342 リミッター解除
「はぁ、はぁっ! お、お姉様、お下がりを……っ!」
腕を失って息も絶え絶え。
ただでさえ、元々そんなに強くないのに。
腕からボトボト血を流しながら、ノプトが私とジョアナの間に入って立ちはだかった。
「ノプト、あなた……」
「どのみち、私はもう戦力になりません……。ならば、お姉様の勝利の可能性を少しでも上げるため、わずか程でも勇者の体力を削ってから殺されます……」
「捨て石に、なるというの……?」
「それがお姉様のためになるならば、喜んで」
ジョアナにふりむいて微笑んだあと、ノプトは決死の形相で私をにらみつけた。
「……アンタ、そんなにジョアナのこと大事なの?」
「……えぇ、愛しているわ。明日も見えない闇の中にいた私に手を差し伸べてくれたあの日から、お姉様は私の全てなの」
「ふーん……」
詳しい事情なんて知ったこっちゃないけど、とりあえず本気だってのは伝わった。
あんな奴を好きになるなんて、物好きもいたもんだね。
もちろん絆されたり、手加減してやろうだなんてこれっぽっちも思わない。
私の敵討ちをジャマするってんなら、秒でブチ殺すまでだ。
「さあ来なさい、勇者……! 私は、ただでは死なないわ――」
ズドッ!
「よ゛……っ! ……? ……??」
ノプトが鞭をかまえた瞬間、胸のど真ん中を背後からの手刀が突き破った。
何が起きたかわからない、そんな困惑の表情で、ノプトは胸から突き出た腕に視線を落とす。
「……はぁ、ダメねぇ。そんな方法じゃ、1パーセントも勝率を底上げできないわよ」
「お、おねえ、さま……?」
私はまだ何もしてない。
ノプトの体をブチ抜いたのはジョアナだ。
「あなた程度の力じゃ、キリエちゃんを疲れさせることすらできないわ。ひよっこ女騎士に殺されかけるような、あなた程度じゃね」
「どう、して……?」
「命の使い道は、他にあるって言ってるの。無駄死にされるより、もっとずっと有効的な利用法よ?」
ドクン、ドクン……。
ジョアナの腕がポンプのように脈動して、ノプトの体から何かが吸い出されていく。
一度脈打つたびに、ノプトはやつれ、干からびていった。
「おね……っ、ぁま……」
「……ふぅ。力、返してもらったわぁ。ついでにコレも、返してもらうわね?」
首から下げた、【遠隔】がはめ込まれた『至高天の獅子』をつかみ、
ずぼっ。
鎖を引きちぎりながら、無造作に腕を引き抜く。
「ぁ゛」
パサっ。
支えを失ったノプトが、乾いた軽い音と共にうつぶせに倒れ込んだ。
まるでミイラみたいにカピカピのカラカラになって、ピクリとも動かない。
「……死んだ?」
「えぇ、死んだわね。もうただの吸いカスよ」
「……どうして殺した?」
「ノプトの不死はね、私とも不死兵とも違うのよ。エンピレオの細胞を移植された人間が不死兵たち、エンピレオそのものと一体化したのが私。だけどノプトにはね、私の細胞を直接注入したの」
……。
「実験、というか軽い遊びだったわ。エンピレオと同一存在となった私の、さらに分身。その細胞を直接注入された人間はどうなるのか、っていうね。このままじゃどうせ死ぬんだし、せっかくだからって」
…………。
「その結果、人間としての理性や知性を残したまま不死になれた。だけどデメリットもあったのよ。分身体の私の力が下がっちゃうというデメリット。だからノプト一人にしか処置しなかったの」
……正直、ノプトなんかに情は沸いてない。
アイツが生きようが死のうが心底どうでもいい。
ただ、胸糞悪かった。
覚悟とか、想いとか、そういうのを土足で踏みにじるジョアナが、ただただ胸糞悪かった。
「だからね、返してもらったのよ。ノプトを不死にしていた私の細胞を、ね。これで私は、100パーセントの力を出せるわ」
ジョアナを中心に、突風が渦を巻く。
散らばるガレキを吹き飛ばし、石畳をめくり上げ、干からびたノプトの死体が粉々に舞い散った。
「こ、この魔力……っ! キリエ、気をつけて……! さっきまでとは、魔力の質がまるで――キリエ?」
「……大丈夫。安心して見てて」
「う、うん……」
私の落ち着きように面くらったのか、怯みもしない私に戸惑いながらクイナがうなずいた。
たしかに、ジョアナの放つ魔力は今までとは異質な感じだ。
人造エンピレオの放ってた魔力より、もっとずっと禍々しい。
たぶん、本物のエンピレオに近いモノなんだと思う。
でもね、私は今こう思ってるよ。
なんだこの程度か、ってさ。
「ふふふっ。すっかり力が戻ったわぁ。……けどね、正面からは戦わない。戦いの基本は、相手の弱点を攻めること。キリエちゃん、あなたの弱点はなにかしらぁ」
「キリエの弱点……って、まさか!」
「うっふふふ。もちろん、ベ・ア・ト・ちゃん、よねぇ?」
ニヤリと笑みを浮かべると、ジョアナは暴風をまとったまま、三十メートルくらいの高さまで飛び上がった。
「【風帝】の最大の大技は、無酸素状態のフィールドを作ること。たくさんの魔力を消費するのが難点だけれど、ね」
「……で?」
「余裕ねぇ、キリエちゃん。だ・け・どぉ、今の私なら王都丸ごと真空状態にできる、って聞いたらどうかしらぁ?」
暴風のカベで身を守りながら、勝ち誇ったようにジョアナが笑う。
アイツから感じる魔力の量から考えても、どうやらハッタリじゃなさそうだ。
本当に可能なんだろうな。
「うっふふ。無酸素状態は私を中心に、円形状に広がっていくわ。王都全ての酸素を消し去るまで、おおよそ三十秒といったところかしら。キリエちゃん、あなたはそれまでにベアトちゃんを連れて、範囲外に脱出しないといけないの。もちろん他のみんなは全員死んじゃうけど」
「アイツ、なんてこと考えるんだ……! キリエ、アタシたちのことはいい、ベアトだけでも連れて――」
「三十秒もあるの? だったら軽いよ」
「あら……?」
後退なんてしないよ。
逆に一歩、前へと進み出る。
ベアトのいる城に突っ走ると思ってたんだろうジョアナは、いぶかしげに眉をひそめた。
「三十秒もあれば逃げるのはたやすい、という意味かしら……?」
「違うよ。三十秒もあれば、お前を殺せるって言ってんだ」
「……あは、あはははっ! ずいぶんと軽く見られたものねぇ。今の私は魔力だけじゃない、力もスピードも、耐久力も、前とは比較にならないほど上がっているのよ?」
心底おかしそうにケラケラと笑うジョアナ。
なんかほざいてるな、程度に聞き流しながら、私は剣の柄にあるツマミへと手をかけた。
「そんな私を三十秒以内に倒すですって? 思い上がりも甚だしいわねぇ……」
コイツをひねった時、どこまで強くなれるかは未だ未知数だ。
けど、確信がある。
ジョアナを三十秒で倒すくらい簡単だって。
「そこまで言うのならいいわ、キリエちゃん。大事なベアトちゃんがもだえ苦しみながら窒息死していく様を、この場で想像しながら死んでいきなさい」
ジョアナが空中で両手を広げ、高めた魔力を解放。
愉悦に顔を歪めながら、高らかに叫ぶ。
「いくわ、真空領域・展か――」
「リミッター、解除」
カチっ。
ツマミをひねった瞬間、装置が起動。
『神断ち』が青い光を放ち、あらゆる勇贈玉とリンクする始まりの勇贈玉【聖剣】から、全ての勇者の戦闘経験が私へと流れ込んだ。
直後、地面を強く蹴り、上空のジョアナ目がけて飛び上がる。
風のバリアを突き抜け、魔力を流した刃を胴体へ通し、
ズバシュッ!
すれ違いざまに斬り払った。
この間、ジョアナは全く反応できていない。
私の動きを目で追えてないどころか、私に斬られたことさえ気づいていない。
カチっ。
もう一度ツマミを逆方向へと回すと、剣から光が消えうせ、私の力も元にもどった。
「い……?」
ストっ。
ボドッ。
私が着地すると同時、切断された下半身が落下。
空中で内臓を垂らしながら呆然と見送った上半身だけのジョアナが、
「い、ぎっ、ひぎゃあああぁぁあ゛っぁああ゛ぁぁぁぁ゛ぁあああぁぁぁっ!!!!」
激痛に絶叫を上げた。
ようやく自分の身に起きたことに気づいた、っていうか、そもそもさっきの技名まだ言い終えてなかったのか。
今の私の攻撃、一秒にも満たない一瞬だったみたいだ。
「……なんだ。三十秒どころか、一秒でも長すぎたみたいだね」




