195 無くした理由
買い物を終えて宿に戻った私たち。
リーダーの部屋にみんなで集まって、買ってきたものの確認だ。
さっそくラマンさんが買い物かごからひらぺったい魚を取り出し、しっぽを持ってぶら下げて見せた。
「なあ見てくれよ、うまそうだろ? 湖で獲れたばかりの新鮮なティラピレア——」
「フリーズ」
「ぅおい!」
説明の途中で、ディバイさんが氷魔法を放ってお魚さんはみごとに瞬間冷凍。
……今、よくラマンさんの手を凍らせなかったな。
魚だけをピンポイントで凍らせるなんて、あの人の魔力コントロール、並のレベルじゃない。
「聞けよお前は! カッチカチで新鮮かどうかもわからないじゃないの、もう……。で、お次はパラディじゃめったにお目にかかれないデルティラクックの卵! 転がした時、中の——」
「フリーズ」
「おまっ! 転がした時に中の黄身が動いてゆらゆら揺れるかどうかが新鮮さを見極めるカギだってのに、凍らせちゃったらわかんないだろ!」
「……お前が選んだのだろう。ならば間違いない」
「そ、そう……? でへへ……、おいらって信用されてんだな……」
ディバイさんにほめられて、照れくさそうに頭のうしろをかくラマンさん。
この人、意外と単純なんだな。
……いや、意外でもないか。
意外なのは、ディバイさんが他人をほめたり信頼したりする人だったことの方、かな。
食材の冷凍保存が終わったところで、ラマンさんが湖で泳ぎたいと言い出した。
もちろんすぐさま却下され、明日まで宿の中で大人しくしているようにとリーダーがしっかり念押し。
かわいそうなくらいがっかりしてるけど、ただでさえ珍しい魚人が街中で泳いでたら死ぬほど目立つもんね。
仕方ないよ、うん。
(さて、ラマンさんの他にもう一人、落ち込んでそうな人が……)
ラマンさんから、上の空でぼんやりしているクイナさんに目をうつす。
帰ってきてから、なんだか様子がおかしいんだよね。
買い物途中に姿が見えなくなった時、なにかあったんだろうか。
「おねーちゃ……、むにゃ……」
話を聞きに行きたいんだけど、リフちゃんが私のひざの上でスヤスヤしてて動けない。
戻ってきてからずっと私のひざまくらでゴロゴロしてて、さっきとうとう寝ちゃったんだ。
仕方ない、クイナさんの方から来てもらうか。
「ねえ、クイナさん。ちょっと……」
ちょいちょい、と手招きして呼び寄せる。
こんな風に、誰かのことを気にかけられるようになれたのも、全部ベアトのおかげかな。
「な、なんスか……?」
「……っ?」
まさか私に呼ばれると思わなかったんだろうね。
こっちにやってきたクイナさん、少しビックリしてる。
私の横にぴったりくっついてたベアトも、不思議そうに首をかしげた。
「あのさ、さっきからぼんやりしてるじゃん? もしかして、雑貨屋さんでのことと何か関係あったりする?」
「あうっ、さ、さすがキリエさん。隠してたつもりなのに、するどいッスね……」
やっぱり、なにかあったんだ。
あの時のクイナさん、明らかに様子がおかしかったもんね。
「いったい何があったの? もしかして、記憶がもどったとか……」
「いえ、残念ながらそういうワケじゃないんスよ」
違うんだ。
一人でぼんやりと立ってたから、もしかしてと思ったんだけど。
「むしろその逆で、記憶が無いんス……」
「……また、記憶が無くなったってこと?」
「無いというより、飛んでいる、の方が正確ッスね。買い物カゴにいろいろと詰め込み終わって、キリエさんたちのとこに戻ろうとして……。そこから記憶がプッツリ途切れてるんス……」
そうだったんだ……。
この場合、私は力になれそうにないな。
「ベアト、なにかわかる?」
「……っ」
という訳で、医療の知識ならベアトにお任せ。
ラマンさんも詳しいけど、あの人さっき薬の材料抱えて部屋を出ていっちゃった。
泳げない腹いせに、薬を調合しまくるんだってさ。
『……ごめんなさい、ちょっとわかりません』
ベアトがものすごくもうしわけなさそうに、羊皮紙をかかげる。
そりゃもう、話をふった私がもうしわけなくなるくらいに。
『ショックなできごとがおきたり、のうのろうかやびょうきだったりで、ひとはきおくをうしないます』
クイナさんの場合は前者だよね。
尊敬する人を目の前で惨殺されて、死体の山で何日も過ごして、耐えられなくって記憶を封印しちゃったんだ。
『にちじょうせいかつのさいちゅうにきおくがとぶのは、ろうかやびょうきのケースですよね。だけど、クイナさんはちがうとおもいますし……』
「そッスか、ベアトさんにもわからないとは……。ん、ちょっと待ってください? つまりジブン、山でショッキングな出来事に巻き込まれてたってことッスか?」
「……っ!!」
うわ、まずい。
とんだヤブヘビだね、これは。
「えっと……。よくあるケースの話、だよね? 転んだ拍子に頭を打っただけかもしれないし」
「……っ、……っ」
必死にごまかして、ベアトもコクコク。
「私たちはほら、倒れてるクイナさんを見つけただけだからさ、何があったかまでは知らないんだ。だから、もしかしたらその可能性もあるかもね」
「うぅ……、記憶戻るの怖くなってきたッスぅ……」
ふぅ、なんとかごまかせた……。
代償としてクイナさんを怯えさせてしまったけど、あのことを思い出すキッカケなんて与えない方がいい。
……ただ一つ気がかりなのは、ソーマのヤツがクイナさんの記録に興味をしめしたってコト。
ベアトが落としたあの記録用紙、出発前に確かめた時には残ってなかった。
単に風で飛ばされたのか、それともヤツが持ちかえったのか……。
持ちかえったとしたら、いったいなんのために?
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「セカンド。彼女との接触は成功したようですね」
グレーの長髪をかきあげながら、彼女は目の前の女騎士に問いかける。
「しっかり成功したわ。あの方とまた言葉を交わせて、とっても幸せなの……」
「結構。このまま泳がせておきなさい。今回の件が片付くまでは、ね……」
口調とは裏腹に、彼女の表情は苦々しい。
仇敵とも言える勇者の勝利を、利害が一致しているとはいえ願わなければならないのだから。
いっそのこと、教団側と共倒れしてくれればどれほど楽か……。
(……こらえなさい、ノプト。これはお姉さまのご意思なのだから)
今、自分たちの存在を両陣営に気づかれるわけにはいかない。
秘密裏に進行している計画を勇者やパラディに知られてしまっては、全てが水泡に帰してしまう。
(見ててください、お姉さま。そして全てが終わった暁には、もう一度私を抱きしめてください、お姉さま……)




