349 限界
お城の各所で見張りに立っていた兵士から、王都の中央に巨大な肉の花が咲いたと報告が上がりました。
いったい何が起きているのか、調査に出すまでもなく、広間に飛びこんできたセリアさんから情報がもたらされます。
エンピレオが降臨した、と。
その直後、城内を揺るがす振動と轟音。
エンピレオが王城へ攻撃をしかけてきたのです。
いつ次の攻撃が来るか、そもそも王城が崩壊する危険性だってあります。
事ここに至って、考える余地などありません。
ストラさんと、残った家臣、兵士、それからバルジさんのお仲間さんたちとともに、私、ペルネは自らの居城を脱出しました。
全部で数十人、かなりの大所帯でしたが急いで避難通路を駆け抜けて、王都西側の平原へ飛び出したとき。
まず目に飛び込んできたのは、天をつくような肉の花。
おぞましい異形の怪物、エンピレオ。
そして、慣れ親しんだ居城の今にも崩れそうな姿。
それらを目にして、おもわず足を止めてしまいます。
「ペルネ……」
ストラさんが心配そうに、私の肩へ手を乗せました。
その手にそっと手を重ねて、
「平気です。行きましょう」
笑顔を意識しながらそう返し、再び歩みだします。
「う、うん。ならいいんだけど、ムリしてないよね……?」
「もちろん、ショックが無いわけではありません」
先ほどまでの私なら、その場で立ち尽くしてしまっていたでしょう。
もしかしたら、うずくまって泣き出してしまったかもしれない。
「けれど、大事なのは城よりも街に住む国民たち。ストラさんがそう気づかせてくれたから、私は前に進めるんです」
「……そか。少しでもペルネの力になれたんだ。へへ、嬉しいな」
照れ隠しするように頬を掻きながらはにかむストラさん。
こんな状況だというのに、なんだか胸の辺りがあたたかくなりました。
バルジさんとセリアさんが先頭に立って、私たちが目指すのは西の方角。
エンピレオの張った結界のせいで、盆地の外には出られません。
ですが、少しでもエンピレオから離れるために。
そして、避難した民に追いつくために。
ユピテルさんはディバイさんの亡骸を背負っています。
あの場に置いていきたくない、自分の手で弔ってやりたい、とのことでした。
バルジさんの仲間たちの中で、ディバイさん以外にもう一人、欠けている人がいます。
オーガ族の女性、グリナさんです。
【月光】の勇贈玉を持つ彼女、自分にできることがあるはずだと言い残してどこかへ行ってしまわれました。
彼女もかなりの使い手、心配はない――と思いますが……。
〇〇〇
渾身の一撃を結界にはばまれた瞬間、訪れたタイムリミット。
体が悲鳴を上げるなか、私は強化を解除しないまま無理やりに押し切ることを決断する。
魔力と練氣を込めた剛破断の極太の刃。
少しずつひび割れていく結界の音と、ミシミシときしむ腕の骨が重なって、
「だぁぁあああぁぁぁぁッ!!!」
パリィィィィィ……ンッ!!
先に砕けたのはエンピレオの結界の方だった。
このまま本体を両断するため、さらに剣を押し込むけれど――。
パチィン!
「ぅあ……っ!」
なぎ払った触手たちが高速再生して、ムチのように私を弾き飛ばす。
おかげで、ほんの切っ先だけが幹の表面をかすめただけ。
「くそ……! あと少しで……!」
あと少しで根本から伐採できたってのに。
壊した結界も、あっという間に再生された。
くるくる回りながら体勢を整えて着地、すぐに剣のリミッターをひねってオフにする。
とたんに反動ダメージが停止して、引きかえに魂豪炎身が消失。
おまけに体がすっごく重い。
でも、吹き飛ばされる直前に【沸騰】の魔力をこめた刃がわずかに触れた。
あそこから全体へ沸騰が広がっていけば……。
ぺり、ぺりぺり。
――なんてのは甘かったみたいで。
沸騰をはじめた部分の表皮がはがれて、ボトリと地面に落ちる。
ただ、はがれた場所が再生しないところを見るに、まったくのムダじゃない。
巨大なエンピレオからすればほんのわずか、だけどダメージは与えられた。
『……あっはぁ♪ キリエちゃん、やってくれるじゃない?』
聞こえた声に、思わず舌打ちしそうになる。
本体の幹の部分、花の少し下あたりからジョアナの上半身がずるりと生えてきやがったんだ。
目も耳も腐るから、出てこなくていいし喋んなくていいのに。
『大した力ねぇ。でもでも、どうやら時間制限があるみたいぃ?? 弱点はっけぇぇぇん♪』
「……だったらどうだってんだ」
タイムリミットのことを知られたからって関係ない。
私の全てを二度も奪ったこの女を殺すまでは、絶対に死なない。
死ぬ前に殺す、それだけだ。
ラマンさんの丸薬を取り出して奥歯でかみ砕く。
ダメージの回復を確認すると、私はもう一度柄のツマミに手をかけ、リミッターを解除。
殺意をみなぎらせてエンピレオにむかっていった。
――それからどのくらい経っただろう。
リミッターのオンとオフを繰り返し、十個はあった丸薬も使い果たして、私の体はもうボロボロだ。
一方のエンピレオも、何度も結界をブチ破ってやった結果、幹のあちこちが傷ついている。
ただ、ヤツの巨大さからすれば、文字通り薄皮一枚傷ついた程度。
致命的な一撃を与えなきゃ、このままじゃジリ貧だ。
「はぁ、はぁ……っ」
体中から血がポタポタと垂れて、全身がクソみたいに痛い。
ぼやける視界の中、それでもジョアナのニヤケ面だけはにらみ続ける。
殺意を奮い立たせて、絶対に心を折らないために。
『粘るわねぇ、ずいぶんと粘るわぁ。もうとっくに限界に見えるのにぃ』
「誰が限界だって? 頭だけじゃなくて目まで腐ってんの?」
回復薬が使えない以上、もう後がない。
次の一撃で致命傷を――少なくとも大ダメージを与えないと、道連れにもできなくなる。
「よーく見とけ。大事なカミサマが滅びる瞬間を」
カチっ。
捨て身の覚悟を決めて、私は剣のリミッターを解除した。
「練氣・魂豪炎身!」
身体に炎のような氣をまとって、みなぎる力をさらに強化。
全開で練氣を使えば使うほど、制限時間はさらに短くなる。
おそらく三十秒も持たないはず。
最短で勝負をつけるため、私は大地を強く蹴り、まっすぐに飛び出した。
『滅びないわ、神は不滅よぉ! あなたこそ、そろそろエサになりなさいな! その肉を、骨を、魂を、余すことなく神にささげてッ!』
大量の触手が、ガチガチと歯を鳴らしながら迫りくる。
私の肉を、魂を喰らうために。
「そんなにペットのエサやりしたいんなら、お前が勝手にエサになってろ!」
魔力と練氣を剣に込めて、そいつらを残さず斬り刻む。
その間も足は止めない。
わずか一秒が惜しいから。
目前に迫った本体と、それを守る結界。
まとめてブチ抜くために、私は体をひねって回転を加え、渾身の力で剣を突き出した。
バチィィィィィィィッ!!
赤い魔力光が火花のように散って、剣の侵入をはばむ。
このまま押し切って、絶対にコイツを……!
『それも悪くないわねぇ』
その時、周りの触手たちが大きく口を開けた。
喉奥に魔力が集まり、私に目がけて大量の赤い光線が浴びせられる。
「ぐぅぅぅうぅぅっ!!」
魂豪炎身で防御力は大幅に上がってる。
練氣の鎧が光線を防いでくれて、体をつらぬかれて即死、みたいなことにはならない。
ただし、防御に使った分の練氣は減っていくわけで。
残り時間もガリガリと削られていく。
『この子と一つになる、とぉっても魅力的♪ でもね、私たちはすでに一つなの。一つとなって、共に永遠を生きるのよぉ♪』
結界に走るヒビも大きくなっていって、破るのは時間の問題。
あともう一押し、というところで。
「がっ……!」
がくん、と視界が揺らいだ。
あちこちのキズから血が噴き出して、あちこちの筋がブチブチとちぎれる音がする。
『あはははははっ、一方あなたは時間切れぇ! 永遠はおろか、一分だって保ちはしない儚い命ぃ!』
「く、くそ……っ! こんなとこで、終わってたまるか……!」
あとほんの少しで、結界が破れる。
だけど、敵の光線も止まらない。
防御のための魂豪炎身を維持するのに、どんどん体への反動が溜まってくる。
『終わりよ、キリエちゃん! 消し炭になりなさいなぁ!』
「こんな、ところでぇぇぇぇぇ……ッ!」
痛みをごまかすために、心を折られないために。
声を張り上げて叫ぶけど、とうとう限界が訪れた。
「ごぽっ……」
口から飛び出す、大量の吐血。
体中の力が抜けて、身を守っていた炎の練氣が小さくなっていく。
もう、ダメなのか……?
家族の仇も、ベアトの仇も取れないまま、こんなところで……。
『――諦めないで』
「……っ!?」
頭にダイレクトで響く、初めて聞いたような、でもどこかで聞いたような、すごく安心する声。
直後、体中のキズが、痛みが引いていく。
まるで治癒魔法をかけられたみたいに。
何が起きたのかわからないけど、とにかく持ち直した。
このまま……!
「ブチ抜けぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
パリィィィィィィンッ!!
結界を破砕して、勢いに任せて幹へと突っ込む。
そのまま矢のようにまっすぐに、ど真ん中をブチ抜いて向こう側へと飛び出した。
『な、なにが、なにが起きたのぉぉぉぉっ!?』
エンピレオの幹に大穴を開けられて、動揺するジョアナの声。
ヤツの驚きは相当だろうけど、私の方もびっくりだ。
何が起きたのか、リミッターをかけつつ着地して辺りを見回すと、目にしたのは旅客機型のガーゴイル。
そのトビラが開いていて、そこから私にむかって手をかざしているのは……。
「……ベアト?」
「……っ!」




