびしい道のりだが、かまわないか?」



 ○○○



 うん、ギリウスさんがきびしいとか言うだけはあった。

 王都のまわりには、二つの川が流れてる。

 北のアローナ川と、南のヒンダス川。


 噴水があることからもわかる通り、王都には上水道が流れてる。

 井戸水に加えて、アローナ川から引いた水も生活用水として使っているわけ。

 で、トイレやら使った後の汚い水やらは、王都地下の下水道を通って南のヒンダス川へ流される。

 二つの川はつながっていないから、アローナはキレイでヒンダスはクッソ汚いんだ。


 話がだいぶ逸れたけど、今私たちが進んでいるのが王都の下水道。

 ヒンダス川に流れ込む場所から入って、黙々と進んでる。

 臭いし暗いし、ひっどいもんだ。


「うぅ、鼻が曲がりそうです……」


「……ぅ」


 メロちゃんとベアト、かなりまいってるな。

 脇に通路があるから服とか靴に色々付いたりはしないけど、ニオイが服に移っちゃうかも。


「おぇ……っ、ギリウス殿、出口はまだですか……ぅおぇっ」


 やめろ女騎士。

 いちいちえずくな、余計に気持ち悪くなるだろ。


「もう少しだ。……東区画に差しかかったか、あと二つ先だな」


 壁に彫られてる記号で、今の位置がわかるみたい。

 私には読み方もさっぱりだけど。


「よし、ここだ、上がるぞ。まずはジョアナ、続いてメロさんとベアトさんが行ってくれ」


 なるほど、いざという時に機転のきくジョアナを最初に行かせて、それから辛そうにしてるベアトたちを。


「あ、あの、おぇっ! わたしたちの順番は、げほっ!」


「最後だ、耐えろ」


 まあ、当然だよね。



 ハシゴをのぼって、マンホールから這い出した先は、東区画の路地裏だった。

 はー、空気が美味しい!

 こんなに美味しかったんだね、空気って。


 先に上がってたベアトとメロちゃん、ぐったりしてた。

 ジョアナだけは元気で、周りを見張ってたけどね。


 最後にギリウスさんが上がってきて、マンホールのフタを閉める。

 幸い、誰にも見られなかったみたいだ。


「さあ、ここまで来ればバルジのとこまであと少しだ」


「ぅおぇっ、おえぇぇぇえぇぇ……っ!!」


「うわっ!」


 イーリアっていったっけ、コイツとうとう吐きやがった。



 ■■■



 時はさかのぼり、キリエたちがフレジェンタを去って三日。

 西の果ての最前線、対魔族戦線は完全に崩壊していた。


 王都への伝令、早馬すら許さなかった、戦いとすら呼べない一方的な虐殺。

 一万五千の王国兵も、エルフや獣人ら亜人兵も、生きている者は誰もいない。


 屍の山を背に、わずか百名足らずの軍隊が進む。

 日の昇る方角を、東を目指して。

 この致命的な異変を、今はまだ、誰も知らない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ