第48話 欲しいもの
死ね。
『ご、ごめんって……』
俺は船の上に乗りながら、魔剣に凄まじい怒りを抱いていた。
もちろん、魔剣が意思を持って会話をすることができるとはマガリ以外の誰も知らないので、表面上の俺は穏やかな顔つきである。
内心は荒みまくっているがな!
今、俺は漁村にあった船に乗せられて行きたくもない人魚の集落へと向かっていた。
人魚は何か特殊な力を使っているらしく、船に乗ると自然に動き出して目的地に進んでいた。
俺が乗っている船以外にも、ヘルゲや数人の騎士が乗る船も一艘あった。
はぁ……帰りたい……。
「ふふ。潮風が気持ちいいわね、アリスター」
俺と同じ船に乗り、潮風に長い紫がかった黒髪をなびかせながら、優しい笑顔を浮かべるマガリ。
傍から見れば、まさに美しい聖女のような笑顔であったが……。
「(ざっまあああああああああ! 私を置いて一人だけ逃げようとするからこうなるのよ! ナイス、魔剣!)」
『いや、僕聖剣!』
あいつの本性を知っている俺からすれば、憤りこそすれど見惚れることなんてなかった。
別の船から、ヘルゲが頬を赤く染めながらマガリを見ている。
船に乗る時も彼に譲ろうとしたのだが、間近で苦悩している俺を見たかったからか、マガリに引き留められてしまったのだ。
ちくしょう……。どうして世界はこんなに残酷なんだ……。
イケメン聖人の俺には、普通優しくあるべきではないのか?
「マガリ、君は身体が強くないんだから、あんまりはしゃがないように……ねっ!」
「ふぎゅっ!?」
ムカついた俺は少しでも溜飲を下げようと、立っていたマガリを思い切り後ろに引っ張った。
すると、背を強かに打ち付けて悲鳴を上げる。
ざっまああああああ!
実際に、マガリは身体が強くなく、もやし女なので嘘は言っていない。
「し、心配をどうも、アリスター……!」
「いやいや、気にしないでくれ」
にこやかに微笑みあう俺とマガリ。
後ろ手にお互いの腕をつねり合っているが。
いたたたたたっ!? 爪を立てるのはなしだろ!?
激しい格闘を繰り広げていると、俺たちの船を動かしているパメラが笑いかけてきた。
「うふふっ。お二人は本当に仲がよろしいんですね」
「「まったく」」
思わず、俺とマガリの返答が被ってしまった。
よかった。あいつが仲が良いとか嘘でも言いだしていたら、失神していたかもしれない。
『仲良しじゃないか……』
声がそろったことで、魔剣がそんな浅はかな感想を漏らす。
逆に考えるんだ。息が合ってしまうほど嫌いあっているんだと。
「(こいつと仲良くするくらいだったら、シルクに付き合って演劇をする方がましだ)」
「(私もよ。あなたと仲良くするくらいだったら、エリアと一日デートを我慢した方がましだわ)」
マジ?
じゃあ、仲良くなってもらおうかな?
四六時中エリアといたら、マガリは衰弱しそうだ。面白い。
『君たち、失礼って言葉知ってるかい?』
別に、シルクのことが嫌いってわけじゃないぞ?
グレーギルドとの戦いに巻き込んだことは許さないし、好きというわけでもないが。
ヤバい奴らと戦わないといけなくなったのも、8割方魔剣のせいだし。
「…………」
そんな風に船の上で過ごしていた俺を、パメラはじっと見ていた。
……いや。これは俺じゃなくて……魔剣を見ていたか?
なに、欲しいの? あげるよ? ただで。
「着きました。ここが、私たちの集落になります」
パメラの言葉通り、すいすいと進んでいた船が止まった。
「おぉ……!」
別の船に乗っていたヘルゲたちが、感嘆のため息を漏らしている。
……そんな感動するほどのものでもないと思うんだけど。
そこは、人魚たちの集落……海の上にある筏の集合体であった。
いくつもの筏が結合しており、細い筏は道のように連なっているし、大きな筏の上には家まで建っていた。
嵐などが直撃すれば、あっけなく瓦解してしまいそうだし、そうでなくてもどこぞに流されてしまいそうだが……まあ、そのあたりはどうにでもしているのだろう。
いやー、魔法って便利なんだな。
俺も面倒くさいけど、いくつか覚えておいた方がいいかもしれないな。
先ほど漁村にパメラたちがやってきたように、下半身を人間のものにして筏の上に立っている者もいれば、下半身だけを海に浸からせて筏に上半身を投げだして会話をしている者もいる。
それらが、皆人魚というのは、ヘルゲたちにとっては非常に魅力的な光景のようで、食い入るように見つめていた。
上半身は美人だから気持ちは分からんでもないが……あいつら、半魚人だぞ? そんな魅力的か?
歌で人を惑わして海の藻屑にするような連中だぞ。
怖くて近寄りたくないわ。
「あ、パメラ様!」
「パメラ様ー!」
俺たちの来訪に気づいた人魚たちが、視線を向けてくる。
人間の俺たちを異物を見るような目で見る人魚も確かに何人かいるのだが、それよりも圧倒的に多いのはパメラに対しての歓声だった。
人魚たちのリーダーらしいが、なるほど慕われているようだ。
マルタも言っていたことだが……俺はどうにもこの女のことを信用できないんだよなぁ。
チャームなんてかけてくるからだ。
もう、未来永劫パメラを信頼することはないだろう。仕方ないね。
「凄い人気ですね」
「ふふっ、ありがとうございます」
マガリとパメラが会話をしている。
別に興味はないので、手持無沙汰に人魚たちの集落へ目を向けていく。
確かに皆そこらにいる奴より容姿が整っている気がするが……金持ちで甘そうな奴はいないな。
いや、いたとしても半魚人だからなぁ……。
亜人とか俺は別に気にしないのだが、人間を海に引きずり込むような連中は流石にダメである。
そんなことを考えながら辺りを見渡していると、一人人魚の中に知った顔を見つけた。
マルタだ。
「あ……」
ひらひらとマルタに手を振ってみる。
彼女も俺の姿に気づいたようだった。
マルタは一瞬顔を輝かせたが、俺の近くにパメラがいることを視界に収めると、彼女はふいっと顔を逸らした。
おい、ふざけんな。何か俺が独りでに手を振っている痛い奴みたいになるだろうが。
「では、聖女様と勇者様も来られたことですし、歓迎の意を込めて歌を歌わせていただきますわ」
「えっ!?」
イライラしていると、パメラが馬鹿みたいなことを言いだした。
おい、止めろ。人魚の歌ってヤバいやつなんだろう?
「い、いえ、そのお気持ちだけで十分ですわ」
マガリもその考えにいきついたのか、汗をダラダラと流しながら断りを入れる。
「そうおっしゃらず。では、歌いますね」
だが、パメラには通用しなかった。
ひぇ……っ。
震えあがる俺をよそに、パメラは口を開いて歌を歌い出すのであった。
「――――――」
その歌は素晴らしかった……んだと思う。
実際、護衛としてついてきていたヘルゲも、ボーっと呆けるようにして聞きほれていたし。
だが、俺はどうしても好きになれなかった。
それは、マガリも同じのようで、ニコニコとしているが内心嫌そうにしているのを察した。
そんな俺たちを、マルタが遠くから驚いたように見ているのを、なんとなく認識するのであった。
◆
「……あの男、チャームが効かなかったわね」
聖女とその関係者たちを集落に招き入れた夜、一人になったパメラは呟いていた。
彼女の頭の中にあるのは、聖女でも騎士たちでもない。
聖女と非常に親しげな様子を見せていた、あの男……アリスターのことである。
「もう効力が薄れているのかしら? 魔道具だから、もっと長持ちすると思っていたのだけど……使いすぎたかしら?」
はあっとため息を吐きながら、彼女はペンダントを手に持って呟く。
チャームは強力な魔法で、非常に有意義に使うことができるので頻繁に利用していたのだが……使用回数の限界だろうか?
アリスターに……男に効かなかったというのは、少々面倒だ。
自分の魅力に狂わない……というのは少し面白くないが……。
「まあ、あの男のことはどうでもいいわ。私が欲しいのは……聖剣」
パメラの頭の中にあるのは、アリスターではない。
彼の持つ、黒々とした聖剣である。
「ああ、世界に何十本もあるということはなく、王国の国宝とも言える武器! いくらお金を積んだところで、手に入れることはできない至高の宝! 欲しい、欲しいわ……!」
声を張り上げ、まるで恋する乙女のように顔を紅潮させるパメラ。
その表情は非常に魅力的なのだが、目はドロドロと欲望に溺れて薄気味悪さを与えてくる。
「絶対にもらってあげる。私が欲しいんだもの。渡してくれないと……嘘よね」
うっすらと笑みを浮かべるパメラ。
彼女の魔の手は、アリスターに向かおうとしていた。
「……でも、あんなに禍々しい雰囲気を醸し出しているのが聖剣なのかしら?」
パメラは最後に不思議そうに首を傾げていた。




