第154話 貴様も道連れだ
「でも、どうするんだ? 一国の半分程度吹っ飛ばす爆弾だろ? どうにもできないだろ……」
『いや、僕の……聖剣の力をもってすれば、何とかできるかもしれない。分が悪い賭けだけれど、何もやらないよりはマシだ』
一理ある。
俺もこの状況で諦めず、なんとか逃げようとしていたわけだし。
しかし、聖剣ってそんなことできるのかぁ?
いや、まあ確かに? 最初のあたりはすっごい頼りになったよ?
ただ、最近はなぁ……。普通に役立たずだと思うんですが……。
『と言っても、やっぱり難しいのは事実だ。僕の力を使って、あの魔石を覆い隠すようにする。最大の力を放出してそれをしても、完全に爆発の威力を抑え込むことはできないだろうけど……少しは威力が抑えられる。そうすると、国の半分も吹き飛んでしまうということはないはずだ』
役に立ちますねぇ。
おぉっ! じゃあ、その間に俺はスタコラと逃げていればいいんだな?
何とか無機物が抑え込める範囲外に出れば……。明らかに生存確率が高まった! 今までまったく役立たずで余計なことに首を突っ込みまくるから本当は俺を殺したいと思っているのかと思っていたけど、そんなことなかったんだね! 信じてた!
「アリスター、あなたのこと、やっぱり嫌いだわ」
俺の方を向いて、達観した笑みを浮かべて言うマガリ。
あ、こいつもしかしたら自分も助かるかもしれないと思ったから、さっき言ったことが今更恥ずかしくなってこんなこと言いだした。
やーい。しばらくこれで弄んでやる。
よし、じゃあやってくれ、魔剣。お前の一世一代の奉公だぞ。
『一世一代って……ははっ。でも、案外間違っていないね』
…………ん?
魔剣が何ともおかしな口調で話すので、気がかりに思ってしまう。
『あの魔石の爆発を止めるために、僕は確実に壊れてしまうだろうからね』
「…………」
魔剣の言葉に、俺は何も言うことができなかった。
そうか。だから……。
『流石に、フロールが時間と手間をかけて作っただけはあって、あれに込められている魔力は相当なものだ。あれだけの爆発の威力を抑え込むとなれば……やっぱり、僕もただでは済まないだろう。全力の……それこそ、僕という聖剣そのものが壊れるほどの出力で抑え込まないといけない』
「魔剣、あなた……」
魔剣の壮絶な覚悟と決意の秘められた声音に、マガリも目を丸くする。
『ふふっ。でも、僕が犠牲になることで誰かを助けることができるのなら、それが本望だ。なぜなら、僕は聖剣だし……そうあれかしと創られたものだからね。それに……君たちを守って壊れるなら、何をためらうことがあるだろうか』
魔剣……。
『アリスター。色々と言ってきて、色々とやらせてしまったね。君のことは本当に……いや、本当に何で適性があるかもわからないし僕をこんな黒々とした禍々しいものに作り替えたのは未だに納得できないんだけど……君と過ごした時間は、とても楽しかったよ』
…………あれ? なんか俺への罵倒時間が長かったような気がするけど気のせい?
『君が適合者でよかった。ありがとう、アリスター』
その魔剣の言葉は、まさに万感の思いが秘められていた。
まさか、魔剣から感謝の気持ちを向けられるとは思っていなかった。
なんだかんだいがみ合ってきたとは思う。俺たちの心根はまさに正反対だ。
だから、そんな男に魔剣が感謝の言葉をかけてくるとは思っていなかったわけで……。
俺は、そんな魔剣に対して……。
「…………あ、うん。じゃあ、もういい?」
『――――――』
随分と冷めた言葉を吐いてしまった。魔剣が言葉を失う。
いや、だって……そんな悠長に話をしていていい状況ではないし……。
「ふー。ギリギリで首の皮一枚つながりそうだな。よし、あとは魔剣に任せてさっさと逃げよう」
「そうね」
マガリと相談し合う。
まあ、別にこいつを肉盾にしなくてもいいのであれば、わざわざ置いて行く必要はないからな。
おそらく、あちらも同じことを考えているのだろう。
「魔剣。ためらうな、一息にやれよ。お前のこと、しばらくは忘れないから」
『――――――』
最後の別れの言葉を与える。
魔剣は何も言ってくれないが……まあ、もういいだろう。
じゃ、そういうことで。
『あ、そうだ。最後に持ってもらっていい? 大丈夫、本当に何もしないから』
背中を向けて歩き出そうとしていた俺に、魔剣がそんな声をかけてくる。
えー……仕方ねえなぁ。嫌な思い出しかないから持ちたくないのだが、機嫌損ねられて爆発抑えないとか言われたら困るしなぁ。
俺は渋々元の場所に戻り、地面に捨てられていた魔剣を拾い上げる。
「はい、これでいいか? もうそろそろ逃げておかないと爆発の範囲外に出られなくなるから……」
『……ありがとう、アリスター。これで……』
「ぬっ!?」
あれ? おかしい。魔剣の柄から手を離そうとしても手にへばりつくような感じになって取れないんだけど。
え? マジでなにこれ?
俺が困惑していると、魔剣に顔があれば間違いなくあくどい笑みを浮かべているような声音で……。
『これで、僕が壊れる確率が少しでも減らすことができるよ!!』
その声と共に、魔剣とそれを持つ俺の身体が嫌に光り出した。
ぬほおおおおおおおおおおおっ!? 何か抜けていくううううううううううう!!
もともとすっごい虚脱感あったのに、この状態からさらに何か大切なものが抜けていくうううううううううううう!!
俺の身体から魔剣に大切なものがギュンギュンとられていくっ!?
『僕と君をさらに深い位置でつなげた! これで、僕と君はまさに一心同体! 僕だけだとほぼ確実に壊れていただろうけど、君の力も借りたら9割くらいに抑えることができる!!』
「それでも分が悪すぎるだろうがあああああああ!! 何俺のこと道連れにしようとしてんだああああああああああああああ!!」
何してんだこいつ!? 本当に聖剣なの!?
『あんなこと言うやつを助けるために頑張るなんてちゃんちゃらおかしいよ! 君も苦しめ!!』
「お前……っ! 聖剣の風上にも置けないことを……!!」
『普段僕のことを魔剣とか言うくせに通用すると思うなよ!!』
何とか引きはがそうとするが、俺の指は固く柄に巻き込んでいて微塵も放そうとしなかった。
くそ!! ここにきて俺の身体を操りやがったか……!?
うわああああああああああああああああああ!! 動けえええええええええええええええええええ!!
しかし、俺の全力でも動かすことはできないとき、マガリの耳に障る笑い声が響き渡った。
「あーはっはっはっはっはっ! ざまあないわね、アリスター!!」
「き、貴様……!!」
悪の組織の女幹部のように高笑いするマガリ。
目元に暗い影が差しているため、爛々と輝く目が怖い。
「大変ねぇ、勇者様は。じゃ、悪いけどお願いするわね。私はここでさようならよ。今までありがとう、アリスター☆」
めちゃくちゃに俺を煽り倒してくるマガリ。
ウッキウキの様子で俺の目前まで来て、顔を覗き込んで手を振ってくる。
サスサスと頬を撫でてくる彼女の手の感触は心地いいのだが、今の俺にはまったくの逆効果である。
まあ、俺も逆の立場だったらそういうことをしていただろうから、マガリの気持ちは理解できる。
だからこそ、こいつは俺が地獄の業火を吐き出すほど腹立たしい思いをしていることも分かっているはずだ。
俺はスッとマガリの細い手を取った。
頭上にはてなマークを浮かべながらも、キュッと握り返してくる。
そんな彼女にニッコリと笑いながら、小さく口を開いた。
「魔剣」
『うん』
まさに以心伝心。
ただ呼びかけただけで、魔剣は俺の意思に気づいてくれた。
魔剣を手に持って煌々と光っていた俺の身体。
そんな俺とつながったことによって、光は腕を伝ってマガリへと向かい……。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
彼女の身体からも、何か大切なものを抜き取り始めた。
貴様も道連れだ、マガリ……!!




