第54話 侵入とな?
ドーレス領に到着してから、俺たちは非常にスムーズに領主邸に行くことができた。
それはもう、あっさりしすぎて怪しく思ってしまうほどに。
マルタのような人魚が珍しいということもあるだろうが……うーむ、どういうことなのだろうか?
人魚と付き合いを持ちたい? 人魚を攫うような奴からすれば、それは魅力的なのか?
……人間を海中に引きずり込むような亜人のどこがいいのかさっぱりわからん。
まあ、他の人間の考えなんてどうでもいいや。
今回、俺はマルタの後ろでボーっとしていればいいや。
「ようこそ。お待ちしておりましたよ、人魚さん」
案内された部屋で待ち構えていたのは、一人の男だった。
ニマニマと笑っているが……うわっ、こいつクズの匂いがするぞ。
パメラと同じくらい信じることができないな。
『同族嫌悪かな?』
俺はクズじゃなくてイケメンなんだよなぁ……。
『全然関係ないこと言ってる……』
「いやー、人魚を見るのは初めてです。私はマクシミリアン・ドーレスと申します。どうして私のところに来ていただけたのかわかりませんが、いやはや嬉しいものですな」
目の前の男……貴族のマクシミリアン・ドーレスがにこやかに笑いながら自己紹介をしてきた。
……正直、シルクを保有していた髭面のデブも貴族だったし、貴族に良い感情がないんだよなぁ。
もちろん、他者を虐げているからという崇高な理由ではなく、普通に俺に迷惑をかけてくるから。
シルクを保有していた貴族……もう名前忘れてしまったが……も、俺に迷惑かけなかったら好きにしてくれていてよかったんだよ。
どうして俺を巻き込んだんだ……。
そして、このマクシミリアンも、その名前を忘れた貴族と同じ匂いがする。帰りたい。
ただ、幸いなことに、マクシミリアンは俺とマガリをただの付き添いとしか思っていないようで、人魚のマルタを値踏みするように凝視していることから、今回は蚊帳の外でいられそうだ。
「……嘘でしょ? 君は見慣れていると思うんだけどなぁ」
「おや、どういう意味ですかな?」
「どういう意味だと思う?」
「…………」
……ボーっとしていたら、マルタとマクシミリアンの間で冷たい空気が流れていた。
ふっ……俺が関係しないのであれば、別にどうなっていてもいいぞ。
人間を軽く串刺しにしてしまえる恐ろしい人魚、シルクの時の面倒な髭面デブと同類の貴族……どっちも倒れてしまえばいい。
「何を勘違いされているのかわかりませんが、私は人魚を見るのは初めてですよ。なぜなら、あなたたちが人前に出てこないじゃないですか」
「確かにそうだよね。僕たちは人前に姿を現さない。……どうしてだと思う?」
興味ないぞ。
人前に姿を現さないんだったら、どうして俺と出会うようなことをしたんだよ。
出会わなければ、こんな苦しい思いをしなくて済んだのに……!
『まるで恋に苦しんでいるかのような独白だね』
俺は恋しているぞ。
働かなくて自由に気楽に贅沢に暮らせる生活をな。
「それはね、僕たちが人間の間で高値で取引されるからだよ」
……こんな化け物を高値で? どういう頭してんだ?
『お前だよ。人魚を化け物扱いってどういう頭しているの?』
見た目が良くて歌も歌えるから? 危険しかないよなぁ……。
まあ、俺は関係ないからどうでもいいや。
「僕たちが捕まってしまえば、奴隷市場では本当に高値で取引される。だから、僕たちを買おうとする人間もいれば、売り飛ばそうとする人間もいるわけだよ」
つまり、マクシミリアンが奴隷として売買するために人魚を攫っているということか。
わっかりやすい悪役だな、おい。
「……それが、何か?」
「……どうして僕がこんな話をしたか、聞かないとわからない?」
ニコニコと笑い合いながら見つめ合うマクシミリアンとマルタ。
……マルタ、こんな胃が痛くなりそうな会話もできるのか。意地が悪いんだな。
何か印象と違うが……どうでもいいか。
「ふーむ……そうまでおっしゃられるのでしたら、当然証拠があるのでしょうな?」
ニヤリとあくどい笑みを浮かべながら、マクシミリアンが押してくる。
……そういうこと言うやつって、大体悪い奴なんじゃない?
「先日、僕たちの集落に人間の侵入者が現れてね。捕まえて話を聞けば、マクシミリアン・ドーレスの名前が出てくるじゃないか。これは、何も知らないはずがないと思って、ここに来た次第だよ」
マルタはその証拠となる出来事を話す。
証拠にしては弱いと思うが、しかし名前が出てきたということは疑いがかけられても当然だろう。
俺が疑いをかけられる方だと許さんがな。貴族はどうでもいいや。冤罪がふっかけられていたとしても。
「それは、戯言ですな」
しかし、やはり証拠が弱いのだろう。
マクシミリアンは余裕を持って切り捨てていた。
「おそらく、本当の依頼主のことを言う訳にはいかないと、嘘の証言をしたのでしょう。私も恨まれる覚えがいくつかありますからな。いやはや、しかしこのようなことで責められては堪りませんなぁ……」
厭らしい言い方だなぁ。
もし、その言葉が俺に向けられていたとしたら、ブチ切れそう。
マルタに向けられたものだから、別にいいけど。
「……それで? 証拠は?」
「……そっか。君はそういう態度をとるんだね、マクシミリアン」
……めっちゃギスギスしてる……。
ちっ。気分悪いし、さっさと帰らせてくれないかなぁ?
代わりにマガリを置いて行くからさぁ……。
「いいよ。ここは引かせてもらうよ」
お? 終わりか?
よし、ここでマルタとも別れて人魚と縁切りだ。
「おっと。私に濡れ衣を着せようとしたのです。何もなしで帰すわけにはいきませんなぁ。こちらにも、体裁というものがあるわけでして……。是非、マルタどのには残っていただきたい。それに、そちらの御嬢さんも……」
しかし、鬱陶しいことにマクシミリアンはマルタを呼び止める。
無礼なことをしたのだから、何か返せということだろうか?
とはいえ、彼がマルタに向けている視線の色からして、何を求めるのかは簡単に想像がつく。
……確かにマルタの容姿は整っているが、どうして見た目だけで判断してしまうのだろうか?
人を串刺しにするような女だぞ? 人は見た目より中身なんだよなぁ……。
これが分かっていないとは、嘆かわしいものだ。
それに、マクシミリアンはチラリとマガリを見ているのだから、もはや救いようがない。
こいつの内面、汚臭が凄いドブ並だぞ?
「ああ、僕はともかく、その人に手を出そうとするのは良くないんじゃないかな? 君は王国の貴族だろう? 王族に逆らうのかい?」
「は?」
マルタの言っていることがわからないと目を丸くするマクシミリアン。
「この人、聖女様だよ」
そのすぐ後、マガリが聖女であるということを教えられて、顔を蒼白にさせていた。
どやぁ……。今まで完全な空気と化していたマガリがドヤ顔を披露する。
お前、聖女は嫌だって言っていただろ。
「本当にあなたは人魚の誘拐に関与していないんですよね?」
「も、もちろんです!」
気分がいいのか、自分も人魚のことなんてどうでもいいと思っているくせに、そんなことを尋ねる。
マクシミリアンは慌てた顔で頷いた。
いくら貴族でも、王族に聖女として任命されたマガリには強く出ることはできないようだ。
……ちっ。
「し、失礼しました。しかし、聖女様はともかく、人魚どのには……」
マクシミリアンはマガリのことは諦めたようだが、それでもマルタのことは諦めきれないようだった。
バカ! 諦めるな! 男なら両手に華ということで二人ともねらえ!
「……まあ、また明日来るよ。その時に、色々詰めて話をしようよ」
「ええ、わかりました」
マルタが言えば、マクシミリアンもあっさりと頷いた。
逃げなければ明日でもいいということか?
とりあえず、この場は終わりのようで、あっさりとマクシミリアンの部屋から抜け出すことに成功した。
結局、俺がいる意味あった? ないよね?
「……終わりか?」
内心ウッキウキになりながらマルタに尋ねる。
じゃ、ここで解散ということで。
お疲れっしたー。
「ううん、あいつは否定していたけど、絶対に関与しているはずだよ」
「どうしてそう言えるんだ?」
止めろよ……止めろよ……。
面倒くさいんじゃ。マクシミリアンは無罪! はい、終わり!
「人魚は同族の居場所が何となく分かるようになっているんだ。広い海で生活しているから、たとえはぐれてもすぐに合流できるようにね」
そんな都合の良い特殊能力あるの!?
やっぱり化け物じゃないか……。
「それで、この近くにその同族の反応があった」
あったんですか……。
マクシミリアン、人魚を売買している(であろう)くせに、どうしてこんなに人魚に関して無知なんだ。
人魚同士が居場所分かるっていうんだったら、何とかしてわからないようにしろよ。
それか、ほいほいマルタをおびき寄せてんじゃねえよ。馬鹿かよ。
「もう知っていると思うけど、人魚は人前に出ることすらほとんどないのに、人間の街にいるはずなんてないんだ。つまり……」
「そうか……」
マクシミリアンの馬鹿! 無能か! もう知らない!
「だけど、これからどうするんですか? 証拠はないんですよね?」
マガリもこれ以上突っ込むのは嫌なのか、そう言って踏みとどまろうとする。
……いや、こいつのことだ。俺を身代わりにして自分だけは逃げようとしているに違いない。
汚い、流石聖女汚い。
「うん。多分、これから言い合っていてもらちが明かない。マクシミリアンの僕を見る目もあれだったし……だから……」
マルタはニッコリと微笑んだ。
「今日の夜、忍び込んじゃおう」
貴族邸に侵入とな?
ばれたら間違いなく牢獄にぶち込まれ、下手をすれば死罪になってしまうんだが?
『白目剥くなよ……』
魔剣の呆れた声が、どこか遠くから聞こえてくるようだった。




