第26話 今なんて言った?
私はマガリ。外面が完璧な美少女よ。
何がどうなったか知らないけど、私が聖女とかいう最悪のポジションに選ばれたらしく、王都に連れてこられた。
まあ、アリスターが邪魔しなかったら逃げられたんだけど。
そのこともあったし、彼が自分を差し置いて幸せになることなんて到底認められなかったから、何とかして道連れにした。
ヘンテコな剣を持ち出してきたときは本当に愉快だったわね。
その剣が国にとって重要なものらしく、アリスターは王都に留まらざるを得なくなった。
それは喜ばしいことなのだが、逆に言えばその剣のことが解決してしまえば、彼は大手を振って故郷に帰ることができる。
そうすると、私だけが不幸になってあいつが幸せに……それだけは認められない!
だからこそ、今の私がするべきことは、アリスターの元に行ってイライラしているであろう彼を見て嘲笑いつつ、彼をここに引きずり込むための謀略を考えることなのだが……。
「国王陛下! 今代の聖女様であらせられる、マガリ様をお連れしました」
「うむ」
「…………」
どうして、私はこの国のトップである国王と向かい合っているのか。
え、ちょ……いきなりすぎない? 冷や汗が止まらないんだけど。
何とか鍛え上げてきた演技力で不様をさらすことはしていないけど、へたり込んでしまいそうなんだけど。
「初めましてじゃな、聖女よ。ワシはこの国の王を務めている者じゃ」
「は、はい、マガリです……」
自己紹介されなくても知ってるし!
知らないのはアリスターくらいよ!!
あぁ……正直、私はこんな注目されるのは嫌だ。いつか演技がばれることを考えると……。
というか、聖女にふさわしくなかったら殺すって何!? 勝手に選んだくせにひどくない!?
「ふむ……確かに、聖女にふさわしい女のようじゃな。ワシはこれまで多くの人を見てきたから、人を見る目はある。お主は、見た目も性格も聖女にふさわしい」
節穴かな? 今まで何を見てきたのか……。
いや、まあ、私の本性を見破られたら殺されることだって考えられるので、見抜かないでほしいけど。
だけど、抗うならここしかない……!
アリスターはあげるから、私だけは故郷に帰して……!!
「陛下。お言葉ですが、私は聖女という素晴らしい存在にはふさわしくないと考えます。私などよりも、適格者がいるはずです」
「ふっ、謙虚なのじゃな」
ちっげぇよ!!
そもそも、聖女として国や人のために働くというのも嫌なのよ。どうして自分のために行動できないの?
聖女になれば、他人や国のために何かをするのは当たり前というようなことになるだろう。
実際、今までの聖女たちはそのような活動をしていたということは、本を読んで知っている。
私は、そんな人生絶対に送りたくない!
「確かに、ワシらにお主が聖女にふさわしいかどうかはわからん。なにせ、急な神託だったものでな。身辺調査をする暇がなかったのじゃよ」
あ、危ない……。おそらく、身辺調査をされていれば、私は問答無用で聖女にならされていたことだろう。
なぜなら、私の外面は完璧だからである。美少女で、それに合わせた他者を思いやる優しい性格を演じ切っていた。
ふー……まさか、良いところの男を捕まえるための演技が、自分の首を絞めることになるとはね……。
でも、まだされていないということは大丈夫。処刑されない程度に、ふさわしくないじゃなくて不相応という形でなんとか逃れて……!
「じゃから、簡単に適性を探る方法がある」
「え……?」
それっていったい……。
私が首を傾げていると、一人の騎士がこちらに近寄ってきた。
彼は、何やら荘厳そうに板を両手で掲げ持っており、そこには一つのリングがはめられていた。
それが、私の前に……え、なに?
「それをはめてみろ、聖女よ」
そう言って私を見下ろしてくる国王。
…………え、嫌なんだけど。
何だか嫌な予感しかしない。なに、呪いの装備とかじゃないの?
しかし、この空気……ここにいる全員が私を見ている……。
付けたくないなんて……言えない……!
とくに、じっと見下ろしてくる国王の目の圧が凄い! 本当に、聖女としてふさわしくなかったら殺されるんじゃないの!?
殺されるのは嫌だ……! 私は、そこそこ贅沢して人生を楽しんでから、寝ている間に逝っているような安楽死がしたいのだから……!
私は恐怖と緊張で震える腕を伸ばし、そのリングを指にはめて……。
「きゃっ……!?」
ビカッ! と凄まじい光がリングから放たれた。
目が……目があああああああああああああああああ!?
やっぱり呪いの装備だったのね!? こんな至近距離で目を焼いてきたわ!
クソ王め! 私にこんなものをつけさせて、何が目的!?
しょぼしょぼとする目で国王を睨みあげようとして……。
「おぉ……! リングが反応している……。今代の聖女は、やはりそなたじゃ!」
なん……だと……?
え、そんな……リングをはめただけで聖女としてふさわしいかどうかが分かるの?
こんな……こんな簡単な方法で……?
というか、このリングもポンコツかよ。どこ見て聖女にふさわしいとか思ってんのよ。
「お主には、これから聖女としての教育を受けてもらおう。適格者であることは間違いないが、やはり色々と教育も必要じゃろうしな」
嫌ああああああああああああああああああああ!!
こんなリングをはめたくらいで何が分かるっていうのよ!! もっとちゃんと私のことを調べてよ!
……いや、全部調べられたら処刑されかねないから、ふさわしくない程度に調べて。
「ヘルゲ、大義であった! これより、我が国にはマガリという聖女様が現れた! この国に光が現れたのじゃ!」
『おぉ……!!』
国王が大げさに言えば、周りにいた騎士や貴族たちが感嘆の息を吐いて拍手をしだす。
その中心にいるのは……目が死にながらもなんとか笑みを作ろうとする私……。
そ、そんな……私はただ、そこそこの性格と財産を持つ男を捕まえて、自堕落に生きていきたかっただけなのに……。
聖女なんていう、自分を殺して他人を助けることを求められ、それをするのが当たり前の存在になんてなりたくないのに……。
「アリスター……!!」
そうだ。こんな状況に陥ったのは、全部あの男が悪い!
私と同じ考えを持っており、お互いの本性を知っているから疎ましく想いあっていたが……私を王都に追いやって一人悠々自適に過ごそうとしやがって……!
神託で私を選んだという存在も絶対に許さないが、まずはアリスターである。
あいつは……あいつだけは、絶対に逃がさん……!!
彼を何とかこの王都に縛り付ける方法を見つけ出すためと、ここに留まらせられて相当イライラしているであろう彼を見るため、まずはアリスターの元に行かなければ……。
「父上! 何をなさっているのですか!!」
アリスターを陥れる方法を考えていると、バタン! と大きな音を立てて侵入してきた男がいた。
いかにも気が強そうで、自信に満ち溢れた歩き方。
端整に整った顔は、非常に不機嫌そうに歪められていた。
「おぉ、第一王子……」
「エリア様だ……」
ぼそぼそと人が話す会話の内容が聞こえてくる。
……だ、第一王子!?
い、いや……国王がいるような場所なのだから、王子がいてもおかしくない……わね。
ただ、こんなにも地位の高い存在に近づくつもりは微塵もなかったので、焦ってしまう。
「どうした、エリア」
「どうしたもこうしたもありません! あの神託などという訳のわからないものを信じて……聖女などというものを平民から選ぶなど、どうかしております! 聖女など、わが国には必要ありません!」
国王が聞けば、第一王子のエリアが怒鳴る。
内容を聞く限り……聖女否定派!? そんな派閥があるのかどうかは知らないけど……これはチャンスよ! そのまま押し切って、聖女なんていらないって気持ちを変えてあげて!
……本当に否定派閥みたいなのがあったら、私危なくない? 命を狙われるとか、ないわよね?
「エリアよ、お主は一度も聖女を見たことがないからそう言えるのじゃ。先代の聖女は、それは美しく清廉で……」
「先代と今代はまた別でしょう? そんなわけのわからない存在に、国政にまで進出されるようなことがあれば、末代までの恥です!」
そうよそうよ! もっと言ってエリア!
自分で言うのもなんだけど、私は自分のこととアリスターを陥れることしか考えていないわよ!
「そう言うでない。すでに、ここに聖女がおるんじゃからな」
はぁっと深いため息を吐きながら、国王が私に目を向けてくる。こっち見るな。
今まで話していた国王がこちらを見たので、当然エリアもこちらに顔を向けてきて……。
うっわー……すっごいイライラしている顔ね。
「なに!? このあばずれめ、この国を乗っ取るつもり……か……?」
ひぇ……すっごい怒ってる……。
……てか、あばずれってなんだ! 都合の良い男が処女厨の可能性もあるしまだ捨ててないわよ!
内心で何度か王子を殺す妄想でもしようかと悩んでいると、待ち構えていた怒声が飛んでこない。
見れば、何故かポカンと口を開けてこちらを見てくるではないか。
え、なに……怖い……。
「え、と……王子様?」
とりあえず、敵意はないよーという意思を示すため、首を傾げつつ不安そうな顔を彼に向ける。
すると、エリアはようやく口を開いて……。
「――――――美しい」
「は?」
今、なんて言った?




