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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第二章 望まぬ行幸編

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第47話 言語すらも

 










「ぐはぁっ!?」

『えぇっ!? いきなりどうしたの!?』

「ど、どうかされましたか……?」


 俺はいきなり膝から崩れ落ちた。

 魔剣もパメラも困惑の声を漏らす。


 一方、マガリだけは俺を胡散臭そうに見ていた。心配しろや。

 だが、まあ仮病なので本気で心配されたら気持ち悪いのだが。


「ああ、すみません……。実は、私の持つこの剣があるんですが……」

「ええ、それは知っていますとも」


 俺は、ハアハアと息を荒げながら、諸悪の根源である魔剣を見せる。

 すると、パメラはすぐに頷いた。


 彼女の瞳の中に、一瞬きらりと光が灯ったような気がしたが……まあ、どうでもいいや。

 もし、これを欲しがってくれるんだったら、タダであげるし。


「これは、持ち主にとてつもない負荷をかけるものでして……。その負荷が、今になって襲って来たようです。これでは、あなたたちの元に行けそうにありませんね……」

「っ!?」

「まあ……」


 俺がそう告げると、マガリがぎょっと目を見開き、パメラが口に手を当てて驚く。

 ふっ……言ってやったぜ。


 必殺・仮病。これによって、俺は人魚の集落に行く必要がなくなり、マガリだけがそこに突撃するということになる。

 マルタは否定していたが、人魚が人間を引きずり込むという印象は俺の中でまったく薄れていなかった。


 あんな初対面の女の言葉で、警戒を全て解くほど愚かではない。

 危険な半魚人の中に埋もれて逝け、マガリ。


「だから、すまないな、マガリ。君一人で行ってきてくれ」

「っ!? っ!?」


 激しく狼狽しているマガリ。

 そんな彼女に、俺は今日最高の笑顔を浮かべるのであった。


「お、おほほ。何を言っているのよ、アリスター。私とあなたは一心同体。離れることなんてありえないわ」

「そんなものになった覚えはない」


 脂汗をダラダラと流しながら、わけのわからないことをのたまい始めるマガリ。

 俺とこいつが一心同体? だったら、殺してくれ。


「聖女様! 私がお供いたしますので、ご安心を!」


 そんなマガリに声を張り上げるのが、ヘルゲである。

 いいよー、ヘルゲくん。恋は積極的にいかないとね。


 ここで消極的になっていたら、エリアに取られてしまうかもしれないからね。

 うむ、もっとグイグイ行きなさい。


 俺のアドバイスが効いているようでなによりである。


「え、ええ……(この裏切り者がああああああああああああああっ!!)」

「(そもそも仲間になった覚えがないんだよなぁ……)」


 もちろん、ヘルゲにつれない態度をとることもできず、マガリは曖昧な笑みを浮かべる。

 アイコンタクトで罵倒し合っているが、俺の心には余裕があるし愉快である。


 そう思っていると、パメラが俺の前に出てくる。

 なんだぁ、テメェ……。


「そうですか。……どうしてもダメですか? 私、聖女様はもちろんですが、あなたにも是非来てほしいと思っているんです」


 そう言うと、パメラはニッコリと笑みを浮かべた。

 それと同時に、村人たち……とくに男たちが骨抜きにされたようにだらしない顔をして腰砕けになっていた。


 俺にも、なんというか……むわっとした変な波動が当たったような気がする。


『あ……まずいかも、アリスター』


 魔剣のそんな言葉を聞きながら、俺はパメラの顔から目が離せなくなる。

 そして、俺の思ったことは……。











 え、何この笑顔……気持ち悪っ。


『えぇ……』


 なんだろう、この背筋からゾワゾワとするような笑顔は。薄気味悪い。


「(いけ好かない笑顔ね、アリスター)」

「(久しぶりに意見が一致したな、マガリ)」


 俺とマガリが頷き合う。

 いくら容姿が整っていようが、こういう笑顔を浮かべる奴はどうにもモヤモヤして気持ちが悪い。信用もできないな。


 ……別に俺は自分以外の人間を信用したことないからあれなんだけどさ。

 まあ、何と言うか……こいつの内面は、村人たちが骨抜きにされている美しい人魚とは、また違った気がしたのだ。


 俺は、俺の直感を信じる。


「ね? 私たちの集落に来て、私のお友達になってくれないかしら?」


 俺の心境を察することのできないパメラは、なおも気持ちの悪い笑みを浮かべて俺の手をとってくる。

 さらに、何とも言えないおかしな波動を身に受けるが、俺の答えは決まっている。


「えーと……遠慮します」

「えっ……?」


 俺の返答にキョトンとしたパメラ。

 まるで、何と言われたか飲み込めていないようだった。


 しかし、ようやく飲み込むことができたのか、ハッと顔を上げた。


「ど、どうしてかしら? 人魚のお友達は、いて損はないと思うけど?」


 ……そう言えば、人魚ってほとんど人間の前に姿を現さないんだったか?

 だからこそ、海沿いの村人である彼らも、人魚がやってきたということで大騒ぎしていたんだし。


 まあ、だからと言って友達になりたいなんて思わないけど。

 売り飛ばしていいんだったら友達になるけど、それをやる勇気もないし、絶対に魔剣も許さないだろうしなぁ……。


 それに、人魚の友達と言えば……。


「あー、いや……もう人魚の友達、できちゃったんですよね。だから、いいです」

「な……っ!?」


 俺の言葉に、今度こそその笑顔の仮面をはがして愕然とするパメラ。

 人魚の友達……そう、俺は昨夜遺憾ながらそういう関係になった人魚、マルタがいる。


 今すぐに絶交したいが、今は役に立ったな。


「(あなた、いつの間にそんな面白そうなことしていたの? 私も呼びなさいよ。あなたを見て嘲笑ってあげるから)」

「(一応、そう言うと思って昨日の夜に石を投げつけたんだけどな)」

「(あれお前のせいか! ビビったしちょっと寝られなくなったのよ!!)」


 くくくっと笑っていたマガリが、急に怒りの表情に変わる。

 情緒不安定? 怖いなぁ……。


「わ、私の提案を……拒否した……? そ、そんな……」


 パメラの狼狽ぶりが、俺の想像以上だった。

 フラフラと足元がおぼつかないし、汗も出ている。


 ……何でそんな狼狽しているんだ?

 断られることくらいあるだろ。


『あー……それなんだけどさ』


 魔剣が何かを知っているようで、そんな声をかけてくる。

 何だよ? 理由があるのか?


『多分だけど、断られるのが初めて……とまではいかなくても、非常に珍しいんじゃないかな?』


 今度驚かされたのは、俺の方だった。

 そんなに甘やかされていたの、こいつ?


 俺もイケメンフェイスと善人の演技でほとんど断られることはなかったが、中には断ってくるような連中もいたぞ?

 断った連中は絶対に忘れないし、本当に困っている時に絶対に助けないけどな。


『いや、そうじゃないよ。君、何か嫌な予感がした……みたいなことを考えていただろう? まさに、それだよ』


 うん? 確かに、パメラの笑顔がどうにも受け付けなかったが……。


『彼女……パメラだっけ? 彼女、強力なチャームの魔法を使っているね。だから、今まで自分の要望したことを拒否された経験があまりないんだね』


 今、とんでもない言葉が聞こえた気がした。

 ……チャーム? 魔法?


 それ、俺に使われたの?


『そう。相手に恋に落ちたような感情を与えて、自分の意のままに操る魔法だよ。基本的には異性にしか効かないから、ここでも男の村人しかメロメロになっていないんだ』


 …………強力じゃないか!?

 そ、そんな危険な魔法を俺にかけてきてやがったのか……!?


 下手をしていれば、俺もパメラの意のままに操られる人形になっていたのか……?

 ふざけるなよ……! 俺が人を使ってもいいが、他人が俺を使っていいわけがないだろうが……!


『異性の君も、魔法耐性の訓練を受けていないから普通チャームに囚われるはずなんだけど……そのチャームを自力でレジストしたのがさっきの君だよ。凄いね。チャームって素人がどうこうできるようなものじゃないのに』


 えっ、そうなの?

 別に俺は特別なことをしていないのだが……。


 ふっ……俺の精神力が強靭だということか。妥当だな。

 ただイケメンであるだけでなく、精神も立派とは……自分で自分が恐ろしい。


『いや、君グレーギルドと相対しただけで泣いていたじゃん』


 黙れ。


『でも、これで見過ごすわけにはいかなくなったね』


 …………え?

 魔剣の言っていることがわからない。


 いや、わかりたくないんだ。

 こいつの無茶振りに、また振り回されてしまうということが分かっているから……。


『チャームの魔法を使って要求をのませようとすることは、何か目的があるということだ』


 そ、そうだね。だからこそ、ここは相手の要求に応じずにいるべきでは?

 諦めない……俺は諦めないぞ……!


 シルクのために犯罪組織であるグレーギルドと正面衝突をした。

 もう、それで十分だろ?


 俺の人生で為すべき善行は、それだけで十分のはずだ。

 これ以上、俺に苦しみを与えないでくれ……。


『普通だったらそれでもいいんだけど……彼女の家名を聞いただろう? ピラーティ……マルタと同じだ』


 だが、魔剣は俺を崖っぷちに追い込んでしまう。

 止めろ! こんな展開、誰も望んでいない!


 家名がマルタと同じだからって、なに? 昨日会ったばかりの奴のことなんか、考える必要ないじゃん。


『ダメに決まっているだろ! 聖剣の持ち主は、勇者だ! 人を助けるんだ! さあ、虎穴に入らずんば虎児を得ず。行くよ!』


 ふざけるな! 俺は虎児なんて得たいと思ったことは一度もないぞ!

 だいたい、勝手に寄生してきているくせに、何が勇者だ!


 そういった志を持つ奴に乗りかえればいいだろ!


『適合者が遺憾なことに君しかいないんだから仕方ないじゃん!』


 仕方なくねえ!

 嫌だ!! 今度は頭痛には屈しないぞ!


『だったら、無理やり口を操ってやる!』


 えぇっ!?

 そうか……! こいつ、人に苦痛を与えるだけでなく、身体を……いや、言語すら操ってくるのか!


 本当に聖剣名乗ることできないぞ、お前!?


「あ、あの……」


 俺の口が意図せず動き出す。

 パメラやマガリも怪訝そうに見つめてくる。


 や、止めろおおおおおおおおおおおっ!!


「俺も参加サセデいただきマす」


 うわあああああああああああああああああああああああ!!

 片言で言葉を発した自分に対して、激しく絶望するのであった。




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