47 どうして胸が痛むんだろう
「決行日は……、まだ決まっていません」
あ、あれ?
もう一ヶ月もたってるのに?
もしかして、計画に狂いが出始めてるとか……?
「勇者様が戻ってから決めると、バルジと俺でそう決めましたから」
そっか、計画立てるのはこれからか。
待っててくれたってことは、私が無事に帰ってくるって信じてくれてたのかな、リーダー。
「ですが、準備はほぼ終わっています。いつでも決行できるほどに」
「いつでも、ね。よし、なら明日——」
「慎重に! 話し合って決めましょう」
「はい……」
怒られちゃった。
よく殺意が先行してるってジョアナに言われるけど、また出ちゃってたか……。
「あ、それとギリウスさん。一つだけお願いしたいことがあるんだ」
さっきからさ、ずっと気になってたんだよね。
「勇者様の頼み、ですか。俺にできる範囲でしたら……」
「それ。敬語使うのやめてほしい。あと、勇者様ってのも」
ギリウスさん、すっごい意外そうな顔してる。
そんなにおかしなお願いだったかな。
「ギリウスさんの方がずっと年上なんだしさ、私はただの村娘で、全然偉くなんてないし。なにより勇者って言葉に、良いイメージがないんだよね……」
っていうか、むしろ嫌いだ。
この称号押し付けられたせいで、私の人生メチャクチャだ。
エンピレオもさぁ、なんで私を選んだんだ。
神様の考えることなんて、ホントさっぱりだよ。
「だからさ、普通に接してよ」
あ、ちょっと困った顔してる。
少しだけ考えて、それから軽くため息。
観念したみたい。
「……わかった。よろしくな、キリエ」
「うん。改めてよろしく、ギリウスさん」
差し出された手を取って、握手を交わす。
デカイ。
ゴツイ騎士さんの手は、やっぱりデカかった。
「では勇者殿。わたしもキリエ、と——」
「呼ぶな、馴れ馴れしい」
「な……っ、先ほどからトゲがあり過ぎませんか!? 共に王家打倒を目指す同志なのですから、もっと親交を深め——」
「うっさい。あんたと仲良くするつもりはないから」
なんなんだコイツは。
私に対して吐いたムカつく綺麗事、まだ忘れてないぞ。
「はははっ、これはまた……! ずいぶんと嫌われたものだな、イーリア」
「笑わないでください!」
ギリウスさんも、なんでこんなん連れてきてんだ。
……あぁ、もしかしてペルネ姫が反乱側に加わったから、とかかな。
コイツ確か、姫様お付きの騎士だったし。
なんて考えてると、
「キリエちゃん! よかった、無事だったのね!」
ジョアナがやってきた。
ベアトとメロちゃんもいっしょだ。
「見ての通り、なんとか無事だよ」
またボロボロだけどね。
……あ、私のケガに気付いた途端、ベアトがものすごい勢いで走ってきた。
「……っ!! ……っ!!」
私に抱きついてきて、うわ、ボロボロ泣きだしちゃった。
どうしてかな、ベアトの泣き顔を見てると、胸がすっごくズキズキする。
ケガなんてしてないはずなのに。
ベアトに治療してもらってる間、ここでなにがあったかを説明した。
あと、ギリウスさんから一ヶ月分の王都での出来事を教えてもらって、私たちの旅の内容も向こうに伝える。
情報共有、大事だよね。
「それにしても驚いたわよ。キリエちゃんが連れてかれた方から、ゾロゾロと大群が出てくるんだもの」
「ジョアナさんの指示で、別れた辺りに隠れて様子を見てたのですよ」
「しかも、率いているのは切れ者で有名なコーダ。正直ね、キリエちゃん殺されたって思ったわ。私の判断ミスだって」
「っ……、っ……」
ちょ、ベアトやめて。
またそんな泣かないで。
「……また心配かけちゃったね。私、ベアトのこと、悲しませてばっかりだ」
「……っ!」
そんなことないですって、ふるふるっと首を横に振るけど。
そんなことあるんだよ。
ベアトには笑っていてほしい。
悲しい顔は見たくないんだ。
「……嫌だな。泣いてほしくない」
「……?」
首をかしげるベアトの涙を、指でぬぐう。
「泣かせたくないのに、これからもきっとベアトをいっぱい泣かせると思う。それが嫌だな、って」
「……!」
あれ、荷物から羊皮紙とペンを取り出したけど、こんなところで?
サラサラっと筆を走らせて、
『かまいません! わたしがキリエさんのそばにいたいとおもったのだから、これはわたしのわがままです。ないちゃうのもわたしのわがままです。だから、いやだなんておもわないでください。やりたいこと、おもうぞんぶんやってください』
「……いいの? そんなこと言われたら、私甘えちゃうよ? 遠慮なく危険なことに首を突っ込んで、いっぱいケガしてベアトを悲しませちゃうよ?」
『いいんです。わたしにできるのは、ケガをなおすことだけですから、おもうぞんぶんつかってください』
ケガを治すだけって……。
そんなことないよ。
ベアトがいるおかげで、私がどれだけ救われているか——んんっ!?
(いやいや、ちょっと待て。私は今なにを言おうとした? これじゃあまるで、ベアトが特別な存在みたいじゃん。違うから、特別なんて作らないって決めたんだから……)
「……?」
頭をぶんぶん振ってたら、不思議そうに首をかしげられちゃった。
「……いや、なんでもない。ありがとね、ベアト。これからもよろしく」
無難な返事をかえして、頭をなでておく。
よし、完璧な対応。
ベアトもにぱーって感じで笑ってくれたし、これでよし。
……なんだ、ジョアナ。
その生温かい目は。
違うぞ、違うからな。
「さて、キリエちゃんたちが二人の世界から戻ってきたところで」
二人の世界ってなんだ。
違うから、そんなんじゃないから。
「リーダーたちの潜伏先、案内してくれるかしら? お兄さん」
「いいだろう。ただしこの人数はさすがに目立つからな、裏道を使わせてもらう。少しきびしい道のりだが、かまわないか?」
○○○
うん、ギリウスさんがきびしいとか言うだけはあった。
王都のまわりには、二つの川が流れてる。
北のアローナ川と、南のヒンダス川。
噴水があることからもわかる通り、王都には上水道が流れてる。
井戸水に加えて、アローナ川から引いた水も生活用水として使っているわけ。
で、トイレやら使った後の汚い水やらは、王都地下の下水道を通って南のヒンダス川へ流される。
二つの川はつながっていないから、アローナはキレイでヒンダスはクッソ汚いんだ。
話がだいぶ逸れたけど、今私たちが進んでいるのが王都の下水道。
ヒンダス川に流れ込む場所から入って、黙々と進んでる。
臭いし暗いし、ひっどいもんだ。
「うぅ、鼻が曲がりそうです……」
「……ぅ」
メロちゃんとベアト、かなりまいってるな。
脇に通路があるから服とか靴に色々付いたりはしないけど、ニオイが服に移っちゃうかも。
「おぇ……っ、ギリウス殿、出口はまだですか……ぅおぇっ」
やめろ女騎士。
いちいちえずくな、余計に気持ち悪くなるだろ。
「もう少しだ。……東区画に差しかかったか、あと二つ先だな」
壁に彫られてる記号で、今の位置がわかるみたい。
私には読み方もさっぱりだけど。
「よし、ここだ、上がるぞ。まずはジョアナ、続いてメロさんとベアトさんが行ってくれ」
なるほど、いざという時に機転のきくジョアナを最初に行かせて、それから辛そうにしてるベアトたちを。
「あ、あの、おぇっ! わたしたちの順番は、げほっ!」
「最後だ、耐えろ」
まあ、当然だよね。
ハシゴをのぼって、マンホールから這い出した先は、東区画の路地裏だった。
はー、空気が美味しい!
こんなに美味しかったんだね、空気って。
先に上がってたベアトとメロちゃん、ぐったりしてた。
ジョアナだけは元気で、周りを見張ってたけどね。
最後にギリウスさんが上がってきて、マンホールのフタを閉める。
幸い、誰にも見られなかったみたいだ。
「さあ、ここまで来ればバルジのとこまであと少しだ」
「ぅおぇっ、おえぇぇぇえぇぇ……っ!!」
「うわっ!」
イーリアっていったっけ、コイツとうとう吐きやがった。
■■■
時はさかのぼり、キリエたちがフレジェンタを去って三日。
西の果ての最前線、対魔族戦線は完全に崩壊していた。
王都への伝令、早馬すら許さなかった、戦いとすら呼べない一方的な虐殺。
一万五千の王国兵も、エルフや獣人ら亜人兵も、生きている者は誰もいない。
屍の山を背に、わずか百名足らずの軍隊が進む。
日の昇る方角を、東を目指して。
この致命的な異変を、今はまだ、誰も知らない。




