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357 声と笑顔と




 リーダーの武具屋に泊まってるメンバーは、私たち二人とメロちゃんとトーカ。

 他のメンツはお城の近くの無事なお屋敷だったりキャンプだったりに泊まってるみたい。


 広場の炊き出しでお腹を満たすと、トーカは復興の手伝いに出かけていった。

 メロちゃんもついてくのかと思いきや、


「気ままにブラついてくるですよ」


 などと言い残してフラリと街へ。

 たまには一人になりたいのか、それともやっぱりトーカのところに行ったのか。

 ともかく、これで私とベアトは二人っきり。

 昨日リボの村で言ってた私たちの訓練が、さっそくのスタートだ。

 まず最初は、私の笑顔の練習かららしい。


 ……笑顔の練習、か。

 いったいどんなことするんだろ。

 なんか面白いものでも見るとか?



『わらってください!!』


 どーん!


「……っ!(むふー)」


「……いきなりだね」


 いろいろ考えながらベアトの待つ部屋に入ったら、ドヤ顔のベアトがお出迎え。

 笑ってください、ってでかでかと書かれた紙を突きつけられても、笑えたら苦労しないって。

 ……とりあえず、笑顔を作ってみよう。


「こ、こうかな……?」


 昔を思い出して、なんとかやってみた。

 どうだろう、うまくできてるかな。


「…………」


 沈黙のあと、ベアトがあたたかい笑みを浮かべた。

 それから羽ペンを走らせて、


『まずはひょうじょうきんをマッサージしてほぐしましょう』


「ダメだったんだ」


 まぁ、そうだろうな、とは思ったよ。

 いったいどんな顔してたんだろ。

 手鏡を突きつけてこないベアトの優しさに感謝だね……。


『キリエさん、ふだんからひょうじょうをうごかさなすぎです。たぶん、ひょうじょうきんがかたまってます』


「だからマッサージ?」


「……っ」


 こくりとうなずくと、ベアトはベッドに腰かけた。

 それから自分の隣を手でポンポン。

 ここに座ってください、ってジェスチャーだ。

 言われた通りにベアトの横へ腰を下ろす。

 それにしても、マッサージか……。


「えっと、マッサージって具体的には――むぬゅ」


 左右のほっぺにベアトの人差し指が触れた。

 それから円を描くようにむにむにと動かされる。

 こ、これがマッサージ……。


「……っ♪」


「あにょ、ベアト……。なんか楽しそう……」


 キラキラ瞳を輝かせるベアトに私のほっぺは成すがまま。

 そのまましばらくむにむにされ続けた。

 ……このほっぺマッサージ、果たして効果はあるのかな。

 まぁ、ベアトがホクホク顔で満足そうだからなんでもいいか。


 続いてベアトの訓練だ。

 でもベアト、私と違って普段から発声練習してるんだよね。

 ってわけで、練習というより成果発表ってカンジ。


『いきます!』


「うん、頑張って」


 ベアトが気合いの入った表情で紙をかかげる。

 そして、大きく息を吸い込んで、


「キ……っ、リエ……っ、さ……んっ」


 少しかすれた声だけど、なんとか聞き取れた。


「……私の名前だ」


「……っ」


 照れ臭そうに笑うベアト。

 ほんのり顔を赤くしながら羽ペンを走らせる。


『キリエさんのなまえでれんしゅうしてたんです。キリエさんのなまえ、じぶんでよびたかったから』


「そっか……」


 そんなこと言われたら、私まで照れちゃうじゃんか。

 二人してむかい合いながら顔を赤くして、なんだかおかしな雰囲気に。

 ……そもそもさ、全部を終えたらこの子の気持ちに答えてあげるって約束だったんだ。

 これ以上待たせたらベアトに悪いよね。


「……あのね、ベア――」


『もうひとつ、きいてほしいことばがあるんです!』


 話を切り出そうとしたら、目の前に殴り書きの紙が突き出された。

 それを持ってるベアトの両手は少し震えてて、顔は耳まで真っ赤になってる。


「……ん、言ってみて」


「……っ」


 何度か深呼吸をして、のどの調子も整えて、しばらくもじもじした後。

 ベアトは意を決して口を開いた。


「す……っ、き、で……す……っ」


 ……好き。

 いろんな意味のある言葉だけど、今の好きがどういう意味かはベアトの様子を見ればすぐにわかる。

 先、越されちゃったね。


「ぅぅ……っ」


 ベアト、小さく震えてる。

 先に言わせちゃった上にこれ以上返事を待たせたらダメだよね。

 ベアトの腰に手を回して、こっちに抱き寄せる。

 ベアトはハッとしたように目を見開いて、それから私たちは至近距離で見つめ合った。


「ベアト……。私も好きだよ、大好き」


「~~~~っ!!」


 ……よかった、私の気持ちも伝わったみたい。

 真っ赤になりながら、嬉しそうに微笑んでる。


「……不思議だね」


「……?」


「好きっていろんな意味があるけどさ、どんな種類の好きなのか、わざわざ説明しなくてもちゃんと伝わってる。それが不思議だなって」


「……っ」


 ベアトは可笑しそうに笑ったあと、名残惜しそうに体を離す。

 それから羊皮紙にスラスラとペンを走らせて……。


『ことばにしなくても、つたわることはたくさんあります。たとえば』


 たとえば、そこでベアトはペンを止める。

 少し悩んでペンと紙を置いて、そして。

 私にぴったりと体を寄せて、静かに目を閉じた。

 ……そっか、言葉じゃなくても伝わる方法の実践、だね。

 わかった、ベアトが大好きだって気持ち、いっぱい込めるよ。


 なにも言わないまま、私はそっとベアトの左頬に手を添える。

 ぴくん、一瞬身じろぎしたベアトの体が少しこわばって、両手がヒザの上でギュッとにぎられた。

 小ぶりのみずみずしい唇をじっと見つめて、私も目を閉じる。

 それから、そっと顔を寄せていって……。


「……んっ」


「む……んぅ……」


 唇が、触れ合った。

 口づけを交わしたのはほんのわずかな時間。

 だけどとっても長く感じて、お互いの心臓の鼓動も早くなってるのがわかる。


「……はぁ……っ。ベアト、言いたかったのはこういうこと?」


「……っ」


『キリエさんのきもち、たくさんつたわってきました』


 照れ臭そうにしながらも、はにかむベアトがとってもかわいくって、私も自然と胸のあたりがあたたかくなった。

 すると、ベアトがとつぜん驚いた感じの表情に。

 どうしたんだろ……。


『いま、わらいました』


「……え? 笑ったって、私が?」


 そんな自覚なかったのに。


『わらいました、とってもしぜんなかんじで』


「……そっか、私、笑えたんだ」


 実感も自覚もないけど、どうやら私、笑えたみたい。

 だとしたら全部、ベアトのおかげだね。

 これからこの子と幸せな時間を過ごしていけたら、もっと自然に笑えるようになるのかな。

 きっとそうだと信じて、私はもう一度、ありがとうと大好きの気持ちを込めてベアトにキスをした。




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― 新着の感想 ―
[一言] お互いの気持ち伝わって良かったね。 これからは二人で幸せな時間を過ごせるんだから笑っていける!
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