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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第一章 勇者聖女誕生編

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第19話 ふー、危なかった

 










 シルクとアリスターの姿は、孤児院の前にあった。

 彼らに頭を下げるのは、院長のイスコである。


「ありがとうございました、シルクさん、アリスターくん。お二人のおかげで、子供たちにとっても素晴らしい経験になったことでしょう」

「……私も楽しかったです」

「(俺は楽しくなかったです)」


 笑顔でイスコに頭を上げるよう促すシルクとアリスター。

 後者は内心で最低なことを考えているが、ばれていないのでセーフである。


「……ありがとう、アリスター。あなたのおかげで私は……」


 シルクはイスコから目を離すと、隣に立つアリスターを見上げる。


「……本当に、これもらっていい?」


 そう言う彼女の腕には、純白のドレスが大切そうに抱きしめられていた。

 流石に着たまま帰るとプリーモにばれてしまうだろうから、脱いで持ち帰ろうとしていた。


 しかし、そこそこに高価なものなので、シルクは再度アリスターに本当に自分のものにしてしまってもいいのかと尋ねる。


「ああ。俺に返されても困るからな(返してくれたら質に入れられるのになぁ……)」

『そんな最低なことはさせないぞ』


 アリスターも快く頷く。


「……ありがとう」


 聖剣の尽力があったことを知らないシルクは、アリスターに感謝する。

 うっすらと赤く染まった頬は、内心聖剣を罵倒しまくっている彼が気づくことはなかった。


「ああ、シルクさん。あなたにこれを……」

「え……?」


 そんな彼女に、イスコはあるものを差し出した。

 受け取ったものを見て、シルクは驚いたように小さく目を丸くした。


「これ……手紙?」


 それは、小さく折りたたまれた紙だった。

 それを広げて月明かりに照らして見れば、大人や教育を受けたシルクからすれば、とても拙くて下手な文字。


 しかし、それを誰が書いたかが分かってしまい、シルクは馬鹿にするような気持ちは一切湧き上がってこなかった。


「子供たちがどうにも演劇で感動したようでして……すぐに書き始めたんですよ。どうか、もらっていただけると嬉しいです」

「……もちろんです」


 シルクの胸は、温かいものでいっぱいになった。

 初めて人の前で演劇ができ、アリスターから衣装となる白いドレスをもらい、初めての観客から手紙までもらってしまったのだ。


 この日、間違いなく奴隷になってからでは一番幸せな日になったと言えるだろう。


「……私、演劇をしたいって夢がまた大きくなった。この手紙をもらえて、アリスターにドレスをもらって……」


 その温かい気持ちを、どうにか言葉にしようとする。

 しかし、役者としては失格かもしれないが、どうしても表すことができなかった。


 そのため、シルクはアリスターの手を両手で包み込み、薄く火照った無表情でおねだりをした。


「……これからもよろしく、アリスター」

「(えぇ……)」


 傍から見れば微笑ましいもの、アリスターの内心はめちゃくちゃ嫌がっていた。

 だからこそ、シルクの動きに反応することができなかった。


「…………は?」


 すっと爪先立ちをして背伸びをしたシルクは、そのプルプルとした瑞々しい唇をアリスターの頬に当てたのであった。

 それは、一瞬の出来事ですぐに接触は解かれた。


 しかし、その感触は非常に残るもので、アリスターは頬を、シルクは自身の唇に手を当てた。

 彼は呆然とし、彼女は無表情ながら恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「おやおや」


 横から見ていたイスコが、微笑ましそうに笑っているだけであった。


「……またね」


 演劇に付き合ってくれ、ドレスまでくれた彼に対するお礼の気持ち。

 しかし、どうにも暴走してしまい、その表現方法を間違ってしまったかもしれない。


 真っ赤になった顔をアリスターに見せるわけにもいかず、シルクはそう言って背を向けてテテテっと走り出したのであった。

 明日もまた、あの場所で会えるのだから。


 そんな彼女を見送ったアリスターは……。


「(ふー、危なかった。口にされていたら最悪だったな。せっかく寄生先の女を見つけても、ファーストキスとか気にするような馬鹿だったら面倒なことになっていたからな。まあ、キスが初めてとかどうやって知るんだって話だが)」

『君……やっぱり最低だな』


 相変わらず動じずに最低なことを考えていた。

 聖剣はアリスターにしか聞こえない声で、嘆息するのであった。











 ◆



「ふふっ……」


 自分がいなければならない場所に戻る途中、シルクは笑みをこらえきれなかった。

 今まで、あの場所に戻る時にこんな余裕のある気持ちになったことはない。


 奴隷としてこき使われて、夢さえ語ることのできない窮屈な場所。

 そんな場所に帰ろうとしている時に、意気揚々とできるはずがなかった。


 しかし、今の自分には達成感と幸福感がある。

 多くの人の前で演劇を披露するという夢の第一歩を初めて踏み出せたこと、そして、それを応援してくれる人たちからドレスや手紙といった素晴らしいプレゼントをもらうことができたこと。


 これだけで、しばらくプリーモの苛烈な虐待にも耐えることができそうだった。


「随分と楽しそうではないか、シルクよ」

「――――――ッ!?」


 そこに、その気持ちをかき消してしまう一番聞きたくない声を聞いてしまった。

 バッと弾かれるようにして振り向けば、そこにはやはり最も会いたくない存在である男が一人の護衛を引きつれて立っていた。


 彼の名前はプリーモ・サラーティ。シルクの両親を謀殺し、彼女を奴隷に陥れてこき使う現在の主であった。




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