315　逃げ道は

　言い逃れ……できるような状況じゃないか。

　ジョアナはたしかに『今の通話』と言った。

　カマをかけてるとかそういう次元じゃない。

　キリエへの連絡が、どういうわけかコイツにバレている。

　連絡手段だけじゃなく、どのタイミングで連絡を入れたか、ヘタしたらその内容まで。

「古の騎士勇者サマが、追い詰められたネズミみたいな顔してるわねぇ。うふふっ」

「……どうしてバレたのか、聞いてもいい？」

「かまわないわ。知りたいこといくらでも教えてあげる。どうせあなた、もうキリエちゃんに連絡取れないんだもの」

　連絡不能、か。

　残念ながら本当みたいだね。

　いくらキリエに呼びかけても、なんの反応もないんだもん。

　ただノイズみたいな音が、ザーザーと頭にひびくだけ。

「理由は簡単、つつぬけだったからよ。あなたたちの会話は、全て私に筒抜けだったの」

「理解できないね。セキュリティバッチリの脳内会話だったはずなのに」

「勇贈玉（ギフトスフィア）を介した会話。なるほど、蘇生勇者の特権ね。でもね、勇贈玉（ギフトスフィア）はエンピレオとつながっている。つまりあの子には、会話の内容バレバレなの」

「……エンピレオが、アンタに教えたってこと？」

　ありえない。

　アレはただ食事をするという機械的な意思しか持たない存在のはず。

　いくらコイツが神託者とはいえ、ジョアナに協力してアタシをおとしいれるはずが……。

「今のお姉さんにはね、バッチリわかっちゃうのよ。なぜなら私、あの子と同化しちゃっているから」

「……同化、だって？」

「そう、同化。ここにいる私は本体じゃないの。本当の私は、あの子の本体と同化している。まだ完全に馴染めてはいないのだけれど、ね」

　……そういうことか。

　エンピレオが教えてたんじゃない、ジョアナにダイレクトで聞こえていたんだ。

　そこで突っ立っているガーベラさんの姿をした肉人形。

　ヤツからジョアナに似た悪辣（あくらつ）さを感じたのも、気のせいじゃなかったんだ。

　エンピレオと同化したジョアナの影響を受けてたんだから。

「なるほど、同化ね。大好きなカミサマといっしょになれて、幸せなんじゃない？」

「幸せ、だなんてものじゃないわぁ……っ」

　にちゃぁっ、と顔をゆがめて、ジョアナが自分の体を自分の腕で抱きしめた。

「あの時……、キリエちゃんに生き埋めにされた時……。私ね、必死にあの子に呼びかけたの。そうしたら答えてくれた。地の底から伸びてきたあの子の触手にからめとられて、私はあの子と一体化したの」

「で、地面の中から動けなくなったから、本体のまわりにこのアジトを作ったと」

「正解。あの子から分体が離れすぎるとコントロールできなくなっちゃうのよ。困りものよねぇ」

　【治癒】が失われたって話も、つまりコイツの体といっしょにエンピレオの体内へ取り込まれたってことだったわけだ。

　……待てよ、ジョアナがエンピレオと一体化したってことは。

　キリエたちが考えているエンピレオ討伐の計画が、根本から揺らぐことに……！

「うふふっ、その顔。なにかに気づいちゃったみたいねぇ」

「……アンタ、【風帝（フウテイ）】の力は？」

「もちろん、私の体に宿ったまま。そして私の肉体は、エンピレオと同化している。この回答でご満足いただけたかしら」

「あぁ満足も満足、大満足だね……っ！」

　なんてこった、最悪だ。

　エンピレオを殺すための魔力反転装置、その起動キーとなる【風帝（フウテイ）】は、ジョアナを殺さなければ力が戻らない。

　なのにジョアナを殺すためには、エンピレオを殺すための力が必要だなんて……。

　ヤツを引き剥がす方法か、別の手段を考えない限り、キリエたちはエンピレオにもジョアナにもキズ一つつけられない。

　……ますますココでくたばるわけにはいかなくなったな。

　なんとしても生きて帰って、キリエにこの情報を伝えないと。

「あら、逃げるつもり？　逃げ道なんてどこにもないのに」

「逃げ道が無いなら……作るだけさ！」

　剣を抜いて、足元に全力で突きを放つ。

　ドゴォォォォッ！！

　爆音と砂煙を巻き起こしながら、床を突き破って下の階へ着地。

　音と煙が目くらましになっててくれたことを祈りつつ、一目散に走り出す。

（さて、全部バレちゃった今、アタシにできるのは生きて脱出することだけ……！）

　ジョアナがいい気になってペラペラとブチまけてくれた情報の数々を、生きてキリエに届けるんだ。

　ここから出るアテは二つある。

　まず一つが、不死兵団を地上に転送する装置。

　起動してるかどうかは運だけど、確実に地上へつながってる。

　ただリスクもあって、当然コイツを使おうとする事をジョアナが考えていないはずがない。

　罠が待ってる可能性大ってことだ。

　二つ目は、このアジトのどこかにいるノプトを殺して【遠隔】を奪うこと。

　こっちはどこにいるのかわからないのがネックだけど……。

「どこへ行こうというのかしら？」

「……ちょうどアンタを探そうと思ってたトコさ」

　メガネの魔族がアタシと並走しながら、無表情に問いかけてきた。

　ちょうどいい、これでノーリスクだ。

　剣に練氣（レンキ）と魔力を込めて一気に突きかかる。

「三速『弦月（ツルノツキ）』ッ！」

　アジトが崩落しない限界の、本気二つ前の刺突。

　それでもノプト程度の実力じゃ回避できるはずがなく、ヤツの体は一瞬でバラバラの肉片となり弾け飛んだ。

　ところが、【遠隔】のハマった首飾りを奪うよりも早く、

　ぎゅるんっ。

　肉片が空中で固まって、瞬時にノプトの姿へと再生したんだ。

　こんなの、生身の人間じゃ絶対にありえない。

「……まいったねー、まるっきりバケモノじゃん」

「失礼ね。私はお姉さまの眷属（けんぞく）、崇高なる存在となったのよ」

　すぐさまノプトは手をかざして、アタシの進行方向に丸い次元のゆがみを作り出す。

　【遠隔】の力か。

　体の一部が触れようものなら、きっと肉片だけをえぐられてどこかへ飛ばされるんだろ。

　絶対に触っちゃダメなヤツだ。

　さて、ノプトがジョアナと同じ存在になってたってんなら、コイツはアタシじゃ殺せない。

　残念ながらプラン変更だ。

　全速力で走りながら歪みを避けて避けて、曲がり角を駆け抜ける。

　そのまま廊下を走り抜け、大きな広間に飛びこんだ。

「ここ……だよね！」

　床に魔法陣が描かれていて、奥には大がかりな装置が置いてある。

　ここだ、不死兵団を地上に送るための転送室。

　あの機械を作動すれば、地上に飛び出せる。

「追っ手は……」

　ふり返っても誰もいない。

　よし、十分に間に合う。

　転送装置の起動ボタンに手をのばし、力いっぱいに押し込んだ。

　……ところが、何も起こらない。

　まあ、予想はしていたさ。

　アタシじゃ動かせないようにしてあるわけだ。

「さぁて、観念したかしら？」

　で、追いついてきちゃったか。

　ジョアナとノプト、不死身のバケモノが二匹並んで入り口を仲良くふさいでくれちゃった。

「……どうだかね。アタシ、相当生き汚いよ？」

「あぁら、そうなの。だったら殺さないでおいてあげる。ノプト、出来るわよね？」

「お姉さまの望みのままに」

　ノプトが手をかざして、魔力が全身からほとばしる。

　いったい何をするつもりだ……？

「裏切り者には、死よりも恐ろしい罰がふさわしい。彷徨いなさい、永遠にね」

「なにを――」

　ジョアナが言い放った直後、この空間の中心に次元の歪みが発生した。

　その歪みはどんどん大きくなって、アタシに迫ってくる。

　逃げようにも……、

「うふふ、そのまま飲み込まれちゃいなさい？」

「ぐぅぅ……っ！」

　ジョアナの操る暴風に包まれて、一歩も動けない。

　空間の歪みに呑まれたアタシの目の前が、白一色になって……。

「……う、ここ、は……？」

　気づけばアタシは、まるで勇贈玉（ギフトスフィア）の中のような、上も下もわからない真っ暗闇の中にいた。