193 溶け始めた心
「ねえ、ケルファ。キミだけ最初から起きてたよね」
とりあえず質問してみよう。
聞き出せる気がしないけど、とっても大事なことだし。
「ソーマと何か話してたみたいだけど、アイツなに言ってた?」
「なにって……。ボクを連れ戻そうとしてただけだよ」
「……ホントに?」
アイツが本気でケルファを連れ戻したかったなら、ケルファを連れて瞬間移動すればよかったよね。
普段から隠し事してるみたいだし、この子の言うこと無条件には信じられないな……。
「なにそれ。ボクがウソついてるって言いたげだね」
「う……」
「お姉さん、ボクのこと嫌いなの? 敵にさらわれそうになってたこどもに、そんな風につめよってさ」
「そ、それは……」
でもさ、こう言われたらどうしようもないじゃん。
怪しいってだけで、証拠はなんにもないんだもん。
ケルファにジロリとにらまれて、私は言葉につまってしまった。
「まぁまぁケルファ、そこまでにしときな。キリエもベアトの手前、気を張ってんだろ。キリエもだぞ、大人びて見えてもケルファはまだガキなんだ」
と、ここでグリナさんが仲裁に入る。
リフちゃんは、私とケルファの険悪ムードに半べそ状態。
そしてトドメに、
「……っ!」
ベアトに「めっ」されてしまった。
こうなっちゃったら、これ以上の追求はできないね。
「えっと……、ごめん、大人げなかった」
「フン……」
頭下げたのにそっぽむかれたよ。
別にいいけど。
「……っ」
かわりにベアトが、私の頭をいい子いい子ってなでなでしてくれた。
うん、この子はやっぱり天使だと思う。
それからベアト、半べそ状態のリフちゃんをなぐさめにあの子のそばへ。
うん、誇張抜きに聖女だと思う。
「おう、戻ったぜ。いなくなったヤツは一人もいねぇ、全員無事だ」
ガチャリとトビラが開いて、リーダーがもどってきた。
出てった時の緊迫した感じとはちがって、少し笑顔が混じった表情だ。
全員無事ってことは、ソーマは最初にこの部屋へ来たわけか。
ベアトには私がついてたから手を出せなかったとして、他の誰よりケルファを優先した理由は……。
「みんな無事なら何よりだ。ところで聞いてくれよリーダー。ソーマのヤツ、どうやらケルファが狙いだったみたいだ」
グリナさん、ナイス。
私が話を切り出す前に、そっちの話題をふってくれた。
「……なに?」
リーダーの表情が一気に張りつめる。
ケルファの前まで行って両肩に手を置きながら、
「おいケルファ、なんともないか? 何かされたりしなかったか?」
あの子の目をじっと見て、問いかけた。
「……うん、ボクは平気」
「本当だな?」
「…………」
じっと、まっすぐにケルファの瞳を見つめて、リーダーが問い返す。
少しの間があったあと、ケルファは目をそらしながら、
「……本当だよ、兄さん」
小さく、そう答えた。
「……そうか」
それだけを短く言って、リーダーが離れる。
それ以上追求しようとはしないみたい。
ただ、リーダーのことだ。
言葉通りには受け取ってないだろうな。
「……とにかく、今からラマンたちと今後の話し合いだ。グリナ、お前も来い」
「あいよっ。ったく、騒がしい夜だねぇ」
「それとケルファ、お前も来い。今夜は俺から離れるな。いいな?」
「兄さん、でも……」
「心配なんだ、わかってくれ」
「……うん、わかったよ」
ケルファがうなずいて、リーダーとグリナさんといっしょに部屋を出ていく。
あの子、リーダーのいうことは素直に聞くんだね。
普段は私みたいな不愛想なのに、リーダーと話してる時だけ顔がゆるむし。
「……ふぇ」
「……っ!」
あ、まずい。
グリナさんがいなくなったとたん、リフちゃんの目にみるみる涙がたまっていく。
ベアトが一生懸命なぐさめようとするけど、止まる気配は少しもなくて。
「ふえぇぇぇぇぇっ!」
クマのぬいぐるみをだっこしたまま、とうとう泣き出してしまった。
ベアトはもうどうしたらいいかわかんないんだろうな、ひたすらオロオロしちゃってる。
さすがのベアトも、泣き出したこどもには対応できないんだ。
……仕方ない。
「ベアト、ちょっとごめん」
「……っ?」
ベアトにちょっとどいてもらって、リフちゃんと同じベッドの上へ。
ポロポロ涙をこぼしてる小さな体を抱き上げて、ひざの上に乗せてあげる。
真正面から小さな体を抱きしめて、背中をゆっくりなでながら。
「よしよし、怖かったよね。いきなり怖い人がきて、みんな出ていっちゃって、心細くなっちゃったんだね」
「ふぇ、ひぐっ……」
「もう大丈夫だよ。今夜は私がそばにいるから。もうなんにも、怖いことなんてないからね」
「おねえちゃん……、ほんとぉ……? リフといっしょにいてくれる……?」
「うん、いっしょにいる。だから安心していいんだよ」
「ふぁ、おねえちゃん……。いいにおい……」
やさしく言い聞かせてあげると、リフちゃんは私の胸に顔をうずめたまま、少しずつ目を閉じて、
「なんか、おかぁさんみたい……、すぅ……」
静かに寝息を立てはじめた。
……ふぅ、なんとかうまくいった。
「……」
「……ベアト、すっごく意外そうだね」
「……っ!」
ぶんぶんぶんっ、すごい勢いで首を横にふりまくるベアト。
優しいね、でも意外すぎるって顔に書いてあるよ?
「……この子見てると、クレアのこと思い出してさ」
「……っ」
前髪をとめている翼の髪飾りに、ベアトが手をのばした。
そうだよ、その髪飾りをくれた、私の大切な妹。
片ときも忘れたことがない、大切な……。
「ちょうど、この子くらいの年だったんだ。背丈も雰囲気も似てて……」
「……」
「今みたいに夜中にぐずることもよくあったからさ、そのたびにこんな感じであやしてたんだよ」
つまり私、ぐずる女の子を寝かしつけるのが得意なんだよね。
こんな特技、今まで見せる機会も心の余裕もなかったけどさ。
「……ねえ、ベアト」
「……?」
家族のことを思い出す時、私の脳裏に浮かぶのは奪われた瞬間の悪夢ばかり。
それまでに過ごした、たくさんの暖かな時間は、全て憎悪の氷に閉ざされていた。
でも、ベアトと出会って少しずつ、冷たい氷は溶かされていって……。
家族の、妹の笑顔を思い出して、こんなふうに暖かな気持ちになれる日が来るなんて、思いもしなかった。
だから、ベアトにお礼が言いたくなったんだ。
不思議そうにしてるベアトの顔をじっと見つめて、
「クレアのこと、こんな風に穏やかな気持ちで話せるようになるなんて思わなかった」
心からの感謝をこめて、はっきりと言葉にする。
「ありがとう、ベアト」
「……っ!!!」
……ん?
どうしたんだろ。
ベアトってば口元をおさえて、信じられないモノを見たって顔してる。
それから腰のあたりをゴソゴソして、羊皮紙カバンを置いてきたことに気づいたのかな、がっくりと肩を落とした。
「どうかした?」
「……。……っ」
少し考えたあと、ベアトはふるふる、首を横にふる。
なんでもない感じじゃないけど、ガラにもないこと言っちゃったからかな。
……ま、いっか。
「私たちももう寝ようか。この子を連れて、三人で寝なくちゃいけないけどね」
「……っ」
朝までそばにいるって言った手前、リフちゃんを一人で置いていけないからね。
この子をだっこしたまま、私たちは自分の部屋にもどることにした。
〇〇〇
ベッドに入ったキリエさん、すぐに寝息を立てはじめました。
私とキリエさんのまんなかには、すやすや寝息を立てるリフさん。
キリエさんも、とってもおだやかな寝顔です。
「……っ」
赤みがかった前髪をそっとなでながら、ほほえみかけます。
ねえ、キリエさん。
あなたは気づいてないかもしれませんが、私にありがとうって言った時、少しだけ笑ったんですよ?
あなたが自然に笑える日も、遠くないかもしれないですね。
もしもその時がきたら、あなたの笑顔、私に一番に見せてくださいね。




