161 幕間 それぞれの夜
祝勝会とやらには顔を出す気になれなかった。
この人が眠ったままなのに、みんなで騒いで浮かれる資格がわたしにあってたまるだろうか。
「……ベル、殿」
ベッドに横たわったまま、静かに眠る金髪の少女。
我が剣に誇りと共に誓いを立て、護り抜くと心に決めた人を、わたしは護り切れなかった。
彼女はこうして生きているが、それは結果論だ。
勇者殿が来てくれたから助かっただけで、死なせてしまったようなもの。
「わたしは、騎士失格だ……」
わたしにとって、この人はまぎれもなく本物の姫様だった。
ずっと、本物の姫様だと思っていたんだ。
尊敬し、守るべき主君を取りちがえていた事実。
命にかえても守ると誓ったのに、ベル殿の命を危険にさらしてしまったこと。
姫様をずっと演じつづけてきた彼女にも、わたしなどには計り知れない苦しみがあっただろう。
ずっと側にいたのに、わたしは何も気づいてやれなかった。
「わたしは……っ」
彼女が目を覚ましたら、なんと謝ろう。
姫様にはなんとお声をかければいいのか。
罪悪感と自己嫌悪で、わたしの心は押し潰されそうになっていた。
△▽△
バカ騒ぎの宴会を抜けだして、あたしとペルネはお城のバルコニーまでやってきた。
んー、王都の夜景はキレイだし夜風が気持ちいい。
我がスティージュとは比べ物にならない都会だね、王都って。
どっちかというと、雑多なここよりスティージュの方があたしは好みだけどね。
「お疲れさま、ペルネ。王国、とうとう取り戻したね」
「はい。ブルトーギュを倒し、デルティラードの民に平穏な日々を届ける。私の目標、やっと叶えることができます。……とは言っても、ここからが本番なんですけどね」
「そうだよね、ブルトーギュとタルトゥスが好き放題やってた国をしっかり立て直さないといけないんだもんね」
それはつまり、ペルネがデルティラード王国の女王様になるってことで。
あたしの専属メイドベルちゃんとは、これでお別れなんだ。
「はぁ〜、なんかさみしくなるなー。『ベル』とはもう会えないんだもん」
「『ペルネ』となら、いつでも会えますよ? ストラさんが望みさえすれば、いつでも」
「あははっ。いつでも会えるだなんて、女王様がそんな気軽な存在でいいの?」
「ストラさんだって女王様でしょう?」
「……むぅ、それどういう意味さ」
「ご想像にお任せしまーす。……ふふっ」
「……ぷっ、あははっ」
冗談を言い合って、二人で笑い合う。
ペルネってば、女王様のくせに親しみやすいとこがあるんだよね、あたしが言うなって言われるかもしれないけど。
あたしと妙に波長が合うっていうか。
「ふふふ……、ふぅ……」
けど、楽しそうにしてたペルネの顔にとつぜん影がさした。
「……イーリアは、大丈夫でしょうか」
「やっぱり、心配だよね……」
「ええ。パレードの時も、私の乗る馬を引きながら心ここにあらずといった感じで。ベルのことがショックだったみたいです。ずっとだましていたことについても、まだ謝れていませんし……」
あの人、ずっとベルちゃんを本物のペルネだと思って守ってきたんだよね。
守るべき姫様がニセモノだったのがよっぽどショックだったのか、それとも……。
「心配なんです。このまま彼女が、どこかに行ってしまうんじゃないかって……。彼女には、これからも私の騎士として働いてほしい。そう思うのはワガママでしょうか……」
「ワガママなんかじゃないよ。だけどあの騎士さん、かなり単純そうだしなー……。なにかやらかしそうで怖いかも」
「それはさすがに……。私にはあの方を悪く言う資格はありません。そもそも、あの時私が我が身かわいさにウソを付かなければ……」
「んー……、その点についてはペルネが気に病むことじゃない、とは言えないか。ベルちゃんを身がわりにしたことに対して、あたしも最初は怒ってたし」
「ストラさん……」
「けどね、女王様をやってみてわかったんだ。あたしの体はあたし一人のものじゃない。誰かの命を犠牲にしてでも生きなきゃいけない時ってあるんだよね。綺麗事だけじゃ、国を治めるなんてできないんだ」
思えばあの時、結構ひどいこと言っちゃったな。
兄貴を失って荒れてたとはいえ……。
「だから、やっぱりペルネは気にしないで。あと、改めてごめん。ベルちゃんについてかなりヒドイこと言ったよね」
「それこそ気にしないでください。……でも、ありがとうございます。そうですね、これからだという時に、後ろばかりむいていられませんよね」
「その意気その意気。それでも自分を許せないなら、立派な女王様としてこの国を支えていけばいいんじゃないかな。そしたらいつか、自分を許せる日がくると思うから」
「……はい、女王様としてがんばります」
暗い表情が消えて、ニッコリと笑うペルネ。
月明かりに照らされたお姫様改め女王様の笑顔は、惚れぼれしてしまうほどの可憐さだった。
「……ストラさん? どうしたんですか、ぼんやりして」
「あっ、いや、なんでもない。さ、さー、そろそろ休もうよ。明日はペルネ、国民にむけてあいさつがあるんでしょ?」
「は、はい、そうですね。もう休みましょうか」
いけないいけない、見とれてたなんて言えないや。
ドキドキしてる胸の鼓動がやけに耳ざわりで、なんだか顔も熱い。
おかしなあたしをペルネに気付かれたくないから、あたしはさっさとお城の中に引っ込むのだ!
△▽△
「……んっ、おねえ、ちゃん?」
「……起きたか、ビュート」
ベッドの中、ようやく彼女が意識を取り戻した。
もうすっかり夜も更けて、祝勝会は終わっている頃だろう。
「おねえちゃん、ここは……? あたし、いままで……」
困惑した様子で、辺りを見回すビュート。
そのまま体を起こそうとするのを、肩をやんわりとおさえて押しとどめた。
「安静にしてろ。傷口こそふさがっているが、血は戻っていないんだ」
そっとベッドに寝かせてから、状況を説明する。
なにもわからないままじゃ、不安だろうからな。
「ここは王都ディーテの王城だ。私たちは戦いに勝った。タルトゥスも討ち取られた」
「そっか、よかった……。……ぁ、そうだ、あたしの腕……」
意識がはっきりしてきたのか、自分の身に起きたことを思い出したらしい。
自分の左腕を確認し、ビュートは軽くため息をついた。
「……はぁ、やっぱり……。あたしの腕、なくなっちゃったか……」
「すまない……。全ては私の責任、お前を一人で行かせた私のミスだ……」
「もう、やめてよ……。おねえちゃんが落ち込んじゃったらあたしまで死にたくなるじゃん」
冗談めかして笑うビュートだが、今の私には笑えない冗談だった。
この上ビュートにまで死なれたら、私は……。
「……おねえちゃん? どうしてそんな辛そうな顔してるの……? あたしの腕は、おねえちゃんのせいなんかじゃ……」
「違うんだ……。お前が死ぬと言うものでな……、ビュートにまで死なれたら、私は一人になってしまう」
「あたしに、まで……? どういう意味……?」
この事実を、ビュートに告げていいものか。
彼女の心が弱っていたら、事実を受け止められるだろうか。
とはいえ、黙っているわけにもいかない。
いずれ必ず知ることになるのだから。
「……ガープが、死んだ。モルド殿と戦って、死んだ」
「え——」
……やはり、ショックだろうな。
目を見開いたあと、ビュートは布団の中にもぐりこんだ。
「……ビュート?」
「あー、ごめんねおねえちゃん。少し一人にして? 今、頭の中がぐちゃぐちゃすぎてなんにも考えらんないの……」
「……すまない。だが、一人にはできない」
ビュートがもぐったベッドの中に、私も潜りこむ。
もとより彼女の意識が戻るまで泊まりこむ予定だったんだ。
「え……っ、ちょ……、おねえちゃん……?」
ベッドの中で、ビュートは瞳に涙をたたえていた。
そんな彼女の体をそっと抱き寄せる。
「今一人にしたら、ビュートまで消えてしまいそうな気がするんだ。怖いんだ。だから、いっしょにいてくれ」
「な、なにそれ……っ、ずるいよ、おねえちゃん……っ。泣くとこ、見られたくなかっただけなのに……っ。うっ、うぅぅっ、うぇぇぇぇぇぇっ……」
私の胸に顔をうずめて泣くビュート。
頭をそっと撫でながら、私は願った。
多くのものを失ってしまったが、この子だけは失いたくない、と。




