292 突入
私とイーリアを乗せて、海を走るモーターボート。
入江の中心、海の中から飛び出した浮き島が次第に近づいてきた。
数百メートル上空に浮かんでる巨大な岩のかたまり。
あの中に海底洞窟がまるまる閉じ込められてるわけだ。
「巨大ですね……。こんなものを一夜にして作り上げるとは……」
「トゥーリアの魔力、わかっちゃいたけど規格外だね」
それでいて、こんなもの作ったくせに消耗の一つもしてないんだろう。
バケモノなのは精神性だけにしとけっての。
さて、目の前まで迫ったあの島。
ほぼ全てがトゥーリアの魔力で作られたシロモノだ。
島一つ、丸ごとヤツの武器って言っても過言じゃない。
浮かんでるおかげで空でも飛べなきゃ近づけないし、それどころか上陸したとたん、砂に取り込まれて殺されかねない。
ヤツの魔力で作られた砂や岩は私の魔力を受け付けないから、【沸騰】で溶かすこともできないし。
じゃあどうするか、だけど……。
「コレが無かったら途方にくれてたかも」
カバンの中から一切れのメモを取り出す。
クイナが書いてくれた敵の情報、その一つ。
浮上した島についての詳しいデータと、今回の作戦がパターン別にいくつか書かれてる。
「コレによると島の上半分に、元の地形――つまり海底洞窟が収まってる」
その下はトゥーリアの作った砂岩だけの危険地帯。
けど、そこなら自然の地形が残ってる。
いきなり取り込まれる心配しなくていいし、私の魔力も通してくれるはず。
「何より赤い岩もそこにある、と」
「そう、攻めるなら上からだ」
島の底面から突っ込んだら詰み。
一番上から奇襲をかけろって、クイナが答えを示してくれてる。
情報がなくても見破れた可能性はもちろんあるけど、見抜けなかった可能性の方が高いよね。
何より目標の位置がわかるのがホントにありがたい。
ところでイーリア、さっきから話を合わせてくれてるけど。
「クイナのこと、しっかり信じてくれるんだね。さっきはあんなこと言ってたのに」
「……刃を交えた時、彼女の剣からは悲しみが伝わってきました。しかし、先ほどのセリア殿からは感じなかった。それに、あの勇者殿がここまで信頼しているのです。だったらもう、疑ったりはしませんよ」
「……そっか。ありがと」
疑われても仕方ないのに、私の友達を信じてもらえた。
なんか、うれしいな。
「勇者殿、今少し笑いませんでした?」
「……は? 気のせいでしょ。それより、島はもうすぐ目の前――」
ズドドドドドドドッ!!
言い終わる前に、浮き島の壁面から大岩が放たれた。
メロちゃんのロックブラストよりもずっと大きい、文字通りの大岩が、視界を埋め尽くす勢いで次々に発射される。
もちろん狙いも正確。
ほとんどの岩が進路や退路を塞ぐように散らされて、残った一部の岩が私たちの乗ったモーターボートめがけて正確に飛んでくる。
「っと、いきなり手荒い歓迎だね」
「勇者殿、わたしにまかせてください。豪破削断刃で、行く道を斬り開いてみせます!」
「……いや、まだ温存しといて」
消耗の大きな大技だもん、こんなことに使わせてらんない。
「それよりも、しっかり掴まっといた方がいいよ。下手すりゃ舌噛みちぎるハメになるから」
「は……?」
忠告したからね。
ボンヤリ突っ立ってて振り落とされても知らないよ。
モーターボートのスピードを一気に引き上げながらハンドルを思いっきり左右に切り、グネグネ蛇行させておっきな岩を回避。
着水した岩が水柱を立てる中、後ろの方でバランスを崩したイーリアが尻もちをついた。
「ゆ、勇者殿……! 運転が荒いです!」
「だから掴まっとけって言ったじゃん」
なんか文句言われたけどさ、そんな筋合いないじゃんね。
だから私は右の耳から左の耳へ流しつつ、【水神】の魔力を練り上げる。
この海面から浮き島のてっぺんまで届くほどの、今までで一番長い水龍を生み出すために。
「い、いつまで蛇行運転続けるつもりですか!」
「あと一秒くらい……よし、完成。出ろ、水龍!」
魔力充填完了。
一気に解き放って大量の水を呼び出し、固めて、雲まで届くほどの長さの水龍を生み出した。
「おぉ、なるほど! これで岩を弾いて――」
「だからしゃべんなって。そんなに舌噛みちぎりたいの?」
「……はい?」
今度も忠告したからね。
水龍を操作してやらせるのは、防御でも攻撃でもない。
進行方向上の海面にしっぽをひたして、水路になってもらうことだ。
体が蛇みたいにとぐろを巻いて、頭がにらむ先には浮き島の頂上。
よし、この位置ならバッチリ。
「ま、まさか……」
「そのまさか。振り落とされないでよ」
スピードを全開にして、尻尾から胴体へ。
全速力で水龍の体の上を駆け上がる。
大岩が次々にボートのスレスレを飛んでいくけど、そんなの気にしてらんない。
当たった時は当たった時だ。
「む、ムチャですよ、こんなの! と、言いますか、その……、わたし高いところはあまり得意では……!」
「黙っててってば」
螺旋状の水路を駆け上がって、海面はもうはるか下、浮き島と同じ高さまでやってきた。
龍の頭ももうそろそろだ。
「イーリア、奥義の準備して」
「お、奥義ですか?」
「あんたのごんぶとな練氣の剣で、島の表面に穴開けろって言ってんの」
そうすりゃ海底洞窟ゾーンへ一気に侵入できる。
うまくすれば敵を巻き添えにできるかも……とか、そこまでうまくいかないか。
「い、いきなり言われましても――」
「早く。もう飛ぶから」
言った瞬間、ボートが水龍の頭まで到達。
ジャンプ台みたいに空中へ飛び出した。
「う、おわああぁぁぁぁぁぁ!?」
「……ねえ、早くってば。岩壁に激突して死にたいわけ?」
「わ、わかりましたよ! やればいいんでしょう、やれば! 奥義、魂豪身っ!!」
半泣きで騎士剣を抜きながら立ち上がったイーリア。
その全身が練氣のオーラに包まれて、刀身にまるで柱みたいな長さ数百メートルのぶっとい練氣の刃をまとう。
そうだよ、やればできるじゃん。
さて、浮島はもう目の前だ。
近づきすぎたせいで、直撃コースの岩も大量に飛んできてるけど問題ない。
「いきます!! 練氣・豪破突!!!」
へっぽこ女騎士が、やけくそ気味に叫びながら剣を突き出した。
巨大な練氣の刃が飛んでくる岩の弾丸を全て粉砕、さらに、
ガガガガガガガガガッ!!!
てっぺん付近を文字通り削岩。
岩壁に大穴が開いて、内部の海底洞窟があらわになる。
よし、作戦大成功。
「はい上出来。このまま飛びこむよ」
「えぇもう、どこまでもお供しますとも!!」




