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311 許したいって思うんです




 テーブルを囲んでお茶を飲みながら、お母さんやおばあちゃんとたくさんお話しました。

 久しぶりというほど久しぶりではないのですけど、なんだか日数以上に久しぶりな気がします。

 ですが、この三人で家族全員じゃないんですよね。

 ここには一人だけ、家族がいないんです。


「……」


「ベアト、どうかしたのかい?」


「……っ!」


 いけない、暗い顔してたみたいです。

 おばあちゃんに心配されてしまいました。

 ふるふる、首を横に振りますが……、


「隠したってムダだよ。アンタ昔っから、人に心配かけないようにって強がるんだ」


「……」


 さすがおばあちゃんですね。

 小さなころから一緒に暮らしてただけあって、バレバレです。

 観念して、何を考えていたのか羊皮紙に書いていきます。


『おねえさん、どうしてますか?』


「……リーチェか」


「あの子は……」


 あぁ、やっぱり。

 お姉さんの名前を出したとたん、お母さんもおばあちゃんも暗い顔になってしまいました。

 少しだけ悩んだあと、お母さんは口を開きます。


「あの子はね、ベアト……」



 〇〇〇



 お茶会が終わったあと、私はお姉さんのお部屋にやってきました。

 万一のことがあるといけないって、キリエさんもついてきています。


「ベアト、本当にいいの? 相手はベアトを殺そうとしたヤツだよ?」


「……」


『そのとおりです。でも、あのひともかぞくなんです』


「家族だからって、無条件で許せるの?」


 キリエさんの言いたいこともよくわかります。

 あのまま死ぬまで苦しみぬけばいいって、それが贖罪しょくざい――罪をつぐなうことだって言いたいんですよね。


 でもやっぱり、私にとってあの人はお姉さんなんです。

 小さなころ、とっても頼れた憧れのお姉さん。

 お母さんにとっては大切な娘で、おばあちゃんにとってはかわいい孫なんです。

 だから……。


「……っ」


 私はお姉さんを許したいって、思っているんです。



 お姉さんのお部屋の中はカーテンが閉め切られて、明かりもつけられずに真っ暗でした。

 誰もいないのか、と思ってしまいましたが、すぐに見つけます。

 ベッドの上にひざを抱えて座っている、私にうりふたつのお姉さん。


「……誰?」


 暗くて表情はよく見えませんが、私の方をチラリと見て、それからすぐに顔を伏せました。

 私やキリエさんの姿を見ても、何も言ってくれません。


 お母さんによると、私たちが大神殿を去ったころからお姉さんの様子が変わったらしいんです。

 これまでずっとぼんやりマドの外やカベを見ていたのが、とつぜん叫び出したり泣き出したり。

 死んでしまいたいだなんて叫んでることもあるみたいです。


 そんなお姉さんの姿を、お母さんもおばあちゃんも見てられないらしくって。

 ですが、今のお姉さんからは取り乱した様子は見られません。


「アンタ、ベアトの顔見て謝罪の一つもないの?」


 部屋の灯りをつけたキリエさんが少し怒った声で問いかけますが、やっぱりお姉さんは何も言いません。


「ねえ、なんとか言ったら――」


「……っ」


 ふるふる。

 私が首をふると、キリエさんはすぐに言葉を切りました。

 ごめんなさい、私のために怒ってくれたのに。

 でも、今私が欲しいのは、お姉さんの謝罪の言葉じゃないんです。


『おねえさん、おひさしぶりです』


 紙にサッと書いて、お姉さんに見せます。

 一応見てくれましたが、お話してくれるでしょうか。


「……なにしに来たのよ」


「……っ!」


 やった、話してくれました。

 この調子なら、思ってること聞けるでしょうか。


『おねえさん、わたしおこってません。おかあさんもおばあちゃんもしんぱいしてます』


「……だから?」


『げんきだしてください、とまではいいません。ですが』


「……なんにもわかってない」


「……っ?」


 お姉さんが小さくつぶやきます。

 どういう意味かわからなくて首をかしげてると、


「なんにも知らないのよ、アンタは! なんにも知らずにニコニコと、いい気なものよね!!」


 書きかけの紙を持っていかれて、ぐちゃぐちゃに丸められてしまいました。


「いいわ、教えてあげる! アンタも知って、私と同じように苦しめばいい!」


「アンタ、何を……!」


「いい、ベアト! よーく聞きなさい! 聖女となった者はね、せいぜい二十年ほどしか生きられないの!」


「リーチェ……ッ!!」


「だから私は、人造エンピレオを作った! あなたを犠牲にして機械の神とつながり、寿命を得ようとしたのよ!」


 ……。

 …………。


「あははっ、アンタもあと数年で死ぬのよ! この私と同じようにッ!!」


 気持ちを吐き出し終えて、荒く息をつくお姉さん。

 その暴露を受けて、私は正直に、羊皮紙に書きました。


『わたしのいのちがながくないことは、しってました』


「な……っ!」


『だからおねえさん、そんなかなしそうなかおで、むりしてわらわないでください』


「ベアト……? 隠してたのに……」


 ごめんなさい、キリエさんが必死に隠してたの、知ってました。

 自分の体に起こった異変。

 エンピレオの魔力が原因で、私の体をむしばんでいること。

 そのせいで倒れてしまったことも、なんとなく感づいていました。


 ですが、後天的にエンピレオとつながった自分だけのケースだと思っていて。

 そうだったんですね。

 これが、お姉さんの苦しみだったんですね。


『おねえさん、ずっとこんなくるしみをあじわっていたんですね』


 お姉さんの気持ちがわからなくって、ずっとモヤモヤしていたものが晴れていくのを感じます。

 私が憎くてあんなことをしたんじゃなかったって、知れただけでうれしいんです。


「……どうして? 知っていて、どうしてあなたは平然としていられるのよ……!!」


『へいきじゃないです、こわいです』


「じゃあどうして――」


『キリエさんが、いるからです』


「私?」


 コクリ、うなずきます。


『キリエさんがきっとなんとかしてくれるって、しんじているから』


 復讐ともう一つ、私のためにも戦ってくれているキリエさん。

 私のために、カミサマだってやっつけるって言ってくれる人。

 この人になら私の命だって、人生だって託せちゃいますよ。


『きっとひとりだったら、こわさにまけてました。おねえさんとおなじこと、しないだなんていえません』


「あなた……」


『でもおねえさんだって、ひとりじゃなかったはずですよね?』


 死にたくなくてあんなことしたはずなのに、死んでしまいたいだなんて叫んでいたのは、その人がいなくなってしまったからなんですよね。

 死ぬのが怖い気持ちと、その人のところに行きたい気持ち。

 二つの気持ちがぐちゃぐちゃになってしまっているんだと思います。


「……帰って」


「……っ」


『でも』


「お願い、今は一人にして」


 今度は取り乱したり、声を荒げるようなことはしませんでした。

 ただ静かに、一人にしてほしいって。


「……行こう、ベアト。グリナさんに頼んで、王都に帰ろう」


「…………。……っ」


 うなずいて、キリエさんといっしょにお部屋を出ます。

 今のお姉さん、ここに来た時と少し違う気がしたから。



 お姉さんのお部屋をあとにして、キリエさんに手を引かれて廊下を歩く中で。

 不意にキリエさんが言いました。


「……すごいね。私なんてまだリーチェのこと許せてないのに」


『キリエさんにまでゆるしてほしいだなんていいません。それだけのことをおねえさんはしました』


「……そっか。ベアト、本当に優しいね」


 キリエさんに頭をなでられて、幸せが胸に広がります。

 お姉さんは決して許されないようなことをしました。

 きっとキリエさんの方が正しいんだと思います。

 でも、もしもこの幸せを失ったらと思うと、そもそも出会えてすらいなかったらと思うと。

 やっぱり私、お姉さんのこと許したいって思うんです。




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