304 残された研究資料
リボの村は、王都南方の山脈部に位置する小さな村だった。
主な産業は林業。
かつては鉱山の町として栄えたが、鉱脈が枯れた数十年前から人口は減少の一途をたどり、人口二十人ほどの小さな村となった。
そして半年ほど前、ブルトーギュの手により焼き討ちに遭い、現在は廃村となっている。
キリエたちが魚人の里に旅立った翌日。
俺――スティージュ王国騎士団長ギリウスは、単身このリボの村跡地に足を運んでいた。
王都周辺に出没する魔物の掃除を、ようやく帰ってきた弟にまかせてな。
キリエがベアトのため、西の果てへと行っている間、ケニーさんが残した研究をなんとしても見つけ出さねば。
馬を駆って山道を進み、リボの村の跡地が見えてきた。
入り口を走り抜けて村の中へ入り、かつて中央広場だった場所で馬を止める。
「……ひどいありさまだな」
それが、最初に抱いた正直な感想だ。
焼け落ちた家屋の土台はそのままに、人骨やガレキのみが撤去された廃墟。
土台が残っていることが、ここで暮らしていた者たちの痕跡をかえって生々しく思い起こさせる。
この村の復興や慰霊碑の建立を、望まなかったのはキリエ本人だ。
王国としても、ブルトーギュとタルトゥスの起こした戦乱からの復興に力をそそぐべき時期だ。
が、ペルネ女王による治世をもたらした立役者であるキリエの望みならば、すぐにでも動く準備はあった。
『私、村を出る時約束したんだ。全てが終わったら帰ってくるって。その時まで、私の村が私の村だとわかるようにしといてほしい』
……だったか。
帰る場所を、あの時の姿のままで残しておきたい。
全てを終わらせた時、あの日に止まってしまった時間を動かすために。
そういうことなのだろうな……。
「……さて、感傷にひたるのはここまでだ」
俺がここに来た目的は、ケニーさん宅の跡地に用があるからだ。
あの人がパラディから持ち込んだ、もしくは王城で研究した成果は、一切が王城に残されていない。
おそらく彼自身が持ち去ったのだろう。
その資料が誰にも持ち出されていないのなら……。
「おそらく、ここにあるはず……」
ケニーさん宅の前で馬を止め、鞍から降りる。
当然ながら、彼の家も焼け落ちて土台と床板しか残っていない。
資料が焼失している可能性もある。
だが、彼ほどの研究者が自らの研究成果をそのあたりの棚や机に保管するだろうか。
ましてや、彼の研究はパラディの科学やエンピレオに関するもの。
万が一にも人目に触れない場所に隠している可能性は非常に高い。
そう、たとえば地下室。
焼け跡の土台に上がり、床板の上をゆっくりと歩く。
注意深く目をこらし、足の感触を探り、床板を踏む音に耳をかたむけながら。
黒く焼け焦げた木材の上を一歩歩くごとに、ギシ、ギシ、ときしみ、抜けそうなほどにしなる。
その音が、感触が、おそらくリビングだった場所の一点で止まった。
「……ここだ。この床板だけが他と違っている」
見た目はごく普通の焦げた木の板。
しかし、靴の先で叩くと固い感触が返ってくる。
俺の大柄な体で体重をかけても、きしみすらしない。
かがんで他の板との境目を両手でつかみ、力の限り持ち上げる。
するとビンゴだ。
鉄板に木を張り付けた床板が開き、地下への隠し階段が現れた。
地下へと続く階段の先にあったのは、本棚とつくえ、イスが置かれた小さな書斎。
だが、本棚に納められているのは本ではなく、ピンで束ねられた羊皮紙の山。
試しに一つ、手に取って目を通してみる。
「……むぅ」
なんだか凄いことが書かれているのはわかる。
しかし、俺の科学知識ではどうにもならないな。
「城に持ち帰れば、学者たちが大騒ぎするシロモノなのだろうが。一応、持って帰ってやるか」
この場に置いていって、万一野盗に見つかりでもしたら、薪代わりに使われてお終いだろう。
目当ての資料を探しつつ、荷物の中に入れていく。
そんな作業の中、一枚の羊皮紙が目にとまった。
「……エンピレオ、と書かれているな」
ひときわ分厚い資料の一枚目に、たしかにそう書かれている。
果たしてこれに、キリエの求めている答えが記されているのだろうか。
(ケニーさん、机をお借りします)
俺の体には少々小さいが、あの人なら許してくれるだろう。
イスを引いて腰かけ、俺は資料に目を通しはじめた。
この研究資料は、私が個人的な知的好奇心に基づいて編纂したものである。
したがって、この資料を世に出す意図は一切ないことをここに明記しておく。
・勇贈玉について。
あらゆる物理的な衝撃を無効化し、経年劣化とも無縁なこの物質。
その正体を、私は強固な結界と突き止めた。
エンピレオの魔力が勇者の魂と力とを結界の中に隔離し、閉じ込めるのである。
あまりに凝縮された魔力で物質化するほどの強固な結界は、他に例を見ない。
かの存在は、強力な結界を自在に操る力を持つと推測できる。
「むぅ……、最初がこれか」
勇贈玉が結界魔法……、本当にこれは真実なのだろうか。
だが確かに、俺がブルトーギュと戦った時を思い返してみれば。
この俺の全力の一撃、ヤツの体が消し飛ぶほどの衝撃を受けて、小さな【治癒】の勇贈玉にはキズ一つつかなかった。
「手がかりはコレしかない。信じるしか、ないか」
改めて読み進めよう。
次の項目は――。
・デルティラード盆地
数ある資料の中に残されていながら、エンピレオが落下したクレーターは発見されていない。
だが、私はデルティラード盆地こそがエンピレオの落着地点だと主張する。
この説の穴となるのが、周囲への被害と平坦な地形の二点である。
が、エンピレオが結界を自在に操れるとなれば、問題は一挙に解決するのである。
落下し、地表に激突した瞬間、エンピレオはクレーターを全て包みこむ巨大な結界を発生させた。
生物の魂を喰らうエンピレオが、星への移動の際に原生生物を殺してしまっては意味がない。
ごくごく自然な行動と言える。
結界が周囲への被害をゼロに抑え込み、舞い上がった砂岩は散らばらず、結界内にとどまって降り積もる。
エンピレオ本体は地中深くへもぐり、結界内部が落ち着いたところで解除。
あとに残ったのは、降り積もった大量の砂岩が作り出す盆地である。
根拠の一つとして、この盆地の地表近くから地底深くにしか存在しない鉱物が採取できることが挙げられる。
エンピレオが放つ強大な魔力を誰一人として感知できない理由も、結界で自身の周囲を覆って魔力の流出を抑えていると考えれば説明可能だ。
この仮説の立証に、エンピレオの存在という物的証拠が無いことが悔やまれる。
「む……」
この仮説は、まさにキリエが知りたがっていたことの答えだな……。
もしこれが真実だとすれば、デルティラード盆地の地下深くにエンピレオが眠っていることになる。
ましてや王都は盆地の中心だ。
「ペルネ陛下にお伝えするべきだろうな」
最初にキリエに知らせたかったが、個人的な感情で動いている場合ではなさそうだ。
「ともあれ、予想以上の収穫だ。王都に戻るとするか」
席を立った瞬間、動いたことで風が起こった。
そのせいでもう一枚ページが開かれてしまう。
それを直そうとして、書かれた文章に思わず手が止まった。
「これは……!?」
・エンピレオ討伐について
自分で言うのもなんだが、私は知的好奇心のかたまりだ。
知りたいと思うことを抑えられないのは私のサガだ。
パラディの至宝、『星の記憶』のデータを盗み見てしまったのも、好奇心と己のエゴに負けたからだ。
その上で、かの存在を倒す方法について私見を述べる。
おそらく、四つの勇贈玉による魔力の変換だけでは不十分だ。
なぜならば――。




