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354 復讐譚は終わりを告げて




 肉の花が真っ赤な液体をまき散らして弾け飛び、あたりに巨大な肉片が飛び散っていく。

 頭部……と言っていいのかな、あの花のとこ。

 とにかく、頭部を失った幹が力なく横たわっていくのを見るに、やっぱり花の部分が急所だったみたいだ。


 沸騰しながら倒れていく幹の上を駆け下りて、私は無事に地上へと到着。

 このまま絶命していくエンピレオをながめながら勝利の余韻にひたりたいところだけど、まだ一つ仕事が残ってる。

 私から全てを奪ったアイツの全てを奪うっていう、最後の大仕事が。


『キリエさんっ! やりましたね、とうとうやったんですね!』


 嬉しそうなベアトの声。

 このままこの子といっしょに喜びを分かち合いたい。

 このままつながったままでいたい。

 でも、ここからの私をあの子には見ててほしくないから。


『……ベアト、ありがとう。どうかな、楽になった?』


『えと、まだですね。結界も消えてないですし。でも、時間の問題だと思います』


 それにさ、この子と話をしてると心が和んじゃうんだ。

 これから私、鬼にならなくちゃいけない。

 だから、この通信はそろそろおしまい。


『今からそっちに降りていってもらいますね』


『そっか。……トーカに言っといて。ゆっくりでいいって、さ』


『ゆっくり、ですか? どうして――……あっ。わ、わかりました』


 ベアトもわかってくれた。

 エンピレオをたおせた嬉しさで、全部終わったと思っちゃってたみたい。


『じゃ、じゃあキリエさん、治癒魔法終わります。きっとこの念話も切れちゃいます、よね』


『そうだね。少し名残惜しいけど、でもこれからはいつでもお話できるから。またあとでね』


『……はい、またあとで』


 カチッ。


 『神断ち』のリミッターを戻すと同時、私の体をつつんでいた癒しの光は消えていった。

 名残惜しそうな、そしてちょっと心配そうな声を最後に、ベアトの声も聞こえなくなる。

 聞こえるのは、エンピレオの肉片が沸騰するぐつぐつという音と、


「ああ゛ぁぁ゛ああぁぁあ゛あぁ゛ぁぁぁっ!!!! なん゛てこと゛してく゛れた゛の゛よォォぉォォ゛ォォッ!!!!!!」


 いろんな汁を顔から垂れ流しながら、バケモノの残骸を半狂乱でかき集めるブザマなゴミの声。

 ゆっくりと近づく私に気がついたのか、ジョアナはキッとにらみつけてきた。


「どう゛して゛っ、どう゛してこ゛んな゛ひどいこ゛と゛っ!! 私゛はただっ゛、この゛子にご飯を゛あげた゛かっただけ゛なのに゛ぃぃぃ゛ぃっ!!!!!」


 ……なにがただご飯をあげたかっただけ、だ。

 私だって、ただ家族と普通に暮らしたかっただけなんだ。

 妹といっしょに遊びながら、母さんに親孝行して、ほどほどの幸せの中で生きていきたかっただけなのに。


「……ねぇ、大事なものを失った気分はどう? 奪った相手が目の前にいるのになんにもできないのってどんな気持ち?」


「よぐも゛ッ!! よ゛くも゛ぉぉぉ゛ぉぉ゛ぉぉぉッ!!!!!」


 絶叫して髪をふり乱しながら襲いかかってくるジョアナ。

 魔力も使わずにただ掴みかかろうとするあたり、完全に冷静さを欠いてるね。

 こんなのわざわざリミッター解除するまでもない。


 ドボォっ!!


「う゛ぇぁ゛っ!!」


 腹めがけて蹴りを叩き込んでやるだけで、ジョアナはハデに吹き飛んで地面をゴロゴロと転がった。


「質問してるのに返答なし、ね。ま、今の反応でよーくわかった」


 私があの時感じた絶望、喪失感、やり場のない怒り。

 そのほんの一部でも、お前に味合わせることができたなら。


「十分だ。復讐した甲斐があったよ」


「こんな゛ッ、こん゛なこと゛……っ!! 楽しい゛の゛っ!? あ゛なたはこ゛れで満足゛なの゛っ!!?」


 どの口が言ってんだ、コイツ。

 これまで散々、いろんな人から楽しそうに奪っていってたくせに。

 どこまで身勝手なんだよ、って怒りがわいてきて、


 ドボォっ!!


「げっ、お゛えぇ゛ぇっ!!」


 もう一発、腹に蹴り入れてやった。

 で、今の問いかけについて。

 答えてやる義理なんてないんだけど、今の私の正直な気持ちを伝えてやるか。


「楽しいか、って? そんなの決まってる」


 村の襲撃を指示してたカロンを殺した時もそうだった。

 ブルトーギュをブチ殺した時も同じ気持ちだった。

 大臣グスタフをなぶり殺しにした時だって、今と同じ感想だ。


「……こんなの、面白くもなんともない」


 ホントの仇を討ってないから。

 まだ仇が残ってるから。

 そう言い聞かせて、次に殺した時こそ笑えるって信じてきた。

 でも、変わらない。

 むなしさも怒りも、ちっとも小さくならないまま。


「面白くないけど、殺さずにはいられなかった。黙っていられなかった。私の全てを奪った奴らがヘラヘラしながら生きていくのをガマンしてやれるほどお人よしじゃないんだよ、私」


「い、異常よ……っ。狂ってる……」


「かもね」


 ドスッ!!


「いぎゃっ!!!」


 『神断ち』の切っ先をジョアナの太ももに刺して、地面まで貫通させる。

 そろそろ殺そうかと思ってさ。

 このクソの金切り声、いい加減聞き飽きたし。

 じっくり苦しんで死ぬように、流す魔力は少なめで。


「ねぇ、最期に言い残すことある? 一日くらいは覚えておいてやれるかもよ?」


 傷口から沸騰が始まった。

 だいたいあと一分くらいで、コイツの体全体に魔力がめぐる。

 意識があるうちに、まだまだたっぷり敗北感と屈辱を味合わせなきゃ。


「あ゛あっぁぁ゛あぁ゛ぁぁあ゛ぁぁっ!! キリエ・ミナレット!! 殺す、殺じでやるぅ゛ッ!!! 生まれ゛変わってでも゛、絶対に゛ィィ゛ッ!!!」


「……転生でもするつもり? できるかどうかはともかくとして、困るな……。もうお前と関わり合いたくないのに」


「きヒヒひひひぃィィッ!! も゛ぉっと困り゛なさい゛ッ!! いつ゛の日か゛、私はまた゛必ず現れ゛るッ!! その時゛まで、せいぜい怯え゛て過ごしな゛さいな゛ァァっ!! ひひひひゃはははは――」


「うん、困るから、お前の魂は消滅させることにするよ」


「はひゃ……っ、はっ……?」


 狂笑に歪んでいたジョアナの顔が一気に凍りつく。

 私の声色と表情で、ハッタリじゃないってすぐにわかったみたいだね。


「た、魂を消す……っ? ど、どうやって……っ」


 質問には答えずに、私は柄のツマミを普通とは逆の方に回す。

 すると、神断ちの青い刃が血のように禍々しい赤色へと変わった。


「な、なに……っ、この色は……っ」


「……人造エンピレオには、エンピレオと同じく殺した相手の魂を喰らって自己強化する機能があった」


「え……、ま、まさか……っ」


「あの装置も、実態は小さな人造エンピレオ。その機能だって設計に組み込まれてる。でもさ、私が殺した魂がみんな燃料になったら、第二のバケモノが生まれちゃう可能性だってあるよね。だから普段は、魂を喰わないようにロックされてるんだ」


 このことを知ったのは、エンピレオが生えてくる時。

 トーカから隠された機能として教えてもらっていた。

 ベルナさんが教えてくれなかったのは、使うことに抵抗があったからなんだろうか。


「あ……っ、あぁぁ……っ」


「そのリミッターを今、一時的に解除した。お前の魂は、今から装置の燃料となって消滅する」


 自分の置かれた状況を理解したジョアナの顔が、恐怖と絶望に歪み始めた。

 沸騰は下半身を回って、もうすぐ上半身にさしかかるところだ。


「あっ、いっ、いやっ、いやあ゛あぁ゛ぁぁぁ゛ぁぁっ!!! しにだぐない゛ッ、きえ゛だぐない゛ぃぃぃっ!!」


 涙を垂れ流しながら、狂ったように体を揺すって逃れようとする。

 そんなジョアナの姿を、私は黙ったままじっと見下ろしていた。


「い゛やだっ、だずげっ、だずげでぇぇ゛ぇぇ゛ッ!!!!」


 今まで殺してきた相手は、みんな私に殺されれば魂が消滅することを知っていた。

 誰も条件は同じだったはず。

 少なからず恐怖におびえるヤツだっていた。

 でもさ、こんなに醜くて見苦しいのは初めてだよ。


 泣き叫んでる間にも、沸騰は体全体に回ろうとしていた。

 とうとう顔面にまで達して、全身がグツグツと煮えたぎり始める。


「どうかな、エンピレオに喰われてった人たちの気持ち、わかったかな?」


「あびゃ……っ、だずげ、だず……っ」


「……もう聞こえてないか」


 絶望の表情も、グツグツドロドロのスープみたいになってもうわからない。


「げっ……、じ……、だ……っ、あ……」


 声にならない声を何度かつぶやいたあと、大きく痙攣したっきりジョアナは動かなくなった。

 そのあとも沸騰は続いて、最後には肉が完全に溶解。

 白骨と服の残骸、それから輝きを取り戻した【風帝】の勇贈玉ギフトスフィアだけがその場に残る。


「…………」


 地面から神断ちを引き抜いて、ツマミを元の位置に。

 刃が青い輝きを取り戻したのを確認して、腰のサヤに納める。

 それから、なんとなく空を見上げた。


「……あ、ガーゴイル」


 ベアトたちを乗せたガーゴイルが降りてきてる。

 その動きをぼんやりと目で追った。

 旋回しながらゆっくりと下降してくるガーゴイル。

 地面スレスレで速度をゆるめて着陸。

 すぐさまベアトが飛び降りて、こっちに駆け寄ってきた。


「……っ」


「ベアト……」


 私のそばまでやってきたベアトが、私の両手をぎゅっとにぎる。

 それから、にっこりと微笑んでくれた。

 どうしてだろう、そんなベアトの顔を見たら、胸がぎゅーっと苦しくなったんだ。


「ベアト……っ」


 じわり、視界がにじんで、私はベアトに抱きついた。

 そのまま胸の中に顔をうずめて、頭をなでるベアトの手とぬくもりを感じながら、声を上げて泣いた。


 ジョアナが死んだ。

 最後の仇を討った。

 その時がくれば笑えると思ってたけど、結局最後まで笑えなかったな。

 でも、きっといつか笑えると思うんだ。

 その日が近いのか遠いのか、そこまではわからないけれど。

 きっと、いつか。




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― 新着の感想 ―
[一言] やっと終わったなぁ もう幸せになってもいいと思うんだけど....
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