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363 代わりじゃない




 妹であるストラちゃんの乗る馬車を護衛する、ギリウスさん率いる騎士団に混じって、俺はまだ見ぬ故郷への道を進む。

 となりを歩くのは、『三夜越え』の解毒をうけ負ってくれたラマンと、もう一人。

 スティージュの重臣にして俺の親友だというレイドだ。


「こうして顔を合わせて初めて実感できたよ、バルジ。生きていてくれて本当によかった」


「忘れちまってるけどな……。お前のことも、故郷のことも」


「かまわないさ、生きていてさえくれれば。それに、彼が記憶を取り戻す力を貸してくれるんだろう?」


「おう、神子様の一番弟子たるおいらに任せとけ!」


 ドン、と胸板を叩くラマン。

 まったく、頼もしい限りだな。

 ちっとばかし調子に乗ってるようにも見えるけどよ……。


「しっかし楽しみだよなー、スティージュ。海に面した国なんだろ?」


「あぁ、それでお前妙にテンション高いのか」


 行ったことはねぇが、魚人の国に環境が似てるのかもな。


「ふふっ、頼もしい仲間を持ったね、バルジ」


「だろ? レイドさんも――」


「レイド、でいいよ。キミにさんづけなんて背中がかゆくなる」


「お、そうか。ならこれからはレイドって呼ばせてもらうぜ。で、レイドもそう思うかよ。俺の仲間は頼もしい奴らばっかりさ」


 ラマンはもちろん、今はパラディでシスターをやっているグリナもな。

 そして何より、ディバイ。

 俺が今生きているのはアイツのおかげ、と言っても過言じゃねぇ。


「さすがはバルジだね。記憶を失っても人を惹き付ける力は健在か。かつての相棒として鼻が高いよ」


「相棒……」


 そう、かつて俺はこのレイドを相棒と呼んでいた。

 ソイツが気に喰わなかったのかな、アイツは――。



 △▽△



 ケルファちゃんは、私といっしょの馬車の中からぼんやりと外の景色をながめてる。

 いや、外の景色じゃないか。

 レイドさんたちといっしょに前を歩いてる、アニキを見てるんだ。


 スティージュに戻ることになって、当然アニキはついてきた。

 アニキにベッタリなケルファちゃんもいっしょに行くことになって。

 もう一人のリフちゃんは、キリエたちの方になついてたから王都に残ったけどね。


「……相棒、か」


 小さくつぶやいて、ケルファちゃんはあたしの顔に視線を移す。


「ねぇ、女王様のお姉さん」


「なんだい? お姉さんになんでも言ってごらんなさい」


 恋人ができたあたしは心に余裕があるからね。

 悩める年下の悩みにだって、なんでもお答えできるのだ。


「……兄さんにとって、ボクは代わりだったのかな」


「……え?」


 ごめん、思ってたより重いのが来て怯んじゃった。

 気合いを入れなおして、きちんと聞いてあげないと。


「あの人、記憶を失う前の兄さんが相棒って呼んでいたんだよね? それに記憶を失う前の兄さんには『きょうだい』がいた。だから、ディバイはあの人の代わりで、ボクはお姉さんの代わりだったのかな、って。だとしたら、記憶を取り戻したら兄さんはボクのことを要らなくなって……」


 あー、負の思考スパイラルに陥っちゃってるなー。

 この子の生い立ちは聞いてある。

 ベアトとリーチェの複製人間クローンだっていう特殊な生まれ。

 自分に自信が持てなくて、そう考えちゃうのかな。


「代わりなんかじゃないと思うよ」


「……そうかな。適当に言ってない?」


「言ってないって。アニキはきっと代わりを求めたんじゃない。記憶と関係ない根本の部分から、アニキはアニキだったってだけの話だよ」


「……よくわかんない」


 むー、うまく伝わんないか。

 口下手なのが恨めしい。


「とにかく、記憶が戻ったとしてもアニキは何にもかわんない。これだけは断言できる」


「……うん、そう、だよね?」


「そうだよ。それでももし不安だったら、あたしもケルファちゃんのお姉さんになってあげる!」


 末っ子だからね、あたし。

 妹が欲しかったとか思ってたりして。


「……お姉さんが、姉さんに? いいよ、べつに」


「あぅ、さいですか」


 フラれたぁ……。

 まぁ、でも元気づけられたかな。

 だって、マドの外を見るケルファちゃんの顔、ちょっと笑ってるし。

 ならばよし、としておこう!



 △▽△



 こった体をほぐして、一杯の紅茶を飲む。

 机の上に広げられているのは、『獅子神忠ピレア・フィデーリス』のアジトから接収せっしゅうした資料の数々。

 本来、聖女の仕事ではないのだけれど、母――ベルナが目を通しておきなさいとよこしたものだ。

 発見された数々の歴史的事実や高度な独自技術。

 その中に一つ、興味深いものがあった。


「こんな魔術があっただなんてね……」


 神託者ジュダス――ジョアナが死に際に唐突に吐き散らした転生の話。

 それが苦しまぎれの負け惜しみじゃなかったことを裏付けるもの。

 記憶を保ったまま生まれ変わる術式が、ジョアナの私室から発見された。

 そしてもう一つ、彼女の部屋から見つかったものが……。


「『獅子神忠ピレア・フィデーリス』誕生当時の日誌……」


 そこに記されていたのは、初代神託者としての(・・・・・・・・・)彼女の行動。

 二代目勇者ゼーロットに『神のお告げ』を授けてそそのかし、『獅子神忠ピレア・フィデーリス』を誕生させた。

 きっとそれ以降も何度も転生を繰り返し、二千年にわたってエンピレオの世話係として暗躍してきたのでしょうね。

 どうして彼女がそこまでエンピレオに入れ込むことになったのか……。


「ま、今となってはどうでもいいことね」


 彼女の魂は消滅して、もう転生することはない。

 確かめるすべなど存在しないのだから。

 こんなものより、知りたい真実を知れたことの方がずっといい。


 先ほど母に訊いた。

 どうして死んだ母は、魔力を遮断する結界魔術をベアトにだけかけたのか。

 その答えは何てことない、どちらにも同じようにかけただけ。

 でも、聖女の歴史を途切れさせたくないエンピレオが片割れの封印しか許さなかった。

 結果としてベアトだけが守られ、母は反動で命を落とした。


 私も愛されていた、それが知れただけで十分だわ。



 肩がこるような資料に目を通した気晴らしに、一階の大礼拝堂へとやってきた。

 普段なら参拝客でごった返しているここも、今はガランと静まり返っている。

 なぜならエンピレオが怪物として暴れまわったおかげでよくないウワサが広がって、教団が入場規制を敷いているから。

 いつもなら聖女リーチェが顔を出したらパニックだろうけど。


「おぎゃ、おぎゃ……」


「あら……?」


 なにかしら。

 誰もいないはずの礼拝堂に泣き声が……?

 声を頼りに長イスをのぞき込んでみると、そこには……。


「あぎゃ、あっ、あぁぁ~っ……」


「……赤ん坊、ね」


 生まれてから何か月もたってない、まだ首もすわってないような、小さな赤ん坊が転がっていた。

 髪の毛も、うっすらと青い髪が生えてる程度。

 性別は……、うん、女の子ね、確認したわ。


 こんなところに捨て子……?

 入場規制が敷かれてるってのに。

 まぁ、入り口にローブが張られているだけだから、入ろうと思えば入れるわよね……。


「……あ? あー、あーっ」


 私の顔を見ると、赤ん坊はなぜか突然泣き止んだ。

 青い瞳をキラキラと輝かせて、必死に私へ手をのばす。


「な、なに? 私はあなたの母親じゃないわよ……?」


 と、とりあえず誰かを呼びにいかないと。

 まずは一階居住区に行って……。


「あ、おぎゃああぁぁぁぁぁああぁっ!!!」


 私がその場を立ち去ろうとした瞬間、耳が割れるような大泣き。

 い、いったいなんなのよ……。

 もう一度顔を出すと、ピタリと泣き止んだ。


「あぅ、あっ、きゃっきゃっ」


「……もう、仕方ないわね」


 ずいぶん気にいられてしまったみたいね。

 頭に手を添えてそっと抱き上げると、小さな手が私のほっぺをぺたぺた触る。

 そのまんまるな笑顔の中に、どことなく既視感デジャブを感じて……。


「……ノア?」


「あー?」


「……ふふっ、何バカなこと考えてるのかしら」


 ついさっき、生まれ変わりの秘術なんてものを見てしまったせいね。

 頭の中に浮かんだ突拍子もない考えをふり捨てて、私はこの子を抱いたまま歩き出す。


 さて、まずは人を使って親探しね。

 見つからなかったら、教団で育てるしかないかしら。

 何はともあれ、まずは母に相談しなくちゃ。

 いろいろと考えを巡らせる中、腕の中の小さな命は私のそでをキュッとつかんでいた。




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