第24話 うぎゃあああああああああ!!
背後から振るわれる短剣。
アリスターはまったく関知していなかったが、聖剣が凄まじい反応速度で回避に移る。
腕を斬り落とすことを目的に振るわれた短剣を避けることには成功したが、しかし無傷というわけにはいかず、ほんの少し腕を切り裂かれてしまった。
「あら、避けられた……?」
目を丸くしてアリスターを見るエドウィージュ。
すでに、彼女から距離をとって、油断なく見据えてきている。
その表情に、微塵も揺らぎはなかった。
「痛みの表情も表に出さないなんて……本当にただの農民? 魔剣使いだから、それも納得できるわね」
一人でコクコクと頷くエドウィージュ。
確かに、アリスターは動揺を一切見せずに油断なく彼女を見ているようになっているが……。
「(うぎゃあああああああああああああああああああああああああ!! お、俺の身体に傷がああああああああああああああ!?)」
『かすり傷じゃん! そんな大げさな……』
内心は大騒ぎであった。
聖剣の言う通り、もちろん命に別状はまったくない。
それどころか、治療せずとも放っておけば自然と治ってしまうような、ありふれた軽傷である。
だが、痛みに耐性なんて微塵もないアリスターは大騒ぎである。
「(なーにが大げさじゃ!! 俺は今までかすり傷さえ負った経験はほとんどないっつーの!!)」
『これからは、こういう強敵とも何度も戦うことがあるだろうし、今のうちに慣れておきなよ』
「(ふざけんなよ魔剣! これが最初で最後だ! もう二度とこんな物騒なことに首なんて突っ込まねえからな!!)」
何を恐ろしいことを言っているのか。
エドウィージュみたいな女とこれからも戦うなんて、土下座されたって嫌だ。
今だって、相手がプリーモのような腐った性格でなければ、さっさと逃げ出していたのに。
「(てか、何余裕ぶっててダメージ負ってんだよ!)」
『うぐっ……!』
アリスターの怒りが聖剣にぶつけられる。
確かに、聖剣は少しエドウィージュを侮っていた節があるのだ。
『で、でも、まさかあんなに速く動くことができるなんて……』
「(何か奥の手みたいなのを出すみたいな雰囲気だっただろうが! だから言ったじゃんかよ、さっさと殺してしまおうって! 出し惜しみや余裕は強者がするものなんだよバーカ!)」
『うぐぅ……!!』
ド正論だった。
確かに、相手を倒すのであれば、何か奥の手などを使わせる前にさっさと倒してしまうことがセオリーだ。
とはいえ、聖剣が悪いかと言われればそれも微妙だ。
事実、聖剣自体は非常に強いのだから、余裕などは持っていてしかるべきである。
問題は、聖剣が操るアリスターが恐ろしいほど弱いということで……。
『そ、そこまで言うんだったら、見せてやろうじゃないか! 君みたいなクズでも、僕を使えば強者になれるということをね!』
「きひひひっ! 目に宿る強い光は消えていない……まだ戦えるのねぇ。いいわ、いいわ。ますます欲しくなっちゃう!」
聖剣が張り切ると同時、エドウィージュがそう声をかけてくる。
アリスターの演技は瞳の光をも操ることができる。
「でもねぇ、あんたに私の姿は捉えられない。攻撃を当てることができなければ、私に勝つこともできない……」
エドウィージュの使うスキルは、『レコラ』と呼ばれるものだ。
それは、常人では見ることもできないほどの速さで動くことができ、さらには残像まで創り出すことのできる強力なスキルである。
アリスターも、聖剣がいなければさっさと再起不能にさせられていただろう。
まあ、聖剣がいなければシルクを助けにここまで来なかっただろうが。
「早く降参してねぇ? じゃないと……勢い余って殺しちゃうかもしれないからぁっ!!」
「(ひぇっ、また消えたぞ!?)」
エドウィージュはそう言って、再び『レコラ』を使用した。
彼女の身体が高速で移動し、アリスターの視界から姿を消す。
心の中で小さく悲鳴を上げるが……。
『大丈夫。もう慣れたから』
「がはっ……!?」
ズド! と重たげな音が響いた。
次の瞬間、目の前に現れたエドウィージュの苦しげな表情に、アリスターはおしっこを漏らしそうになる。
目前に苦しげな表情をする気持ち悪いと称していた女が現れれば、誰だって肝を震え上がらせるだろう。
そんなエドウィージュの腹部には、聖剣の柄頭がめり込んでいた。
「ど、どうして……私を捉えることが……?」
よろよろと腹部を抑えながら後ずさりし、アリスターに聞く。
姿さえ見ることのできなかった彼は、当然捉えてもいないのだが……。
「ふっ、慣れたからだ」
『僕のセリフ奪われた!!』
とりあえず、格好つけることにしたようだ。
聖剣の功績を、あたかも自分の実力のように標榜した。
「きっ……ひひひひっ……! な、慣れたぁ……? まだ一度しか見せていないのに……。そ、そんなの、ギルドマスターより……」
強いじゃないか。
そう言葉を続けなかったのは、もしその通りだと自分に勝ち目がないからだ。
そんなこと、認めるわけにはいかない。
「絶対に私のものにしてやるんだからぁっ!!」
そう言って、エドウィージュは最後の力を振り絞って全力でアリスターに襲い掛かる。
それは、今までのようにただ高速で接近して斬るという単純なものではない。
「(増えた!?)」
エドウィージュの姿を、アリスターは今度こそ捉えることに成功した。
そう、何人ものエドウィージュを。
彼女は『レコラ』をフル活用し、いくつもの残像を作りだして一斉にアリスターに襲い掛からせたのである。
質量を持たないので、当然残像とぶつかってもアリスターにダメージはないだろう。
だが、どれが残像でどれが本体か、彼にはさっぱりわからなかった。
このままだと、残像に紛れた本体に切り付けられてしまうだろう。
盛大に焦っていたアリスターであったが……。
『大丈夫。目で見るのではなく、他の感覚で本体を察知すれば……』
聖剣の声色には幾分かの余裕があった。
そして、その余裕を証明するかのように、今までどれほど残像が襲い掛かってきても一切動かさなかったアリスターの身体を動かした。
迫りくるエドウィージュの攻撃を躱し、背後に回って頭を強く打った。
「ぁ……」
すると、意識を失ったエドウィージュが地面に倒れこみ、それと同時に残像のすべてが掻き消えたのであった。
『ね?』
聖剣は、あの一瞬で本物のエドウィージュを見極め、本物だけを攻撃したのだ。
意識を失えば、スキルを使い続けることはできない。
『レコラ』も解除され、アリスターの勝利という形になったのであった。
「アリスター!」
「ば、馬鹿な……!? エドウィージュが……『アコンテラ』のメンバーが、こんなあっさり……!?」
シルクの嬉しそうな反応と、プリーモの焦った反応はまさに正反対であった。




