322 ヒビ
ジョアナとの戦いはこれで二度目。
あの時から、私は二人の人工勇者を斃している。
レヴィアとトゥーリアの魂を喰らって、比べものにならないほど強くなってるんだ。
対するジョアナの強さは変わらないまま、コイツは私にとってかなり有利な戦いだ。
……一対一なら、の話だけど。
吹き荒れる暴風と、私の逃げ道をふさぐように現れる空間の歪み。
ノプトとの腹立つほど息の合ったコンビネーションのせいで、私は戦闘開始からずっとジョアナにダメージを与えられていない。
「あっははっ! どうしたのかしら、私を殺すんじゃなかったの?」
宙に浮かんで高笑いしながら、風の刃を連発してくるジョアナ。
攻撃を仕掛けようにも……、
「お姉さまには指一本触れさせない」
距離を詰めようとすれば、ノプトの生み出す歪みに行く手をはばまれる。
マグマも熱湯も、ジョアナに当たる前にどっか飛ばされるし。
さっきからずっとこんな調子だ。
先にノプトを殺そうとしても、瞬間移動でさっさと逃げられるし。
ほんとアイツ、顔のまわりをブンブン飛び回る羽虫みたいにうっとうしい。
「うふふ、逃げてばかりねぇ。そんなんじゃ、家族の仇を討てないわよ?」
「……アンタらこそ、なまっちょろい攻撃ばっか。ソレで私を殺そうだなんて笑っちゃうね」
辺り一帯を真空状態にしてこないのは、一度破られているからか、それともノプトとのコンビネーションが崩れるからか。
ともかく体力が有り余っててノーダメージの今の状態なら、ただの風の刃や空間の歪みなんていくらでも避けられる。
まるで私が疲れるのを待ってるみたいだけど、敵が無限の体力と魔力でも持っていない限り、持久戦でも負ける気しないね。
……ただ、だからこそ狙いがわからなくて不気味でもある。
(せめて、味方がもう一人いたら……)
二人がかりで一気にノプトを殺せば、ほぼ勝ち確。
そうでなくてもノプトの援護をおさえてくれれば、ジョアナ一人に集中できるのに。
リーダーとか、誰か助っ人に来ないかな……。
「さぁさぁ、キリエちゃん。もっともぉっと踊ってもらうわよぉ。足が棒になっちゃうまで……ずぅっと、ね」
渦巻く暴風のカベが周囲をぐるりと取り囲む。
私を中心に小さな竜巻を生み出したのか……。
続けて風壁から次々と風の刃が飛び出し、襲いかかってきた。
こんなもの、動き回ってかわすまでもないね。
「水護陣!」
【水神】の魔力で、体のまわりに水の防護壁を生み出す。
ぶ厚い水のカベが風の刃を受け止め、かき消しているうちに、腕に練氣を集中。
金剛力を発動して、両手で力いっぱい握りしめた。
直後に水護陣を解除して、
「だああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
回転しつつ全力で振りぬく。
剣の衝撃波が竜巻を一瞬でかき消して、勢いを殺さないままノプトへ襲いかかった。
「あら、驚いたわねぇ。でも……」
「無駄ね。私には当たらないわ」
うん、だろうね。
ノプトが瞬間移動して、私のカウンターは空振り。
ヤツの後ろにあったお店数件を破壊するだけに終わる。
で、少し離れたところにノプトが出現。
余裕の笑みを浮かべてやがるけど……、
「貴殿の行動パターン、先の立ち合いで見切っている」
「……っ!?」
その笑みが一瞬で凍り付く。
よし、アイツの存在から気を逸らすには十分な攻撃だったね。
背後から斬りかかった女騎士の振り下ろす、超高速の斬撃。
再度の瞬間移動を繰り出すヒマもなく、ノプトはとっさに体をそらしただけ。
攻撃をかわしきれず、ヤツの左腕が斬り落とされて宙を舞った。
「あぐっ!!」
すぐに姿を消し、ジョアナの側にワープするノプト。
そして私のとなりでは、駆けつけたイーリアが並び立って剣をかまえる。
「女騎士、またあなたね……!」
「急所は避けるか、さすがと言ったところだな……」
これで二対二、なら個々の力で勝るこっちが圧倒的に有利。
ノプトは片腕斬られたし。
でもイーリア、たしか騎士団といっしょに救助活動に当たってたんだよね。
「……アンタ、任務はいいの?」
「中央区での市民の救助はあらかた終わりました。ですのでこうして助太刀に。……余計なお世話だったでしょうか」
「……いや、正直助かった」
猫の手も借りたい状況だったし。
「……一度ならず二度までも、背後からの不意打ちだなんて。まったくあなた、騎士の風上にも置けないわね……」
「騎士たるものの本質はそこにあらずと、とあるお方から教わったものでな」
とあるお方……、もしかしてクイナのことかな。
「しかし驚いた。本当に腕が再生しているとは……」
「うらやましいかしら……?」
……ん?
なんだろ、ノプトの頭の上あたり。
空間にヒビが入っているような……。
「ノプト、コレを使いなさいな。片腕では満足に戦えないでしょう?」
ジョアナがノプトに、小さな袋を投げ渡す。
ソイツを受け取ったノプトが、中から何かを取り出して飲み込んだ……ように見えた。
なんていうか、妙なんだけど、気のせいかもしんないけど。
何も飲んでないのに飲んだフリをした……ように見えたんだ。
その直後に、ヤツの腕は超高速で再生。
「な……っ! ありえない! 切断された腕を一から再生するなど、魚人薬をもってしても不可能のはず……!」
「そうねぇ、不可能のはずよねぇ。でもできちゃったんだもん。私たちのお薬、魚人さんのより優秀みたいね。うふふ……」
……ヤツらが本当にとんでもない薬を使ったのか、それとも別のからくりがあるのか。
ソコも気になるけど、私にはもっと気になることがあった。
ノプトの腕が再生した瞬間、ヤツの頭上のヒビがキレイさっぱり消えたんだ。
しかも消える直前、ほんのかすかにクイナの声が聞こえた気がした。
(ヤツら、クイナをどこかに飛ばしたみたいなこと言ってた。それがもし、ノプトの魔力で生み出した空間なら……)
だとしたら。
勝利のためにもあの子のためにも、まずは。
「……イーリア、まずはノプトから殺るよ」
「か、かまいませんが……。なぜ?」
「殺せばわかるよ。……たぶん」




