347 赤い閃光
いいことを思いついた?
どうせロクでもないことだろ。
第一、今は一秒でも時間が惜しい状況だ。
そうでなくてもこんなゴミの話にさいてやる時間、私の人生には一秒もないけど。
「話したいなら、大好きなカミサマとでも喋ってろ」
殺到する触手を五本、自由な左腕の剣でまとめて斬り払う。
さらに群がる三本を、練氣をまとった足で蹴り飛ばした。
(よし……!)
次の触手が来るまでに、ほんのわずか間があいた。
今の私にはそれで十分。
剣を逆手に持ち替えて、右腕を拘束する触手を斬り飛ばしにかかる。
『いいのかしらぁ? ベアトちゃんがどうなっても』
「……っ!?」
ベアト……?
コイツ今、ベアトって言ったのか?
しゅるるるるるっ。
「っ! しまっ――」
動揺して剣が鈍った瞬間、左腕を触手に絡め取られた。
同時に両足にも胴体にも触手が絡みついて、あちこちに噛みつかれる。
「い……っ!」
痛い、すっごく痛い。
太ももや二の腕に歯が食い込んで、肉を引きちぎろうと引っ張ってくる。
でも、そんな痛みなんてどうでもいいんだ。
今コイツ、なんて言った……?
『ベアトちゃんの名前を出しただけでこれ。たべっ、効果てきめんねぇ』
「どうしてベアトを……! さっきみたいに人質まがいのことするつもりかよ……っ!」
『違うわよぉ。ぃただきまっ、ただ今の私はこの子と同化してるから、エンピレオの聖女であるベアトちゃんの居場所もぐもぐもっ、なんとなくわかるってだけぇ。それと同時にぃ、わかっちゃったことがもう一つぅ。魔力変換装置、お城のあのあたりにあるんぐっ、みたいねぇ。なんと、ベアトちゃんと一緒にぃ』
ベアトと装置の場所が知られた……ってことは、コイツまさか……!
さっきの赤い極細光線が頭をよぎって、背筋に寒気が走る。
「お前、まさか装置を……! 城ごとエンピレオに破壊させるつもりか……!」
『そうしたいとこだけどぉ、この子は本能のままに動く存在。今はあなたというごはん以外興味ない状態ねぇ』
「だったら――」
『だ・け・どぉ、今の私が精いっぱいに力をふり絞れば、一発くらいなら力を借りて撃てるのよ、さっきのがぁ。にくっ、うまっ、残念ながら二発はムリだけどねぇ?』
そう言い放ったジョアナの口が、ガパぁと大きく開く。
向いた先は王城の、まさにベアトたちがいる会議室。
その喉奥に、さっき感じたのと同じ膨大な魔力が集まって……。
「ほこでゆっふりみへなひゃい。もぅもぅはれながらぁ♪」
ふざけるな、あそこには今あの子がいるんだぞ。
装置が破壊されれば、エンピレオに対抗する手段がなくなって世界は終わりだ。
けどそれ以上に、このままじゃベアトが、ベアトが……っ!
「やめろ……っ!」
触手を振りほどこうと体をよじる。
でも振りほどけない。
巻きつく力も肉を噛む力も弱まらない。
そうしてる間に、どんどん魔力は溜まっていく。
「くそ……っ!」
こうなったら、力の配分なんて考えてる場合じゃない。
もちろんここまでも全力だったけど、それは制限時間を一分にしておける範囲での全力。
タイムリミットを短くしないために、とか、スキを見つけて一気に全力以上の全力を、とか。
そんな段階はとっくに過ぎてるんだ。
全身に練氣を集め、炎をイメージして燃え上がらせる。
普段の私なら絶対にできない、爆発的に身体能力を高める技。
リーダー、奥義借りるね。
「練氣・魂豪炎身っ!!」
みなぎる力を全開にして、絡め取られた左腕を力まかせに引っぱり出す。
噛みつかれてた部分の肉がちぎられて思いっきり血が噴き出すけど、そんなの関係ない。
同じように両足もひっぺがして、今度こそ剣を逆手に持って。
「あはぁっ♪」
「やめろおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
ジョアナの触手を斬り飛ばしにかかる。
けど、触手に刃が振れたその時。
ピッ。
ヤツの口から極細の真っ赤な光線が発射。
そこから先は、きっと一秒の半分のそのまた半分にも満たない出来事。
けど私には、まるで一時間にもそれ以上の長さにも感じられた。
光線が王城の中ほど、会議室の真下をつらぬくのと同時、私の剣が触手の真ん中あたりまでを切断。
それでも光線の発射は止まらずに、ジョアナがわずかに首を上にかたむける。
照射されながら真上へと動かされた光線が、会議室のど真ん中を通過して。
ズバァッ!
切断が終わると同時、屋根までをなぎ払った。
「ベアト……っ」
支えを失った私は、右腕に触手を巻きつけたまま落下を開始する。
剣の光も、私の体にみなぎる力も消えてはいない。
装置は破壊されてない。
じゃあ、ベアトは?
ベアトは無事なのか……?
『あばぁ、失敗ねぇ。あなたのせいで、ちょっと狙いがそれちゃったみたい』
「お前……ッ、ベアトはどうなった!」
『うっふふ、装置は破壊し損ねた・けどぉ、聖女の生命活動、どんどん弱まってるみたいよぉ?』
腕に巻きついたままのジョアナが、にたぁ、と薄汚い笑みを浮かべた。
「今、なんて……」
『どんどん、どんどん弱くなっていってるわぁ。これはもう助からないわねぇ。あっびゃびゃっ、かわいそうにぃ』
ケタケタ、ケタケタと笑うジョアナ。
コイツ、また奪ったのか?
私の全てを、また奪い去ったのか……?
「……っあああ゛ぁぁぁ゛ぁぁ゛ぁぁぁぁぁ!!!」
目の前が怒りで真っ赤に染まる。
憎悪と殺意に任せ、力まかせにジョアナの顔面に拳をたたきつけ、ありったけの魔力を注ぎこむ。
パァン、と破裂音がして、触手もろともジョアナは粉々に砕け散った。
わかってる、今のは本体じゃない。
ジョアナの本体はエンピレオの本体といっしょにまだ生きている。
絶対に生かしておけない。
殺す。
殺す殺す殺す殺す殺す。
殺すッ!!
「練氣……ッ、剛破断!」
練氣を極限まで剣に溜め込み、長さ数百メートルはある極太の氣の刃を作り出す。
屋根の上へ着地すると同時、殺到する触手にむけてソイツを振りかぶり、数百、数千本をまとめてなぎ払った。
守る触手が一時的に消失し、がら空きになった本体へめがけて飛びこみ、直接斬撃を叩き込む。
バチィッ!!
赤い結界にはばまれて、刃は本体に届かない。
関係ない、このまま押し込み続けて力ずくで破ってや――。
「ごぷっ……!」
突然、口から血が噴き出した。
腕の筋肉がブチブチと音を立てて切れ始め、あちこちの骨がみしみしときしむ。
まさか、時間切れ……?
「……関係ないっ!」
私の体なんて、もうどうだっていい。
ベアトがいなくなった世界に生きてたって仕方ないから。
ただコイツは、コイツだけは私の命に代えても、絶対に殺す……っ!
〇〇〇
「……ぅ、……っぅ」
くらくらする頭をおさえて、起き上がります。
体の方は痛くないですが、少しだけ気を失ってたみたいです。
どうしたんでしたっけ、私。
たしか、マドの外が赤く光って、お姉さんが危ないって叫んで。
私のことを部屋のすみまで突き飛ばして、それで……。
そうです、お姉さんは、他のみんなは……!?
「……、……っ!」
会議室の中は、ひどいことになっていました。
部屋の真ん中におっきな亀裂が走って、右端と左端のわずかな空間だけしか残っていません。
亀裂の幅は三メートル以上、とても反対側へは行けない状態です。
下の部屋も上の部屋も見えちゃってます。
私と同じ左側サイドには、お母さんとメロさんが気を失って倒れています。
それから、魔力変換装置がありました。
装置をかばうように二人の研究員さんが覆いかぶさって、もう息はありません……。
「……っ!」
とっさに装置を部屋のすみまで動かして、衝撃やガレキからかばったのだと思います……。
そして、お姉さんは――。
「やっと、お目覚め……?」
「……っ」
いました。
私たちとは反対側、亀裂のむこう側です。
「まったく、ボサっとしてんじゃないわよ……。ほんと、グズなんだから……」
お姉さん、呆れたような声で笑いかけてくれました。
下半身をガレキに押しつぶされて、血だまりを作りながら。
いつもみたいな勝気な笑みで、笑いかけてくれたんです。




