112 頼れるお姉さん
「ぁんだよ、怖い顔でにらむなよなぁ……。この広場がなんなのか、疑問に答えてやるってのにさぁ……」
だるそうに立ち上がったルーゴルフが、広間の真ん中まで歩いてきた。
様子のおかしいリアさんは、入り口の扉を背に、槍を持って立ちつくしている。
「ここは処刑場……。死罪となった罪人を、捕らえたモンスターと死ぬまで戦わせ、それを見物する。最高のエンターテインメントが行なわれてた場所さぁ……。ま、これは数百年前の血塗られた歴史、今じゃ比較的罪の軽い囚人用の運動場だけどね……」
完全に罠にハマった。
この状況、最悪に近い。
なにより、ベアトがここにいるってことが最悪だ。
アイツらの狙いの一つがベアト。
もう一つは多分、私の命。
敵はどっちも全力で狙ってくる。
どっちも絶対にくれてやらないけど!
「リアさん、そこをどいて!」
「……」
私の呼びかけに、リアさんは全く反応を返さない。
槍を片手にぼんやりと立ったままだ。
「ねえ、なんとか言ってよ! まさか最初から、アイツらとグルで——」
「落ち着け、キリエ。今のあの人の様子、正気とはとても思えないぞ」
「……っ!」
トーカの言葉に、ベアトもコクコクとうなずく。
そうだ、ピンチの時こそ冷静に……。
「そういやアイツのギフトは【使役】……。まさか!」
「正解出すの遅すぎだってぇ……、ふぁ〜あ」
やっぱりそうか。
あくびをしながら肯定してくださったよこのクソ野郎が。
「つまりどういうことなのです?」
「私の【沸騰】と同じ。魔物を操るギフトだって思いこみは捨てるべきだった、ってことだよ」
「アイツのギフトはあくまでも【使役】。操る相手は魔物に限らないってワケだな」
リアさんが操られて、利用されるなんて……。
魔物を操る能力だって思い込んでた私のミスだ。
「ふわぁ……、もういいだろ……? 答え合わせが終わって、スッキリしただろ……? 心置きなくあの世に行けよ」
ルーゴルフが腕を高々とかざす。
腕輪にはめられた勇贈玉が輝いて、
「召喚」
広場中に魔法陣が広がって、そこから大量の魔物が現れた。
特に目を引くのが、四体の巨大なキマイラだ。
王都で見せた極太ビーム、まさかこんな地下で撃たないよね……?
「ま、まずいのです……! ジョアナさん、なにかアイデアないですか!」
メロちゃんがあわあわしながらジョアナにすがりつく。
ピンチの時こそ余裕のふりを心がけてる私でも、今回ばかりはうっかり弱音を吐きそうだ。
「落ち着いて。まずは逃げることを第一に、ベアトちゃんとメロちゃんの身の安全を考えて行動しましょう」
「逃げることを第一に、か……」
さすがジョアナだね。
その一言で一気に冷静になれたよ。
さて、まずは状況の確認だ。
この広間、出口はリアさんがふさいじゃった一か所だけ。
召喚されたモンスターたち、軽く五十体以上いるな……。
このまま乱戦になったら、連れ去るのが目的のベアトはともかく、メロちゃんが確実に殺される。
……と、なれば。
「正面突破、しかないよね」
地面に手をついて、思いっきり魔力を流し込む。
「させると思うのかぁ……? 行けぇキマイラぁ……。聖女の片割れ以外皆殺しにしてこい……」
ルーゴルフの攻撃命令で、一気に四体のキマイラが襲いかかってきた。
巨体がうなりを上げて、猛然と突進してくる。
けどね、こんなヤツらただの的だ。
射程内に入った瞬間、
「アンタさぁ、私からベアトを奪えると本気で思ってる?」
真下の地面が赤熱して、四本のマグマの柱が立ち昇る。
遠隔破砕、溶岩バージョンだ。
勢いよく噴き出したマグマが、キマイラの腹から背中にかけてを貫通。
内臓を焼かれる痛みに、赤ん坊の泣き声みたいな気味悪い断末魔がひびいた。
「エエェェエェェンッ!!」
「ゥエエェェェェェッ!!」
ズゥゥゥゥゥゥン……!
四つの巨体が砂けむりを上げて横たわる。
よし、これでモンスターの戦力がガクっと落ちた。
戦力補充される前に、このまま広間の外に飛び出して……。
「キリエ、後ろっ!」
ガギィィィ……ッ!
トーカの叫び声、続いて金属音。
振り向けば、私にむかって突き出されたリアさんの槍を、トーカのバスターガントレットが受け止めていた。
「トーカ……!」
「頼れるお姉さんがいるからって、あんま油断してんなよ!」
ここの地面は砂地。
【機兵】の材料になる砂鉄も山ほどあるってわけか。
両手にまとったガントレットのひじの部分が展開。
ブースターがせり出して、筒の中から火が噴き出した。
「おらああぁぁぁぁぁっ!!」
リアさんの体を押したまま、扉にめがけて猛突進。
魔物を蹴散らしながらカギのかかった木の扉をブチ破り、リアさんを背中から廊下の石壁に叩き付ける。
ドゴォォッ……!
「今のうち!」
「さっすが姉貴分! ベアト、メロちゃん、ちょっと揺れるけどがまんして!」
このチャンスは逃せない。
ベアトをおんぶして、メロちゃんのローブの背中あたりを左手でつかみ上げた。
同時にジョアナにアイコンタクトを送って、同時に走り出す。
「ちょっ、あたいの扱い雑じゃないです!?」
「ごめん、片手しか空いてない!」
右手はおぶったベアトの太もも支えてるからね。
緊急時だしカンベンして。
ジョアナの放った風の刃が、入り口をふさぎにきた魔物を斬り裂いて、壊れた扉までの道を切り開く。
そのスペースを一気に駆け抜けて、私とジョアナは廊下まで飛び出した。
「トーカも、急いで!」
「……ごめん、きびしいかも」
リアさんと押し合いながら、トーカが苦しげな声で答えた。
あの人、トーカの突進でも気を失わないどころか、抑えにかかったトーカを逆に押し返してる。
「ちょっとでも力を抜いたら、押し切られそうで……」
まずい、このままじゃトーカが敵のど真ん中に置き去りになる!
急ブレーキをかけて反転しつつ、
「トーカっ! 待ってて、すぐに手を貸し——」
「バカっ!」
助けにいこうとしたら、怒鳴られた。
「なに止まってんだ! お前が一番守りたいのは誰なんだ! 自分の中の優先順位を忘れんな!」
「その通りよ、キリエちゃん。ベアトちゃんを守るんでしょ」
ジョアナが私の肩を、軽く叩く。
それから、穏やかな笑みを浮かべて。
「大丈夫、トーカさんは死なせないわ。私が残って彼女を助ける。必ず追いつくから、行きなさい!」
「ジョアナ……。わかった、先に行ってるから、絶対追いついてきて」
「トーカっ! 絶対、絶対追いかけてくるですよ! 絶対生きて、また会うですよ!」
「心配するな、メロ! さあ行け!」
リアさんと押し合うトーカを助けるために、走っていくジョアナ。
二人をその場に置いて、私は走り出す。
泣き出しそうな顔のメロちゃんをぶら下げたまま。
「はぁ……、追いかけるとかメンドクサ……。作戦だからやるけどよぉ……」
「……っ、ルーゴルフ……!」
その直後、小さなキマイラに乗ったルーゴルフが廊下に飛び出してきた。
私めがけて走りながら、ついでとばかりにトーカに攻撃をしかけるけど、ジョアナのウインドエッジが飛んできて断念。
風の刃をひらりとよけて、一瞬チラリとジョアナを見たあと、私のあとを追いかけてくる。
「トーカたちを見逃した……! 狙いはあくまで私たちってわけか……!」
「アイツらかまってお前ら見失ったらバカだからなぁ……。ちっ、そこまでわかってんなら大人しく捕まれよな……」
最後のほうブツブツ言ってるけど、丸聞こえだからな。
誰が捕まってやるもんか。
私の命も、もちろんベアトも、お前なんかに渡してたまるかよ。




