154 風の帝
本気を出すって、今までは本気じゃなかったってわけ?
……だろうね。
コイツ、ちっとも反撃してこなかったし。
私の攻撃をよけながら煽って楽しむだけ。
フカシじゃなくて、ホントにちっとも本気を出してなかったんだろう。
「……いいよ、本気出しなよ。お前がどれだけ早くても強くても、私は負けない。絶対にお前を殺してやる」
「威勢がいいのねぇ。でも、いつまで強がっていられるかしら?」
神託者の体に、信じられないくらいの魔力がみなぎっていく。
まるで湯気やオーラみたいに、体から立ちのぼるのが目でハッキリと見えた。
これだけの魔力、いったいどんな大魔法をしかけてくるつもりなんだ……?
「いくわ。えいっ」
ヤツが右手を高々とかかげて、気の抜けたかけ声とともに魔力を放出した。
どこから攻撃が来てもいいように、腰を低くかまえて警戒するけど……。
「……?」
なにも起きない?
風の刃が飛んでくるわけでも、大嵐が起こるわけでもなく、ただただ静けさが続く。
「……ねえ、ふざけてるつもり? いつまでも余裕ぶっこいてたら——がっ……!」
な、なんだ……?
急に強烈な頭痛がして、立っていられなくなった。
口から、鼻から、耳から、ぽたぽたと血が垂れて、片手で頭を押さえながらその場にうずくまる。
「余裕なんてもうないわよ? お姉さんは本気。まさに今、本気であなたを殺しにいってるんだから」
「はぁ、はぁっ、は……がっ!」
息が苦しい。
どれだけ吸っても肺が空気を取り入れてくれない。
さっきの真空攻撃とは、似てるけどちょっと違う。
空気ならある、そこら中にあるはずなんだ。
どうなってんだよ、これ……。
「うふふっ、苦しいかしら。常人ならとっくに内臓が破裂してる頃だけど、さすがキリエちゃん、しぶといわ。そのままじわじわと死んでいきなさい」
「……っ、ざけん、なっ」
なにも出来ずに死んでたまるか。
右手をかざして「水球」を発動。
生み出した六十センチくらいの水の球に【沸騰】の魔力をそそいで、神託者に全力で飛ばす。
さっき、真空で呼吸をふさがれた時、私の攻撃を回避しただけで攻撃は解除された。
きっと【風帝】の大技には、とんでもない集中力が必要なんだ。
少し動いただけで解除されてしまうくらいに。
(コイツを飛ばせば……)
当たっても避けても、集中力が途切れて攻撃は解除されるはず。
だけど、泡立つ水球がまっすぐに飛んでいっても、ヤツはなぜかその場に突っ立ったまま。
いいさ、避けないなら。
そのまま食らえ!
バシャアアァァァァッ!
「……ふぅ、ちょっと熱めのお風呂って感じね」
「な、……んでっ」
百度の熱湯を頭から浴びたはずなのに、コイツは平然としてる。
「……あっ、ぐ!」
頭がズキズキ痛む。
お腹の中が圧迫されるみたいに苦しい。
口から、目から、血が止まらない。
なんなんだよ、この攻撃は……!
「あっつあつなはずの熱湯がきかなくて驚いた? 実はね、今のお湯せいぜい五十度くらいしかなかったのよ。今、私たちの周りは五十度でお湯が湧くの」
「そん、な、わけ……っ、げほっ! ぉえっ!」
「そんなわけあるのよ。お空の上ではそれが普通。気圧っていってね、空気の圧力をとーっても低くしたの。今、私たちの周りは雲のはるか上、お星様がキラキラしてる場所くらい、空気の密度が薄いわけ」
なに言ってんのかさっぱりわかんないけど、このままじゃヤバいってことだけは理解した。
どうにか、どうにかしなきゃいけないけど、手足がしびれて動けない。
指先の感覚なんて、完全にマヒしてる。
「血管が膨らんで破裂して、とっても痛そうねぇ。これが私の埋め込まれた、押しつけられた力、【風帝】。風魔法とは格が違う、空気の流れそのものを操る力よ」
「がはっ……、あ゛っ、え゛ぇっ!」
ダメだ、座ってることもできないや。
その場に突っ伏して、倒れ伏す。
アイツだけ平然としてるの、ズルいだろ。
たしかに私も、自分の【沸騰】で沸かしたお湯は熱く感じないけど……。
「そろそろ限界かしら。このままあなたが苦しみもがきながら死んでいく姿を見るのもいいけれど、遊ばないって決めたものね。きっちりトドメを刺しましょうか」
神託者が一歩一歩、こっちに近づいてくる。
逃げたくても体が動かない。
空間まるごと空気を薄くするだなんて、そもそもどうやって逃げればいいんだよ……。
(……そういえば、これ、どこまで効果続いてるんだ?)
飛びそうな意識の中、ふと抱いた疑問。
どこまでも続いてる、なんてことはあり得ない。
必ず射程距離があるはずだ。
それに答えるように、小鳥が二羽、森の方から平和そうに飛んできた。
なにも知らずにやってきて、二百メートルあたりまで近づいた途端。
「ヂッ……!」
墜落。
地面に墜ちて、少しの間翼をバタバタさせたあと、腹が裂けて死んだ。
(……わかった、周囲二百メートル……。そこまで逃げれば、どうにかして……)
「さ、キリエちゃん。死ぬ覚悟はできたかしら?」
神託者が私の目の前で立ち止まる。
手には短剣、そいつでブスリとやるつもりか。
させるかよ、お前を殺すまで私は死なない!
「……死ぬのは、お前だ……っ」
もう感覚ないけど、私の手は地面についている。
そこから魔力を地下深くへ送り込んで、岩石を溶かしながらヤツの足下を狙って上らせる。
「……あら、まだ何か企んでるのね。でも残念」
溶岩流を吹き上がらせる直前、神託者はひらりと背後に飛んだ。
その直後、龍をかたどった溶岩が地面から飛び出して空に舞い上がる。
「あらら、ずいぶんと長いわね~。だけど残念、私には当たらないわ」
攻撃を避けるために動いたのに、この空間は解除されない。
真空攻撃とは違って、そこまでの集中力は必要ないってことか。
(それがどうした。最初から狙いは攻撃の解除じゃない)
溶岩の龍をあやつって、ヤツを襲わせる。
そのスキに、いも虫みたいに体を這わせて、溶岩が飛び出してきた穴の中へと飛び込んだ。
この穴、深さはおよそ二百五十メートル。
つまり、この穴の底はヤツの攻撃範囲外のはず。
重力にまかせて落下して、底につく直前に「水球」を発動。
体をすっぽり覆うくらいの水をクッション代わりにして、無事に底へと到着した。
「……ふぅ」
穴の中も空気薄いけど、さっきまでよりずっとマシだ。
顔からの出血も頭痛も息苦しさも、完全に収まった。
ヤツの攻撃の範囲から出られたんだ。
(……さて、もちろんこのまま逃げるつもりはないよ。ここから反撃だ)
そのためには、考えないとね。
【治癒】と【風帝】、二重の壁を突破してアイツを殺す方法を。




